伝説の英雄とおちこぼれの少女

木嶋隆太

第十二話 救出作戦



 空から見る街は悲惨な状況であった。
 黒い生物――レアールがいうには、あれは魔物になりかけている存在、魔物の子どものような存在であるらしい。
 魔物たちは街のあちこちを襲い、建物を破壊し人々を狙っている。
 その中心ともいえる空の闇――レアールはそこへと跳んでいく。


「ど、どうやって空中を移動しているんですか?」
「空気中に魔力ってのはたくさんあるんだ。その魔力が固まっている部分は慣れれば見れるようになる。後は自分の足に魔力をまとわせて、それを足場に踏んでいけば良いんだよ」


 実演するように足場を踏みつけ、さらに上へとあがる。


「ま、魔物です!」
「面倒だな。しっかり捕まってろよ!」


 レアールは片手だけでアリカの体を支える。アリカは落とされそうになってわわわと慌ててしがみつく。
 レアールは長剣を抜き、襲い掛かる黒魔物を切り、攻撃をかわす。
 魔物を思い切り蹴り飛ばし、さらなる跳躍を行う。
 黒い闇へと突っこむ。しばらくの闇の後、すたっとレアールが着地したのは奇妙な建物だった。


「これがあんたの城って感じか? 趣味悪いな」
「……まさか、ここまでたどりつける人間がいるとは思わなかったな」


 そういって拍手をするのは、ベイナーガだったものだ。
 今では完全な魔人となり、アリカはその姿をじっと睨むしかない。
 そこにリンの姿はない。予想でしかないが、恐らくその奥の建物に彼女はいるのだろう。
 と、周囲にもたくさんの魔人が存在していた。その数は二十を越えている。


「俺だって、まさかまた働かされることになるとは思ってもなかったぜ。魔界から帰って来てから全然、のんびり余生を暮らせてねぇんだよ」
「……何をでたらめなことを、魔界は魔のたまり場ですよ。そんな場所に人間が住めるはずがないでしょう。……さて、私はあなたには用事がありません、消えてもらいましょうか」


 ベイナーガがにやりと笑うと、どこからか強力なレーザーが放たれる。
 レアールの体を飲み込み、レーザーが終わったあとには、全身から煙を上げて倒れるレアールの姿しかなかった。


「レアール!?」
「無駄ですよ。それは街を破壊するために残しておいた魔力砲です。多少強いくらいの人間では、まず生きてはいません」


 アリカが叫び背後を見やる。
 レアールは腹から血を流し、その場で倒れていた。


「……さてさて。邪魔者も消えましたね。そこで、お話しと行きましょうかアリカさん」
「……なんですか?」


 アリカは両手に剣を持ち、いつでもサーシャを発動できるように待機する。


「私はですね。英雄が持っていた魔法がどうしても欲しいのです。さらにいえば、それを扱えるだけの人間も、ね。だから、あなたが私たちの仲間になれば、リンさんを返してあげても良いですよ」
「リンはどこですか?」
「……そうですねぇ。どうぞ」


 ぱちんと指を鳴らすと、空間に映像が浮かぶ。リンと、さらにその近くには一人の青年がいた。
 黒い体を持ったその顔には、見覚えがあった。


「彼は覚えていますよね?」
「ライドット……ですよね? 何をしたんですか!」
「いえいえ。もともと彼が契約していた魔法は、私たちが開発した魔法なんですよ。その力に溺れれば……人間なんてさらに力を求めますからね。彼には、私たちの正体を明かし、そして巨大な力を与え、仲間にしたんです」
「……あなたは、そういえば魔法契約の斡旋も行っていましたね」


 アリカも一度だけ誘われたが、サーシャを使いこなすことを目指していたために、断った。
 断っておいてよかったとホッとした。
 一歩間違えれば、英雄とは真逆の存在となってしまっていたのだ。


「そうですよ。ここにいる魔人たちも、もとは人間です。ですが……私は優しい魔人です。人間と魔人が共存できる世界を作るために、こうして私は力を与えてあげたんです。みな、おちこぼれという立場から脱却し、今では立派な戦力となってくれていますよ」


 両手を広げ、そこにいた二十ほどの魔人たちを示してみせる。
 確かに、おちこぼれとして馬鹿にされるのは苦しいのもある。
 だからといって、魔人となって人間を襲うのは馬鹿げている。


