義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第二十二話 舞踏会5



 ルナは去っていくミズノの背中をみながら、短く息をはいた。
 リコが心配だったが、ミズノが追ったのだから心配は少ない。
 それだけ、ルナはミズノを信頼していた。


「ま、まだ食べていないお肉あったのに……床に落ちたくらいなら、まだ綺麗なほうだし……いいかな」
「あ、あの……イチさん? また落ち着いたら出てくると思いますし、それまで待ちましょうよ」
「だ、だけど……あのお肉なら私全然食べられるから……」
「やめなよイチ、ここスラムじゃないんだから。おいしいご飯まとうよ」


 サンゾウの言葉にちくりと胸が痛んだ。
 サンゾウは腰にさげていた剣をしまい、くるりと振り返る。


「どうどう!? 僕かっこよかったでしょ!?」
「はい。凄い強いんですね」
「そりゃあもう! けど、リーダーほどじゃないんだよね。リーダーにあの剣とか使わせてもらえないかなー」
「頼めば、できるんじゃない、かな?」


 イチはふらふらとした様子で体を起こす。
 前の水銃のときについて二人が話を始めた。
 あの武器はまた使ってみたい、とか、水が自分たちに触れたら怖い、とか。
 二人の話に混ざりながら、ルナはミズノが来るのを待っていた。
 しかし、再び悲鳴が会場を襲った。


「ぎ、ギルディ! 何をしているんだ!?」


 聞きなれたグーロドの声だ。
 はっとなって、そちらに顔を向ける。飛び込んできた光景は、ギルディが剣を抜いている姿だった。


「……」


 ギルディの横顔しか見ることはできなかったが、色の抜けたような目だった。
 何かしらの精神を支配される魔法を受けているような。
 そこで、ルナは少し考えた。
 ……最近、王都では問題が起きたらしい。


 他人を操る魔法を使える者をとり逃したとかなんとか。
 詳しい事情は説明されていないが、ギルディがもしかしたら……その人間に操られているのかもしれない。
 ギルディは王都から戻ってきた、と言っていた。
 状況的にはおかしくはない。


 ギルディの振り上げた剣に真っ先に反応したのは、色騎士だ。
 瞬時に床を蹴りつけ、だんと距離をつめる。
 ギルディと貴族の間に割り込み、ギルディの剣を弾く。
 ギルディは後退し、そちらへ別の色騎士が迫る。


 もう一人の青騎士が背後から攻撃をしかけようとするが、ギルディは強い光を放つ。
 逃げだすように、バルコニーへと走ってくる。
 ちょうど、その道の途中にいたルナは頬がひきつるのを感じた。
 逃げてはいけない、と思った。


 情けない姿を見せれば、別の貴族との交渉に支障が出る。
 だから、ルナは隠し持っていたナイフを取りだす。
 それを感じたのだろう、サンゾウとイチが武器を構える。


「ルナちゃんは下がっててよ。女の子の手を汚させるわけにはいかないよ。イチもね」
「一人で戦って負けてたでしょー」
「……あ、あれは……だね。僕はまだ本気じゃなかったんだ」
「うるさい、頼りなってー」


 イチがいうと、サンゾウは嘆息気味に頷いた。
 ギルディを追うようにして二人が駆けてくる。しかし、その途中を少女の魔兵が塞いでしまう。
 ……あの魔兵がまたおかしい。
 本来、魔兵は自分の分身を作りだす。となれば、あの魔兵は術者が作っているものなのだろうか。


「……少年! 気をつけろ! おまえも、操られるかもしれない!」
「精神汚染系の魔法……ね! それにしても、黒騎士ちゃんに言われるなんて光栄だねぇー」


 黒騎士ちゃん、などとこの国で呼ぶのは彼くらいだろう。
 女の子であれば、誰でもあの態度をとるのだから、器の大きさだけならば尋常ではないだろう。
 サンゾウは慣れた様子で、振りぬいたギルディの一撃を受ける。


「……力はあるけど、あの時ほど綺麗じゃないね!」


 もう片方の手で剣を抜いて切り放つ。
 ギルディは悔しそうに顔を歪めて、後方へとび片手を向ける。
 何かしらの魔法であると判断し、ルナはすぐさま魔法を放つ。


「ファイアっ!」


 あまり得意ではない。
 それでも、申し訳程度の炎で攻撃するとギルディはそれを回避し、魔法発動が遅れる。
 イチが両手にダガーを持ち、素早く接近する。
 ギルディは苛立った様子で、イチに片手を向ける。


