竜騎士になりたいから、婚約破棄を目指す

木嶋隆太

竜騎士になりたいから、婚約破棄を目指す

「フィーティア……僕はキミと一緒に国をつくっていけるとは思えない。だから……悪いが婚約は破棄させてもらう」
「……そんな」


 私に言ってきたのは、私がいるこの国の第一王子である。
 まさに、神に愛されたような容姿をもった青年であり、学園での評判で悪いことは一切きかない。
 教師、生徒からの信頼も厚く……そんな彼の婚約者だったというだけでも一つの自慢になるくらいだ。


 私は短く呟きながらも、ようやく、かと思う。
 私には小さい頃からの夢がある。
 それは、竜騎士となることであった。
 もしも、王子様と結婚なんてすれば、その道は閉ざされてしまう。


「僕は……僕にふさわしい人がいたんだ。キミも……もちろん、嫌いじゃない。けど……キミの言動や態度は、日に日に悪化していくばかりだ。僕が注意をしてもね」


 そして、彼の隣には少女がいた。
 ……王子との婚約を一発で戻す手段もあったが、私は何も言わずに胸に納めた。
 そして、第一王子はさらに口を開いた。


「……僕の新しい彼女だ」
「可愛らしい方ですね」
「そうだろう。彼女は魔法薬による変身ではない。きちんとした美しい少女だ……。キミと違ってね」
「みたい、ですね」


 ぼーっと答えると、王子がだんと地面を踏む。


「……どうしてキミは、醜く太ってしまったんだ! 昔のキミは、丁寧で何より可愛らしかったじゃないか!」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
「……それに何より、僕の回りに近づく女性たちを酷く馬鹿にしていたらしいじゃないか!」


 それはそうだ。
 私の評価を下げるためには、私自身がちっぽけな存在であることが必要だ。
 王子にも見えるところで、口うるさく怒鳴り散らせば、それだけで評価はぐいぐい下がっていく。
 ついでに、と私はその場で鼻くそでもほじってやる。それによって、王子の評価は底辺へと落ちたようだった。


「……僕はキミのためを思っているんだ。もしも、昔のように戻れるのなら……いや、もうやめようか。とにかく、正式に後でキミの家にも伝えておこう。謝罪の金もたくさん送ってあげよう……だから、もうキミみたいな豚が僕の婚約者だったなんていわないでくれ」
「……わかりました。今までありがとうございました。本当にありがとうございます」


 最後のは、婚約破棄してくれたことに対して。
 王子は隣の少女の肩を抱き寄せて去っていった。
 短く息をついた私は、それから指摘しなかったことについて顎に手をやる。


「あの少女、変化してたわねぇ……」


 私は生まれつき魔力の探知が異常なまでに上手だった。
 だからこそ、薬を使った変化でもすぐにわかってしまう。
 現在、この世界をにぎわせている問題は、人々の変身だった。
 それは、薬を使って美男美女に変身することだ。


 最近は、それらを見破る魔法も開発されたが、すぐにそれを上回る薬が世に出回った。
 そして、あの少女は第二種魔法薬を使っている。
 だって、王子が見破る魔法を使ってもらわないわけがないからね。
 王子は少女が変化していないと思ったようだけど、見事に騙されてしまっている。


 第二魔法薬については、まだ探知でばれるようなことはない。
 なぜ詳しいのかというと、私の家で密かに販売しているからだ。
 開発者は私である。
 私はすぐに片づけをすませ、迎えの馬車に乗る。


「お嬢様。三年間、お疲れ様でした」
「私こそ、毎回休みに迎えに来てくれて感謝しかないわ。ありがとう、今まで」


 執事にお礼を言うと、執事は嬉しそうに笑ってくれた。
 ……変化していない人間の笑顔は、こうも温かみがある。やはり私はありのままの人間が好きだ。
 両親に軽い挨拶をすませると、嬉しそうな声が返ってきた。


