よくあるチートで異世界最強

木嶋隆太

第十七話 前世

 異世界に行く少し前の物語。




 1




 チャイムが鳴り響き、教師のホームルームもちょうど終わる。
 一日から解放された生徒たちが、それぞれの時間へと帰っていく。
 夕陽が教室に差し込む、放課後だ。
 海斗は鞄を肩に担ぎ、友人とともに校門へと歩いていく。


 話すことは他愛もないことだ。ゲームやクラスの可愛い子とか、社会情勢を嘆くような小難しい話はない。
 校門のところで、海斗の高校ではない制服姿の女子がいた。
 妹の陽菜だ。
 友人たちがにんまりと表情を歪ませ、先に帰ってしまう。
 海斗は友人に手を伸ばし、それから陽菜を睨む。


「……陽菜? どうしたんだよ?」
「え、えと……その」


 陽菜は困ったように海斗の服の裾を引っ張ってくる。
 周りからの嫉妬に近いため息。
 友人以外は、いや、下手をすれば友人でさえも彼女と勘違いしているかもしれない。
 中学生にもなって、まだ小学生のときのように振舞う彼女に、ついつい語調を強めてしまう。


「うじうじ俺の後ろに隠れるのやめろ。……おまえ、高校にまできてそんなんばっかりで、俺がシスコンだと思われているんだぞ?」
「あ……そうなんだ、ごめん」
「とにかくだ。いい加減自分でなんでもできるようになれ。いつまでも弱いまんまでいるわけにはいかないだろ?」


 陽菜は悲しげに目を伏せた。


「……自分で、このくらい出来ないと、だよね」


 海斗は無視してさっさと歩きだす。
 学校の悩みなど語られても、海斗にもどうしようもない。
 とはいえ、立ち止まっている陽菜を放置するわけにもいかない。


「いい加減帰ろうぜ」


 この甘さが陽菜の成長を阻害しているような気もしないでもなかったが、わざわざ別に帰るというのも変だ。
 しかし、陽菜は首を振って笑顔を浮かべる。


「わ、私……あの……ちょっと用事があるから、その……帰りは遅くなるかも!」


 陽菜が両手を合わせて、そのまま背中を向けて走り出した。


「なんだあいつ?」


 意味が分からずに首を捻ってから、先に帰った。
 帰宅し、明日提出の宿題を終わらせていると、母の声が聞こえた。
 カレーのようで、腹を刺激する匂いが部屋に溢れている。
 ゲームもそこそこに海斗は階段を下りていく。


「陽菜、まだ帰ってこないんだけど……何か聞いてない?」
「遅くなる、とは聞いているが」
「お兄ちゃんの癖に、もうちょっと気にかけてあげなさいよ」
「もう中学生だろ。俺がそのくらいのときは、下手に構われるほうが嫌だったけどな」
「あんたは、やんちゃだったからね。けど、陽菜は違うでしょ? それに中学生だから、心配なのよ。ほら、携帯も最近もつようになったでしょ? 変なサイトに登録とかしてるんじゃないかって不安なのよ」
「そういうのは、制限かけているんだろ? それに、位置情報がわかるんだろ? 別に変な場所じゃないんだろ? つーか、俺よりか親に心配されるほうがまだマシだろ」
「あの子、お兄ちゃん子でしょ? それに陽菜の位置が、ずっと移動しているのよね」


 母が見せてきた携帯の位置には見覚えがある。
 不良がよくたむろしている元工事場だ。
 そんなところに詳しい理由は、中学のとき、海斗はまあいわゆる不良であったからだ。


