義娘が誘拐されました

木嶋隆太

第五話 ルーウィン奪還4

 盗賊と思われる少年を追っていく。
 動きはそれほど速くないし、気配を感じ取ることもできないようだ。
 ルナとともにかなり離れた位置から、盗賊を追っていると、


「……こんなに離れて、見えるのですか?」
「ま、一応スピードスターの鼻もあるしな」
「わんっ!」


 盗賊が森の方へと入っていく。


「……この辺りは私の領地からはギリギリ外れていますね」
「別の貴族が治めてるのか?」
「はい。ですが、なるほど。この位置になると微妙ですので、そこまで警戒もされません。……あそこが賊のアジトでしょうか?」


 森を指差した彼女に頷く。
 木々の隙間から見える洞窟をどうにか見つける。


「奥にある洞窟を根城にしているみたいだな」
「……凄い視力ですね。その、洞窟は昔は採掘場として使われていたはずです。ですが、地震で落石が起こり、奥に入るのが困難になったために使われなくなったとか」
「そうなのか」


 スピードスターの体を撫でながら、冬樹たちも森へと入っていく。
 洞窟が見える位置までいき、温度から盗賊の数を把握する。
 熱の反応は四つ……男二、女二だ。


「それで……どうするつもりなんですか?」
「あいつらに……手伝ってもらうんだよ」


 あまり子どもに協力してもらいたくはない。
 子どもを巻き込むなど、大人としては最悪の行為だと思っている。
 それでも……今は、ほかに頼るものもない。


「……手伝ってもらう? な、何を言っているのですか!? 相手は賊ですよ!?」
「いや、賊かどうかはこっちが勝手に決めただけだろ? ま、何にせよ、交渉さえ出来れば、立派な兵士じゃないのか?」
「……そうはいっても」


 抵抗があるようだ。


「俺が考えている作戦を行うのに、俺たち二人だけじゃ難しい。陽動が必要なんだよ」
「……」
「最初は魔兵での陽動を考えたが……数を増やせばそれだけ魔力が減るだろ? 陽動だって魔族に気づかれる可能性がでる。まあ、そうなると作戦は失敗する可能性が高くなる。だから、人数を増やしたいんだよ」
「……わかりました。それで、交渉の材料はどうするのですか?」
「最終的に使うとしたら、一、金、二、住処、三、女。ってところだな」
「……お金ならば、たぶん用意できますね。二の住処も彼らが指名手配されるような人たちでなければ、領地に置くことはできるでしょう……。三の女は……奴隷でも買ってくる必要がありますね」
「奴隷ね、まあ、たぶん一、二のどっちかで交渉できると思うぜ」
「どうしてですか……?」
「この国は結構、貴族と平民の間に差があるんだろ? で、あいつらは賊……かどうかはわからないが、どちらかといえば平民でも下のほうの人間、だと思う。……あんまりこういう弱みにつけこむようなのは好きじゃないんだけど……普通の生活は難しいみたいだろ?」
「……普通の生活をしていては、生きていけない……だから、他者から奪う?」
「仕事をしても大した給料はもらえない。もしも、盗みに成功すればそれは常習化する……犯罪が起きるってのは、本人も悪いが、社会が悪いときもあるってことだ」


 戦争があったあとなどは、そういうのが起こりやすいと聞いたこともある。
 この国では、常にそのような危険な状態が続いているのだろう。


「……それが交渉と何か関係があるのですか?」
「あいつらみたいに、普通一人で何かをするってのは少ないだろ?」
「確かに、一人は珍しいと思いますね。よっぽど腕に自慢がない限りありえませんね」
「そりゃあつまり、仲間がいたほうが安全だし……何より、一人ってのは寂ちぃ」
「ちぃって何ですか」


 ジト目が向けられる。
 空気を和ませるためにいったのだが、不満げな顔を向けられる。


「安全さを求めているんだから……ま、安全に暮らせる場所を用意してやる、って言えば食いついてくるんじゃないか?」
「なるほど……そういう解釈の仕方もできるのですね」
「相手の求めることを、適切なタイミングで切れれば、たぶんあいつらは食いついてくれるはずだ。それと、ここかららが大事な話だ」


 理解してもらうために、威圧気味に顔を寄せる。


「な、なんですか?」
「余計なことは絶対に言うな。交渉俺よりもへたくそなんだから」
「……へ、へたってなんですか!? 私これでも、最低限は出来るつもりです!」
「昨日、俺が求める情報をぽろっと口にしてただろ?」


 今回は情報が売り、というわけではないが、下手に早く手札を見せてしまうと、相手がより要求してくる可能性がある。


「後、絶対に言ったらダメなことは、おまえが領主ってことだ」
「……なんでですか?」
「領主だとばれれば、あの街を助けるために協力してくださいっていうようなものだ。そうしたら?」
「……褒美の要求が強くなりますね」
「ということ。その派手な服も……」
「……それでしたら、少し屈辱的ではありますが」


 ルナは手首につけていたリボンを解き、それに何かを込める。


「何やってんだ?」
「魔力を込めて、誤魔化しの奴隷の首輪を作っています」
「……奴隷の首輪?」
「主の魔力で言うことを聞かせる首輪です。……その、ひとまずこの首輪で、ミズノさんの奴隷ということにして、このファッションはミズノさんの趣味、ということにすれば……」


 移動などが続いたことで、彼女の派手な服の裾はあちこちが破けている。
 まったく意識していなかったが、今見ると彼女は随分と肌色が多くなってしまっている。


「服があったら、着させてやりたいんだけどな」
「そこは……街さえ取り戻せればもっと綺麗な服を着ることができますから」
「その作戦、採用だ」
「……ミズノさんも、この世界のことについて詳しくないんですから、不必要な情報はいわないでくださいね」


