才能売りの青年

木嶋隆太

才能売りの青年

「いい加減、店に客を入れる方法を考えたほうがいいんじゃないですか?」
「……っていってもな。広告出すにしても、知り合いがいるわけじゃねぇんだよ」
「……はあ、ま。私は給料が出るならいいんですけどね」


 立地は悪くない。
 魔法学園近くに俺の喫茶店はあるんだ。
 ……何が悪い?


 俺の店にある料理のほとんどは、俺が朝迷宮に潜って取りに行っている新鮮なものだ。
 そりゃあ見た目ゲテモノなものが多いが、それでもなぁ。きちんと調理出来る奴がいれば良いのだが。
 料理ができるということで雇った魔法学園の生徒、ミニアはからかうように笑ってそれから帰っていった。
 喫茶店を開いてから、まあまばらに人は来る。
 けれど、とてもではないが生活できるものではない。


 結局俺は、ダンジョンで手に入れた魔石を売って生計を立てるしかないようだ。
 店をしめた俺は、電気のいくつかを消し、カウンターで食事を取る。
 一応二階に自室はあるが、俺の生活の基本はこれだ。
 余った食材を適当に口に運んでいくと、扉がノックされる。
 ……夜の客か。


 俺は食事をしながらそちらに視線を向ける。
 そこには、魔法学園の制服を着た生徒がいた。
 彼女は不安げな様子できょろきょろと視線をやっている。


「強盗じゃねぇんだろ?」
「は、はい……仕事の、依頼をしたくて。ここで、あってるんですか? 普通の……それこそ学園でたまに話にあがる喫茶店ですよ?」
「ここで何も問題ねぇよ。ま、座れよ」


 俺が対面を示すと、彼女はおそるおそる座った。


「それで、どんな才能を買いにきたんだ? あんまり優れたものになると、高いぜ?」
「……私のことは、知っていますか?」
「案外世界ってのは狭いものさ。あんたが学園で有名だとしても、外の世界でまで有名とは限らないんだぜ」
「……いや、あの私、王女です」


 確かにたたずまいは素晴らしい。見本としてあげたいくらいだ。


「……え、マジで?」
「第七王女です。あまり、表には出ていませんが」


 ……丁寧な王女様だな。


「ああ、そうなのか? 敬語のほうが良かったら使ってやるが?」
「……いえ、そういうのは、良いです。それで、あの、依頼の方なんですが……ここでは、才能を封印するってことじゃないんですよね?」
「封印? ああまあ、それもできなくはないが」
「……才能が見えなくなるだけというわけでもないですよね?」


 観察の才能だったか。あれに映らないようにするというだけの才能もある。


「疑ってんな。俺のは完全に奪うことだ。もう二度と、その才能を使うことはできなくなる」
「なら、よかったです。その、私の才能を奪ってもらえませんか?」
「そりゃあ、また」


 ほぉと俺は顎に手をやり、左手でゲテモノ料理を口に運ぶ。
 消化されればすべて同じだが、明らかに紫色の料理はさすがに問題あるな。
 コックを雇うことを検討しながら、俺は彼女を観察する。
 俺は昼間はイケメン店長だが、夜はカリスマ才能売りのお兄さんになる。
 才能。それは、生まれながらに人々が持つ力だ。


 それがなければ、魔法は使えない。
 だからこそ、生まれながらに勝ち組か負け組か決まってしまうのだ。
 そして俺は、他人の才能を奪い、他人に付与する力を持っている。
 夜のこの店で、俺はこっそりと才能を販売しているのだ。
 ただ、おおっぴらにできない仕事なので、あくまで噂を流す程度だ。
 最初の俺の質問で、客であれば話を進め、それ以外であればそこでお引取り願ってもらっている。


「……ここって、ゲテモノ喫茶店ですよね?」
「ゲテモノ言うなよ。というか、うちの売りはお茶だ。わざわざ和の国から持ってくる一級品揃いだぞ?」
「そうだったんですか? だって、ここでアルバイトしている生徒が、ゲテモノ喫茶店来てーと言っていましたよ?」
「あの馬鹿。時給下げてやる」


 宣伝しようとしている努力は認めるが、いらない発言はするなっての。


「わ、わ。そのすみません!」
「……いいよ。んで、才能を奪って欲しいってどうしてだ?」


 本題を聞くと、彼女は表情を暗くした。 


「……私は自分の存在を確かめたいんです」


 俺が腕を伸ばすと、彼女に叩きおとされる。


「い、いきなり何をするのですか! 未婚の女性に触れようとするなんて」
「いや、あんたがそんなことをいうから、てっきり幽霊か何かだと思ったんだよ」
「ち、違います! 実体がないとかではなくてですね……。私はいつも、この才能について、言われるんです」
「そういや、あんたの才能は?」
「転移です」


