よくあるチートで異世界最強
第五話 ファイト
1
……生意気。
カイトが眠ったのを確認し、ナツキは体を起こした。
「……あたし、もう弱くないわよっ」
のん気に眠っているブサイクなカイトに向かってべーと舌を出す。
完全に眠っているのは、それだけ疲れたからだろう。
もともとは人間というが、その身体はただのゴブリンだ。
臆病で、体力もない。それが、ナツキのカイトへの評価だった。
カイトの戦いは卑怯で、情けない。
敵の背後をとり、奇襲まがいの攻撃。
まるで……弱者のような戦いだ。
もう、弱くはない。
ナツキは自分に言い聞かせる。もう弱いままであるのは嫌だったから。
強さの証明。
もう自分は弱くない。その証明のために、オークを早く討伐し……過去に囚われてないのを目に残るものにしておきたかった。
この地域では危険とされているオーク。
しかし、二レベルで倒したという話も聞いたことはある。
だったら――出来る。
勇者に匹敵するスキルを所持しているのだから、出来ないはずがない。
ナツキは剣を持ち、寝床からのそりとはいでる。
音をたてないように。カイトに気づかれてはいけない。
明日の朝、ここにオークの死体を持ってきたらカイトはどんな顔をするだろう。
それを想像してナツキは笑みを作った。
途中出てくるウルフやゴブリンなど、相手にならない。
三対一であっても、一対ずつ潰していけば問題ない。
狩り終えて汗を拭う。
疲れがぬけたところでさっさとオークを探す。
街からだいぶ離れた場所……昼間にカイトと見た海が近くにあるのがわかる。
そこでオークを発見した。
初めは眠っていると思ったが、違う。
オークははっきりと目を開き、ナツキに向けられる。
一瞬、体が震える。
それを振り払い、木々をなぎ倒しているオークを睨む。
「オーク! あたしはあんたに勝負を申し込むわっ」
剣をオークに向けて叫ぶ。
オークの耳がぴくりと動き、軽く吠えて駆けてくる。
馬鹿で直情的な動き。
読みやすい攻撃に笑みを作る。
回避し、オークの体に傷をつけていく。
回避に専念していれば怖くはない。
誰かがオークは馬鹿な生き物だと語っていた。
まったくその通りだ。
オークは拳と蹴りを振るうが、当たるはずがない。
大振りを回避し、着実にダメージを与えていく。
「はっ! どうしたのよオーク! あたしは、あんたを倒して……昨日までのあたしを乗り越える!」
もう、一人だって怖くはない。
誰かに捨てられても、誰かに裏切られても。
何でも一人で出来るように。
感情をこめてオークに剣を振りぬく。
オークの体が沈み、膝をつく。
幕引きはもうすぐそこだ。
ナツキは笑みを浮かべ、オークの体へ肉薄する。
ニヤリ、とオークの口元が歪んだ気がした。
途端、背筋を撫でられ、舐め回されたかのような悪寒が駆け抜け足を止める。
オークの喉が膨れ上がる。
「オォォォッ――!」
膨れた喉から爆音が吐き出される。
空気が揺れる。
世界が揺れる。
周囲の崩れかけていた木々が倒れる。
それほどまでの音が、ナツキの全身を襲う。
反射的に身体が竦み、硬直する。
汗がじわりと伝わり、焦りが心を押しつぶす。
動け、動け。
願っても、身体は動いてくれない。
「オォッ!」
怒り交じりの拳が振りぬかれ、ナツキの身体が弾き飛ばされた。
絶望を与えるような痛み。
寸前で何とか身体が動き、剣で身を守ったが、それでも全身が重たい。
まだ風邪をひいて熱を出したときのほうがラクだった。
――ああ、あのときは……家族も使用人も心配してくれた。
今は誰もいない。
何が昨日までのあたしを乗り越えるだ。
結局、昔にすがって……今だって怖くて身体が震えてしまっている。
何もできない、臆病者のままだ――。
レベルがあがったからといって、人間の心までは成長しない。
怖い。
オークがゆっくりと迫ってくる。
オークは獲物を見つけた喜びか、重量のある唾液が落ちる。
「い、いや……来ないでっ」
誰か、誰か。
さっきまでの余裕は完全に失せた。
どうしてこんな化け物に挑もうとした。
勝てるはずがない。
何度もカイトは指摘してくれた。
やめておけ、無理だ、レベル3になってからにしろ。
ああ、その通りだ。
無謀なことをした。
誰か――? 結局、一人では何も出来ていない。
ここにいない何者かを頼っている。
――死にたくないっ、死にたくないよっ!