「……従わない人間はどうするんですか?」
「そんなのは、いりませんよ。私が欲しいのは、私に従う人間ですよ。だから、利口なあなたなら、私に従うのが正しいことだとわかりますよね?」
「わかり、ませんね!」


 これほどの敵が目の前にいるのに、恐怖はある。
 アリカはそれでも、英雄の子孫である自覚と、さらにリンを助けるという考えのもと、強く言い放った。


「あなたたちがやっていることは、間違いです! 人間と魔人が共存したいのならば、そんな奴隷みたいな関係ではいけないです!」
「……はぁ」


 ベイナーガはやれやれと額に手をやり、首を振る。


「やはり、子どもですね。あなたを仲間として誘うのはやめました。……聞いた自分が馬鹿でした」
「じゃあ、そろそろ戦いでも始めるか?」


 と、ベイナーガの隣に移動したレアールが、ベイナーガと肩を組む。
 レアールが倒れていた場所には焼けた上着だけが残っていた。上半身裸のレアールはその肉体を惜しげもなくさらしている。
 何より無傷であった。
 驚いた顔のベイナーガににやっと微笑むレアール。


「な、なぜ生きている! 貴様、何者だ!」
「英雄さ」
「ふざけたことを! やれ!」


 ベイナーガが指示を出しながら後退する。
 そして、レアールは襲いかかってくる魔人たちを見やり、それから長剣を振りぬいた。
 簡単に一人の翼が切断されて落ちる。別の魔人の攻撃を避け、その頭を掴んでブンブン振り回す。
 そして、思い切り投げつけて、手を叩く。


「いよっしゃ、いいコントロールだぜ。あんた知っているか? 昔はベースボールが流行っていて、俺は結構好きだったんだけど」
「今もはやっていますよ!」


 アリカが声を荒げ、駆ける。


「ああ、そうなの? 今度見に行くかね。観戦代は奢ってくれるか?」
「終わりましたらね!」


 アリカは叫びながらレアールの脇を抜ける。


「リンはおまえに任せたぜ。こっちは俺がやってやるよ」
「頑張ってくださいね!」
「アリカをとめろ!」


 ベイナーガが叫びアリカはちらと後ろを振り返る。
 飛んできた魔人たちだったが、そのすべてがツルに捕まる。
 それは、レアールが所持していたもう半分のサーシャ――魔法であろう。


「き、貴様……それはレアールの魔法、どうなっている!?」
「だから、英雄だって言ってんだろ? ここを通りたければ、俺を倒していくんだな」


 さらにツルは大きく伸び、アリカが目指している城を完全に覆った。
 これで、外からの魔物襲撃もない。
 アリカはレアールが本物の英雄なのだと理解し、そして真っ直ぐに城を目指した。




 ○




 城へと入ると、中に待機していた魔物たちが襲いかかってくる。


「サーシャ!」
『わかっておるわい!』


 三体の魔物のうち、二体をサーシャのツルで潰す。
 アリカはツルを足場に、残り一体へと剣を叩きつける。


『さすが、わしの過去を見てきただけはあるな。戦い方がレアール様に似ておる』
「あんな化け物と一緒にしないでください!」
『はっはっはっ、リンの奴は、この城の最上階におるようじゃぞ』
「わかるんですか?」
『わしとレアール様の魔法はもともとは一つなんじゃ。このツルは、一つ一つ目のようになっておるからの。この城の構造はすでに把握済みじゃ』
「……さすが、英雄様の魔法ですね」


 攻撃、防御、探知……なんにでも使えてしまうサーシャにアリカは頬がひきつった。


「……けど、あんまり体に負担がないですね」
『そりゃあたぶん大丈夫じゃよ。今はレアール様のツルから力を借りておるからの』
「なら今は使ってもそんなに問題ないのですか?」
『そうじゃな。ただ、リンの近くにはライドットがおるんじゃ。戦闘は不可避じゃ』
「わかって、いますよ」
『……躊躇うなよ。魔人となった以上、もう人間として生活を送ることはできんのじゃ』
「……はい」


 アリカは敵を倒す――殺す覚悟を決め、階段をかけあがっていく。
 襲いかかる魔物は、ささっと倒して切り抜ける。
 そして、最上階へと到着し、両扉を切りあける。


「……なんだ?」


 短い声が聞こえこちらを見てきたのは、魔人となったライドットだった。
 ライドットは一瞬驚いた顔を作りながらも、にやりと笑った。


「……おやおや、おちこぼれのアリカさんじゃないですか」
「それが何ですか?」
「くははッ! 僕のこの華麗な姿を見て、何も思わないのかい!?」
「気持ち悪い、ですね」