「……それで、王子様との婚約は結局どうしたんだ?」
「破棄されたわ。相手からの破棄のおかげで、謝罪金ももらえるようなのよ」
「……や、やりてだねぇ」
「ふふん」


 父に褒められて胸を張る。
 って、いい加減この太った体は邪魔ね。
 私は醜すぎる自分の体を見る。全身が重たかったが、これでもトレーニングだと思えば苦ではない。


 私は変化を解くための薬を取り出して、一口飲む。
 すぐに私は、元の、王子様がいう美しかった頃の体に戻る。
 ……徐々に、徐々に太らせる変化を行っていたが、これからはもう演技の必要はない。
 軽い体で数度ジャンプしてから、くるりと両親へと顔を向ける。


「お父様、お母様、私……竜騎士になります」
「……本当に、目指すのか?」
「はい。お父様が乗っていた愛竜の子どもが、そろそろ成竜になるでしょう? それに乗って、まずは近場のレースに手当たり次第に出場します」
「怪我だけはしないでね?」
「はい、お母様!」


 私は小さい頃からの夢であった竜レースに参加する。
 今から考えるだけで、わくわくが止まらない。


「……なら、私ももう止めないよ。思う存分、やってきなさい! 世界で初めての、女竜騎士、そして最強になってくるんだ!」


 父がまだ竜騎士だった頃、私はよく竜に乗せてもらった。
 あのときのような解放感を……もう一度味わうのよ!




 ○




 街に唯一ある竜舎に行くと、生意気な顔を見つける。


「クラスト。私のシャービットちゃんはどうなの?」


 私の小さい頃からの幼馴染であるクラストは、こちらに気づくと勝気に笑う。


「あぁ? オレ様が面倒みているんだぜ、元気に決まってんだろ!」


 クラストがにやりと笑うと、隣にいた彼の母が頭を叩く。


「これ! 領主様の娘様に生意気な口を聞くな! ……ごめんねぇ、うちの馬鹿息子はいつまで経ってもこれで」
「う、うっせぇババア! ……シャービットはおまえに長く会えなくて寂しそうだったぜ。今日はたっぷり遊んであげな」


 竜舎へと入り、私はすぐにシャービットに抱きつく。
 ……シャービットの親である竜は、すでにかなり老いている。
 目もあまり見えないようだったけど、私の魔力に気づいたのか軽く鳴く。
 シャービットが寂しげにそちらを見ていたので、軽く撫でる。


「……シャービット。今までごめんね。色々と王都でやらないといけないことがあって……だけど、これからは私たちは一緒よ」
「本当なのかよ? これ以上竜たちを悲しませるんじゃねぇぞ」


 クラストが生意気に言ってきたが、だから私は強気に言い返す。


「これからもしっかり世話をしなさいよ。最強の竜のお世話をするのよ?」
「はっ、んなこと言われなくてもわかってるっての。それより今日はおまえのご帰宅パーティーだろ? うまいもん、期待しているからな」
「……あれ? そうなの?」
「知らなかったのか? ま、夜は期待しているからな」


 クラストが笑いながら他の竜のもとへ行く。
 私は全身に鎧をまとい、それから竜に乗る。


 ――竜に乗れるのは男だけ、と言われている。
 それは、男でなければ竜が認めないから。女を背中に乗せないのだ。
 まあ、今はそこまでではなく、女を乗せる竜もいる。
 だが、竜レースに参加しようとする女はいない。どれだけ頑張っても、竜が協力してくれないのだ。


 竜は、乗り手の魔力量で乗せるのにふさわしい相手かどうかを見定める。
 そして、女は総じて魔力が少ない。
 ……だが私は、この世界でも最強を名乗れるほどに魔力が多く、何より魔力操作に長けている。
 だからこそ、薬の開発もできたわけだしね。


 鎧で姿を隠した後、シャービットの背中に乗る。
 シャービットも嬉しそうに飛んでくれた。
 ……シャービットのお父さんに、勝ったところを見せてあげたいわね。
 直近のレースはもう来週にも行われる。今じゃ竜騎士を目指す人は多く、あちこちで大会が開かれている。
 いわゆる三部レースと呼ばれていて、これに一年以内で十勝することで、二部レースへの参加が認められるようになる。


「シャービット頑張ろうね」
「イー!」


 シャービットがこくこくと返事をしてくれ、それから竜舎へと戻った。




 ○




 夜になると屋敷で本当に盛大なパーティーが開かれた。
 貴族、平民を問わない。参加できるものはどんどん来いというものだ。
 学園で行われていた舞踏会とはまるで違う。礼儀も、身分も今だけは関係ない……そんな風に思えるような……例えるなら冒険者が行うという宴会のようだ。


