義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第七話 宣戦布告



 起床した冬樹は見慣れぬ天井を見て、あぁ、と思い出す。
 起床しても、ヤユはいない。
 ベッドで眠ったことでより強くそれを感じてしまう。そうなると、早く探しにいきたかった。
 昨日着ていたスーツはメイドに渡し、今はルナの父親の服を借りている。
 出来る限り質素なものを、と頼んだのだが、それでも普段は着ないような服だ。
 窓の外から、裏庭で駆け回るスピードスターを見ていると、


「……大変よ」
「うぉっ!?」


 そう声をかけてきたのは、盗賊の一人ニバンだ。
 相変わらずの長い前髪もあわさり、不気味さは異常だ。


「……外、行ってみるといいわ」
「え……? 何かあったのか?」
「……魔族」
「なんだって!?」


 いまいち状況はよくわからなかったが、屋敷を歩いていく。
 メイドが慌てた様子でこちらを指差してくる。


「あ、ミズノ様! ルナ様とリコ様が……っ」
「……どうかしたのか?」


 どうして様付けなのか、という点が気になったが、深くは突っ込まない。
 外に出ると、眩しい日差しにまず注目がいったが……それからルナたちに目が行く。


「……おまえたちがこの魔族たちを仕向けてきたんだろう!?」
「……だから、これについては私たちは何も知らないと言っています。とにかく、宣戦布告に私は来ただけです。それを妨害するつもりはないでしょう?」


 そういった魔族と思われる女性は、ばっと紙を開いてみせる。
 ルナはそれをじっと睨みつけながらも、冷静に口を開いた。


「……昨日、捕らえた魔族たちは?」
「そいつらは私たちも知らないんです。殺してくれて構いません」
「……わかりました」
「お、おい……何がどうなってんだ?」


 隣に立っているニバンに問うと、彼女は不気味な笑みをもらした。


「……さっき、フォールレイド……ええと、恐らくあなたの娘がいるかもしれない場所のレイドという魔族がやってきたのよ。使者として、宣戦布告にきた、とね」
「昨日まで大変だったのに、もう次の戦いなのかよ」
「……そういう作戦もある、ということよ。まあ、私が調べたところ……彼らとの繋がりは本当にないようなのだけどね」
「そう、なのか?」
「……けど、賊が攻めている、というのは知っているはず」


 結局は狙っていた、といいたいようだ。
 ルナはレイドから紙を受けとり、短く頷く。


「……詳しい日程はまた今度、ということで」
「ああ。その時にまたこちらへ来ましょう」
「ルナっ!」


 冬樹は叫び、ルナのほうに駆け寄っていく。
 念のための護衛として、しかしレイドはちらとこちらをじっと観察してから、何も言わずに竜に乗る。
 竜にのり、彼女は遠くへと去っていった。


「……ルナ、大丈夫か?」


 苦痛に表情を歪めているルナは、今にも泣き出しそうな顔を必死にこらえている。


「……すみません。ちょっと部屋に引きこもります」
「……お、おい!?」
「ルナ様!?」


 リコも同じように叫ぶが、ルナはだだだと駆けていってしまった。


「南の、魔族だよな?」
「……ああ。すまん、まだ何も情報は得られていないのだ」
「勝てる、のか?」
「……わからない。南はもともと人間の国が治めていたが……そこは魔兵が千五百もあったのだ。それが……負けた」
「……で、こっちの戦力は?」
「協力を頼んだとして……それでも戦力は二百を超えるか越えないか……程度だろう。だが、一日の戦いをしのぐことだけに……重点をおけば……いや……だが……二百でどうやって……くそ」


 ぶつぶつと呟くリコ。
 そういえば、この世界の戦争は色々勝手が違うということを思いだす。
 下手に意見を並べても、考えを妨害しかねない。


「……とりあえず、私たちはどうすればいいのかしら?」
「なんで俺に聞くんだよ。トップのところにいけばいいんじゃないか?」
「……昨日、トップたちと話して、しばらくはあなたに従う、ということに決定したのよ。あなたがリーダーで、トップが副リーダーと言った感じね」
「勝手にリーダーにさせられてるのか?」
「……あなたのようなリーダーを前からほしいとトップが言っていたのよ。トップは人を補佐するほうが得意、らしいのよ。……それに、リコさんが納得しないのよね。一応信頼しているあなたをリーダー、にしておいたのよ」
「まあ、別にいいけど……」


 賢い部下がいてくれるなら、気がらくだ。


「とりあえず、みんなはどこにいるんだ?」
「……トップは屋敷内で本を読んでいるわ。サンゾウは女探し、イチは街の復興作業の手伝い……って感じね。私は情報収集が趣味だったから……まあ、色々と調べていたわ」
「とりあえず全員集めて色々と話を聞かせてもらうかね」


