義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第十七話 闘技大会5

 クロースカの戦闘スタイルを思い出しながら、呼吸する。
 クロースカは、いくつかの武器を所持している。
 それらにきちんと対処できるかが、この勝負の分け目となる。


『さぁ! 始まりました、ルーキーミズノによる大躍進! 次の相手は、ドワーフの魔器使い、クロースカだ!』


 すっかり慣れた紹介の後の、大歓声。
 試合が進んだことで、余計に増したようだ。
 冬樹はルナを見習い、愛想笑いとともに軽く手を振った。
 その態度に余計に歓声が増え、冬樹は頬をかいた。
 慣れないことではあったが、このくらいはしないと目立てないだろう。
 対面するクロースカはすでに右手にクロスボウを持っている。
 注意するのはそこに矢であるボルトが装填されていないことだ。
 あれは魔器らしく、魔力を変換して矢を放つことができる。
 魔法よりも即効、連続という点で有利な武器だ。
 あれこれと過度な装飾が加えられた紹介が終わり、ようやく司会が避難する。
 司会が離れたところで、お互いに腰を落とし……司会の開始の合図とともに地面を蹴る。
 真っ先に動いたのは冬樹だ。
 持ち前の瞬発力をいかした踏み込みによって、距離をつめながら震刃を右手に作る。


「あぁ! 綺麗な魔力の塊っすぅっ! 頬擦りしたいっすねぇっ!!」


 クロースカが興奮気味に震刃を見つめる。
 それはまるで恋する女性のような目つき。震刃に対して、異常な表情をしている。
 だったら、そのままあっさりやられてくれ。
 冬樹がそう思って震刃を振り抜くが彼女を捉えることはない。


「ふふふ、こっちっすよ」


 クロースカの声が後ろから聞こえる。
 冬樹は彼女の動きのすべてを把握していた。
 それもそうだろう。
 冬樹の支配する空間内であるために、彼女の動きは手に取るように理解できる。
 背後へと震刃を突き刺すと、再びクロースカの身体が霧のように消滅する。


「……ふふふ」
「さてさて」
「どこから攻撃してあげようっすかね、師匠」


 楽しげなクロースカの声が、右、左、前、後ろ……さらには空中からも聞こえる。
 最初は魔兵と思ったが、魔兵特有の不透明さはない。
 第一、魔兵であれば司会からの注意が入るだろう。
 ――一番警戒していた魔法、恐らく幻覚系統だ。
 今までずっと隠していたであろうクロースカのとっておきに、冬樹は冷静に観察する。


 会場や司会までも驚きの声をあげ、賛美の声が並べられる。
 単体攻撃しか持っていない冬樹からすれば、対処が難しい魔法だ。
 ……使うとしたら、他の武器を。
 そう思ったが、冬樹は首を振る。


 まず線銃――これは救助用のワイヤーショットだ。戦闘よりも移動に主に使われる。
 水銃……これは本当にとっておきだ。確実にあてられる状況で、恐らくは一度きりの必殺技。
 一度見られれば、警戒され回避なり、魔法なりでガードされることになってしまう。
 幻覚がこれだけいる中で使用するものではない。
 後は、パワードスーツの装着。
 だが、これは防御面での強化と身体強化のみだ。
 決勝トーナメントの抽選結果しだいではあるが、出来れば色騎士戦のために残しておきたい。


 四方八方から、魔法が飛んでくる。
 どれかは幻覚で、どれかが本物なのは見る前からわかっている。
 だが……それらすべてを回避するつもりでなくてはならない。
 自分の支配できる世界を広げ、魔法を探知する。


 ご丁寧に偽物にも魔力が乗せられ、さながら本物のようにしたてている。
 面倒な奴だ、と冬樹は笑みを作る。
 正面の攻撃を震刃で切り裂く。
 煙のように魔力が可視化されるのがうざったい。


 回避と震刃によってすべてをさばいていく。
 足場に着弾したクロースカの魔法が魔力の煙を生み出していく。


 幻覚は常に動き、本物のクロースカも恐らくは動いている。
 仕方ない。冬樹は魔法から身を守りながら、後退し、闘技場内の壁を背中にする。
 すべてのクロースカが、予想通りといった様子で微笑む。
 なんとも不気味な光景だ。