「嫌よっ! 誰か……誰かっ! カイト、カイトっ! 助けてよ!」
オークが拳を思いきり振りあげる。このまま、押しつぶすかのように。
2
良い朝だ。
などというわけがない。
まだ外は真っ暗だ。
海斗は頭の中にがんがん響くアオイの声に苛立った。
(なんだよ? まだ、眠って三十分しか経ってねぇぞ)
(人がせっかく、九時に仕事が終わったのに、三十分も無視しおって! はっ! そ、それどころじゃないんじゃよ! おぬしが拾ったガキがいないんじゃよ!)
(ガキって言葉悪いな……って、ナツキマジでいないな)
(そ、そうなんじゃよ! さっき小説が届いて、見ていたんじゃが……)
(……なるほどな。俺にもそれを見せてくれ)
(わかったんじゃよっ)
文章をざっと読み、海斗は簡単に状況を理解する。
すぐにステータスを開く。
今日の九時にしっかりポイントが入っている。
よかった。これがなければ、このままナツキを失った。
以前見た探知Lv1を獲得する。
(豪快な使い方じゃなっ、迷いなしか!)
(助けたいからな)
誰かを失うのは嫌だ。すぐに発動する。
魔力はそれほど使わない。
海斗の魔力だって、少しずつだが成長している。
海斗はいくつかの魔物の死体を発見する。
(寝なくていいのか?)
(寝れるか!)
(お肌に悪いし、明日の仕事に影響でるぞ?)
(そのくらい知らんのじゃ! ほれ、早くせい!)
見つけたウルフの死体から、ナツキの太刀筋だとわかる。
近くに血が垂れている。
しばらく歩き、目印を失ったところで、もう一度探知を放つ。
レベル1であるためにそこまでの範囲を調べることは出来ない。
途中に死体があるおかげで、探知自体はそれほど難しくない。
ようやく遠くにナツキの反応を見つける。
ナツキかどうかは確定できない。
探知でわかるのは、魔物か人間か、というだけだ。
人間の反応をみつけ、ナツキだろうという予想でしかない。
走りっぱなしで身体は重たい。
それでも全力で動く。
昼間の海の近く。風が海のほうへと吹いていく。
夜になると、風向きが変わるようだ。
そこでナツキの姿を発見する。
オークの遠吠えが耳に届く。
動きを阻害する効果があるようで、ナツキの動きが止まる。
危険だ。
寸前で彼女は剣で受けたが、ボールのように弾き飛ぶ。
「カイト……っ助けてよ!」
そんな叫びが聞こえた。
――また、失敗した。
海斗はふとそんなことを思ったが、首を振る。
助けないという選択はない。
「サンダーボルト!」
雷が真っ直ぐにオークの目を射抜く。
オークは振り上げていた手で、痛みをどうにかしようと目をこする。
片目を失ったオークは苛立ちまじりに海斗の姿を捉えてくる。
視線にさらされ、肉体強化のスキルを発揮し、いまだ震えているナツキを担ぐ。
「か、カイト……っ! ど、どうして!」
心の底から安堵したようにナツキが胸に抱きついてくる。
「探知の魔法で見つけたんだ」
無駄に使わされたポイントについて暗に攻めると、ナツキは首を振る。
「ち、違うっ! どうして……助けに来てくれたの」
答える必要があるのだろうか。
ナツキの体を下ろし、彼女の剣を握る。
ゴブリンの体でも十分扱えるサイズ。
「裏切らない、守るって言っただろ。ほかに理由は必要か?」
「……」
ナツキはその場で膝をつき、目元に涙を浮かべる。
慰める時間はない。
3
「あ、あんたじゃ……あいつには勝てない!」
「ああ、倒すのは俺じゃない。あいつは世界につぶされる」
「ど、どういうことよ」
「見ていればわかるさ。おまえは回避に専念しろ」
すべてをここで伝えてしまえば、神たちの先を読む楽しみを奪う。
そんな思考が出るほどには、落ち着いていた。
オークの注意をひきながら、ナツキから離れる。
オークは近くの木を掴み、両手で持つ。
オークが木を振り下ろしてくる。
回避すると、木が地面に叩きつけられる。
地響きが伝わる。異常な力だ。
オークはそのまま木を放り投げた。
手に持った剣を傾け、切り裂く。切れ味の良い剣に助けられた。
オークが間合いを詰める。お互いの距離はさしてない。あっという間につまり、拳が迫る。
回避するが、続く蹴りに弾き飛ばされる。