 女の尻を追いかけていたサンゾウを捕まえ、イチが手伝っていた作業を片付けてから屋敷に戻ってくる。


「リーダー、僕の邪魔をしないでくれよー。さっきの子に僕の戦いぶりを話していたら結構好感触だったんだよ?」
「なら、またチャンスあるだろうし、そのときに誘ったらどうだ? 今は少しでも頭がほしいんだ」
「リーダー。そういえば、魔族がきたんだよね? 何かあったのー?」
「戦争を申し込まれた」
「……えぇ!? 昨日まで戦っていたのに、また戦うんだ。大変だねー」


 イチはずっと笑みを浮かべている。女性は笑っているほうが美しいし、見ていて気分は悪くない。
 全員を連れて屋敷の書庫へと入ると、トップが静かに読書にふけっていた。
 トップはぺらぺらと本をめくっていく。
 どうにも様になっている。サンゾウは「えっちい本はないかなー」といって、本棚を探し始める。


「トップ、少しいいか?」
「……リーダーなんだ?」
「その共通のリーダー呼びはいつ決めたんだよ」
「昨日、な。ひとまずは、あんたに従うことにした。……そっちのほうが、ここでの庇護されやすいだろ?」
「それはさっき聞いたけどさ。まあ、いいや。戦争についてなんだけど……」
「さっきから慌しいな……別に敗北しても領地が失われるくらいで、とって食われるわけでもないだろうに」


 トップはやけに淡々とした様子であった。
 彼の正面の席をひく。


「俺はさ、あんまり戦争を知らないんだよ。……なんか、細かいルールが色々あるんだろ?」
「……戦争を知らない……のか?」
「え、ええと……まあ」


 正直にいうと、トップは顎に手をあてたあと、ニバンの肩を叩いた。


「ニバン、説明を頼んだ」
「わかったわ。まったく、知らないのね?」
「あ、ああ」
「とりあえずルール説明をしていくわね」


 ニバンは瞳を髪で隠したまま、人差し指をたてる。


「……まず、一番、宣戦布告を必ずすること、二番、宣戦布告した日から二週間後が戦争開始となる。これはあくまで、この戦争が力を示すものということだからよ。二週間の間に、持てる戦力のすべてを用意しなさい、という意味ね」
「力のぶつけあい、なんだな」
「……ええ。ここからは、実際の戦争について話をするわ。戦争では始まる前に拠点を決め、お互いに伝えておくこと。戦争では、相手の拠点にいる戦争でのリーダーを倒すことが勝利条件となるのよ。まあ、けど……ルールは毎回変わるわね。それは、この後打ち合わせをしていって決めるって感じね」


 ニバンはさらに続ける。


「この戦争では、敗北した場合、それ以上の悪あがきは禁止するようにそれぞれの神に誓うのよ。……だから、兵士も魔兵を基本にして、お互いに死者が出ないようにするのよ」
「……戦争ってのは何が目的なんだ?」
「……昔の神様同士の争いを、その子どもたちで行っている、という話よ。私たちは神のために、この世界を人間のものにするために戦っているの。あなた……そんなことも知らないの?」
「……無知で悪かったな」
「……誰でもこのくらいのことは小さい頃に学んでいるものなのだけど、面白い人もいるものね」
「まとめると……この戦争で大事なのはどれだけの兵力を維持するかってことか」
「……そうね。敗北は神への裏切り行為みたいなものよ。だから、絶対に負けられないわ」


 ぎらぎらと目を光らせるトップを除いた三人。
 トップはどこか居心地悪そうに三人を見ながら、パタンと本を閉じる。


「戦争でやることは、まず魔兵を借りることだな。……とはいえ、ここはさして重要な拠点というわけでもない。……国も守りに力を入れるならここから北にいった街になるだろうし……兵士をどれだけ借りられるか……。むしろこの土地はわざと魔族に渡し、後で奪い返すという可能性もあるな」
「……なるほどな」


 さっきの話を聞いた限り、戦いはまだまだ続く。
 すべてに全力でぶつからなくても、必ず勝てる戦いを拾っていく。
 そういう戦法も大事になってくるだろう。


「……この街をさっさと放棄し、魔兵を作れる人間は首都に逃げてこい、と命令される可能性もある」
「それでも、この街の労働力や……土地は全部魔族に奪われるんだろ? おまけに、戦争から次の戦争までは二週間も必要になる……」
「ああ。二週間もあれば、色々できるだろうな。……だが、国からすれば、兵士をどこかに配置して、四週間かけてみっちり作戦を立てたほうが勝率はぐっとあがる」
「……ルナ」
「大事な故郷ならば、つらいだろうな。この前のように敵が少なければ……水でどうにでも対処できるが……敵も防御魔法を使用する可能性がある……それに、南の魔族といえば……その大将は……」


