義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第十六話 闘技大会4



 盾を構えた彼女はなかなか動くことはなかった。
 ミシェリーの盾は、攻撃を受けるとカウンターに魔力を固体化させたものが飛ぶという仕様になっている。
 戦闘は何度も見ているため、迂闊に攻めるのは得策ではない。
 だが、時間をかければミシェリー自身の魔法が飛んでくることになる。
 魔法への対処はコツを掴んだとはいえ、ミシェリーだって理解はしているだろう。
 結局攻めきれずに、時間を潰してしまう。


「ライトニングキャノン!」


 ミシェリーが叫び、雷の砲弾が放たれる。
 周囲の魔力を固め、攻撃を逸らす。
 ……魔力領域がうまく操れない。
 攻撃を逸らすことに成功したが、どうにも難しくなっていた。
 ミシェリーは再び魔法の準備に入りながら、後退していく。
 このままでは、ミシェリーのペースになってしまう。
 戦闘手段は思いつかなかったが、仕方なく駆けだす。


「ライトニングっ」


 ミシェリーの声が届いた。
 魔法――? しかし、ミシェリーからは何も放たれない。
 彼女の声に足を止めていると、足場が明滅する。
 ――足を止めるのは、どうやらはずれだったようだ。


 ミシェリーは後方へ移動しながら、すでに罠を仕掛けていた、ということだろう。
 自分の魔力世界を足場に固める。それによって、発動を遅延させて思いっきり飛ぶ。
 綺麗な雷の柱が真上へあがる。反応が遅れていれば、雷に飲み込まれていただろう。


「くそ……っ!? 面倒くせーなっ!」
「まだまだ……っ」


 愉快そうにミシェリーは口をこちらに向けて雷の玉を放ってくる。
 妨害するために、自身の魔力世界を広げたところで、異変を感じる。
 雷の玉が二つあった。
 一つが大きな雷玉で、それを隠すように後ろに一つ。


 仕方なく、一つの大きな雷玉へ魔力をぶつけ、後ろに隠れていた雷玉を回避する。
 回避したと思った雷玉は、くいと方向を変える。
 唐突な動きに、顔をしかめる。
 このままでは直撃してしまう。――仕方ない。
 隠していた一つの切り札を出す。


「来い『震刃』!」


 体内のチップに埋め込まれている剣の情報。
 冬樹の声を認証し、冬樹が支配する世界の中でのみ生み出される。
 強く握り締めた震刃によって雷の玉を両断してみせる。
 魔法と魔法がぶつかりあうのだから、エネルギーの刃――魔力刃によっても同じだろう。
 常に刃部分が振動している震刃を構えると、盾から少し顔を出していたミシェリーの眉間に皺が刻まれる。


『おお!? これはミズノさん! ここに来て初めて魔法を使用してみせました! なんと美しい刀身なのでしょうか! 果たして、彼の剣はこの絶望的な戦闘を切りさいてくれるのでしょうか!』


 司会が魔法、として紹介してくれたため、変な疑いももたれない。
 司会に感謝しつつ、冬樹は震刃を地面と水平になるように持つ。
 こうなれば、時間をかけるわけにはいかない。
 手の内をこれ以上みせないためにも、震刃を使って一気に倒す。


 地面を蹴ると、ミシェリーの魔法がいくつも飛んでくる。
 それらを震刃で切り裂く。
 対応しきれない魔法は、大気魔力の操作によって速度を落としながら。
 ミシェリーとの距離をつめ、震刃を叩きつける。


 ミシェリーはニヤリと笑みを作る、カウンターで攻撃してくるつもりなのだろう。
 もちろん、盾によるカウンター攻撃は知っている。
 だが、冬樹は剣が当たる瞬間、その刃だけを消す。
 ミシェリーが突き出した盾を慌てて引き戻そうとするが、遅い。


 彼女よりも素早く動き、ミシェリーの横に立つ。
 その内側から盾の裏側を蹴りつける。
 ミシェリーは盾とともに前のめりに倒れた。
 盾を離すか、迷ったのだろう。


 ミシェリーが起き上がったところで、冬樹はその肩を掴んで魔石を割った。
 短いミシェリーのため息が耳に届く。
 会場は一瞬の静寂のあと、爆発するような叫びに包まれた。


