よくあるチートで異世界最強

木嶋隆太

第五話 ファイト

 1




 ……生意気。
 カイトが眠ったのを確認し、ナツキは体を起こした。


「……あたし、もう弱くないわよっ」


 のん気に眠っているブサイクなカイトに向かってべーと舌を出す。
 完全に眠っているのは、それだけ疲れたからだろう。
 もともとは人間というが、その身体はただのゴブリンだ。


 臆病で、体力もない。それが、ナツキのカイトへの評価だった。
 カイトの戦いは卑怯で、情けない。
 敵の背後をとり、奇襲まがいの攻撃。
 まるで……弱者のような戦いだ。


 もう、弱くはない。
 ナツキは自分に言い聞かせる。もう弱いままであるのは嫌だったから。
 強さの証明。
 もう自分は弱くない。その証明のために、オークを早く討伐し……過去に囚われてないのを目に残るものにしておきたかった。


 この地域では危険とされているオーク。
 しかし、二レベルで倒したという話も聞いたことはある。
 だったら――出来る。
 勇者に匹敵するスキルを所持しているのだから、出来ないはずがない。


 ナツキは剣を持ち、寝床からのそりとはいでる。
 音をたてないように。カイトに気づかれてはいけない。
 明日の朝、ここにオークの死体を持ってきたらカイトはどんな顔をするだろう。
 それを想像してナツキは笑みを作った。
 途中出てくるウルフやゴブリンなど、相手にならない。
 三対一であっても、一対ずつ潰していけば問題ない。


 狩り終えて汗を拭う。
 疲れがぬけたところでさっさとオークを探す。
 街からだいぶ離れた場所……昼間にカイトと見た海が近くにあるのがわかる。


 そこでオークを発見した。
 初めは眠っていると思ったが、違う。
 オークははっきりと目を開き、ナツキに向けられる。
 一瞬、体が震える。
 それを振り払い、木々をなぎ倒しているオークを睨む。


「オーク! あたしはあんたに勝負を申し込むわっ」


 剣をオークに向けて叫ぶ。
 オークの耳がぴくりと動き、軽く吠えて駆けてくる。
 馬鹿で直情的な動き。
 読みやすい攻撃に笑みを作る。


 回避し、オークの体に傷をつけていく。
 回避に専念していれば怖くはない。
 誰かがオークは馬鹿な生き物だと語っていた。
 まったくその通りだ。
 オークは拳と蹴りを振るうが、当たるはずがない。
 大振りを回避し、着実にダメージを与えていく。


「はっ! どうしたのよオーク! あたしは、あんたを倒して……昨日までのあたしを乗り越える!」


 もう、一人だって怖くはない。
 誰かに捨てられても、誰かに裏切られても。
 何でも一人で出来るように。
 感情をこめてオークに剣を振りぬく。
 オークの体が沈み、膝をつく。
 幕引きはもうすぐそこだ。


 ナツキは笑みを浮かべ、オークの体へ肉薄する。
 ニヤリ、とオークの口元が歪んだ気がした。
 途端、背筋を撫でられ、舐め回されたかのような悪寒が駆け抜け足を止める。
 オークの喉が膨れ上がる。


「オォォォッ――!」


 膨れた喉から爆音が吐き出される。
 空気が揺れる。
 世界が揺れる。
 周囲の崩れかけていた木々が倒れる。
 それほどまでの音が、ナツキの全身を襲う。
 反射的に身体が竦み、硬直する。


 汗がじわりと伝わり、焦りが心を押しつぶす。
 動け、動け。
 願っても、身体は動いてくれない。


「オォッ!」


 怒り交じりの拳が振りぬかれ、ナツキの身体が弾き飛ばされた。
 絶望を与えるような痛み。
 寸前で何とか身体が動き、剣で身を守ったが、それでも全身が重たい。
 まだ風邪をひいて熱を出したときのほうがラクだった。


 ――ああ、あのときは……家族も使用人も心配してくれた。
 今は誰もいない。
 何が昨日までのあたしを乗り越えるだ。
 結局、昔にすがって……今だって怖くて身体が震えてしまっている。
 何もできない、臆病者のままだ――。


 レベルがあがったからといって、人間の心までは成長しない。
 怖い。
 オークがゆっくりと迫ってくる。
 オークは獲物を見つけた喜びか、重量のある唾液が落ちる。


「い、いや……来ないでっ」


 誰か、誰か。
 さっきまでの余裕は完全に失せた。
 どうしてこんな化け物に挑もうとした。
 勝てるはずがない。
 何度もカイトは指摘してくれた。
 やめておけ、無理だ、レベル3になってからにしろ。
 ああ、その通りだ。
 無謀なことをした。
 誰か――? 結局、一人では何も出来ていない。
 ここにいない何者かを頼っている。
 ――死にたくないっ、死にたくないよっ!


