悪役令嬢やらなきゃだから、早く帰るのよ!

木嶋隆太

悪役令嬢やらなきゃだから、早く帰るのよ!

 パーティーゲーム『アブレルーガ』。
 このゲームは初めに決めたパートナーとともにゴールを目指していく、恋愛スゴロクゲームだ。
 プレイヤーはヒーロー候補六人の中から好きなキャラを選び、サイコロを振って進んでいく。
 止まったマスで様々なイベントがあり、ゴールの速さ、好感度、ミニゲームの勝利数を競うのだ。
 まあ、どんな登場人物が出るかはともかく、そのゲームには一つだけ特徴があり、パートナー役とは別に妨害キャラというのがいる。
 ク○パ、キングボン○ーみたいな奴だ。


 これもプレイヤーが、操作することができる。
 パートナーたちへの攻撃はもちろん、好感度を下げるための陰湿な悪戯などなど。
 そのキャラは悪役令嬢と呼ばれ、そして私が転生したリリナ・レイド・ニ・グラールだ。
 私は、このゲームを友達とやるとき、いつも悪役令嬢を嬉々としてやっていた。
 だって、他人への嫌がらせ、悪戯をするのが楽しかったからね。


 鏡に映る私は、さすがゲームでの重要キャラクターということもあり、美人だ。
 リリナは普通の人間ではなく、竜種の……それも最強の七竜の一体、ブルードラゴンの血をひく竜人だ。
 そのために、全裸の私の背中は翼があるし、四肢には鱗がある。
 撫でてみるとひんやりして気持ちいいのよね。
 尻尾を軽く振るってから、私は学園の制服を着る。


 新学期も始まり、一週間が経過した。
 ……そして今日、主人公役のキャラクターがくることになっている。
 ゲームでは詳しくは語られていなかったが、とある事情で到着が遅れてしまったらしいのだ。


「……はぁぁぁ」


 憂鬱だ。
 ヒロインによって、これからたくさんの事件が起こるようになってくるのだろうけど……もともとランダム要素の強いスゴロクゲームの世界だ。
 ある程度イベントを予測できても、完全に突破するとか無理。
 別にイベント自体は起こってくれていいけど……もともとスゴロクゲームだからね。
 普通に考えたらおかしいイベントとかたくさんあるのだけが不安ね。


「リリナ様、朝食の用意ができました」
「オッケー、今行くわ」


 私は食堂に向かう。
 今日新しく入ってきたメイドの一人が、テーブルに並ぶ食材を見て頬をひきつらせている。
 新人メイドは、他のメイドに顔を向ける。


「……魔物の肉っておいしいのですか? ていうか、生ですけど……」
「……おいしく、ないわよ。ていうか、人間じゃあまず食べられないし……魔族の人たちも嫌っているのよ。うちのお嬢様が異常なだけよ」


 聞こえてるわよ。
 魔物肉を口に運ぶが、今ある肉はあまりおいしいものではない。
 ……学校が始まってしまったせいで、最近は全然魔物肉の調達が出来ていないのよね。


 はぁ……。明日から雑魚魔物の肉しか残っていないとなると、学校に行く気も起きないのよね……。
 この世界に転生した私は……色気より食い気。
 小さい頃からゲームのキャラたちと関われる立場にいた。
 けど、そんなものより、魔物肉。
 原作のパートナー役のキャラなんて知らない。
 私はよりおいしい魔物肉を食べるために、体を鍛えることに時間を費やした。


「うーん……誰か、この中で戦闘ができる人っていたっけ?」
「一応、お嬢様が作ったメイド戦闘部隊であれば、D級程度の魔物なら狩れると思いますが……」
「D級かぁ……。とりあえずはそれでいいわ。明日からはD級の魔物肉を用意しておいてくれない?」
「はっ……!」


 D級は……ちょっとメイドたちにも厳しい魔物であるけど、私はわがままに頼んでしまった。
 SからFまで魔物のランクはある。D級はいわゆる成人の冒険者が一般的に狩れる程度のレベルだったはずだ。
 学校さえなければ、毎日魔物を狩りに行けるのに!


