伝説の英雄とおちこぼれの少女

木嶋隆太

第十一話 魔人





「……あなたが、この襲撃の犯人ですか」


 ベイナーガが謎の男とアリカたちの間へと入る。
 その背中に守られるように立っていたアリカは、ただ目の前の光景に疑問しか浮かばなかった。
 ――青い血をなぜ彼はつけている?
 その青い血は、騎士の体から流れている。


(青い血は、魔人の証……)


 それは魔人を知るための一つであるが、今では授業でも扱っていないものだ。
 なぜなら、魔人はそれ以外に額にクリスタルが埋め込まれているという目だった特徴があるからだ。


(……あの騎士が、魔人、という可能性があるのですか? けど)


 その顔は人間そのものであった。


「俺が犯人? ま、あんたらはそういうことにしたほうが、ラクなんだろうけど……」


 男が踏みこみ、ベイナーガが受け止める。
 前は力負けしたが、今回のベイナーガは違った。男の剣を受け止め、弾き返した。


「みなさん! 別の出口から逃げてください! 私の知り合いが近くにいますから!」


 と叫んだベイナーガの頬が切れた。
 男の剣が当たっていたのだろう。
 彼の頬からは――青い血が流れた。
 ベイナーガは頬に手をやり、疑問が残るような顔を作る。


「くっ、この血は何ですか? あなたが、何かをしたのですか?」
「はっはっはっ、そりゃあ傑作だ。演技もそこまでいけば大したもんだ」


 仮面の男が楽しそうに笑って、手を叩いている。


「ふざけたことを……アリカさん、皆さんを連れてその先へと逃げてください」


 ベイナーガが苦しげな様子でそういう。しかし、アリカはベイナーガよりも信じるものがあった。
 それは、曾祖母やサーシャの夢で何度も見てきた知識だ。
 あのレアール様が言っていた、魔人を見破る一つの知識。
 腕をひいてくるリンとは反対に、アリカはきっとベイナーガを睨んだ。


「……青い血は、魔人の証です。どうして、それがベイナーガ先生から流れるんですか?」
「それは……どういうことですか? 言っていることがわかりませんが……」
「私は、魔人と戦っていた曾祖母から話を何度も聞いています。それに、私にはサーシャの夢を見ています! 何度も何度も、魔王を倒すレアール様の映像を、旅を見ているんです! 魔人を見破るためには、血、体に埋め込まれたクリスタル、後は勘ってレアール様が言っていました!」


 びしっと指をつきつけて言い放つと、ベイナーガは温和な表情をみるみると歪めていった。
 そして、やがて大きく笑い、それから鋭い目を向けてきた。
 殺気も同時にぶつけられ、アリカは頬をひきつらせてしまう。
 同時に、ベイナーガの体が作りかわっていく。人間を基本としながらも、肌は黒く染まり、そして翼が生えていく。
 その姿は、アリカがずっと見てきた魔人そのものであった。
 軽くベイナーガは体の調子を確認するように、翼を動かす。


 並んでいたリンたちも、状況の変化についていけないようだった。


「ああ、ここまで完璧に人間の体を作っておいたのに、まさか最後の日に魔人の体に戻したのがあだとなりましたか……。いやいや、ですが、作戦はまだ終わっていないんですよ!」


 駆け出したベイナーガが、真っ直ぐにアリカへと迫ってくる。
 アリカは剣を構えるが、まるで動きが見えなかった。


「っと」


 その間に男が入った。長剣で受けとめ、軽々と弾きあげる。


「舞え!」


 ベイナーガが叫ぶと、たくさんの黒い魔物が襲いかかってくる。
 コウモリのようなそれらを、男は長剣で軽々と切り伏せていく。


「はぁぁ!」


 気合の声とともに、ベイナーガが突っこんできた。
 男が長剣で受け止めるが、押されるようにして弾かれた。
 同時に、黒い魔物がアリカたちへと襲いかかってくる。
 迎撃するために武器を持つが、疲労があるためにまるで動けない。


「……獣化!」


 クラリアが叫び、彼女の体に軽い毛が覆われる。
 同時に、彼女の速度、攻撃力すべてが向上した。
 周囲にいた黒い魔物のすべてが吹き飛ばされるが、クラリアの息があがっていく。
 彼女こそ、一番疲れていただろう。それでも、クラリアは闘争本能に任せるように口角をつりあげながら斧を振り回していく。