「嫌よっ! 誰か……誰かっ! カイト、カイトっ! 助けてよ!」


 オークが拳を思いきり振りあげる。このまま、押しつぶすかのように。




 2




 良い朝だ。
 などというわけがない。
 まだ外は真っ暗だ。
 海斗は頭の中にがんがん響くアオイの声に苛立った。


(なんだよ? まだ、眠って三十分しか経ってねぇぞ)
(人がせっかく、九時に仕事が終わったのに、三十分も無視しおって! はっ! そ、それどころじゃないんじゃよ! おぬしが拾ったガキがいないんじゃよ!)
(ガキって言葉悪いな……って、ナツキマジでいないな)
(そ、そうなんじゃよ! さっき小説が届いて、見ていたんじゃが……)
(……なるほどな。俺にもそれを見せてくれ)
(わかったんじゃよっ)


 文章をざっと読み、海斗は簡単に状況を理解する。
 すぐにステータスを開く。
 今日の九時にしっかりポイントが入っている。
 よかった。これがなければ、このままナツキを失った。
 以前見た探知Lv1を獲得する。


(豪快な使い方じゃなっ、迷いなしか!)
(助けたいからな)


 誰かを失うのは嫌だ。すぐに発動する。
 魔力はそれほど使わない。
 海斗の魔力だって、少しずつだが成長している。
 海斗はいくつかの魔物の死体を発見する。


(寝なくていいのか?)
(寝れるか!)
(お肌に悪いし、明日の仕事に影響でるぞ?)
(そのくらい知らんのじゃ! ほれ、早くせい!)


 見つけたウルフの死体から、ナツキの太刀筋だとわかる。
 近くに血が垂れている。
 しばらく歩き、目印を失ったところで、もう一度探知を放つ。
 レベル1であるためにそこまでの範囲を調べることは出来ない。


 途中に死体があるおかげで、探知自体はそれほど難しくない。
 ようやく遠くにナツキの反応を見つける。
 ナツキかどうかは確定できない。
 探知でわかるのは、魔物か人間か、というだけだ。
 人間の反応をみつけ、ナツキだろうという予想でしかない。


 走りっぱなしで身体は重たい。
 それでも全力で動く。
 昼間の海の近く。風が海のほうへと吹いていく。
 夜になると、風向きが変わるようだ。
 そこでナツキの姿を発見する。


 オークの遠吠えが耳に届く。
 動きを阻害する効果があるようで、ナツキの動きが止まる。
 危険だ。
 寸前で彼女は剣で受けたが、ボールのように弾き飛ぶ。


「カイト……っ助けてよ!」


 そんな叫びが聞こえた。
 ――また、失敗した。
 海斗はふとそんなことを思ったが、首を振る。
 助けないという選択はない。


「サンダーボルト!」


 雷が真っ直ぐにオークの目を射抜く。
 オークは振り上げていた手で、痛みをどうにかしようと目をこする。
 片目を失ったオークは苛立ちまじりに海斗の姿を捉えてくる。
 視線にさらされ、肉体強化のスキルを発揮し、いまだ震えているナツキを担ぐ。


「か、カイト……っ! ど、どうして!」


 心の底から安堵したようにナツキが胸に抱きついてくる。


「探知の魔法で見つけたんだ」


 無駄に使わされたポイントについて暗に攻めると、ナツキは首を振る。


「ち、違うっ! どうして……助けに来てくれたの」


 答える必要があるのだろうか。
 ナツキの体を下ろし、彼女の剣を握る。
 ゴブリンの体でも十分扱えるサイズ。


「裏切らない、守るって言っただろ。ほかに理由は必要か?」
「……」


 ナツキはその場で膝をつき、目元に涙を浮かべる。
 慰める時間はない。




 3




「あ、あんたじゃ……あいつには勝てない!」
「ああ、倒すのは俺じゃない。あいつは世界につぶされる」
「ど、どういうことよ」
「見ていればわかるさ。おまえは回避に専念しろ」