 無理やりに学園へと入れた父を憎みながら、私は今日も登校する。
 私の家は山奥にある。
 学校まで普通に歩けば一時間はかかるけど、私は全力で走っていく。
 これも訓練の一つだ。飛んでいけるけど、脚力を鍛えるほうが大事だからね。
 町に到着した私は、道中でF級のゴブリンを数体食べたけど、やっぱりおいしくはなかった。


 学園に到着した私は、そこで……はっと目を見開いた。
 いた。いたわ!
 原作のプレイヤー操作キャラクターである、ヒロインちゃん。
 名前は上畑うえはたひろり。
 和の国の出身ということで、珍しい名前だ。そのかげで原作のパートナー候補たちから、興味をもたれる。


 どうしよう。
 真っ先に、私が発見してしまった。
 イベントの不確定要素が怖いから関わらないという手段もあるけど、私このゲーム大好きなのよね。
 ……どうやってこの世界でイベントが発生し、ひろりちゃんが恋愛を頑張るのか見たい気持ちはある。
 ひろりちゃん自体は、けなげで一生懸命な子だし、応援したいのよね。
 ……まだ今は出会いイベントはなかった、はずだ。
 私が最初に声をかけても問題なかった……と思う。


「おはよう」
「……ひ!?」
「ひ……ってこんな昼間からお化けとかと勘違いじゃないわよね? 私の顔そんなに怖い?」
「ち、違います……すみません。私、今日この学校について……職員室ってどこかわかりますか?」


 驚きは最初だけで、それからは堂々としていた。
 ひろりちゃんは儚そうな、弱そうな容姿であるが、芯はしっかりとしている。


「こっちよ。ていうか、一週間くらい入学式には間に合わなかったの?」


 苦笑まじりにいうと、ひろりちゃんは頬をかいた。


「途中の町で大変なことが起きていて……思っていたよりも馬車の移動に時間がかかってしまったんです」
「……大変なこと?」
「はい。……なんだか、眠っていたサンドドラゴンが暴れてしまい、山が通れなくなっていたんですよ」
「ほほぅ……詳しい話を聞かせてくれないかしら?」
「はい――」


 職員室に到着して、ひろりちゃんと別れた。
 このゲーム、一ターンごとにミニゲームが行われる。
 その中の一つに、サンドドラゴンの口にパンを放り投げろ! というちょっと趣旨のわからないミニゲームがあるんだけど……まさか、あのミニゲームがこうして再現されてしまっているとは。


 和の国からくる途中の町となると、あの山かな?
 脳内にある地図で場所を検索していると、職員室から出てきた教師とひろりちゃんが歩いていった。
 一週間遅れであるが、転校生のように紹介されることで、原作のパートナー候補たちから興味を持たれるんだけど……さて、どうなるのやら。


 この世界ではひろりちゃんは一人しかいない。
 ひろりちゃんの奪いあいになるのか、誰か一人だけが興味を持つのか、それとも、誰も興味を持たないのか。
 私としては、ひろりちゃんには一人ずつゆっくり攻略していってほしい。
 そうすれば、隣でゆっくりと原作を楽しむことができる。一度に攻略されると悪役令嬢として、私が疲れちゃうしね。


 体育館でひろりちゃんは、多くの貴族を前に挨拶をすることになる。
 転校生ではないが、なぜか、ここで挨拶をする。主人公補正という奴だろうか。
 平民ではあったが、その容姿の良さから多くの貴族たちに好意的に受け止められていた。
 教室は私と同じだ。廊下の先でひろりちゃんはこちらに気づき、手を振って近づいてきた。


「あなたも一緒のクラスだったんですね」
「みたいね。私はリリナ・レイド・ニ・グラール。これからよろしく」
「よろ……ってグラール家様ですか!?」
「何よ。この青い翼と青い尻尾で気づかなかったの?」
「……い、いえ。ていうか、全然そんなの意識も向けられなくて……し、失礼しました!」
「何かしたっけ?」
「わ、私のような身分も理解できていないような平民が声をかけてしまったことです!」
「そんなの気にするんじゃないわよ。この学園じゃ、私に堂々と声をかけてくれる人なんて、あなたくらいしかいなかったし、これからも仲良くしてくれると嬉しいんだけど……してくれないの?」