 ルナはむすっとした笑顔を浮かべる。


「……さっき交渉へたくそって言ったの気にしてる?」
「気にしていませんよ?」


 笑みが濃くなり、肩を竦めた。
 ルナは首にリボンを結び、軽くこちらの顔色を窺う。


「どうですか? おかしな点はありませんか?」
「ほら、鏡」


 正しい奴隷の首輪のまき方を知らないため、本人に確認してもらう。


「……凄いですね」


 ルナは髪を軽く整えながら、リボンをしっかりと結ぶ。


「これで、大丈夫ですね」
「よし、早速行くか」


 堂々と中に入っていくと、動揺の声が耳に届く。
 一応、警戒されないためにパワードスーツは纏っていないが……それでも素っ頓狂な声をあげられた。


「……誰……かしら?」


 前髪の長い女がそう呟き、


「おい、サンゾウ。まさかつけられていんじゃないか?」


 四人の中でもっとも年上……それでも若い男がサンゾウとやらをみる。
 サンゾウ……確かに冬樹たちがつけてきた子だ。
 サンゾウは頭の後ろで手を組み、ひらひらと手を振る。


「僕が失敗するわけないっしょ?」
「そうかなー? サンゾウくんはいつも調子のって失敗ばっかりじゃない?」
「そんなことないっての。僕じゃないね」
「いや、俺たちはサンゾウを追ってきた」


 このままでは話が進まないようで、冬樹が割り込む。


「……おい」
「僕!? それ僕の見た目した別人だよ。そういう幽霊もでるらしいし、きっとそうだね」
「いい加減認めてくれ……それで、あんたたちは何のようだ? 見たところ、騎士というわけでもないし……オレたちから何かを奪いたいのなら、残念だったな。あいにく貧乏者だ」


 リーダーと思われる男が嘆息交じりで腰に手をあてる。
 なかなかに落ち着いた男だ。
 彼を信用しているのか、残りの三人も声を荒げることはない。
 ……数秒彼とにらみ合い、それから冬樹は両手をあげる。


「別に、ここに戦闘しにきたってわけじゃないんだよ。俺は、ルーウィンを狙っている盗賊だ」
「別にオレたちは盗賊じゃない。ルーウィンの様子はみたんじゃないか? あそこは手を出しちゃいけないだろう」
「ああ、魔族の海だな。だが、それがなんだ?」
「……何か策でもあるのか?」
「もしも、俺に協力するなら、教えてやるよ。おまえたちにも分け前をくれてやってもいい」
「おっ、話がわかる奴じゃんかよ。なあ、トップ。一緒にやってみようぜ」
「……協力には同意だな」


 トップの両目には利発な色を窺わせる光があった。
 ただの盗賊と侮ってはいけない。
 トップはこの会話の中で、ゆっくりと牙を磨いている、そう感じた。


「あんたの作戦はどんな内容なんだ?」
「協力してくれるのか?」
「オレたちの協力がないといけない内容なんだろ? 報酬は何をくれる?」
「そうだな。おまえらは、何が欲しいんだ?」
「僕はかわい――」


 サンゾウがすかさず指を立てようとして、トップが口を押さえる。


「黙っていろ。今オレが話しているんだ」
「ちぇっ。へいへい」


 飽きたようにサンゾウは洞窟の奥へと歩いていく。
 とはいえ、石で塞がれているためにすぐに足は止まる。
 ……この交渉に対してまるで興味はないようだ。
 サンゾウの性格からくるのか、それともトップに任せれば問題ないという信頼か。
 三人をまとめているだけあり、その両目は厳しく尖っている。


「で、報酬は?」
「領地を奪えたら、あの土地で一緒に暮らすってのはどうだ?」
「一緒に、暮らす……? どういうことだ?」
「そのままの意味だ。あそこの土地を治めて、当たり前の人間の暮らしを行うんだよ」


 人間の暮らし、それに全員が反応したのを見逃さない。
 トップは顎に手をあて、それから目を鋭くする。


「あそこの領主は今いないそうだ。……領主が戻ってきたらどうするつもりだ?」
「領主がいないのか……そりゃあ好都合だな。魔族を全員追い払ったら、それを交渉材料にしようぜ」
「魔族を追い払う手段があるのか?」
「協力してくれんのか?」


 トップと視線をぶつけること数秒。


「わかった。協力する。オレたちは、安全な家をくれればそれだけでいい」
「そうか。作戦については移動しながら話をしよう。出来れば、夜のうちに決行したいからな」


 トップたちはすぐに準備を整える。
 冬樹たちは走るようにして移動し、道中で自己紹介をする。


「俺は水野冬樹だ。で、こっちは俺の奴隷」
「……どうも」


 自分たちの自己紹介を終えると、盗賊達もそれぞれが話す。


「オレはトップだ」
「僕はサンゾウね。そっちの子可愛いね。おっぱいもませて……ってないかぁ」
「……っ」
「ごめんなさいね。……私はニバン……よろしく」


 目を覆うほどの長い黒髪。
 どこか気味の悪さがあり、幽霊かと思えてしまうような容姿だ。


「私はイチだよ。よろしくねー」


 頭に猫耳がついている。
 種族はわからないが、後でルナに聞けばいいだろう。


「それじゃあ、さっさと戻るか」
「了解だ」


 六人と一匹は湖に帰還し、作戦をたてたのちに夜を待った。

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