 現在陽菜が移動しているのは、中学のときに海斗がよく夜に散歩していた場所だ。
 金が足りなくなったのか、はたまた別の場所に回したのか知らないが、途中で工事がストップしたままであり、その回りは子どもからするとわずかな危険があり、遊び場にちょうどいい。
 放棄された木材に、作りかけの建物。
 かくれんぼするにも、鬼ごっこするにも、それこそ人に隠れてやれるような場所としてもうってつけであった。
 立ち入り禁止となっているが、言うことを聞くような子は少ない。
 タバコや……薬物。
 そこまではしなくとも、不良同士の喧嘩が行われるような場合もある。


 下校の時の陽菜の何かを考えている顔と発言。
 脳にひっかかかり、不安がいくつも頭の中に浮かぶ。


「ちょっと、見てくる。もしも何かあったら、俺の携帯にかけるからっ」


 母の手から携帯電話を奪い取り、海斗はポケットからとりだした携帯電話をテーブルに叩きつけて、家を飛び出した。
 思い出してみれば、陽菜の様子がおかしかった気がする。


 先輩に脅されている。そのくらいならばまだ良い。
 もしも、もっと大きな事件に巻きこまれているのならば――海斗はいてもたってもいらなかった。
 家を飛び出してすぐに、海斗の家のほうへ少女が走ってくる。


 陽菜の友人だ。
 陽菜が家に呼んだことがあったため、海斗も顔見知り程度だが交流があった。


「か、海斗お兄さん!」
「どうしたんだ?」
「ひ、陽菜ちゃんから、メールが届いて……っ!」


 彼女が携帯電話を見せてくる。


『これから、びしっと言いにいくから』
「どういうことだ?」


 メールだけでは理解できずに、問うと、彼女は涙を流しながら必死に言葉を出してくる。


「ひ、陽菜ちゃんずっとストーカーされてて……けど、『もう中学生になったから。お兄ちゃんに弱い奴って思われたくないから』……って一人でどうにかしようと思っていたらしくて、私電話したんですけど、かからなくてっ」
「ストーカーだと?」


 海斗は舌打ちする。
 どれほどかはわからないが、恐らくつきまとわれているくらいのものだろう。


「……警察に連絡できるか?」
「は、はい」
「なら、友人が男の人に追い掛け回されている、相手が凶器を持っていて今にも殺そうとしているって伝えてくれ。場所は、この住所だ」


 母親の携帯電話を見せ、彼女はこくこくと頷く。
 多少嘘もあるかもしれないが、警察に動いてもらうためにも仕方ない。


「もしも、連絡が無理そうなら……俺の家で母さんに事情を話してくれればたぶん分かるから」
「わ、わかりました」
「後、もしかしたらあんたも狙われている可能性もある。一応、俺の家に隠れたほうがいいかも」
「わ、わかりました」


 彼女は壊れた人形のように何度も首を振り、海斗の家のほうへ歩いていく。
 海斗もすぐさま、工事現場のほうへと向かった。




 2




 相変わらずピリピリとした空気が満ちているそこで、見慣れた顔の男に気づかれた。


「か、海斗さんっ!? ち、ちす!」
「黙れ。勝手にじゃれついてくるんじゃねぇよ」
「う、うす……」


 工事現場まで行くと、やはり不良がたむろしていた。
 闇に隠れるように、ひっそりと五人ほどで線香花火で遊んでいた。
 海斗が前にぼこしてやった奴らだ。


「おまえら、ここに女と怪しい奴を見なかったか?」
「み、みたっす。おいかけっこしていたっす!」
「何でとめねぇんだよアホがっ」
「びえっ!?」


 リーダーである男の腹に軽く膝を入れると、不良グループが怯えた様子を見せる。
 海斗が睨みつけ、


「おまえら、すぐにその女の子の保護に動けっ! モタモタしていたら、ぶちのめす!」


 威圧するように叫ぶ。
 リーダーが復活して、すぐに指示を出す。


「わ、わかりましたっ! おまえら、探せ! か、海斗さんに殺されるぞ!」
「そこまではしねぇよ」
「わ、わかりました!」
「へいや!」


 すぐに彼らが走り出し、海斗も携帯電話を見ながら走る。
 すぐにそいつは見つかった。
 陽菜が壁際に追いこまれていて、がたがたと震えている。
 必死に携帯電話を握っている。