 泣く演技をすると、ひろりちゃんは焦ったように手を振る。


「そ、そんな……とんでもありません。私でよければ」
「全然いいわよ。それじゃあ、ひろりちゃん。よろしく」
「なんでちゃんをつけるんですか?」
「そりゃああれよ。あんたなんだか小さいから」
「子ども扱いはやめてほしいですけど……とりあえずはいいですよ」


 そんな会話をしているところをみられたのか、私の隣にひろりちゃんが座った。
 って、まずい!
 ゲームのイベントでは、ここで二人のパートナー候補が奪い合いをするのだ。
 けど、私と視線があったパートナー候補の二人は気まずそうにさっとそらした。


 ……ちょっと気弱すぎるでしょあいつら!
 このゲーム、バトルもあるため、ステータスとかあったけど……そういえば、ひろりちゃんが一番ステータスの伸びが良かったはずだ。
 キャラクターたちもきちんと育成すれば、ひろりちゃん程度に成長する。
 だから……成長前がひ弱なのは仕方ないことかもしれないわねぇ。


 狙わずして一つのイベントを潰してしまった私は、教師を睨むしかなかった。
 あの奪い合いに対して、ひろりちゃんがどのような決断を出すのか気になっていたのに!


 このあたりは、まだスゴロクゲームが始まる前のプロローグであり、選択肢が出現して、好感度を狙ってあげることができる。
 ここでは、パートナー候補二人のどちらかと選択するか、別の席につくか、なんだけど……私のせいで選択肢が消し飛んだわね。


「それじゃあ、リリナさん。ひろりさんが困っていたら助けてあげてね?」
「……わかりました」
「う、うん。よ、よろしくお願いします」


 私が伝説の七竜の血をひいているからってそんなに怯まなくても良いのに……。
 ちょっとばかり肩を落としていると、ひろりちゃんがそわそわとした顔で近づいてきた。


「と、トイレって……どこですか?」
「そうね――」




 ○




 三日後。
 ひろりちゃんと一緒に下校しようとしたところで、ひろりちゃんの手が止まった。


「何か……入っている」
「手紙ね! ラブレターよ! 出会いイベントよきっと!」
「よ、良く分からないけど……開けてみますね」


 彼女が手紙を開く。
 私はその傍で携帯電話を構えて彼女の様子を撮影していると、眉間に皺が刻まれた。


「どうしたの!?」
「名前、書いてないんですよ。なんだか、良く分からない表現ばかりですし」
「……ああこれ」


 ちょっと格好つけた言葉を並べている手紙は、一つ上の先輩、三年生のクラードだったはずだ。
 生徒会長であり、傲岸不遜な男であるが、実はかなりぬけているところがある。
 名前の書き忘れなんて彼からしたら日常茶飯事だ。


「これ、生徒会長のものよ」
「え、わかるんですか!?」
「ええ」
「ど、どうして!」


 驚いた様子の彼女に、ゲームで見たからとはさすがに言えない。


「指紋が見えるの。わかるわよ」
「み、見えるわけないじゃないですか! ……え、本当ですか?」
「ええ。生物は常に魔力をまとっていて、人間が何かに触れれば魔力が残る。私目が良いからわかるのよ」


 何かに触れれば魔力が残る。
 指紋から魔力だけを取り出し、誰の魔力か探知するのは良くある方法だ。
 呆けた顔で拍手してくれるひろりちゃんに胸を張ってみせる。


「……えと、これどういうことかわかりますか?」


 手紙には『無の時間の共有を願う』と書かれている。


「休日一緒に遊ばないってことよ」
「……な、なるほど。って、二枚目の紙に訳が書いてある!」
「……グラード、自分でも理解されないだろうなってわかっているのよね」


 初めから普通に書け、という話であるが、これがグラードの魅力でもある。
 この世界では、昔一週間が六日だった。
 そのときは、月、火、水、木、金、無の六つであったから、こんな書き方をしているのだ。
 ていうかこれ、千年近く前のものであるため、戦闘が主なうちの学園では、まず教えないような分野だ。
 知っていても、ふーんだから? で終わるようなものだしね。


