よくあるチートで異世界最強

木嶋隆太

第二話 脱出

 1


 薄暗い階段をあがると、すでにあちこちで戦闘が繰り広げられていた。
 外も夜であったが、ゴブリンの目のおかげかそこまでの苦労はない。
 血の臭いがあちこちにあふれている。
 騎士と罪人たちの争いが激化しているため、海斗のような小さな存在に目を向けるものはいなかった。
 逃げるように街へ。
 わざわざ戦闘する必要はない。


 目的は逃亡なのだから。
 とはいえ……騒動は簡単に鎮圧されるだろう。
 訓練を受けている騎士と、ただの罪人では数も質も違う。
 このままでは街の外を出るのは難しい。


 判断しすぐさま、工場へと向かう。
 入り口は固く閉ざされているが、鍵開けで簡単に開けられる。
 背後から奇襲をすれば、居眠り気味だった騎士など敵ではない。
 工場の地下には同じように魔物たちが捕らえられている。


「……おまえら、いますぐ助けてやるよ」


 精々、囮になってくれ。
 そう心で付け足しながらすべての鍵をあける。
 ゴブリンたちは迷った様子をみせていたが、状況を理解したものから外へと暴れていく。


 海斗も彼らを追いかける。
 外ではすでに騎士とゴブリンが激しい戦闘を繰り広げていた。
 武器をもたないゴブリンだが、その膂力は十分。
 騎士の二人が必死に踏ん張っているが、長くはない。


「ど、どうなっていやがる!」
「わ、わからねぇよ! と、とにかく魔物操作のスキル持ちを呼んでこないと!」


 魔物操作。
 あの水晶玉を使っての使役だ。
 逃げようとした騎士の一人に飛びかかり、拳を振りぬく。
 見事に鎧を砕く。
 剣を抜いた騎士に背後からゴブリンが襲いかかる。


「う、うわっ! このやめろ!」


 ゴブリンたちによって、肉の塊とかした騎士から視線をそらす。
 人を殺すというの初めてだ。
 気分は微妙。逃げるために駆け出した。
 ゴブリンの身体は小さい。


 太陽がとっくに落ちた闇の世界では、誰も気づかない。
 海斗以外に賢い魔物はいない。
 自分の欲望のままに敵を襲い、女を男を犯していくゴブリンたち。
 彼らのおかげで、街の騒動は大きくなり逃げるのは容易だった。


「な、なに!? わ、わかった! すぐに街の鎮圧に向かう!」
「門はどうするんだ!?」
「最悪、魔物を外に逃がしてでも、魔物を減らすしかねぇそうだ」


 門近くで様子を窺っていた海斗は、騎士たちが魔石を使って話しているのを目撃する。
 携帯電話のような機能を有しているようだ。
 彼らは話し通り、門の警備をやめる。
 逃げていいのであれば、その通りにさせてもらう。
 すぐさま門に近づく。


 固く閉ざされた門でさえも、鍵開けの魔法で簡単に開いてしまう。
 開くまでの時間、もちろん身を隠していたが、誰も来ない。
 簡単な脱出劇。
 走りが多かったため、呼吸は乱れていたが、街の外に出て海斗は拳を振りあげた。


 これで、脱出は完了だ。
 背後の騒がしい街をみながら、笑みを浮かべた。
 これからをどうするか。今はそちらの不安のほうが大きい。
 街が小さくなるまで走ったところで、ようやく一息をつく。
 ゴブリンの体は力こそあるが、足も腕も短い。長距離を走る場合人間のときの倍は走る必要がある。
 それがまた苦痛だ。


 森の中――人の気配がなくなったところで、座りこんだ。
 その瞬間。
 茂みが揺れる。


 街にはあれだけの魔物が管理されていた。
 その魔物たちの住処は?
 ぞくりと背筋が凍る。
 顔を見せたのは、鋭い牙を見せるウルフだ。




 2




 戦うという選択肢は、初めの攻撃で失った。
 ウルフが飛びついてきて、腕を噛んできた。
 速さにまるで反応できなかった。
 痛みに顔をしかめながら、どうにかウルフの腹を蹴り上げる。