 ……へえ、そりゃあまた便利なもので。
 俺も持っているが、珍しいものだ。


「それで? 良いじゃねぇか。全員が羨ましがるような当たり才能じゃねぇか」
「けど、私は家族や学校の人にも、転移の才能しか見てもらえないのです。転移の才能は上手に使えるようになったのか、とか。転移を早く使いこなせるようにしてくれ、とかです」
「なるほどな。おまえ本人を見て欲しいということか」


 こくりと頷く彼女を理解できないわけでもない。
 俺の才能もどちらかといえば珍しいものだ。そういった奇異の視線が嫌ということはある。
 だが、こんな仕事をしていれば自分という人間がどれだけ恵まれているのかが良く分かるものだ。


「わかったよ。ただ、俺は他人の才能を奪うのに相手を観察する時間が必要になる」
「わかりました」
「そうだ。あんた才能の付与についてはみたことあるか?」
「いえ……」
「そうか。なら少し付き合ってくれ」


 俺は彼女を連れて自室へと入る。たくさんの水晶が並ぶ棚に、彼女は目を奪われていた。


「これは……宝石ですか?」
「それが、才能だ。俺はこの才能を自分や他人に与えられるんだよ」


 宝石のような二つの才能を掴み、自分の体に使用する。それから、さらに彼女に触れる。


「な、何をするのですか!」
「悪いが俺は、今あったばかりのあんたをすぐには信用できない。だから、あんたにはここのことを話せないように呪いをかけさせてもらった」
「……そうなんですか?」
「ああ。試しに大声で叫んでみろ」
「は、はしたないです」
「いいからやってみろ」


 躊躇うように深呼吸をしてから、彼女は口を開いた。


「……この喫茶店では才――素晴らしい! あれ!?」
「この才能は、別変換って言ってな。相手の発言を別の言葉に変えられるんだ。ただ、使い勝手が悪く、今日からおまえは才能って言おうとすると、素晴らしいしか言えなくなったからな」
「えぇ!? 学校の生活あるんですよ!? 授業中才能という場面に、突然素晴らしいって叫ぶ人になっちゃうじゃないですか!」
「笑いがとれるんじゃねぇか?」
「笑いものにされてしまいますよ! ……ですが、分かりました」


 諦めたように第七王女は頷いた。


「……それで、報酬はいくらになりますか?」
「……そうだな」


 ……さすがに子どもから大金をまきあげるのもな。


「あんた、料理はできるか?」
「料理ですか!? やってみたいです!」


 よし、やる気があるなら十分だ。




 ○




 それから三日後。
 俺の喫茶店の料理評価が地に落ちたその日……俺は彼女に伝えた。


「……よし、これで才能はなくなった。あんたは今日から、転移能力をなくした。普通の人間だ」
「ありがとうございます!」


 喜ぶ彼女に、俺はため息をついた。


「俺としては新しい才能を手にいれられたから別にいいが、こんなのは滅多にないぜ?」
「そうですか? ……けど、私はこれで自分を見てもらえるようになると思います」
「もう、あんたに転移能力を戻すことはできないぜ」
「わかっています……ってそうなんですか?」


 別に驚いた様子はなかったが、俺は頷いた。


「俺が一度奪い取った才能は、次に誰かにつけた場合デメリットが生じるようになるんだよ。たとえ、元の本人であってもな」
「デメリットですか?」
「ああ。例えば、おまえに使った口封じだが、あれは本来はちゃんとした口封じなんだよ。けど、俺が使うと融通のきかない能力になってしまっただろ?」
「そうですね……教室でさ……じゃなくて。とにかくあれをうっかり言いそうになって、思いっきり素晴らしい! って叫んでしまいましたよ……」


 思い出したのか顔を赤くする第七王女。
 苦笑しながら俺は窓の外を見る。


「帰りは大丈夫なのか? 転移魔法で送ってやろうか?」
「……そう、ですね。さすがに転移で抜け出していたのがばれると、大変ですよね」
「どちらかといえば、俺のほうがな」


 夜に王女を連れ込んでいるとかなると、さらに喫茶店の評判が悪くなる。


「またここにアルバイトに来てもよいですか?」
「いいぜ。厨房には入るなよ」
「な、なんでですか!」


 俺はいくつかの才能を掴み、体に取り込んでいく。
 これで、転移魔法が使えるようになった。


「……俺の転移魔法のデメリットを教えてやる」
「なんですか?」
「目の届く範囲にしか飛べないんだ」


 彼女に触れながら、俺は近くの通路に出る。それからなるべく人気のない場所を飛んで、どうにか女子寮の彼女の部屋まで運んだ。


「……ありがとうございました」
「どういたしまして。新たな人生を楽しむんだな! あと、もう才能の言葉も言えるように解除しておいた」
「信頼してくれたということですか?」
「そんなところだ」