「イチさん! 魔法が来ます!」
「大丈夫だよ、イチならね」
「……っ!?」


 ギルディの表情が驚愕に歪む。
 イチの体に不思議な光が当たり、


「……アンチマジック?」
「イチは特異体質でね。昔実験されて、その失敗作。ほら、他国に魔法を無力化する人がいるでしょ? あれの劣化版みたいな感じ」


 あまり聞かれたくないようで、ぼそりとサンゾウがいう。


「そう、なのですか」


 そういえば、四人個人の能力などについてはまるで話をしたことがない。
 この場でその力を発揮するのはあまりよろしくはなかったが、ミズノという盾がいる限り、悪いようにはされないだろう。
 イチがダガーを素早く振るい、ギルディは剣で対応する。
 しかし、既に剣では触れないような間合いでの攻撃だ。
 ギルディの体に傷が増えていく。
 そして、油断したギルディの背後から、サンゾウが近づき、その体を押さえつける。


「……全然、強くないね。戦いに慣れていないって感じ。闘技大会のときとはまるで別人だね」
「……まるで別人?」


 イチがぽつりと呟き、追いついてきた色騎士がギルディの体に何重もの魔法をかける。


「……どう?」
「ダメね。賢者に渡されていたこの本には封印できていないわ」
「すでに、逃がした、ということだね?」


 青騎士が声をあげて、サンゾウたちは距離をあける。
 と、そのタイミングで、サンゾウがルナのほうに近づいてきた。
 まだ警戒してくれているのだと思っていたが、どうやら違う。
 ――腕を捻り上げられた。


「きゃぁっ!?」
「ルナさん!? ちょっとサンゾウまさかあんた簡単に操られたってわけ!?」


 イチが呆れた様子で、落ちた食事を口に運びながら光をまとう。
 しかし、イチは苦しげに急きこんでからその場で膝をつく。


「……く、身体が……! ちょっと、変なのが体に入ってきたんだけど……っ黙れ!」


 なにやらサンゾウは一人で喧嘩をしている。
 まだ、完全には操られていないようだが、それも時間の問題だろう。
 抵抗しているせいか、腕に入る力が強くなることがあり、ルナはどうしようかと体を捻る。


「あまり、動くな」


 サンゾウがそういって、さらに力を入れる。
 ルナは動くのをやめ、武器を構えている色騎士たちを見る。


「……あたしは、最強の身体が欲しいだけよ。黒騎士さんの噂は常々聞いている」
「魔本、にまで知られているなんて、嬉しい限りだよ。それで、何が目的なのかな? ボクたちにとって、その人は人質にはならないよ?」
「……面白いことをいうね。なら、なんでさっきまずった、みたいな顔をしていたのよ?」
「……」


 黒騎士はしばらく無表情を貫いていたが、やがてため息をついた。
 ……こんな場所で足手まといになりたくはない。
 ルナはどうにかしようと思ったが、動いてくれない。


「最強の体? なら、ボクの体を使うといいよ」
「……ええ。けど、あんたの体だけはどうしても奪う余裕がなかった。さすが、色騎士の実質リーダーさん。魔力量は魔族にも匹敵する量だよ」
「そりゃあ、どうも。それで、奪えないならどうするの?」
「……あんたが魔力を抑えるのよ」
「へえ、そうなんだ。なら、一つだけ聞きたいんだけど、魔本は何が目的なの?」
「……そんなの、決まっている」
「まあ、聞かなくてもわかってるよ」


 黒騎士はその両目に強い怒りの炎をぶつける。


「……そう。話すだけ無駄。人間はだから嫌いなのよ」


 そういう魔本の声は、どこか悲しげな気がした。
 なんだろうか。魔本に対して、この国の多くの人間が恨みを持っているだろう。
 過去から、どれだけの被害が出ているかはわかっていない。
 ルナもそこまでではないが、酷い奴という認識はあった。


 だけど、なぜか今は凄く悲しそうな声音だと思った。
 魔本へと顔を向けると、魔本はすでにそこにはいない。
 膝をつき、汗をびっしりと流したサンゾウがいた。


「サンゾウさん、大丈夫ですか!?」
「……あ、あの魔本! 人型は美少女だったっ!」
「何を言っているのっ」


 迫真の様子で叫ぶサンゾウの頭をイチが叩く。
 笑いそうになりながらも、そんな状況ではないことを思いだす。
 普段ならば絶対にありえない高笑いが、黒騎士から聞こえた。


「……あはは、これでやっと手に入ったんだっ、これでやっとできる! あははっ、あははっ!」


 黒騎士の体を手に入れて、嬉しげな様子で叫び続ける。
 青騎士が全員を守るようにして、周囲に水を作りだす。
 ……最強の黒騎士、その補佐と魔法が強力な青騎士。
 色騎士の中でも特にこの二人が強いと言われている。


「……ああ、まだいたね。面倒だってのっ」


 黒騎士が地面を踏みこむと、周囲に黒い闇が出現する。
 ぱちんと指を鳴らすと、その黒い闇から魔兵がいくつも出現する。
 黒騎士は闇を操る。


 影から、魔法を作り出したり……闇を利用して移動することができる。
 闇の中に魔法を入れておいて、その場で放ったり、武器を取り出したり……。
 闇の中には、生物こそ入れることはできないが、それでもその力は絶大とされている。