 これでも喧嘩は得意なほうだ。にも関わらず、ウルフの身体にダメージは見当たらない。
 距離をあけるのに成功した。後は逃げるだけ。
 木々を利用し、ウルフから逃げていく。
 ウルフもまた器用に距離をつめてくる。
 森に慣れているようで、まるで距離が離れてくれない。
 それどころか縮まっていく。 


 脈が早くなり、危険を知らせる。
 体の疲労は最高に達し、このまま倒れこんで体を休めたかった。
 海斗はそれでも、足を動かし……途中で脆い木を見つける。
 一か八か。


 賭けのような心境で、木を蹴りそのまま離れる。
 ウルフが木の横を抜けた瞬間、タイミングよく木が崩れる。
 予想だにしない一撃だったのだろう。ウルフの回避は間に合わない。
 ウルフの動きが止まる。


 チャンスだ。
 海斗はウルフにとびかかり、その顔にありったけの拳を叩き込んだ。
 潰れたウルフの顔を何度も何度も丁寧に。
 ウルフはやがて動かなくなり、ぐだっと血を流すだけ。
 ウルフの体から何か白い光が海斗の体に入り込んだ。


 それだけで、何かが理解できた。
 ステータスをみると、ポイントが1だけ増えている。
 これほどの苦労で、得られたものはたったの1ポイント。
 わりに合わない。


 首を振りながら、手についた血を葉になすりつけていく。
 ウルフの血に魔物が誘われるかもしれない。
 逃げていく途中、人の怒号が聞こえた。
 海斗は耳を信じてそちらへと歩いていく。
 見ないという選択もあったが、戦闘があればスキルを獲得することもできるかもしれない。


 森をぬけた先に、馬車と一団が魔物と向き合っていた。
 近くの茂みに隠れて様子をうかがう。
 冒険者と商人のグループだ。


 敵はオーク一体。
 その戦闘は素晴らしいものだ。
 冒険者たちは見事なコンビネーションで、何倍もあるオークにダメージを重ねる。
 二つの魔法がとぶ。


 鋭さと速さを重視したサンダーボルト、ゆっくりではあるが範囲攻撃のファイアーボール。
 それらの魔法がオークに突き刺さり、オークは怯む。
 オークは傷ついた体のまま、丸太のような大木を振り回す。


 丸太の攻撃を冒険者が盾で受ける。もちろん、正面からの一撃では粉砕されるため器用にそらす。
 見事だ。
 隙だらけとなったオークの体に、別の冒険者が剣を突き刺す。
 それでもオークは強く吠える。
 傷が塞がっていく。
 何かの回復魔法かもしれない。


「ちっ、このオーク自己治癒を使えるみたいだな!」
「相手するのは面倒だ! 商人、さっさと逃げるぞ! 魔法を使って追われないようにする!」
「な、なんだと!? どうやって!」
「さっきから、ちょろちょろとゴブリン並みの弱い魔力が感じられるのよねっ。そいつを囮に使ってやりましょう! ファイアーボール!」


 冒険者の言葉とともに、海斗がいた木の周囲が燃える。
 まずいと思ったが遅かった。
 火がうまく茂みを焼き尽くし、避難した海斗だけが無事な姿をさらす。
 盾を持った冒険者が海斗のほうを向く。


 瞬間、盾が光り、冒険者が逃げていく。
 何かの攻撃をされた、というのはわかった。それだけ。
 オークはまるで誘導されるように海斗のほうへと向かってくる。
 一応仲間だよね? と視線を向けるがオークはお構いなしに丸太をなぎ払う。


「さっさと逃げるわよ! たいして持たないわ!」


 商人と冒険者を乗せた馬車が駆けていく。
 ふざけるなよ、と海斗は怒鳴る。
 振り回された丸太を回避しながら、ステータスを開く。
 ファイアーボールLv1、サンダーボルトLv1、デコイLv1、自己治癒Lv1、探知Lv1。
 これらのスキルが新たに解放されていた。
 デコイ、盾を持った男の魔法が判明した。
 掴んだ小石をいらだちともに馬車へと投げるが、回避されてしまう。