 彼女の前には、ふらふらとした足取りの男がいた。
 右手にはナイフが構えられ、左手には長い袋のようなものを持っている。
 夜に溶けこむような黒服でそんな装備をしているのだから、ストーカーでなくとも怪しい人物だ。


「……陽菜っ!」


 海斗が叫ぶと、男が振り返る。
 男の反応は極めて緩慢だ。あれだけの武器を装備しての慢心がそうさせているのだろう。
 海斗は間合いを詰め、加速を乗せた蹴りを放つ。
 男が沈む。
 陽菜を守るようにたち、海斗は陽菜の肩を掴む。


「お、お兄ちゃん!? ど、どうして!?」
「おまえの携帯、位置分かるようになってるだろ」


 呼吸を整えていると、背後に気配を感じる。
 蹴った感触はそれなりであったが、男はすでに立っていてナイフを持って突っこんでくる。


「ぼ、僕と陽菜ちゃんを邪魔するんじゃないっ」


 振り返りながら、拳を放ち男の顔を捉える。
 しかし、それでも男は根性を振り絞ったのか倒れない。
 海斗の腹に鋭い痛みが襲いかかる。
 戦闘を放棄して痛みに転げ回りたくなる。
 それでも、海斗は気合で捻じ伏せて左拳を放つ。
 男がふらつき、倒れる。
 腹に手をやる。
 ナイフが深く刺さっている。


「お、お兄ちゃんっ!」


 陽菜が肩を掴んでくる。
 ゆらりと海斗の背中に影が落ちる。
 無駄に体力のある奴だ、舌打ちする。


「僕と……陽菜ちゃんの仲を引き裂こうとしやがってっ! 殺してやるっ、殺してやる!」


 ゆらりと起き上がったストーカー男は金属バットを構えていた。
 立ち上がろうとしたが、痛みに体が強張る。


「死ねっ!」


 陽菜を突き飛ばそうとしたが、海斗の手が空を切る。
 陽菜がいない。
 振り下ろされた金属バットが、陽菜に当たる。


「陽菜っ!」
「陽菜ちゃん!?」


 男が素っ頓狂な声をあげる。
 海斗は倒れていく陽菜を見ながら、怒りに任せて立ちあがる。


「ど、どうしてっ。どうしてこんな男なんかを庇ったんだ! 僕の手を汚させないために、なのか?」
「……黙れよっ」


 体が痛む。
 それでもどうにか動いてくれる。
 庇ってくれた陽菜を医者に連れて行かなければ。
 腹に刺さったナイフを抜き、男に近づく。
 男はまだ動揺があるようだが、きっと睨みつけてくる。


「おまえのせいでっ。おまえのせいで、陽菜ちゃんがっ!」


 金属バットが振るわれ、海斗は左腕で庇う。
 しかし、守りが甘かった。
 男がバットを戻し、海斗の顔に直撃する。
 痛むに顔が歪む。
 倒れそうになる体に力をこめる。


 右手に持ったナイフで男の腕を刺す。


「う、うぁぁぁ!?」
「黙れって言っているのが聞こえねぇのか?」


 刺したナイフを思いきり放り投げ、男が落とした金属バットを片手で掴む。
 そして、ためらいもなく男の足へと振りぬく。
 男が悲鳴をあげ、その場を転げ回る。
 金属バットを持ったままでいると、不良のリーダーが駆けてくる。


「あ、兄貴! だ、大丈夫ですか!?」
「……すぐに、救急車を呼んでくれ……陽菜が……」
「妹さんっすねっ。任せてくださいっ」


 彼がすかさず連絡をしながら、取り出した応急手当グッズを使い妹の止血をしていく。
 そういえば、と海斗は薄れ行く意識で思いだす。
 こいつら、喧嘩が滅茶苦茶弱く、怪我ばかりするため、全員そんなグッズを持っていたな、と。