体を起こす。
すでに目の前にオークがいる。
振りぬかれる拳を横に転がって回避する。
オークは木を鷲づかみ、そのまま横へなぎ払う。
回避が間に合わない。
弾き飛ばされる。
「カイト! ごめんなさい……ッ! ごめんなさいっ! あたしのせいで! あたしが勝手なことをしてっ!」
「泣くなっ。自分のやった行動に否があるなら泣くな」
「だ、だって……っ」
「泣いたって時間は戻らない。今は俺の応援でもしててくれ」
余裕をアピールするように海斗は笑みを浮かべる。
ナツキが涙の浮かんだ顔を拭い、決意を固めるように目を鋭くする。
オークの連続攻撃のパターンは掴んだ。
魔力も十分たまった。
やるのならば、次の攻撃だろう。
近くにあった小石を拾いながら、距離をあけていく。
崖のほうへと歩きだしたところで、オークが駆けてくる。
拳をかわすが、蹴りに弾かれる。
木に背中がぶつかり、間合いをつぶされる。
拳を交わす。背後の木がつかまれ、その瞬間を狙い海斗は目に剣を突き刺す。
「オ……ァァァ!?」
オークは両目を失った。
後ろにのけぞり、気配だけで海斗に拳を振るう。
それなりに居場所を特定しているのはさすがだ。
海斗は敵の意識を操る術を持っている。
さすがに、両目が見えなければ疑うこともないだろう。
崖のほうに近づきながら、海斗は成長した最大の魔力で小石にデコイをかけ、ぽいっと崖下に捨てる。
そして、自分を希薄にすることに集中する。
目を失ったオークは、怪しむことなく小石を追いかけて崖下に飛び降りた。
「オガガ!!」
後はもう、見るまでもない。
海か、絶壁のどちらかがオークを殺した。
一応経験値とポイントも入った。
オークの経験値は1000。ゴブリン十体分といわれると、どっと疲れがたまってしまった。
同時に、傷つけられた身体を支えられず、膝をつく。
「カイト!」
「元気そうだな」
「か、カイト……体っ、早く手当てしないと!」
「魔物にいける病院があるなら、教えてほしいもんだな」
自己治癒が発動しているが、ゆっくりだ。一日寝ていれば傷は完全に塞がる。
涙を浮かべているナツキに、厳しい目を向ける。
「いいか、ナツキ。俺は……いや、おまえだって簡単に治療を受けられる状態じゃない。治療を受ける金は? 治療を受けるには街にもはいる必要がある。俺には完全に無理なことで、おまえにだってラクなことじゃない。理解できるな?」
「う……ん」
「生活の中心はフィールドだ。そこでの怪我は、どんなに小さくても大打撃になる。俺はさしてフィールド暮らしはしていないが、数日で理解した。大きな怪我は絶対にしてはいけない」
「……うん、ごめんなさい」
「確かに……レベルあげは地味だ。おまけに、おまえには才能が溢れている。だから……ゴブリンでちまちま狩るのはつまらないかもしれない。だけど……一気に突き抜ける必要はない。おまえは他の人の五倍早く成長できる。普通の人が五年かけなければたどりつけない場所にも、一年で到達できる。……わかるな? 焦る必要はない」
「……うん、うん。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
海斗は説教があまり好きではない。
説教には、その人の価値観が多く含まれる。
知らぬ間に、相手を追い込む可能性がある。
それでも、伝えておかなければならない。
ナツキがどうして、オーク討伐に出たのか……だいたいの理由はわかっていた。
「……おまえは昨日よりも強い」
「……っ」
「だけど、昨日のおまえだって忘れちゃいけない。弱いときを知っているからこそ、おまえは成長できたんだ。だから、全部嫌なもの、ダメなものだって決めて……逃げちゃダメだ。逃げたらきっと……弱くなる」
「うん……ごめんなさいっ。もう勝手なことしない……だから、あたしを捨てないでっ! ごめんなさいっ!」
ナツキはそれからひとしきり泣いた。
まだ安全と決まったわけじゃないため、海斗は泣いている彼女を引っぱっていった。
……生意気。
カイトが眠ったのを確認し、ナツキは体を起こした。
「……あたし、もう弱くないわよっ」