 頬を汗が伝う。
 こなけりゃよかったと、嘆く。収穫よりもダメージのほうが大きい。
 遊んでいる暇はない。
 オークが手に持った丸太で周囲をなぎ払う。


 走りながら逃げ時々、木の影に隠れる。
 しかし、オークは気配を察知しているようで簡単に居場所を特定する。
 デコイの効果は敵の気配を察知しやすくするようだ。 


 残っている海斗のポイントは4ポイント。
 デコイを獲得して他の魔物に移してしまえば、簡単に脱出できるだろう。


 攻撃魔法を習得するのも考えたが、倒しきれるかは微妙だ。
 確実なデコイを習得する。
 デコイをすぐに発動し、周囲の木々にオークの敵意を移す。
 しかし、オークはいまだ海斗への歩みをやめない。
 違う、と海斗はさらに汗が吹き出る。
 デコイが発動していない。


「おい、このポンコツスキルが。どういうことだ、デコイ!」


 声を出して、デコイを放つが、やはり効果はない。
 オークが丸太を振り上げる。
 そこで海斗は気づいた。
 魔法――となれば、魔力が必要だろう。


 そして冒険者がいっていた小さな魔力。
 ……デコイ発動に魔力が足りない。意識すれば魔力があと少し、足りないのだけはわかった。
 結論に達した海斗は、すかさず最後のポイントで自己治癒を取得する。
 丸太が振り下ろされ、海斗の意識を奪い去った。




 3




 一つの賭けであった。
 デコイの効果はどういうものか判然としない。
 もしも気絶した場合はどうなるのか。


 賭けに勝った、ようだ。
 痛む体を起こし、周囲を見る。
 紛れもないオークが暴れた後。
 身体は醜いゴブリンのまま。
 ああ、生きていた。


 自己治癒によってゆっくりと治る体を確認して、すぐさま近くの茂みに身を隠す。
 時刻は午前三時。
 あと少しもすれば太陽が昇る時間だ。
 魔物も、多くが眠りにつくが……夜行性のものもいるだろう。
 それらに襲われなくてよかった。
 腐っても神が見守ってくれているからだろう。


 所持ポイントは0。
 今後、何かの事件に遭遇しても状況を打破できるような余裕はない。
 早く今回の分の小説が神様ネットワークに公開されなければ、確実に足りない。
 公開されたところで、それでポイントがもらえるとも限らない。
 先行きの不安さを嘆いている暇もない。
 海斗は馬車が去っていった方向をちらと見る。
 人間が住む土地があるのかもしれない。


 これからをどうするか、一人ゆっくりと考える。


 ――俺はこれからどうしたいのだろうか。二度目の人生……そりゃあラッキーでうれしいことだ。だけど、ゴブリンのままだ。つーか、魔物のままなんて絶対に嫌だ。さっさと人間になって……この世界を楽しみたい。
 なら、進化を目指すしかない。だけど、その進化にはポイントが必要だ。
 ポイントを稼ぐには神様たちに受けるような物語にしなければならない。
 つまりは、山と谷があるような波乱万丈な物語ってことだろ? ってことは、俺が危険になるってことじゃねぇか。
 ……となると、人間を目指すために進化は絶対にしなければならない。
 情報を集めながら、魔物を倒してポイントを回収する。
 この転生、一番大変なのは序盤だな。ゴブリンのままだと満足に戦闘もできない、街にも侵入できず情報も集まらない。
 まずは、見た目だけでも人間になるか、いっそのこと、人間がいない土地にでも行くべきだ。
 とにかく……まずはどうにかして人間か、話のできる魔物から情報を集める。よし、これでいいよな――。


 考えがまとまったため、夜の間にフィールドを歩いていく。
 朝は朝で人間に狩られる危険が出てくる。
 だから、今の夜の時間帯でどうにか情報が獲得できそうな場所に行く必要がある。

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