 クラリアに視線を向けた一瞬の後、アリカへと黒い魔物が襲いかかってくる。
 回避が間に合わない。剣を振ろうとしたが、疲労によってうまく力が入らない。


「あぶねぇ!」


 アリカの体がリンに突き飛ばされ、はっと顔をあげる。
 リンが魔物に捕まり、空へと運ばれていってしまう。


「アリカ! あたしのことはいいからさっさと逃げろ! この魔物たちのねらいは、たぶんおまえだ!」
「リン! 今助けます!」


 叫ぶがもう届く距離ではない。ネイリッタの魔法はあっさりと弾かれてしまい、なすすべがない。


「……ねらいはこいつではなかったが、まあ良いですか」


 ベイナーガが再び空へと戻る。
 視線を男に向けると、男はじっと空を見ていた。


「この女を返してほしければ、サーシャを渡してください。あの伝説の英雄の魔法です。わかりますよね?」


 ベイナーガがそう叫ぶと、すぐに空間が裂けた。
 リンがそれに飲み込まれ、アリカはジャンプをするがとてもではないが届くはずもない。


「リン! リン!」


 何度も叫ぶが、ベイナーガとリンは消えてしまった。
 それと同時に、空を覆っていた闇はいまだ町を覆っている。魔物も降り注ぐように溢れている。
 この世の終わり、のようであった。


 観客席はボロボロで、怪我人も大量にいた。
 だが、今はそんなことはどうでもよかった。
 アリカはすぐに剣を確認したあと、立ち上がる。
 その肩を男に掴まれる。


「どこにいくんだ?」
「……リンを助けに行くんです」
「あんた一人でどうするつもりだ?」
「……どうにもならなくても! やるしかないんです! 私の親友なんです! いつも私のために色々してくれる良い子なんです!」
「おいおい、そんなネガティブな発言はダメだぜ」
「……黙ってください!」


 ――魔法契約ができず、悲しんでいたときも。
 ――成績が悪く、このままでは退学なるかもしれないときも。
 どんなときだって助けてもらっていた。だから、今度は――私の番だ。
 アリカがきっと男を睨むと、男はなぜか、懐かしむような目をして、それから悲しんだように目を細めた。
 と、それに合わせて、視界の端から声が聞こえた。


「待て。待つんじゃアリカ! ぶべ!」


 観客席から落ちてきたサーシャが、コロシアムに顔面からぶつかる。
 それに笑うような気も起きず、アリカはぼーっとそちらを見る。


「な、なんじゃ! わしがせっかく場の空気を和ませようと、体を張ったというに」
「ただ着地失敗しただけだろ」


 男がぼそっと言うと、サーシャがむっと頬を膨らませた。


「アリカ。この方が言うように、一人では絶対に無理じゃ。かといって、国がすぐに動いてくれるとも思えぬ」
「だろうな。俺の調査じゃ、結構魔人が入り込んでいる。魔人が作った、代償ありのイカサマ魔法も出回りまくっている。騎士を従えていったとしても、背後からぶすっとやられる可能性もあるな」
「それでも時間がないんですよ! 早くしないと、リンが!」
「大丈夫だろうぜ。あいつらのねらいは、リンとかいう可愛い子じゃなくてたぶんあんたとサーシャだ」
「どうして言い切れるんですか! あなた、やっぱり敵の仲間ですね!」
「ちげぇよ。落ち着きな嬢ちゃん。可愛い顔が台無しだぜ」


 落ち着けるように声をかけられ、さらに苛立ってしまう。
 この男に何がわかるというのだろうか。
 アリカは何かを言い放とうとし、それから男に人差し指を口元に近づけられる。
 うっと言葉につまる。


「あいつらのねらいは、過去の魔王を撃退した英雄の一人であるアリナの子孫のあんた。それと、かつての超絶イケメン、最強の男レアール様の魔法だ」


 冗談でも言うようなテンションで男が腰に手をあてて笑う。


「……そりゃあ、レアール様はかっこよかったらしいですけど、敵のねらいがそうじゃなかったらどうするんですか?」
「いや、これでもずっと調査してきたんだ。信じろ俺を」


