義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第二十一話 舞踏会4



 会場に戻ると、突如現れたたくさんの魔兵によってあちこちで悲鳴があがっていた。
 少女のような小さな魔兵だ。それでも、なかなかの実力を持っている。
 何人かが怪我をしているようだが、色騎士がここにはいる。


 さらには、トーナメントで勝ち残った人々もいる。
 何者かは知らないが、この状況で攻めるというのは頭が良いとは言えないだろう。


「……まったく、ボクたちがいる中で行動するなんて、魔本も随分と舐めてくれるね」


 近くで斧を振り回している黒騎士とそれに追従するように別の色騎士が髪をかきあげる。
 この辺りは彼女達に任せておけば良い。
 フyキは急いで駆け抜け、ルナの姿を見つけてほっとする。


 サンゾウとイチが囲むようにして、魔兵を近づかせないでいた。
 魔兵はどんどん減っていく。
 やがて、すべての魔兵がいなくなったところで、全員が武器を下ろす。


 せっかく整えられた会場が、食事が台無しだ。
 イチが体を震わせて、その場で膝をついているのが視界の端で映る。引きつった笑いである。
 サンゾウは魔兵によって服を傷つけられた女性陣を見て、喜んでいる。


 何事だ、と廊下のほうで騒ぐ声が聞こえる。
 ことに及んでいた貴族たちも、さすがに騒ぎを聞きつけたのだろう。
 それらに対応していく騎士たちを眺めながら、冬樹は見知った顔が一つなくなっているのに気づいた。


「……リコ?」


 リコは現在、貴族と交渉をしているはずであった。
 もしかしたら奥の部屋を使っていて無事なだけかもしれない。しかし、その考えは砕かれた。


「お、おい! さっき、部屋に魔兵が入ってきて! 数人を連れて行ったぞ!」


 廊下へと繋がる扉を破るようにしてそんな声が聞こえた。
 ……最初からそちらにいっていればよかった。
 ルナと視線をかわし、こくりと頷かれる。
 廊下の入り口にいた男の体を持ち上げる。さすがに重たく、パワードスーツを腕部分にだけ展開する。


「う、うぉ!? 酒飲んでて、気持ち悪いんだ! あんまり激しく揺さぶらないでくれ!」
「案内頼む! 教えてくれ!」
「わ、わかったから!」


 男が口元を押さえるのを見ながら、廊下を駆けていく。
 足音が二つ後ろから響く。すぐに二人は横に並んだ。
 レナードと一人の赤い髪と目をした女性が駆け寄ってくる。


「お前達、協力してくれんのか!? ありがとなっ」


 かけながらいうと、二人は顔を見合わせて苦笑する。


「それは私たちの台詞なのだがな」
「ああ、そうか。まあなんでもいいや! もしかしたら知り合いが連れて行かれたかもしれないんだっ、手伝ってくれ!」
「だから、それはあたしたちの台詞なんですけどっ。あたしは赤騎士だから、よろしく。今だけは共闘してやるわよ」
「本選でぶつかったときは加減してくれたら嬉しいんだけどなっ」
「はぁー!? 本気で潰してやるからね?」


 叫びながら、廊下をかけていく。
 男の誘導で飛び込んだ部屋の窓は、確かに割れている。
 男をそこで解放し、冬樹はその窓から外を見る。
 綺麗な景色を作り出すために、そこにはたくさんの木々が植えられている。
 庭師が力をいれて管理しているのだろうが、今だけは視界を遮って邪魔でしかない。


「僕の知り合いもいるんだ! 頼む、助けてくれ!」
「わかってるよ。安心しろって、市民を守るのが俺の務めって……これは今関係ないか」


 それでも、困っている人を放っておけないのは職業病みたいなものだ。
 窓の外へと飛び降りる。
 着地の音は三つ。冬樹はそれから周囲を見やる。


 木々が多く、これではまるでどこに逃げたのかわからない。
 それは二人も同じようだった。足跡を捜すなどして、あれこれと思考をめぐらしているようだが、どうにも手に詰まっているようだ。


 闇雲に探して逆方向にいってもどうしようもない。
 いつものくせで冬樹は地図を脳内で浮かべるが、この辺りの地図はインプットしていない。
 それから、レーダーをみつける。今も、ぽつぽつという光を放ち、ヤユの位置を示している。


「……そうか」


 そこで、冬樹は自分の世界を大きく広げる。
 周囲全体にそれを向けると、いくつかの人間の反応を見つける。
 ようは大気の魔力を自分の支配下において、その場所の情報を脳内に叩き込むだけだ。


 さすがに人間の脳では焼ききれる可能性があったが、それは脳内に埋め込まれたチップがかわりに情報をまとめてくれる。
 問題は、どれが連れて行かれた人たちの反応なのかだ。
 いくつか、動いている反応があるし、止まっている者もある。
 敵が魔兵であるならば、もしかしたら……考えた冬樹は二人に問いをなげる。


「魔兵の感覚って二人ともわかるか?」
「魔兵の感覚って、なによそれ、意味わかんないですけど」
「なんつーか、魔兵ってのは目を瞑ってても感じ取れるものなのか?」
「まあ、そうだけど、あんたも片目閉じてないでとっととどうにかすることを考えたらどうなの?」
「何か、策があるのか?」


 レナードに頷く。


「今、ここら辺一体を把握したんだけど、動く人が多くてどれが連れて行かれた人たちか分からないんだよ。」
「こ、ここら辺を把握した!? あんたって、探知属性の魔法持ってんの!? なくしものしなくていいわねー」
「魔力限定だけどな。それで、魔兵の感覚ってのがいまいちわからないんだよ。教えてくれないか?」
「そういうことか。……私は魔兵は作れないから、頼んだ」