「……ふむふむ。つまり、もしかしてデデデデデ!」
「デートの誘いね! どうする? 行く? それとも、行ってみる!?」


 これはラッキーで、私の妨害イベントもある大事なものだ。
 期待を全力で向けると、ひろりちゃんは悩むように顎に手をやっている。


「けど、グラード様って結構位の高い貴族の方ですよね?」
「そうね。確か、A級よ」


 貴族の位も、SからFとある。Sなんて、伝説の七竜か、王族くらいしか与えられないけど。


「けど、臆することないわ。玉の輿を狙うチャンスよっ。ここはいっちょ、やってやりましょうよ」


 失敗してもまだ候補はいるしね!


「……その、一応、会いにはいってきますけど」
「それがいいわね」


 一度会えば、強引に約束を取り付けられちゃうからね。
 くくくと私が内心で笑っているのにも気づかず、ひろりちゃんは笑顔を浮かべている。


「私は寮ですけど、リリナ様はどこに住んでいるんですか?」
「うん? まあ、走って十五分くらいのところよ」
「そうなんですか……貴族街ですかぁ。羨ましいです」
「けど、学園寮も貴族街でしょ?」
「まあ、そうですけど……ほら、大きな家なんでしょう?」
「そうね」


 ひろりちゃんを寮まで見送ったところで、私も自宅まで走って帰った。




 ○




「いつデート行くことになったの?」
「断りました」
「ひへ!?」


 思わず変な声をだして、飛び掛ってしまった。
 はしたない。
 私の両腕につかまれ、ひろりちゃんはまるで化け物に食われる前の人のように青い顔になっている。


「どうして断っちゃったの?」
「……なんだか、いきなり我の鞘となれ。我を支えろ……って命令口調で言ってきたので。私物じゃないですって言ったら、なんだか今度は急に怯えたように震えて……もう良く分からなくて断っちゃいました」
「……ほぉ」


 グラードのやつ。原作よりさらに臆病になっている気がする。
 もともと、自信に溢れたクールなキャラクター……のような容姿をしているが、その実は全然違う。
 クールぶりたい、内心びびりの男だ。


 そのギャップが可愛いとか、やるときは一応やる男であるため、そこそこ人気はある。
 ひろりちゃんが思っていたよりもさらにしっかりとした心を持っていることに驚いていた。
 ゲームではうやむやのうちに約束をつけられちゃったみたいな感じだったし、現実になったこの世界では『次の休日』みたいな場面転換では誤魔化せなかったのかもしれない。


「わかったわ。ちょっと行ってくる!」
「……え!?」


 私は返事も聞かずに、生徒会室へと飛び込んだ。
 扉を吹っ飛ばす勢いで開けたためか、足を机に乗せるように座っていたグラードはそのまま椅子から転げて頭をぶつけていた。


「貴様……! 我の神聖なる部屋を踏み荒らして……何しにきた! ってブルードラゴン!?」
「あんた、ひろりちゃんを呼び出しておいて、何だかかなーり、雑な扱いをしてくれたようね!?」
「……そ、その……ですね。はい、あの……すみませんでした。我は……その、そもそも女性の方に手紙を出したのも初めてでして……どのようにして良いか分からず……緊張したあげく、我も良くわからないことを発言してしまって……」
「だからって、すぐに謝ればいいでしょ!?」
「謝るって……何だかかっこ悪くてって」
「あぁ!?」
「ひぃっ、食べないでください! 僕はおいしくないですから!」


 すっかり涙目になってしまったグラードは机から目だけを出すようにして謝罪の言葉をあげている。
 ……別に泣かせに来たわけではない。
 私は椅子に腰掛け、豪華な生徒会室を見やる。


「あんた、それでどうするの? ひろりちゃんを諦めるの?」
「……そういう、わけじゃない。我は……まだ彼女を諦めるには時間をかけていないっ。だから、もう一度声をかける」
「なんていって?」
「……そ、それは――」
「緊張して無理なら、あらかじめ話す内容をメモしておきなさい。ひろりちゃん、別に急かすような子じゃないから、ゆっくりでも怒らないわよ」
「……そ、そうか?」
「だから、きちんと出会いイベントをやり直すように! それじゃあね」
「……わ、わかりましたぁ!」