『な、なんと! 初出場にして、あの絶壁のミシェリーをも破ってしまいました! ルーウィンの土地に現れた、謎の青年! 彼はこの大会で一体どこまで勝ち進むのか!』
「……おまえ、そこそこ有名なのか?」
「うん。何度か男探しに参加している。いつも、このくらいで負けるから、今回はいいチャンスだと思ったのに」


 その場でミシェリーは正座のような姿勢をとり、綺麗にお辞儀をした。


「私はあなたのものになった。どうぞ、よろしく」
「……誰もそこまでは言ってないんだよな」
『おぉ! ミシェリーもこれでようやく男探しが終わったようだ! さぁ、愛する二人よ! ここでキスでもしていったらどうだい!?』
「しないっての。第一、俺はミシェリーには魔族との戦いに協力してもらうだけだ」
『えー、つまらない。まあ、いい! 次の試合に行ってもらおう! 二人は裏でひっそりと恋愛したいみたいだしね!』
「……」


 盛り上げるために、あれこれ言わなければならないのだろうけど、何もそこまでしなくとも。
 これで、次に登場するときは、変な目で見られるようになるのだろう。
 通常、勝者と敗者は別の入り口へと向かう。 
 敗者が何かしらのいちゃもんをつけるかもしれないからだ。


 ……ミシェリーは同じ方へと歩いてくる。それを止めるものはいない。
 確かに、リコが言っていたことが理解できた。
 下手な約束をすると、後が大変になってしまうだろう。
 戦場から通路へと戻ってきたところで、振り返る。
 ミシェリーはそこですぐにたたずまいを整える。


「どうかした?」
「……後で、協力を頼むから、そのときにまた会おうぜ」
「けど、それ以外の時間は別に何をしても……よくない?」
「よくない。そういうのはな、ストーカーっていうんだ。わかるか?」
「けれど、あなたのそばにいてもいいと言ったはず」
「そうは言ってねぇよ! 都合のいい脳持ってるなっ」
「ありがとう」


 ミシェリーがその後もついてきてくる。
 これから先、共に戦う場面も増えてくる。
 今のうちから親しくしておけば連携しやすくなるかもしれない。
 そう前向きに捉えることにして、通路を歩いていく。


 壁に背中を預けていたクロースカが片手をあげる。
 異世界にきてからやたらと女性に絡まれる気がした。
 もしかしたら、日本人の顔は異世界に受けるのかもしれない。
 とか考えていると、クロースカが少しばかり目を細める。


「さっきの宣誓聞いたっすよ。負けたらどうしようかと思ったっす」
「なんでおまえが心配するんだよ」
「私の師匠になってほしいからっすよ! あの丁寧な、魔力使い、あたしもその技術に一歩でも近づきたいっす」


 クロースカがグッと顔を寄せてくる。
 息遣いも聞こえるほどの距離で、反応に困っているとミシェリーがその間に入ってくる。


「あなた、何?」
「あんたこそなんなんっすか。私の師匠にちょっかいかけないでほしいっすっ」
「黙って」
「あー、おいおい」


 二人のやり取りに頭が痛くなってくる。
 もうどちらかに声をかけずに、ここを去ってしまおうか、そんなことを考えているとギルディが通路を歩いてくる。


「やぁ、色男」


 からかうような調子のギルディが腕を組み、微笑む。
 二人が顔を突き合わせているのを横目で確認してから、ギルディに近づく。


「なぁ、あんなにすぐ人に惚れるもんなのか?」


 ちらとミシェリーを見やる。
 ギルディも覗き込むようにして、ミシェリーの角を見た。


「ああ、オーガ族の人は確かにそうだね。どうにもオーガ族の人は勘が当たるんだよ。で、ぴんと来た相手と結婚するために、あれこれと頑張るんだよ。一生涯で好きになる人は一人だけだから、一途ではあるよ。……少し愛が重いという話も聞くけどね」
「……げ」