 これが、父の目指した街づくりだそうだ。
 きちんとした場面では貴族、平民の関係は必要だが、それ以外の場面ではこのようにのんびりとした関係で良いのではないかと、というものだ。
 利点はあるだろうし、欠点もあるだろう。
 けれど、私はこの空気が好きだった。
 両手に酒を持ってはしゃいでいたクラストが、こちらに近づいてくる。


「おまえ、酒飲んでるか!? うまいぜ!?」
「飲んでいるわよ。あんたは飲みすぎて倒れないでよ」
「大丈夫だっての……やべ、ちょっと気持ち悪いかも」
「吐くなら離れた場所でしてね」
「……お、おぇ! ちょっと出かけてくる」


 ……変わらないなクラストは。
 昔から馬鹿みたいな奴でその場のテンションで発言、行動するような奴だ。
 けれど、竜に対しての思いだけは一人前で、私もそこだけは評価している。
 それ以外で余裕でマイナス評価になるような奴なんだけど。


 私も久しぶりのこの空気に笑顔を見せながら、食事、飲み物を口に運んでいく。
 やがて、クラストが戻ってきて、見せたいものがあるといって引っ張りだされる。


「最近、新しい竜が生まれたんだけど……そいつらに挨拶くらいしておきたいだろ?」
「なんで今日行った時に見せてくれなかったのよ」


 そっちのほうが一度ですむというのに。
 いうと、クラストは困ったように頬をかいた。珍しい反応だ。
 いつもならば、馬鹿がうるせぇ、とか逆切れするってのに。


「まだ、あいつら生まれたばかりであんまり他人の顔を見せたくなかったんだよ。レイフェル種のドラゴン、知っているだろ?」
「臆病で、魔物から逃げるために特化した、スピード型のドラゴンだったかしら?」
「かしら、じゃねぇよ。これから戦っていくなら、もっとしっかり知識つけときな」
「それじゃあ、お願いしようかしら」


 私が言うと、クラストはははっと軽く笑った。


「王都の学校で勉強したおまえに、オレが教えられることがあるかよ」
「あるでしょう、たくさん。私が学んだことなんて、魔法と貴族の礼儀作法くらいよ」
「にしちゃあ、ぐいぐい呷るように酒飲んでいたじゃねぇか」
「その場に合わせて対応できるように、っていうのも習ったのよ」


 クラストとともに到着した竜舎。クラストが鍵を開けて中に入り、明かりをつける。
 竜舎は特有の臭いがあり、それだけで懸念する人もいる。
 そして、長くいると体に臭いがつくからということで、懸念する女性は多いものだ。
 クラストが奥に入り、私もそちらへと向かうと小さな竜が三匹いた。


「可愛いわねっ。これ抱いてもよいの!?」
「ああ、もうだいぶ人にも慣れたからな」


 私が竜に手を伸ばすと、竜はなれた様子で体をこすりつけてくる。
 胸に抱いて赤ん坊をあやすように、竜を揺する。


「……すげぇな」
「何が?」
「その竜は、一番人に懐かなかったんだよ」
「そうなんだ。この子、人の魔力に敏感みたいだから自分の魔力を抑えて接すると良いわよ」
「……いや、そんなことできねぇんだよ普通」


 クラストが呆れたように言いながら、近くの子竜を抱えた。


「変わらねぇな……おまえは」
「そう? かなり成長したわよ」
「だいぶ女らしくなったな」
「セクハラで訴えるわよ」
「冗談だ。おまえは昔からずっと竜が大好きなんだな。王都に行くっていったときは、小さい頃の約束を忘れたのかと思ったぜ」
「約束ってどっちが先に竜騎士になるかって話? あれ約束じゃなくて勝負じゃない」
「……そうだったな」


 クラストはぽりぽりと頭をかいた。


「……俺からすれば、もう一度会うための約束だったんだよ」
「私に会うための?」
「そうだ。おまえはいつかきっともっと広い世界に出る……。出ちまったら、もうこの領地にもあんまり戻ってこないんじゃないかって子どものときの俺は考えたんだ」
「馬鹿だった割に、案外ずるがしこいのね」
「う、うっせぇよ。それで、約束をつけたんだ。こうすりゃ、またおまえはきっと竜騎士になるために戻ってくるってな」
「……どうりで。あんたが全然竜騎士目指していないと思ったら、そういう理由だったの」