 すべてをここで伝えてしまえば、神たちの先を読む楽しみを奪う。
 そんな思考が出るほどには、落ち着いていた。
 オークの注意をひきながら、ナツキから離れる。


 オークは近くの木を掴み、両手で持つ。
 オークが木を振り下ろしてくる。
 回避すると、木が地面に叩きつけられる。
 地響きが伝わる。異常な力だ。


 オークはそのまま木を放り投げた。
 手に持った剣を傾け、切り裂く。切れ味の良い剣に助けられた。
 オークが間合いを詰める。お互いの距離はさしてない。あっという間につまり、拳が迫る。
 回避するが、続く蹴りに弾き飛ばされる。


 体を起こす。
 すでに目の前にオークがいる。
 振りぬかれる拳を横に転がって回避する。
 オークは木を鷲づかみ、そのまま横へなぎ払う。
 回避が間に合わない。
 弾き飛ばされる。


「カイト! ごめんなさい……ッ! ごめんなさいっ! あたしのせいで! あたしが勝手なことをしてっ!」
「泣くなっ。自分のやった行動に否があるなら泣くな」
「だ、だって……っ」
「泣いたって時間は戻らない。今は俺の応援でもしててくれ」


 余裕をアピールするように海斗は笑みを浮かべる。
 ナツキが涙の浮かんだ顔を拭い、決意を固めるように目を鋭くする。
 オークの連続攻撃のパターンは掴んだ。
 魔力も十分たまった。


 やるのならば、次の攻撃だろう。
 近くにあった小石を拾いながら、距離をあけていく。
 崖のほうへと歩きだしたところで、オークが駆けてくる。


 拳をかわすが、蹴りに弾かれる。
 木に背中がぶつかり、間合いをつぶされる。
 拳を交わす。背後の木がつかまれ、その瞬間を狙い海斗は目に剣を突き刺す。


「オ……ァァァ!?」


 オークは両目を失った。
 後ろにのけぞり、気配だけで海斗に拳を振るう。
 それなりに居場所を特定しているのはさすがだ。
 海斗は敵の意識を操る術を持っている。


 さすがに、両目が見えなければ疑うこともないだろう。
 崖のほうに近づきながら、海斗は成長した最大の魔力で小石にデコイをかけ、ぽいっと崖下に捨てる。
 そして、自分を希薄にすることに集中する。
 目を失ったオークは、怪しむことなく小石を追いかけて崖下に飛び降りた。


「オガガ!!」


 後はもう、見るまでもない。
 海か、絶壁のどちらかがオークを殺した。
 一応経験値とポイントも入った。
 オークの経験値は1000。ゴブリン十体分といわれると、どっと疲れがたまってしまった。
 同時に、傷つけられた身体を支えられず、膝をつく。


「カイト!」
「元気そうだな」
「か、カイト……体っ、早く手当てしないと!」
「魔物にいける病院があるなら、教えてほしいもんだな」


 自己治癒が発動しているが、ゆっくりだ。一日寝ていれば傷は完全に塞がる。
 涙を浮かべているナツキに、厳しい目を向ける。


「いいか、ナツキ。俺は……いや、おまえだって簡単に治療を受けられる状態じゃない。治療を受ける金は? 治療を受けるには街にもはいる必要がある。俺には完全に無理なことで、おまえにだってラクなことじゃない。理解できるな?」
「う……ん」
「生活の中心はフィールドだ。そこでの怪我は、どんなに小さくても大打撃になる。俺はさしてフィールド暮らしはしていないが、数日で理解した。大きな怪我は絶対にしてはいけない」
「……うん、ごめんなさい」
「確かに……レベルあげは地味だ。おまけに、おまえには才能が溢れている。だから……ゴブリンでちまちま狩るのはつまらないかもしれない。だけど……一気に突き抜ける必要はない。おまえは他の人の五倍早く成長できる。普通の人が五年かけなければたどりつけない場所にも、一年で到達できる。……わかるな? 焦る必要はない」
「……うん、うん。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


 海斗は説教があまり好きではない。
 説教には、その人の価値観が多く含まれる。
 知らぬ間に、相手を追い込む可能性がある。


 それでも、伝えておかなければならない。
 ナツキがどうして、オーク討伐に出たのか……だいたいの理由はわかっていた。


「……おまえは昨日よりも強い」
「……っ」
「だけど、昨日のおまえだって忘れちゃいけない。弱いときを知っているからこそ、おまえは成長できたんだ。だから、全部嫌なもの、ダメなものだって決めて……逃げちゃダメだ。逃げたらきっと……弱くなる」
「うん……ごめんなさいっ。もう勝手なことしない……だから、あたしを捨てないでっ! ごめんなさいっ!」


 ナツキはそれからひとしきり泣いた。
 まだ安全と決まったわけじゃないため、海斗は泣いている彼女を引っぱっていった。

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