 これで大丈夫よね?
 私は教室へと戻った。




 ○




 次の休日。
 どうやら無事グラードが誘えたようで、日曜日にデートへ行くようだ。
 とはいえ、ひろりちゃん曰くデートではなく、町を案内してもらうことになったらしい。
 その辺、たぶんグラードがひよったんだ。まあ、がんばったんじゃない?
 私も行かなければいけないが、用事が出来てしまった。大丈夫かしら。


「場所はここで会ってるのね?」
「はい。サンドドラゴンによって、流通の一部は滞っているし、山付近を住処にしていた魔物が町のほうまで降りてきて大変なことになっているようです。……国の騎士部隊も何度か派遣したようですが、全滅していますね」
「国のはどうでもいいのよ! サンドドラゴンかぁ……どんな味がするのかしらね!」
「……土、ではないでしょうか?」
「それはおいしそうね! 行ってくるわよ!」
「お、お嬢様……」


 私はこの二日を利用して、サンドドラゴンを食べに行く予定なのだ。
 今日まで調査をしてもらい、確定した情報を手に入れた私は、ようやく旅立つことができる。
 私の移動速度が速いといっても、全力で移動できる時間には限りがある。
 だから、移動の基本は馬車だ。魔物が凶暴化しているというのもあるため、体力は温存しておきたい。
 半日程度かけてある町に到着した。そこから先の町に行きたいが、そっち方面の馬車が出ていないため、徒歩に切り替える。


「お、おい! 嬢ちゃんあぶねぇぞ!」
「そうだそうだ。今は魔物が大量にいて危ないからな、それよりどうだ? 兄ちゃんたちと遊んでいかないか?」
「あんたみたいな美人さん、へへ、奢ってやるぜ」


 町を出ようとしたところで、そんな風に声をかけられる。
 ……何よ。これから、魔物肉で体力を補給しようと思っていたのに。


「邪魔よ」


 そして三人を気絶させた。下手に動かれても怪我をさせてしまう。
 町から出た私は、フィールドのいたるところにいる魔物を見て、叫ぶ。


「よっしゃ! バイキング!」




 ○




 件の町についたのは、夕方だった。
 町の雰囲気は悪く、どんよりとした空気が流れている。
 途中で手に入れた魔物の腕を食べながら、ゆっくりと町を移動していく。
 騎士たちも駐在していたが、全員が疲弊しきっている様子であった。サンドドラゴンがいる南の方角は固く閉ざされ、騎士たちが常に見張りをしている。


 町の中からの移動はできないわね。
 町で情報を集めてから、サンドドラゴンに挑むつもりなんだけど……サンドドラゴンはとにかく強いってだけで、厄介な攻撃はないようね。
 ゲームで戦うような展開がなかったから、いまいち分からないのが難点だ。


「て、敵襲だ!」


 私は背中にある長剣に手をやり、空を睨む。
 空には何体もの飛行する魔物がいた。


「お嬢ちゃん! さっさと逃げろ!」


 騎士が私を守るように剣と盾を構え、空中から襲い掛かってきた魔物を受け止める。
 ……自分の食事を奪われたという感覚はあったが、E級程度の魔物のようだし、無視してもいっか。
 それよりも、私は長剣を構えながら走り出す。
 逃げる子ども二人へと迫る魔物が二体。
 ウェアウルフと呼ばれる、C級の魔物。人間と思われる血があり、騎士数名が倒れているのも見えた。


「逃げろ!」
「お兄ちゃん!」


 子どものうち、少年はウェアウルフに背中を向ける。
 盾になるって? その勇気将来が楽しそうね。
 長剣をウェアウルフへと振り下ろし、傷口に右腕を突っ込み、心臓を引き抜く。
 隣にいたウェアウルフに血をあて、視界を奪う。
 ウェアウルフの体を切り裂き、胴と足を二つにする。


「え!?」
「早く逃げなさい」
「う、うん……」


 妹のほうは目の前の光景に驚いているようだけど、兄は結構肝が据わっている。
 うん、男なんだからあのくらいじゃないとね。
 ウェアウルフを簡単に食べたあと、さらに魔物を狩りながら南へと進んでいく。
 騎士がかなりやられているようだけど、町の魔物はだいたい掃除した。
 塞ぎなおされた南門へと一気に駆ける。