 呆れた後に、しかし私はゆっくりと微笑んだ。


「約束なんかなくても戻ってきていたわよ。私の夢は小さい頃から竜騎士だもの」
「だろうな。昔の俺に『そいつは、竜が大好きな馬鹿だから安心しろ』って言いたいもんだ」
「馬鹿という部分だけは伝えたほうがいいわね。それで、少しでも改善するかもしれないし」
「よくもまあ、そんな口で学園生活送れたな……」
「安心して。学園では口になんて出してなかったから。心許せる相手じゃなきゃ……言えないでしょこんなこと?」
「……」


 クラストにそう言うと、彼は大きな深呼吸をした後、子竜を戻した。
 私も子竜を戻すと、クラストが視線を真っ直ぐに向けてきた。


「……どうして、俺がそんな約束をしたか、わかるか?」
「さぁね」


 予想はできても、確証が持てるほど私は自信家じゃない。
 穏やかな笑みを向けると、クラストは意を決したような顔をあげる。


「なら、どうしてここにわざわざ今、二人きりになれるっていう時間に呼んだと思う?」
「……」


 私は何も口にできなかった。
 ある程度、先の答えはわかったから。


「俺はおまえのことが好きだ。竜騎士の世話役として、俺はおまえと一緒に……いさせてくれないか」


 私はクラストが差し向けてきた手をじっと見る。


「私、こんな風に告白されたのは、王子様以来だわ」
「こんな可愛い奴を放っておくなんて、貴族様ってのは随分余裕があるんだな」
「ああ、私学園じゃ変装していたからね」
「そういえば、そうだったのか。危なかった」


 そういってくれると少し照れる。


「私、学園で色々学んだんだけど、自分の生活とかについては全然何も教えてこられなかったのよね。ほら、メイドとかいるでしょ?」
「そうだな。それに加えて、おまえは身の回りのことに関しては無頓着すぎる。どうせ、学園でも適当な服しか着てなかったんだろ?」
「何よ。毎日学園制服だったわよ」
「その時点で、おかしいんじゃねぇか?」


 苦笑されたが、クラストの言うとおりだ。
 他の学生たちはメイドに頼んでいるのか、色々と煌びやかな服に身を包んでいた。
 私はそんなのに無駄遣いするくらいなら、竜舎や竜に金をかけたかっただけだ。


「だから、竜と一緒に私の世話もしてくれない? これから一生」
「……それってつまり」
「私もあなたのことが好きよ。結婚を考えてもいいくらいにね」
「……ほ、本当か!? 俺平民だけど、いいのか!?」
「私は別に気にしないわ。私の家もそんなこと気にしないわ」
「うっひょひょーい!」
「その馬鹿な小躍りはやめてくれない?」


 くすりと苦笑したが、彼は体全体で嬉しさを表していた。
 ……照れくさかった。


 私が一番王子と結婚したくはなかった理由は、私の心はすでに別のところにあったからだ。
 だけど、私から婚約破棄するようなことがあると、王子の面子を潰す可能性があった。
 この街や、もしかしたらクラストにも迷惑をかけてしまう可能性もあったしね。
 だから、こんな回りくどいやり方をした。大変ではあったが、この三年間は決して無駄ではなかった。
 この手の温もりを、いつまでも感じていられるように、これからさらに頑張ろう。








 十年が経ち、世間では二つのことが話題になっていた。
 一つは、王妃が実は魔法変化で化けていたということであった。
 それによって、現国王はとても頭を悩ましていた。


 そして、もう一つは、世界最速の竜騎士が誕生したことだった。
 何よりその騎手が女性であったことだった。
 男性たちは自分のレースが汚されていると憤ったが、その悉くが潰された。
 ならばその竜を――と考えたものたちは、彼女の最愛の夫によって叩き潰された。
 まさに最強の二人は、口こそ悪かったが、彼らを見たものたちは同じように言う。
 いつも、笑っている二人だった、と。



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