 そんな闇から、魔本が作り出した大量の魔兵があちこちに出現するのだから、たまったものではない。
 青騎士が大量の魔法を放ち、魔兵に水を当てていく。
 それでも、数は減らない。
 黒騎士の魔力に魔本が持っている魔力が加わり、その魔兵の数は秒ごとに増えていく。


 ルナは、まだ疲れている二人を守らなければと壁際まで誘導しながらナイフと魔法で近づく魔兵をどうにか遠ざける。
 力が足りないのは自覚している。
 魔兵の拳が迫ったところで、その魔兵の首が斬られる。
 呼吸を荒くしているサンゾウが肩に剣を担ぎながら、微笑んだ。


「だ、大丈夫ですか?」
「美少女に守られてたまりますかっての! そうそう。あの魔兵、たぶん魔本ちゃんだよ。僕の魔力に侵入してきたときも、あんな感じの見た目だったからね」


 サンゾウは明らかに先ほどよりも動きにキレがない。
 それは、サンゾウだけではない。笑顔をたやさないイチであったが、明らかに呼吸が箕田r手いる。


「……イチさん、大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫、じゃないかも」
「えぇ!? ど、どうしましょうサンゾウさん」
「こればっかりは、時間でどうにかするしかないね」
「じ、時間ですか……」
「……さっきいったアンチマジックだけど、イチは完全に使いこなせないんだよね」
「……大丈夫なのですか?」
「まあ、命までは大丈夫だよ。欠陥は二つ。日常時から、莫大なエネルギーを消費しちゃう。つまり、腹が減るってこと。あとは、無力化した後、今みたいな体調不良になるんだよ」


 騎士学校で、学んだことを思い出していた。
 他国の戦争大好きな国では、魔法を無力化する実験が長年行われていた。
 それには、たくさんの実験体が使われていた、と。
 ……動物、魔獣、あとは親をなくした人間など。


 その末に作り出されたのが、今他国で活躍しているとある魔法を無効化する人間。
 ……そしてイチが失敗作。
 なんともふざけた話だ、とルナは拳を固める。
 自分が裕福な暮らしをしているどこかでは、明日を生きるのにも苦労している人間がいる。


 まるで、知らなかった。本当に自分は世間知らずだと、ルナは思った。
 迫る魔兵の数はやがて、一つの落ち着きを見せる。
 黒騎士が飽きた様子であくびを隠していた。


「……この体なら、本当になんでもできる」
「なんでもなんてさせないわ。あなたを殺す」
「……いいの? 黒騎士もいなくなるわよ?」
「それは、この大会に望んだときから決めていたことなのよ。あなたが、誰かの体を奪おうとしているのはわかっていたわ。だから、その強者を殺すっていうだけ。それが、身内になっただけなのよ」
「……あーあ、つまらない。本当に、つまらない」


 黒騎士はつまらなそうに肩を竦めて、ポンと手をうつ。


「……このまま逃げ出すってのも考えたけど、それだとたくさん追手がくるのよね」
「当たり前よ。あなたを逃がしたら、国がなくなるわ」
「……大会には参加してあげる。今回の大会、強い奴がいっぱいいるのよね? そいつらを全部倒したら、あたしに手を出さないでよ」
「……なによそれは。あなたが逃げないっていう保障はどこにもないわ」
「……信じてくれ、としかいえないわねそれは。けど、あなたたちにとってはまたとないチャンスなんじゃない?」
「本当に何が目的なのかしら?」
「最強、を証明できれば、あたしに逆らう奴はいないでしょ?」
「……」


 青騎士は悩むように顎に手をやる。
 ルナもまた、黒騎士に顔を向けながらも、そもそもの選択権がないことに歯噛みした。
 これは交渉ではない。
 黒騎士はいつでも魔兵による数の暴力でこちらを潰せるだろう。


 それをちらつかせているから、
 実はすべて黒騎士の嘘で、すでに魔力がつきている可能性もある。
 しかし、それはあくまで推測しかできない。
 仮に、このまま戦闘を続ければ、少なくとも死人の数は……考えたくもない。


「なら、あなたは私たちが用意した家で暮らすのよ」
「……えー、ま、余計な妨害をしないなら、どこでもいいよ」


 黒騎士はつまらなそうに伸びをすると、魔兵が消滅した。


「……それじゃあ、よろしく」
「……くっ」


 黒騎士は、青騎士の肩を叩く。青騎士は苛立ったように舌打ちをする。
 解決はまるでしていない。状況は最悪であったが、貴族たちは自分の命が助かったことに満足していた。


「……サンゾウさん、イチさんを連れて先に屋敷に戻ってください」
「一応、僕たちは護衛だからね。リーダーが来るまでくらいは守らせてよ。イチもそれでいいよね?」
「うん。おなかすいたくらいかな」


 イチは苦しげに呼吸をしていたが笑顔をうかべる。今度はサンゾウがぺしりと頭を叩いた。

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