のん気に眠っているブサイクなカイトに向かってべーと舌を出す。
完全に眠っているのは、それだけ疲れたからだろう。
もともとは人間というが、その身体はただのゴブリンだ。
臆病で、体力もない。それが、ナツキのカイトへの評価だった。
カイトの戦いは卑怯で、情けない。
敵の背後をとり、奇襲まがいの攻撃。
まるで……弱者のような戦いだ。
もう、弱くはない。
ナツキは自分に言い聞かせる。もう弱いままであるのは嫌だったから。
強さの証明。
もう自分は弱くない。その証明のために、オークを早く討伐し……過去に囚われてないのを目に残るものにしておきたかった。
この地域では危険とされているオーク。
しかし、二レベルで倒したという話も聞いたことはある。
だったら――出来る。
勇者に匹敵するスキルを所持しているのだから、出来ないはずがない。
ナツキは剣を持ち、寝床からのそりとはいでる。
音をたてないように。カイトに気づかれてはいけない。
明日の朝、ここにオークの死体を持ってきたらカイトはどんな顔をするだろう。
それを想像してナツキは笑みを作った。
途中出てくるウルフやゴブリンなど、相手にならない。
三対一であっても、一対ずつ潰していけば問題ない。
狩り終えて汗を拭う。
疲れがぬけたところでさっさとオークを探す。
街からだいぶ離れた場所……昼間にカイトと見た海が近くにあるのがわかる。
そこでオークを発見した。
初めは眠っていると思ったが、違う。
オークははっきりと目を開き、ナツキに向けられる。
一瞬、体が震える。
それを振り払い、木々をなぎ倒しているオークを睨む。
「オーク! あたしはあんたに勝負を申し込むわっ」
剣をオークに向けて叫ぶ。
オークの耳がぴくりと動き、軽く吠えて駆けてくる。
馬鹿で直情的な動き。
読みやすい攻撃に笑みを作る。
回避し、オークの体に傷をつけていく。
回避に専念していれば怖くはない。
誰かがオークは馬鹿な生き物だと語っていた。
まったくその通りだ。
オークは拳と蹴りを振るうが、当たるはずがない。
大振りを回避し、着実にダメージを与えていく。
「はっ! どうしたのよオーク! あたしは、あんたを倒して……昨日までのあたしを乗り越える!」
もう、一人だって怖くはない。
誰かに捨てられても、誰かに裏切られても。
何でも一人で出来るように。
感情をこめてオークに剣を振りぬく。
オークの体が沈み、膝をつく。
幕引きはもうすぐそこだ。
ナツキは笑みを浮かべ、オークの体へ肉薄する。
ニヤリ、とオークの口元が歪んだ気がした。
途端、背筋を撫でられ、舐め回されたかのような悪寒が駆け抜け足を止める。
オークの喉が膨れ上がる。
「オォォォッ――!」
膨れた喉から爆音が吐き出される。
空気が揺れる。
世界が揺れる。
周囲の崩れかけていた木々が倒れる。
それほどまでの音が、ナツキの全身を襲う。
反射的に身体が竦み、硬直する。
汗がじわりと伝わり、焦りが心を押しつぶす。
動け、動け。
願っても、身体は動いてくれない。
「オォッ!」
怒り交じりの拳が振りぬかれ、ナツキの身体が弾き飛ばされた。
絶望を与えるような痛み。
寸前で何とか身体が動き、剣で身を守ったが、それでも全身が重たい。
まだ風邪をひいて熱を出したときのほうがラクだった。
――ああ、あのときは……家族も使用人も心配してくれた。
今は誰もいない。
何が昨日までのあたしを乗り越えるだ。
結局、昔にすがって……今だって怖くて身体が震えてしまっている。
何もできない、臆病者のままだ――。
レベルがあがったからといって、人間の心までは成長しない。
怖い。
オークがゆっくりと迫ってくる。
オークは獲物を見つけた喜びか、重量のある唾液が落ちる。
「い、いや……来ないでっ」
誰か、誰か。
さっきまでの余裕は完全に失せた。
どうしてこんな化け物に挑もうとした。
勝てるはずがない。
何度もカイトは指摘してくれた。
やめておけ、無理だ、レベル3になってからにしろ。
ああ、その通りだ。
無謀なことをした。
誰か――? 結局、一人では何も出来ていない。
ここにいない何者かを頼っている。
――死にたくないっ、死にたくないよっ!