 やばい奴を仲間に引き入れてしまった。


「って、ギルディはこれから試合か?」
「これから後三試合ほどあってからだけどね。……次の相手がAランクの人だから、早めに集中しようと思ってね」
「へぇ。けど、今から集中したらさすがに持たないんじゃないか?」
「もう一つは、知り合いと話をして落ち着こうとね」
「なるほどね……。俺も落ち着きたいところだっての」


 伝えるとギルディは苦笑する。


「……キミはどうやら女性に縁があるタイプの人だね」
「……俺もびっくりだよ。生まれて初めてだ。モテ期って奴か?」
「さぁ? けど、あまり女性ばかりを仲間にしていると、領主が怒るかもしれないよ?」
「でも、女性のほうが優秀な奴多いんだから仕方ないだろ?」
「まあ、そうだけどね。僕が言いたいのはそうじゃなくてだね……まあいいかな」
「まさか、ルナにも気に入られているから嫉妬される、とか言うのか? 俺ってそんなに人に好かれるような人間じゃないからな?」
「……そうだね」


 ギルディはくすくすとまるで、間違いがあるかのように笑みを作っていた。
 だが、自分の分析はそれなりに出来るほうだ。
 自分の考えに間違いはないと思いながら、いまだ顔を突き合わせている二人を見る。
 そして、ヤユの言葉を思いだす。


『おっさんは、変な女に絡まれることが多いみたいだから、注意するんだよ』


 冬樹の部隊には問題児な女が確かにいたために、ヤユはよくそう言っていた。
 ――どうやら、それは異世界にも適用されてしまうらしい。


「師匠! ちょっといいっすか?」
「だから師匠じゃねぇっての。俺は弟子なんかとっている暇はないんだ」
「……だから、それについてっすよ。私は、優秀な鍛冶師になりたいの。……だから、私を弟子にしてくださいっす」


 クロースカが頭をさげてきた。
 ミシェリーは何だか納得げな様子で腕を組んでいる。


「……俺は誰かにものを教えている時間はないんだよ。娘が魔族の街にいるんだ。……娘を助けたら、別の国に帰る予定だしな」
「むす……娘!? だーりん、娘がいる……の?」
「誰がだーりんだ。義理だけどな。だから、おまえが迫ってきても無駄だぞ?」
「……ならば、まずは娘のほうを……そうすれば」


 ミシェリーの物騒な言葉は聞き流すことにした。


「とにかくだ、そういうことだからクロースカ――」
「……なら、宣誓をするっすよ」
「せ、宣誓?」
「はいっす。私も、この大会に参加しているんです、見覚えはあるっすよね?」
「……そういえば、帽子でよく顔が見えない子がいた、かもしれないな」
「次の対戦相手は私っすよ、師匠」
「……お、おう」


 いわれて見ると、どんどん思い出してきた。


「もしも、私が勝ったら私は、あなたの弟子になるっす!」
「……俺が勝ったら?」
「街を守るのに協力するっす! 私、まだまだ未熟ものですが、鍛冶だって使えるっす。武器の強化や前衛での戦闘……色々と力になれる自信はあるっす!」


 確かに、新しく良い武器を大量に仕入れるほどルーウィンに余裕があるとは思えない。
 今ある武器を一段、二段階と強化できれば、それだけで十分な戦力アップになる。
 ……それも、クロースカに勝てば無償でやってもらえる。
 引き受けないはずがない。
 もともと、決勝トーナメントが目標なのだから。


「……わかった。それでいいよ。けど、師匠になったからって……俺は別にあれこれ教えられるような人間じゃないからな?」
「盗んで覚えるっす! その盗む許可をもらえればいいっすよ!」
「そのくらい、別にいいよ」


 こくりと頷くと、クロースカはきりっとした表情で腕を組む。
 その近くにて、ギルディが不敵な笑みを作る。


「……さてさて、この仲間を見たルナ様はどんな顔をするのかね」
「仲間が増えたし……喜んでくれるんじゃないか?」
「確かに、それもあるかもしれないね」


 参加した理由は兵を集めることなのだ。
 褒められはしても、怒られるようなことはないだろう。
 

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品