 俺は片手を上げた後、一度自分の喫茶店に戻って全裸になる。


「……しばらくは、ばれないように監視だな」


 すぐに生活に慣れるということはない。
 俺はステルスを発動する。この能力の問題は、裸にならないといけないことだ。
 それと誰かに触れられると解除されてしまうという弱点がある。
 俺はしばらく第七王女を監視するために、第七王女の近くを全裸で移動する。


「変態だな。だが、それも興奮する!」


 俺は叫びステルスを発動して、すぐに女子寮の彼女の部屋付近へと移動した。




 ○




 転移魔法がなくなり、初めは周りからも驚かれていたようだ。
 一週間もすれば、本当に使えなくなってしまったことがわかったようだ。
 それは、観察してもらったからだそうだ。


「……やっぱり、そうですか」


 彼女は一人つまらなそうに部屋で呟いていた。
 近くで俺はじっと観察する。
 さすがに着替えのシーンとかは見ないようにしている。それでは完全な変態さんになっちまうからな。
 女子の部屋で全裸の時点で、変態ではないのかと言われれば首を捻りたくなるが。


 第七王女は深いため息をつき、それから肩を落としていた。
 ……まあ、無理もないだろう。
 今まで友達と思っていた相手は、才能がなくなったと思われたその日からどんどん離れていった。
 そして、結局残ったのは第七王女という身分に取り入ろうとする男子か、少しでも権力を高めたい女貴族だけだった。
 彼女の望んだ自分を見てもらった結果は、想像以上に酷いものであったのだ。
 落ち込んでいる第七王女はそれでも首を振った。


 それから、ノートを開きなにやら色々とメモし始める。
 明日の実地試験のことだろう。フィールドにでて、魔物狩りをすることだ。
 第七王女は剣の腕がそれなりにある。そこで良い成績を残して周りの評価を改めたいという感じの日記を書いている。
 頑張って私、とかだいぶ自分に対しての激励が書かれている。
 ……この日記を他人に見られたら、たぶん第七王女は泣きながら飛び降りるな。胸にそっとしまっておこう。


「私……明日は頑張りますよ!」


 自分を奮い立たせるために叫んだあと、すぐに彼女は眠った。
 俺もそこで仮眠を取り、次の日になる。




 第七王女は試験のために早起きをし、軽く体を動かしていた。
 剣を振るいながら彼女は早起きしたほかの貴族に挨拶していく。
 去っていった貴族たちの話を盗み聞きする。


「……また、第七王女がなんかやっているよ」
「転移が突然使えなくなったんでしょ? それじゃあ、あの王女さんの価値もなくなっちゃったわよね」
「はは、俺なんてもうあいつに挨拶もする気が起きねぇよ」
「そうね」


 男女は笑いながら去っていった。
 俺は近くにあった小石を蹴りとばす。
 男に当たって女へと跳ね返り、二人は本気で痛がる。


「ビンゴ。悪口なら人の前でいいな」


 陰口は嫌いだ。直接言う度胸がないなら、最初から口に出すな。
 再び第七王女の監視へと戻る。
 すぐに時間は流れ、試験を迎える。
 第七王女は先ほどの二人の男女とチームを組むようだ。
 やがて、試験は開始となり、近くの森へと入っていく。


 ここの魔物はゴブリンがいるだけなので、良く訓練に使われるらしい。
 今日も順調に狩りをしていた。さすがに貴族たちといえど、ゴブリンごときでは苦戦しないようだ。
 そんな中で、第七王女はそこまでの活躍ができず悔しがっていた。
 あくまで、ゴブリンを狩れるのは才能を使ってだ。肉体だけでは厳しいのだろう。
 と、木々をなぎ払うようにしてオークが現れた。
 ……へぇ、マジか。オークがゴブリンを食いにやってくることはたまにあるらしいが、厳重に調査はされているだろう。
 学園の教師達が事前に見ていなかったという可能性もあるが、今はちょうど良いな。


「お、オーク!」
「ど、どうしてここにいるのよ!」


 男女が慌てた様子で取り乱すが、第七王女はそれなりに落ち着いていた。
 剣を構え、きっと視線を向ける。


「二人とも、落ち着いてください! 落ち着けば、やれない相手ではないです――」
「転移能力もないくせに、変なこと言わないでくれる!?」
「そうだよ! てめぇには、転移しかとりえがないだろ! 逃げろ!」