 ちょっと照れたように男が頭をかいている。
 なんだこの男は、とアリカがじっと見ていると、頬をひきつらせているサーシャがいた。


「……いつまで、黙っているつもりなんじゃ」
「あぁ?」


 サーシャがいうと男がじっとサーシャを見た。
 ぐっと涙をこらえるような顔で、サーシャは男を見上げる。


「あなたが力を貸してくれるということでしょう……レアール、様」
「レ、アール……?」


 サーシャの言葉にその場にいた全員が驚いていた。
 レアールと聞けば、誰もが知っている英雄の名前だ。
 その英雄の魔法であるサーシャもかなり有名であるが、そのサーシャが、レアールと言ったのだ。
 何よりレアールは百年近く前の英雄だ。
 アリカの曾祖母はすでに亡くなっている。まるで、まだ二十前半のような容姿の目の前の男を、常識的に考えればレアールなどとは言わない。
 レアール、と呼ばれた男はのんびりとあくびをしてから、仮面を外す。


 その顔を見たアリカであったが、サーシャの夢での記憶はだいぶぼやけてしまっていたために、本当かどうかは分からなかった。
 しかし、サーシャはその顔に確信を持ったようだった。


「なんだ。気づいていたのか? すっかり可愛くなっちまっているから、俺の勘違いだと思っていたんだが」
「……思い出したのじゃ。ここ最近、良く眠って記憶を掘り返していたんじゃ。百年近くも前のことなんじゃ……まだ、結晶化した当時のことなんてロクに覚えていないというに」
「そりゃあ悪かった。それで? こいつが今のマスターか?」


 アリカが指差され、むっとその人差し指をどけようと叩く。
 しかし、さっとかわされ再び指差される。
 叩こうとしてもハエのようにかわすので、むきになって両手で叩くがすべて当たらない。
 サーシャは迷った様子で首を振った。


「レアール様の魔法は、強力すぎるんじゃ。例え、半分になったとしても、並みの人間では使いこなせないんじゃ」
「なんだよ。なら、一定時間だけ契約してやれ。女……戦う気はあるんだな?」
「……あります。リンを助け出すためなら、なんでもします。サーシャ、お願いします」


 レアールのほうをちらと見てから、サーシャは頷く。


「……わかったんじゃよ。じゃが、あまり長時間は使わせないからの」
「俺の出した魔法から力を借りるようにすれば、問題ねぇだろ」
「……まあ、そうじゃがな」


 サーシャがいって、アリカの手に触れる。
 同時に、アリカの手に魔方陣が生まれサーシャがそこに吸収された。


「あんた名前は?」


 レアールに指差され、アリカはつんと伝える。


「アリカ、です」
「俺はレアールだ。しばらく、一緒に戦うことになるが、俺はあんたを戦力として数えている。リンを助け出すまで、楽しくやろうぜ」


 レアールが手を差し出してくる。


(……レアール様ってもっとクールでかっこよい人だと思っていました!)


 曾祖母がいつも語るレアールは本当にかっこよかった。
 それに憧れ、勝手に美化しすぎたのかもしれない。
 確かに、容姿は男の中でもかなり良いほうだ。
 しかし、この人を舐めたような馬鹿にした笑いが気に食わない。


 ふんと叩くようにその手へ握手をする。


「れ、アール様……?」


 クラリアがぼーっとした様子で呟く。
 ネイリッタも同じ様子だ。
 伝説の英雄に、初めて出合っていればそういう反応なのだろう。
 しかし、アリカはもともと夢で見てきたし、それに今は非常に精神が安定していない。
 感動よりも、早く助けにいきたい怒りが先行してしまった。


「んじゃ、あんたらは自分達で避難しててくれ。アリカ、ちょっと悪いな」
「何するんですか!」


 突然抱きかかえられ、アリカは思わず叫ぶ。


「ならおまえ、俺についてこられるのか?」
「……そ、それは」


 レアールはそれから見本とばかりに、ぴょんとコロシアムへと跳ね上がる。
 その人間離れした動きに、さすがについてはいけない。
 レアールの腕の中で、仕方なく嘆息した。


「……これで、連れて行ってください」
「わかったよ。すぐに移動するぞ」


 レアールがいうと、さらに加速した。振り落とされそうになったが、アリカは必死にしがみついた。



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