 赤騎士の肩をポンと叩き、赤騎士はだるそうに指を回す。
 強い人間が必ずしも魔兵を作れるのではないのか、と思いながら作り出された魔兵を見る。
 半透明の赤騎士がそこには立っている。
 精巧に作られた人形のようだ。マネキンとかみたいな感じで、地球での商売に使えるかもしれない。
 今はそんなことを考えている場合ではない。冬樹はすぐさまその感覚を覚える。
 そして、把握している周囲の状況から似たような魔兵の反応を見つける。


「捉えたっ」


 冬樹はその情報だけに目を向け、二人についてくるように手を振って駆けだす。


「ほんとーなの? あたし、信じられないんですけど」
「まあ、他に情報もないのだ。ここは信じるしかないだろう」
「レナードは信頼してんのね」
「戦って、実力は知っているからな」
「あっそ」


 二人の会話を耳にしながら、一気に駆ける。


「うわ、ほんとにいたし」


 赤騎士が見開いた目をこちらに向けてくる。前方を走っていた魔兵たちとの距離をつめる。
 約五名ほどの人間が、魔兵によって運ばれている。
 戦いならば、任せろ、とレナードと赤騎士があっさりと魔兵のみを破壊する。
 担がれていたリコたちが雑に落とされる。
 それでも、全員器用に受身をとり、頭を振るようにして体を起き上がらせる。


「リコ、無事か?」


 リコの近くに駆け寄り、その体を起こす。
 リコは軽く頭を振り、疲れた様子で息を吐きだす。


「あ、ああ……大丈夫だ。また……助けられてしまったな。感謝してもしたりないな」
「そんなの無事だったらなんでもいいっての。あーよかった、本当によかった。リコの無事な顔が見れてよかったよ……」


 ホッと冬樹は安堵の息をもらす。
 そうすると、彼女はどこか恥ずかしげに頬をかく。


「……そ、そうか。あ、ありがとう」
「誘拐されて……怖くなかったか?」
「少しは怖かったが……なぜか、ミズノ様が助けにきてくれるんじゃないか、と思えたのだ。だから、大丈夫だった」
「よかった……なら、いいんだ」


 無事な顔がもう一度見れるというのは、それだけで本当にうれしいことだった。


「どうしたのだ?」


 どうやら、表情に出ていたらしい。
 別に隠すことでもないため、冬樹は心配そうなリコに伝えた。


「……いや、俺の娘、誘拐されて……それで」
「……そうか。娘と、重ねていたのか」
「わ、悪い」
「いや、本当に大事なのだな」


 リコはどこか寂しげに微笑んだ。
 冬樹はぽりぽりと頬をかくしかなかった。


「さてと、戻るとするか。ルナたちが凄い心配しているんだよ」
「る、ルナ様は無事だな!?」
「無事だよ。五体満足の元気たっぷりだ」
「そ、そうか。よかった」


 リコはホッと胸を撫でおろす。


「おまえ、本当にルナのこと大切なんだな」
「……それはそうだ。私は、父の教えを守れなかったのだ」
「父?」
「……私は、父が死んだとき、ルナ様の父を任されたのだ。なのに、何もできなかった。下手をすれば、ずっと守られていた土地さえも失っていたかもしれないのだ」
「……ま、一人じゃあ、たぶん大変だろうからさ。みんなと協力してこれからは守っていけるようになれたらいいな」


 冬樹はどうしても他人事のようにしかいえずに、肩をおとす。
 ……一緒に守っていければそれが一番だが、ヤユを見つけて、ヤユが帰還魔法を使えればすぐに地球に戻ってしまうのだ。無責任な言葉はぶつけられない。


「……そう、だな。すまない、弱音ばかりを吐いてしまって」


 リコが懸命に笑顔を作ろうとして、冬樹は迷った挙句変な顔を作ってみせた。
 変顔をして見詰め合うこと、数秒。
 リコは困ったように口を開いた。


「あの、なんだそれは?」
「あれー? 俺の娘はこうやってやると、笑ってくれたんだけどな、昔」
「ミズノ様の娘は若いのではなかったのか? 一緒にするな」
「そうだけどさ……。あれだよ。そんなに固い表情のまま生きるなよ。皺ができちゃうぞ?」
「う、うるさい」
「だから、もっと笑えって。難しいこととか一杯あるかもしれないし、間違いだっていくつもあるだろうけど、それでも今いるルナを守るんだろ?」
「あ、ああ」
「俺も人を守るっていう立場にいたんだけどさ。それって、体だけじゃないんだよ。危険な目にあった人って、何かしら、心も傷ついているんだ。だから、なるべく笑顔を浮かべるんだよ」
「……だから、変顔を?」
「おまえだって、傷ついているんだろ?」
「……」
「一人で、大変だったんだろ? 今は誰も身内はいないんだから、好きな思いをぶっちゃけるチャンスじゃないか?」


 言うと、リコは迷うように視線をさ迷わせたあと、その両目に涙を浮かべた。


「……なあ、あいつ。闘技大会でも女を二人口説いていたんだ」
「うわ、女ったらしねー。信じられないんですけど」


 ひくひくと冬樹の眉があがる。
 リコもまた、じろっとした目を向けて冬樹を見上げてくる。


「……女ばかり口説いていたな。実はあの盗賊と同じ分別が出来るのか?」
「俺は別にいつも通りしてるだけだ!」
「いつものように口説いてんのね」
「第一、年がいくつも離れた奴に手をだすつもりなんてねぇよ!」


 そもそも年下には興味はない。
 怒鳴るが、色騎士たちはあまり信用していない様子だった。
 からかうようにこちらをこそこそとみてきた。



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