「お、おいキミ!」


 腕をおさえていた騎士が声をかけてきたが、私は跳躍してそのまま翼を広げる。
 門を飛び越えて、町の外に着地をする。
 酷い臭いと、数多の鳴き声。


「こんなたくさんの魔物に歓迎されたことなんてないわねっ」


 たくさんの食事が、目の前にはいた。
 これらを片付けないで先には進めない。
 FからB級程度の魔物へと、私は長剣を振りぬいていく。
 全方位から掴みかかってくるが、私に弱い攻撃は効かないし、そもそも連携なんてないようなもので、回避が可能だ。
 五分程度で全滅させてやり、ランクの高い魔物肉だけを食して体力を回復する。


「……さて、後はメインディッシュね!」


 一気に駆け抜けようとしたところで、地面が盛り上がる。
 大きな口に体が飲まれかけたが、その場で押さえて外へと脱出する。
 着地して、その全体を見る。


「……ほぉ、魔族か。大人しく食われていればラクだったものを」
「あんたも今なら優しく食べてあげるわよ」
「小娘が……千年を生きた我を舐めるなよ!」


 サンドドラゴンが砂のブレスを放ってきた。
 私はそれを全身で受け止め、そして魔力をまとった剣を構える。


「……なに!?」
「この程度……痛くもかゆくもないわよ!」


 お返しに剣を振りぬく。魔力が斬撃の形となり、サンドドラゴンへと襲い掛かる。


「かははっ! 騎士たちでも傷つけられなかった我の体をそんなへぼい魔力で――!」


 言いかけたサンドドラゴンは、途中で気づいたようだ。
 しかし遅い。サンドドラゴンの右腕が斬りおとされる。
 ……よかった。土ばっかりだし、倒しても肉なんてないと思ったけど……おいしそうな断面じゃない。


「……なかなか、やるようではないか。だが、これで終わりだ!」


 サンドドラゴンが思いっきり尻尾を振るってくる。
 一撃目によって地面がめりこみ、さらに何度も何度もミンチにするように踏みつけてくる。


「……所詮はこの程度か」
「私って結構軽いのかしらね?」
「な!?」


 サンドドラゴンの尻尾にのった私は、軽く足をぶらつかせた後、回るように尻尾を斬りおとす。
 部位破壊に成功したわね。
 そのまま地面を駆け、サンドドラゴンの体に長剣を差し込む。飛行し、その体を真っ二つに切り分けた。


「ば、馬鹿な……この……私が貴様のような――。その翼はまさか! ブルードラゴンのものか!」
「そうよ。あれ? あんたもドラゴンだし、知っているの?」
「く……まさか……こんな……小娘だったとは! グボボ!」


 サンドドラゴンの体が崩れ落ちる。
 巨大な魔石も一緒に転がってくるが、私はそれよりも食べたいものがある。


「いただきまーす!」


 日が出てくるまで食べ続けた私は、それでようやく満腹になることができた。
 魔石を担いで町へと戻ると、門から出てきた騎士たちの目が点になっている。


「ま、魔物が全滅している……私たちでさえ、歯がたたなかったのに……それに、サンドドラゴンは!?」
「おいしかったわ」
「へ!?」


 騎士に大きな魔石を投げ渡す。


「町の復興にでも使ってちょうだい! あ、私利私欲に使ったら潰すからね?」


 私は軽く手をあげて、すぐに走り出す。
 早く戻らないと、デートに間に合わない!
 悪役令嬢としてイベントを進めるために、急がなければ!