「嫌よっ! 誰か……誰かっ! カイト、カイトっ! 助けてよ!」
オークが拳を思いきり振りあげる。このまま、押しつぶすかのように。
2
良い朝だ。
などというわけがない。
まだ外は真っ暗だ。
海斗は頭の中にがんがん響くアオイの声に苛立った。
(なんだよ? まだ、眠って三十分しか経ってねぇぞ)
(人がせっかく、九時に仕事が終わったのに、三十分も無視しおって! はっ! そ、それどころじゃないんじゃよ! おぬしが拾ったガキがいないんじゃよ!)
(ガキって言葉悪いな……って、ナツキマジでいないな)
(そ、そうなんじゃよ! さっき小説が届いて、見ていたんじゃが……)
(……なるほどな。俺にもそれを見せてくれ)
(わかったんじゃよっ)
文章をざっと読み、海斗は簡単に状況を理解する。
すぐにステータスを開く。
今日の九時にしっかりポイントが入っている。
よかった。これがなければ、このままナツキを失った。
以前見た探知Lv1を獲得する。
(豪快な使い方じゃなっ、迷いなしか!)
(助けたいからな)
誰かを失うのは嫌だ。すぐに発動する。
魔力はそれほど使わない。
海斗の魔力だって、少しずつだが成長している。
海斗はいくつかの魔物の死体を発見する。
(寝なくていいのか?)
(寝れるか!)
(お肌に悪いし、明日の仕事に影響でるぞ?)
(そのくらい知らんのじゃ! ほれ、早くせい!)
見つけたウルフの死体から、ナツキの太刀筋だとわかる。
近くに血が垂れている。
しばらく歩き、目印を失ったところで、もう一度探知を放つ。
レベル1であるためにそこまでの範囲を調べることは出来ない。
途中に死体があるおかげで、探知自体はそれほど難しくない。
ようやく遠くにナツキの反応を見つける。
ナツキかどうかは確定できない。
探知でわかるのは、魔物か人間か、というだけだ。
人間の反応をみつけ、ナツキだろうという予想でしかない。
走りっぱなしで身体は重たい。
それでも全力で動く。
昼間の海の近く。風が海のほうへと吹いていく。
夜になると、風向きが変わるようだ。
そこでナツキの姿を発見する。
オークの遠吠えが耳に届く。
動きを阻害する効果があるようで、ナツキの動きが止まる。
危険だ。
寸前で彼女は剣で受けたが、ボールのように弾き飛ぶ。
「カイト……っ助けてよ!」
そんな叫びが聞こえた。
――また、失敗した。
海斗はふとそんなことを思ったが、首を振る。
助けないという選択はない。
「サンダーボルト!」
雷が真っ直ぐにオークの目を射抜く。
オークは振り上げていた手で、痛みをどうにかしようと目をこする。
片目を失ったオークは苛立ちまじりに海斗の姿を捉えてくる。
視線にさらされ、肉体強化のスキルを発揮し、いまだ震えているナツキを担ぐ。
「か、カイト……っ! ど、どうして!」
心の底から安堵したようにナツキが胸に抱きついてくる。
「探知の魔法で見つけたんだ」
無駄に使わされたポイントについて暗に攻めると、ナツキは首を振る。
「ち、違うっ! どうして……助けに来てくれたの」
答える必要があるのだろうか。
ナツキの体を下ろし、彼女の剣を握る。
ゴブリンの体でも十分扱えるサイズ。
「裏切らない、守るって言っただろ。ほかに理由は必要か?」
「……」
ナツキはその場で膝をつき、目元に涙を浮かべる。
慰める時間はない。
3
「あ、あんたじゃ……あいつには勝てない!」
「ああ、倒すのは俺じゃない。あいつは世界につぶされる」
「ど、どういうことよ」
「見ていればわかるさ。おまえは回避に専念しろ」
すべてをここで伝えてしまえば、神たちの先を読む楽しみを奪う。
そんな思考が出るほどには、落ち着いていた。
オークの注意をひきながら、ナツキから離れる。
オークは近くの木を掴み、両手で持つ。
オークが木を振り下ろしてくる。
回避すると、木が地面に叩きつけられる。
地響きが伝わる。異常な力だ。
オークはそのまま木を放り投げた。
手に持った剣を傾け、切り裂く。切れ味の良い剣に助けられた。
オークが間合いを詰める。お互いの距離はさしてない。あっという間につまり、拳が迫る。
回避するが、続く蹴りに弾き飛ばされる。