 言い放つと、途端にライドットの顔が歪んだ。
 地団駄を踏むようにして、その場で暴れる彼から視線を外す。
 近くで倒れているリンを見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「リンは、無事ですよね?」
「ああ、無事だよ。ベイナーガ様に、そういいつけられているからね。けど、ここにもしもキミが一人で来た場合……キミには好きにしていいとも言われているんだよ!」


 叫んだライドットが翼をはばたかせながら、距離をつめてくる。
 鋭い爪の一撃を剣で、受ける。
 右、左という連続の切り裂きをどうにか剣でさばいていく。
 しかし、ライドットは確かに強い。
 動きは人間のときとは比べ物にならない。
 さらに、先の鋭い尻尾までも振り回し、攻撃の手数は多い。
 数回切り裂かれ、肌が切られる。
 痛みはほとんどないが、一度距離をあけると、ライドットはニヤリと笑った。


「はははっ! キミは可愛さだけはとりえだからね! 捕らえて、可愛がってあげるよ!」
「……私は、あなたみたいな人に興味はありませんからね」
「すぐに、興味をもたせてあげるよ!」


 地面を蹴ってきた彼の爪を寸前でかわす。
 そのまま剣を振り上げて、彼の腕をかすめる。
 ライドットは力が強いからか、油断と隙が多い。
 ライドットが舌うちまじりに翼を羽ばたかせるが、それを距離をあけてかわす。
 すると、ライドットは闇の弾を空中に浮かべる。


「ダークショット!」


 闇魔法を剣で弾くが弾かれる。
 前戦ったときよりも威力は高い。


「……もう僕は、契約なしに魔法を放てるんだよ。あんな惨めな気持ちにならなくてもいいんだ! あははっ、あははっ!」
「……それで、もう暴れるのは楽しみましたか?」


 アリカは剣を振るい、しっかりと握りなおす。
 ライドットは高笑いをやめ、苛立ったように首を傾ける。


「なんだその態度は? 僕の攻撃に手も足もでないくせに!」
「……あなたが、自分の意思で魔人になったことはわかりました。だから、もう終わりにしますよ」
「……できるなら、やってみな!」


 ライドットが思い切り飛び掛ってきて、アリカはその攻撃を両手の剣で受け止める。
 そして、思い切り叫ぶ。


「サーシャ!」
『任せるんじゃ!』


 一気にツルが現れ、ライドットの体を貫いていく。
 それでもまだ、ライドットの命は尽きない。
 動きを拘束し、ライドットへと剣を振り上げる。


「ま、待て! 僕は――」
「……リンを苦しめたあなたたちを、私は許しません!」


 振り下ろし、その首を斬った。
 トドメとばかりにサーシャがその首を跳ね飛ばし、アリカは剣をしまう。


「……これ、かなり魔力使いますね」


 サーシャをしまうと、軽い目眩に襲われた。


『……そうじゃよ。本来使えるのは魔力に十分余裕がある奴だけじゃ。その点、おぬしもなかなかの魔力量じゃが、厳しいようじゃの』
「それでも、まだ大丈夫です!」


 倒れていたリンの体を抱える。
 命もしっかりとある。体に異常はない。
 ホッと胸を撫で下ろしていると、城の窓から見えるツルが減っていった。


「なんですか?」


 リンを抱えて窓を開ける。
 下は酷い惨状だった。
 魔人の死体しかなく、その中央でつまらなそうに横になっているレアールがいた。
 何よりレアールは、まるで怪我などしていない。のんびりとこちらを見て、手を振っている。


「……あれは化け者ですか?」
『そうじゃな……』


 サーシャのひきつった笑いが消えると同時、窓の外にツルが伸びる。
 アリカが手を伸ばすと、体が巻きつけられる。
 そのまま一気に下までおろされる。


「どうやら、無事みたいだな」


 レアールが立ち上がり、体の埃を払う。
 いつの間にかボロボロの服を着込んでいて、裸ではない。


「……あなたも、怪我ないみたいですね」
「まーな。さて、もう一仕事残っているんだ。手伝ってもらうぜ」
「……なんですか?」
「この街を守るんだよ」


 ぴっとレアールは城を指差した。





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