 そこでトップは言葉を区切る。
 きょとんと首を捻ると、ニバンがかわりに口を開いた。


「……敵の大将は神器を持っているのよ。それも水を作る神器、よ」


 この土地にも眠っている神器。
 その力は無力な人間一人を、最強にさえしてしまう可能性を秘めた武器。
 そんな代物を魔族が所有したとなれば……はっきりいってただでさえある力の差が広がることになるだろう。
 ごくりと唾を飲みこむ。
 魔兵の数では終わり、さらに向こうには切り札も眠っている。
 これだけの実力差……勝てというのが無理な話だろう。
 ぐっと拳を固め、視線を下に向けた。


「はっきりいって……勝ち目はありません、ね」


 それでも……諦めるつもりはなかった。
 ルナの泣いている姿はあまりみたくはない。


「けど、ルナはきっとどうにかしたいと思っているはずだ」
「……そうかもしれないな」


 トップが頷くと、ちょうど本棚から戻ってきたサンゾウが腕を組む。


「難しい話終わった? で、僕たちが呼ばれた理由はなんなの?」
「……簡単にいえば、戦争に向けて俺たちができることってあるのかな? と聞きたかったんだよ」
「そうなの? ま、僕は戦いは結構好きだし……戦闘ならお任せあれだね」
「オレもどちらかといえば、そうだな」
「私は情報収集と後方支援は得意よ」
「……私は……あはは、ま、全部無難に出来るって感じかな」


 イチの笑顔が印象に残る。


「今はニバンを中心に情報収集をするって感じか?」
「それがいいだろうな」
「それじゃあ、あとは四人でやったほうが得意だろ? そっちは任せたぞ」


 冬樹はいいながらも、トップをくいくいと手招きする。


「……ちょっと、いいかトップ?」
「なんだ? 聞かれたくない話か?」
「まあ、それなりにな」


 いうと、残りの三人は書庫から出て行ってくれる。


「それで?」
「……おまえたち、協力してくれんだな」
「……半日ほど、街の外にいたが、オレたちでも受け入れてくれているんだ。……ここを逃したら、また家なしになる。勝利、敗北にとわず、オレたちはここで生きるしかない」
「……そうか」


 それだけ聞ければ十分だった。


「そんじゃ、よろしくな」
「ああ」


 トップと別れ、外にいた三人と交代する。
 屋敷の階段をのぼり、ある一室の前でリコの姿を見つける。


「……ミズノ様。ルナ様がこの中にいる」
「中に入れそうか?」
「……わからない、が。声をかければきっと反応してくれるだろう」
「なら、後は俺に話をさせてくれ」
「……すまないな。私は色々と準備をしてくる。何かあったら声をかけてくれ」
「了解」


 リコの心配げな目を受けながら、扉の前にたち一つ呼吸をする。
 正直いって、なんて声をかけるかは思いつかない。
 会えばポンと出てきてくれるかもしれない。


「ルナ、ちょっといいか?」
「……なんですか?」
「中にはいってもいいか?」
「……はい、大丈夫です」


 がちゃりと鍵があけられ、ルナが顔をみせる。
 ずっと泣いていたのか目は赤い。
 ……部屋は地球にいたころの冬樹の部屋よりも広い。
 さすがは領主様だな、と心中で呟き近づく。


「……戦争はどうすんだ?」
「もちろん……受けるしかありません。……とはいえ、ほとんど無抵抗にやられるでしょうね」
「兵が集まらないのか?」
「……はい。父の知り合いに当たってみても……恐らく難しいです。国も……この街の次の重要拠点に力を入れてしまうでしょう。私が通っていた学校には……そもそも協力できるような力を持った人はいませんし」
「じゃあ、話を変えるけど。ルナはこの土地を守りたいのか?」


 聞くと、ルナはゆっくりと頷いた。


「父が守ったこの土地を……守りたいです」


 ルナは言い切ってから、目尻に浮かんだ涙を拭う。
 それでもまだ、目は赤く腫れている。
 そうしてルナは、健康な唇をゆっくりと開いた。


「もう少し力を貸してくれませんか?」
「……力?」
「……はい。はっきり言いますけど、今のまま南の国に乗り込んでも無事に娘さんを探し出せるとは思いません。それでしたら、この街に協力し、戦争で打ち破ってから乗りこんだほうが行動しやすいと思います」


 きっと目に力を込めた彼女は……しかし、両目からはぽろぽろと涙が出てくる。


「涙流しながら言っても、全然脅しに聞こえないぞ?」
「……うぅ。すみません、けど私にはこれしかないんです」


 ぽりぽりと頭をかく。
 今すぐに魔族の国に行きたい気持ちもある。
 しかし、彼女の言うとおり魔族の国も厳しい取締りがあるかもしれない。
 これから戦が始まるのだから、こちら側から来た人間を素直に街にいれてくれるとは思えない。


「協力するよ」
「……本当ですか!?」
「この戦争で勝てれば……、南の国を自由に移動できる。そうなれば、ヤユを見つけるのもきっと簡単だしな」
「ありがとう、ございますっ! ありがとうございます!」


 ルナが満面の笑顔で手をとってくる。
 もちろん……ヤユのことも凄く心配だ。
 それでも無謀に突っこんでは何のためにもならない。

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