 これで守るべき範囲は正面だけとなる。
 そして、会場内に自分の世界を広げる。
 たくさんの幻想であるクロースカを巻き込むように世界を広げ……。


「まさか、ちょ、ちょっと」
「師匠! それはまずいって!」
「ど、どうにもならないっすよ!」


 魔力の乱れを感じて、何をするのか何となく理解したようだ。
 ふぅ、と短く呼吸をして冬樹は笑みを作る。
 探知されてもそれに対処する手段はないようだ。
 冬樹は震刃を右手に構える。
 こんな攻撃手段、日本でやっても意味はない。


 震刃の刀身が一気に伸びる。
 自分の支配下にある、このフィールド。
 フィールド内は冬樹にとって、手足のようなものだ。


 だからこそ、震刃に大量の魔力をのせることができる。
 まあ、それは本当の刃ではない。
 震刃のデータはすでに決まっているのだ。
 所詮は幻覚だ。ずっとイメージしていたものだが、クロースカのおかげでようやく完成することができた。


 完成した震刃で、薙ぎ払う。
 横一閃を振るったのち、刀身を納める。


「う、うわー、師匠酷いっすよ! せっかく、作った魔器が!」
「こうするしか、他に方法がなかったんだよ」


 震刃を肩に担ぎながら、残ったクロースカに近づく。
 周囲にはいくつもの小さな人形が転がっている。
 鍛治によって魔の力を得た人形たちだったのだろう。
 ――先ほどの一閃は、魔力による妨害電波のようなものだ


 安定した供給があるからこそ、魔法は形を保っていることができる。
 例えば、その供給を乱してやれば?
 一定量までは耐えらても、異常に膨れればどこかで無理が出てくる。


 その結果がこの戦場の人形だ。たまに、幻覚を作りだすが、その映像はノイズがかかるような感じだ。
 とてもではないが、人間の目をばかす力は残っていない。
 それでもなお、クロースカが杖を構えるのはそれだけ負けたくない気持ちがあるのだろう。


 だからこそ、冬樹はいま出せる全力を持って相手した。
 数回の打ち合いの後、冬樹の震刃がクロースカの魔石を捉え、司会による終了の声が響いた。


 ○


 戦闘を終えて通路を歩いていくと、背後から駆け足が聞こえた。
 だだっ、きゅっと、良い音を出してクロースカが道を塞ぐ。
 悔しげな表情を作りながら、クロースカは深く頭をさげる。


「師匠、これからよろしくお願いするっす!」
「……俺は鍛治についてはまるで知らないからね? 期待されても困るからな?」
「だいじょーっす。私が勝手に必要そうなことは聞くだけっすよ!」
「あと、師匠じゃないからな?」
「わ、わかったっす。あ、兄貴?」
「……」


 師匠の次に偉いのは彼女の中では兄貴らしい。
 少し興味が湧いたために、腕を組む。


「兄貴でもない」
「と、頭領!」
「違う!」
「せ、先生!」
「それも違う!」
「師匠仮!」
「……もう、なんでもいいや」


 他にまともな呼び方が出て来なかったため、冬樹は諦めた。
 師匠! と、いって、彼女は犬のように後ろをついてくる。
 ボールでも投げたら、喜んでとってきそうだ。


 通路を進んでいると、ギルディとすれ違った。試合が近いからすでに準備しているようだ。
 一つ前の相手のほうが強いらしく、今度はどこか余裕げだ。
 油断しないようにと伝えて、冬樹は観客席へと戻ってきた。
 相変わらずの人の多さだ。


「だーりんよく戦った」
「大きな声で言うなよ」


 勝ち進んだことで、観客の多くがこちらの顔を覚えている。
 おまけに、観客たちからすればミシェリーとの仲は気になることのようだ。
 周りの嫉妬と好奇の入り混じった視線を受けると、戦闘のときよりも気まずかった。


 ミシェリーが確保してくれていた席に座る。
 その隣に、クロースカが腰掛け、じろりとミシェリーを睨みつけた。
 そちらは見ないように。


 冬樹は顔を左側にそらすと、ミシェリーも同様にクロースカを睨みつけている。
 ……喧嘩にならなければいいか。
 少し待つとギルディの試合が始まったため、応援しながら観察する。


 相変わらず安定した戦闘だ。魔石を消費した速攻魔法と、自身が扱える光魔法を使って器用に敵の視界をつぶしながら攻撃する。
 結局、特にひやりとすることもなく、ギルディは勝利し、応援してくれている観客たちに手とさわやかな笑顔を返していた。