 3




「だいたい、こんな感じだな」


 海斗が覚えている範囲のことを伝えると、シフォンとサーファは顔を見合わせた。


「それで、妹さんはどうなりましたの?」
「……分からない。俺はそこで、死んで……こうして異世界に来たんだ。まあ、けど……陽菜はバットに殴られたっていっても、頭とかじゃなかったし……あの不良共がどうにかしてくれた、はず」


 馬鹿な連中だが、無駄に知識はある奴らだ。


「カイトさんは転生、といったところでしょうか?」
「どうなんだろうな。今の俺は、死ぬ前の年齢らしいし……転移なのか、転生なのかは曖昧なところだ」
「そうですの」


 シフォンとサーファが視線を合わせる。
 二人はその目のやり取りだけで意見が合致したのか、頷いている。


「……俺が原因なんだよ。中学生になったからって、いきなり強くなれるわけがないのに、全部押し付けて。出来るなら、謝りたいもんだ」


 海斗は笑顔を二人に向ける。
 自分の中で一応の折り合いはついている。
 と、彼女らは両側からぎゅっと抱きついてくる。


「話してくださり、ありがとうございましたわ」
「はい。カイトさんの理解を深められました、おーよちよち」
「……ああ、ありがとな」


 慰めてくれた二人に返事をすると、彼女らは離れながら両手を後ろにやってはにかんだ。


「もう、落ち込んでいるわけではありませんのね?」
「たまに思いだして、謝りたいな、とは思うけどな」
「謝罪、ですか。……妹さんのほうもきっと同じに思っていると思いますよ」
「……かもしれないな」


 守ろうとしたのに、自分は死んだのだから、妹にはショックもあっただろう。
 すべてが失敗に終わった。
 だから、もう海斗は失敗しないように異世界に来てからは気をつけていた。
 結局死ぬような目にあってしまっているあたり、まだまだ力不足だとも思っている。
 シフォンと、サーファは視線を合わせたあと、髪を解いた。
 真っ直ぐに髪が落ちる。
 双子というが、二人の髪の長さもほとんど同じだ。


「……それでは! 元気のないカイトさんに問題ですわ」
「問題です」


 シフォンとサーファが手を繋いでぐるぐると回る。


「はい、どちらがシフォンで、サーファ、わかりますの?」
「……シフォンが左で、サーファが右」
「……カイトさんの馬鹿」


 シフォンが胸を隠し、睨みつけてくる。
 サーファがポンと手をうち、シフォンがキスをする。


「そ、それでは……今度は顔だけですわっ」


 サーファが指をならし、首から下を隠すように衝立が生まれる。


「私たち双子の見分けは誰にもつけられないですよ」
「それは、わたくしたちの容姿がまるで同じだからですわ」


 衝立の中で、二人が入れ替わる。
 海斗は片手を腰にあてる。


「もしも当てたらどうする?」
「そうですわね……」
「サーファが脱ぎます」
「脱ぎませんわよっ!」
「では……サーファが裸になります」
「いつもわたくしを使わないでくださいましっ、胸なし!」
「……殺す」
「ギャーッ! か、カイトさんお助けをっ」


 衝立の中で殺人が行われそうだが、海斗は笑って放っておいた。
 やがて、二人が顔だけを出す。


「……と、とにかく」
「さあ、どちらがどちらでしょうか?」


 声もまるで同じ。
 間違えるはずがない。
 鑑定を使いながら答える。


「右が、シフォンで、左がサーファだ」
「……っ!」
「……運の良い方ですね。負けたらカイトさんに脱いでもらおうと思っていたのにっ」
「何度やっても、俺が当てるぞ?」


 それから、しばらく……そんな他愛もない遊びを楽しんだ。

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