 ○




 何とか夕方に戻ってくることができた。
 ……もう! せっかくあれだけ食べたのに、もう腹が減ってきちゃったわよ。
 これからは、イベントは出来る限り平日に起こしてもらいたいものね。
 記憶を頼りにデートコースを探っていくと、グラードとひろりちゃんを見つけることができた。


 ここでの悪役令嬢は、貴族と平民がデートしているなんておかしい、といった嫌がらせをする。
 それをグラードが怯みながらもひろりちゃんを庇う展開で、今までの情けなさとは変わった一面が見れるのだけど……。


 私がデートをけしかけちゃったし、変な奴だと思われるわよね……。
 いや、でも……ちょっと変えれば。けど、、これだとひろりちゃんに嫌われちゃうかもしれないわね。
 怯えていたら悪役令嬢は務まらない。仕方ない、やってやるわ。
 私はすたすたと歩いていき、ひろりちゃんとグラードを睨みつける。


「……リリナ様?」
「り、リリナ様?」


 ひろりちゃんは慣れた様子で、グラードは明らかに顔を青くして言った。
 私は嘆息してから額に手をやる。


「今日、一日見ていたけど……やっぱり平民と貴族って合わないわね。平民は無理やり合わせているようで、何だか背伸びしているのがばればれで変。貴族なんて……だらしないわね。わざわざ平民に合わせようとして、かなりださいわよ、今のあんたたち」


 ゲームの台詞を少し変えて伝えると、グラードは怯んだ様子を見せる。
 もともとグラードは周りの評価を気にするタイプの人間だ。


「……?」


 ひろりちゃんは、私のほうをじっと見てくる。
 ……なんだか、訝しむような顔が気になるが。


「グラード、目を覚ましなさい。あんたには、大人しい貴族の子があっているわよ」
「な、なにを……」
「あんたのあのわけの分からない奇妙な発言も受け入れられるような、なんでもはいはい言って従ってくれるような子にしときなさい。あんたみたいなへたれに、ひろりちゃんは合わないわよ」
「……へ、へたれ」


 悲しそうになっているグラードを見ていると、テンションがあがってくる。
 と、グラードはきっと顔をあげる。


「……我じゃなくて、僕はへたれじゃない。それに、僕は、別にださくても構わない。今日こうやって過ごしている時間が楽しかった……。平民とか、貴族とか、そんな差でこの楽しさが味わえないなら、僕は貴族じゃなくても良い」
「……ふぅん」


 グラードの瞳が不安そうに揺れているが、ひろりちゃんからは見えなかっただろう。
 グラードはひろりちゃんの手を掴み、それからダッシュした。
 あれは、完全に私から逃げたわね。


「……これでイベント進んだのかしら?」


 ひろりちゃんとグラードの恋愛がこのまま順調に発展した場合、他の候補はどうなっちゃうんだろ。
 私このゲーム好きだから、全キャラクターが幸せになってくれると嬉しいんだけど……。
 と私が帰宅しようとしたところで、駆け足が聞こえた。


「……さっきのは、本音ですか?」
「さっきの? 本音に決まっているじゃない。けしかけたはいいけど、やっぱり合ってないと思ったのよ」
「嘘、ですね」
「なんですと?」
「嘘ですよ。あなたはそうやって演じています」


 ……なかなか良い目をしている。
 そこまで演技得意じゃないし、ばれる可能性は考えていた。
 ひろりちゃんの観察力を舐めていた。仮にも主人公だもんね。


「じゃあ、演技だったとして、何が言いたいの?」
「……リリナ様の評価が、変な風になったら嫌だって思ったんです。なぜかみなさん、リリナ様に怯えているんですよ? 色々優しく教えてくれる良い人ですのに……」
「怯えられていたの? なんでだろ?」


 ブルードラゴンだから?
 それとも、学園での魔物狩りの試験のときに魔物の体を嬉々として食べるところとかだろうか?


「とにかく! こういうことしちゃうと、リリナ様がもっと悪い評価をされちゃいます! 私は、と……友達として忠告をしたいんです!」
「……うー」


 ……確かに、原作のひろりちゃんは友達思いの良い子だ。
 最初に私が親切にしたせいで、こんな気遣いをされてしまったのだろう。
 失敗だったなぁ、けど……わかったわよ。


「だったら、様をつけるのもやめてくれない? そうしたら、言うこときいてあげる」
「……リリナ……さん」
「さんもいらないわよ。これからは、友達なんでしょ?」
「は、はい……リリナ」


 ひろりちゃんと握手をして、私はにこっと微笑む。
 私もあなたの友達よ。
 だから、あなたの恋愛が成功するまで、これからはばれないように援助するわ!

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