 ……ギルディもかなりの人気を集めている。
 同じブロックでなくてよかったと冬樹は心から思った。


 すでに、二人も女を作ったとして、絶賛好奇の視線を浴びているのだ。
 ギルディにもしも勝利なんてことになったら、罵倒がとんでくるかもしれない。
 ほっと胸をなでおろしていると、クロースカが肘をつついてくる。


「師匠の好みにとやかくいうつもりはないっすけど、さすがにこの人はやめたほうがいいっす。角で刺されるっすよ」
「そんなユニコーンみたいなことはしない」


 ユニコーンはするのだろうかと真剣に考えてしまう。
 というか、ミシェリーの角はあまり長くはない。
 角で攻撃しようとすると、頭を相手に押し付ける、なんとも犬が甘えるような動きになるだろう。
 想像して一人で笑いながら、クロースカに顔を向ける。


「そういえば、鍛治って具体的に何をするんだ?」
「そうっすね。魔器を作るっす。例えば、あれっすよ。魔石に魔法を入れたりっすね」


 途端自慢げにクロースカは立ち上がり、後ろの席の人に迷惑になると判断してすぐに中腰に。
 少し無理な姿勢でクロースカが人差し指をあげ、ミシェリーが割りこむ。


「鍛冶は、土地の魔力や他人の魔法を道具にこめること」
「ああ!! 師匠に説明するの邪魔するなっす!」


 クロースカが頬をむくれてみせる。
 ドワーフは年齢のわりに幼い種族なのかもしれない、と彼女を見ながら思った。


「のんきなことをしているから。それより、だーりん、私にも何か聞きたいことはない?」
「聞きたいこと?」
「身長とか、この盾とか、弱点とか……なんでもいい」


 あまり感情はむき出されていないが、質問されたそうなうずうずとした様子は伝わってくる。
 こちらもどこか、子どもっぽい。
 どちらもヤユを見ているようで……そう思ったらその年齢くらいの子どもにしか見えなくなってきてしまった。


 そうなると、彼女のだーりんというのも、子ども時代の遊びの延長程度にしか思えなくなってきた。


「……なら、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「なに?」
「オーガ族はほれやすいってのら聞いたけど、本当か?」
「まず、訂正をひとつする。ほれやすいではなく、生涯に一人しか作らない。そんな尻軽ではない」
「わ、悪かった」


 ミシェリーが目を鋭くしたために、あわてて謝罪する。
 すれば、ミシェリーはすぐに温和な表情に戻る。
 もう少し、口元を緩められれば、多くの男性を虜にできそうではあったが、はっきりと笑み、とはいえないところでとまる。


「オーガ族は生まれながらにすぐれた勘を持っている。この勘は絶対的に正しい。私たち種族は、この勘に従って生きている」
「……すげぇな」
「オーガ族の勘はすげぇって話はよく聞くっすね。部隊とかでも、オーガ族は必ず一人いれるなど決まりができるほどっす。……まあ、勘が強すぎて賭けには参加できないという点もあるっす」
「そもそも、この勘で不正なお金儲けをするつもりはない」
「不正じゃないっすよ! カジノでぱーっと当てるのは全然違うっす」


 二人で意見を言い合っていたが、冬樹も真っ先に宝くじなどを想像してしまったために否定はできなかった。
 もしも、ミシェリーを地球に連れて帰れれ、宝くじで簡単に金儲けできるなーなんて。


 まあ、ミシェリーは勘に対して誇りのようなものを持っているようで、金儲けには使わないようである。
 二人がお互いの考えをぶつけているのを、間に挟まれて聞いていると、不意に肩を二度たたかれる。
 振り返ると、人差し指が頬にささる。
 ……なんとも子どもっぽい遊びである。


「誰だ? こーんないたずらしやがったやつは」


 脳内にあった犯人の顔はギルディであった。
 が、すぐに謝罪することになった。


「女二人といちゃいちゃしているところ悪いが、少しいいか?」


 振り返った冬樹は新たな苦労がやってくるのか、と気づかれないようため息をもらしてしまった。
 熊のような仮面をつけているため、顔はまるでわからない。
 しかし、声と仮面の奥で見えるエメラルドのような輝きを持った目から、レナードだとわかった。

「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く