 二人はそれだけを言い放ち、すぐに逃げ出す。


「……転移、だけ」


 言われたことにショックが大きい様子で、第七王女は動かない。
 ……まったく。
 俺は仕方なく、彼女の手から剣を奪い取りオークの足を切り飛ばした。


「へ?」


 驚いている第七王女に説明する暇はない。
 ステルスのまま火魔法を放つ。


「ファイアボール!」


 これも才能の一つだ。この才能のデメリットは、力強く魔法名を唱えないと発動しないことだ。
 テンション高く放った火の玉が、オークの体を吹き飛ばす。
 それから俺は顔だけステルスを解除して、第七王女に振り返る。


「よう、第七王女」
「ぎゃぁ!? 生首!」


 悲鳴をあげた彼女に落ち着くように声をかける。


「……だから言っただろ? 本当のおまえなんて、所詮はこんなもんだ」


 俺が両手を広げながらいう。まあ、ステルスで見えないのだが。
 俺の言葉に、再びショックを受けたのか、第七王女は視線を下げた。


「……父にも、言われました。おまえに転移の才能がないなら、おまえはもう役立たずだ、と」
「そうか。それが、父からのおまえへの評価なんだろうさ」
「転移。なくなってしまったんですよね」


 落ち込んでいる彼女は、そのまま涙を流した。


「……小さい頃から、私はこの才能で何度も危険から逃れていたんです。今、思い出しました。……転移ができない私なんて、本当に小さい存在、でした」
「それを理解するための代償としては、でかすぎたか?」
「そう、ですね。けど、そんな馬鹿なことを考えていた私には……良かったのかもしれません」


 第七王女はショックを抱きながらも、しっかりと現状を受け止めていた。
 ……前にも似たような依頼を受けたことがあるが、理不尽に怒鳴られたっけな。


「だったら、戻してやろうか?」
「……へ? けど、無理だって」
「こういう依頼ってのはたまにあるんだよ。自分の才能が嫌だから奪ってくれっていうな。けどな……その才能も含めてあんたという人間なんだ。才能とともに、俺たちは成長していく。否定しちゃダメなんだよ」


 たまに、俺の店にくる奴もいるが、俺はそういう奴らに今持っている才能と引き換えに、才能を与えるようにしている。
 デメリットがあることもしっかり伝えてな。
 そういう奴らは、後で結局後悔するのだ。
 才能は、自分の体の一部のようなものだ。才能を奪うというのは、極端な話、腕や足をもぎとられるようなものだ。
 その事実に気づかない奴は結構多い。
 才能さえあれば、何かしらできることがある。どんなに微妙な才能でも、案外使い道はあるものだ。


「……はい」
「じゃあ、ほれ。使えるようにしたぜ」
「へ?」


 彼女は早速転移を発動してみせる。
 俺の目の前に戻ってきた第七王女は、きょとんとした顔をしている。


「最初から奪ってなんかいねぇよ。おまえに後悔がないなら、奪っていたけど」
「観察してもらい、私は転移を失っていたことがわかったんですよ?」
「封印と、観察封じ」
「……まさか、二つの才能を同時に? 持っているんですか?」
「まあな」


 自分で言っていたじゃないか。
 封印と観察封じのデメリットは、対象者の近くにいないといけないということだ。
 ステルスで監視をしていたのは、それが理由だ。


「けどあなた転移したじゃないですか?」
「あれは俺が前に持っていた才能だ。さて、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
「……ありがとう、ございました」
「今度はもう奪って欲しいなんていうなよ。転移が拗ねるぞ?」


 にやりと笑ってやると、第七王女は涙を浮かべて抱きついてきた。


「ちょっと!?」
「あ、ありがとうございます! 私、本当に怖くて……不安で! もう、こんな馬鹿な依頼頼みませんから!」


 俺のステルスが段々と解除されていく。
 元気な息子が第七王女の腹の辺りに当たっている。


「……な、なんだか変な感触が。………………ていうか、なんで何も、着ていないんですか?」
「ステルスは、身一つじゃないと使えないんだ。使っても服とかは消えない。わかるか? 別に変態だからじゃない?」
「……お、おなかに当たっているものは?」
「凛々しいキノコだ。表現が柔らかいだろ?」
「い、いやぁぁぁ!」


 俺はすぐに近場に転移してステルスを発動する。
 剣を投げたり、石を投げたり顔を真っ赤に派手に暴れている。
 ……おてんばな王女様だな。

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