体を起こす。
すでに目の前にオークがいる。
振りぬかれる拳を横に転がって回避する。
オークは木を鷲づかみ、そのまま横へなぎ払う。
回避が間に合わない。
弾き飛ばされる。
「カイト! ごめんなさい……ッ! ごめんなさいっ! あたしのせいで! あたしが勝手なことをしてっ!」
「泣くなっ。自分のやった行動に否があるなら泣くな」
「だ、だって……っ」
「泣いたって時間は戻らない。今は俺の応援でもしててくれ」
余裕をアピールするように海斗は笑みを浮かべる。
ナツキが涙の浮かんだ顔を拭い、決意を固めるように目を鋭くする。
オークの連続攻撃のパターンは掴んだ。
魔力も十分たまった。
やるのならば、次の攻撃だろう。
近くにあった小石を拾いながら、距離をあけていく。
崖のほうへと歩きだしたところで、オークが駆けてくる。
拳をかわすが、蹴りに弾かれる。
木に背中がぶつかり、間合いをつぶされる。
拳を交わす。背後の木がつかまれ、その瞬間を狙い海斗は目に剣を突き刺す。
「オ……ァァァ!?」
オークは両目を失った。
後ろにのけぞり、気配だけで海斗に拳を振るう。
それなりに居場所を特定しているのはさすがだ。
海斗は敵の意識を操る術を持っている。
さすがに、両目が見えなければ疑うこともないだろう。
崖のほうに近づきながら、海斗は成長した最大の魔力で小石にデコイをかけ、ぽいっと崖下に捨てる。
そして、自分を希薄にすることに集中する。
目を失ったオークは、怪しむことなく小石を追いかけて崖下に飛び降りた。
「オガガ!!」
後はもう、見るまでもない。
海か、絶壁のどちらかがオークを殺した。
一応経験値とポイントも入った。
オークの経験値は1000。ゴブリン十体分といわれると、どっと疲れがたまってしまった。
同時に、傷つけられた身体を支えられず、膝をつく。
「カイト!」
「元気そうだな」
「か、カイト……体っ、早く手当てしないと!」
「魔物にいける病院があるなら、教えてほしいもんだな」
自己治癒が発動しているが、ゆっくりだ。一日寝ていれば傷は完全に塞がる。
涙を浮かべているナツキに、厳しい目を向ける。
「いいか、ナツキ。俺は……いや、おまえだって簡単に治療を受けられる状態じゃない。治療を受ける金は? 治療を受けるには街にもはいる必要がある。俺には完全に無理なことで、おまえにだってラクなことじゃない。理解できるな?」
「う……ん」
「生活の中心はフィールドだ。そこでの怪我は、どんなに小さくても大打撃になる。俺はさしてフィールド暮らしはしていないが、数日で理解した。大きな怪我は絶対にしてはいけない」
「……うん、ごめんなさい」
「確かに……レベルあげは地味だ。おまけに、おまえには才能が溢れている。だから……ゴブリンでちまちま狩るのはつまらないかもしれない。だけど……一気に突き抜ける必要はない。おまえは他の人の五倍早く成長できる。普通の人が五年かけなければたどりつけない場所にも、一年で到達できる。……わかるな? 焦る必要はない」
「……うん、うん。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
海斗は説教があまり好きではない。
説教には、その人の価値観が多く含まれる。
知らぬ間に、相手を追い込む可能性がある。
それでも、伝えておかなければならない。
ナツキがどうして、オーク討伐に出たのか……だいたいの理由はわかっていた。
「……おまえは昨日よりも強い」
「……っ」
「だけど、昨日のおまえだって忘れちゃいけない。弱いときを知っているからこそ、おまえは成長できたんだ。だから、全部嫌なもの、ダメなものだって決めて……逃げちゃダメだ。逃げたらきっと……弱くなる」
「うん……ごめんなさいっ。もう勝手なことしない……だから、あたしを捨てないでっ! ごめんなさいっ!」
ナツキはそれからひとしきり泣いた。
まだ安全と決まったわけじゃないため、海斗は泣いている彼女を引っぱっていった。
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