伝説の英雄とおちこぼれの少女
第十話 団体戦
『さぁ! いよいよ、レベルベッカ魔法学園の二年生による団体戦が開催されました! まだ今はそれほどの実力者はいませんが、現在一番の注目はやはりクラリアさんでしょうか!』
団体戦が行われる会場は、学園近くにあるコロシアムだ。
巨大な円形のフィールドを囲うようにある観客席には、多くの人がいた。
そこには、騎士たちもいる。いずれ卒業する生徒たちをスカウトするために、たくさんの人間が見にきている。
現在、一番注目されているのはクラリアだろう。
実況の解説も細かく丁寧にされている。
魔法によって拡張された音声が控え室にも届いている。
遠視の魔法によって控え室には会場の映像も流れている。
この魔法は、各貴族の家にも配信されているのだ。アリカも一年生のときは、寮に設置されているモニタから見たモノである。
用意された控え室で、軽い打ち合わせをしながら、アリカは映像を見る。
本当にたくさんの観客がいる。あそこで自分が戦うのかと思うと、緊張と楽しさがこみ上げてくる。
『えーと、クラリアさんの対戦相手は……えーと、はい! そうですね、リンさんとネイリッタさんはどちらも学園でもそれなりの成績を残しております。二人がいったいどのような戦いを見せてくれるのか、楽しみですね! 次に注目されているのは――』
「なんですか! 私はどこにいったのですか! ちょっとは紹介してくれても良いでしょう!」
「まあまあ。期待されてないほうが勝ったときおもしれーしいいんじゃねぇか?」
「そうだよ。それに、この作戦でのかなめはアリカなんだから、目立たないほうが良いんだよ。……目立ちたいなら、私が色々としてあげても良いよ?」
「え、遠慮します」
ネイリッタの舌なめずりに、恐怖以外は感じなかったためにアリカは頬をひきつらせて首を振った。
団体戦の一回戦が始まり、アリカたちはしばらく映像を眺める。それほど厳しい戦いはなく、アリカはふむふむと観察した。
勝利したほうが、二回戦の相手だ。
それでも、先に戦うクラリアのことが頭から離れない。
試合はすぐに終わり、そして順番が回ってくる。
「……そろそろ、耳栓つけておいて」
こくりと頷き、アリカは耳栓を装備した。
ゆっくりと廊下を歩いていく。普段ならば足音が響くはずなのだが、まるで聞こえなかった。
光が見えてきて、そちらへと歩いていく。
たくさんの観客が自分たちを囲み、その視線の量にアリカは目を細める。
良い天気の日だ。アリカはぼーっとそれらを考えていると、マイクが手渡される。
先ほどの映像で挨拶をしていたのは知っていたため、アリカは短く「がんばります!」と叫ぶ。
マイクをリンに渡し、困ったように彼女も拳をあげる。ネイリッタは、何だか妖しい笑みで観客たちに手を振っている。
いくらかの男子生徒たちが旗を振って応援していた。本当に彼女は人気者だ。
そして、対戦相手のクラリアにマイクが渡る。彼女はほとんど口を動かしていなかった。
たぶん、「よろしく」くらいしかいっていない。
実況の人がマイクを持っていき、飛んで戦場から離れる。
そして、戦闘開始数秒前となる。
アリカたちは最後に軽く視線をあわせ、リンが人差し指を立てる。
こくりと頷き、アリカはじっとクラリアを見据える。
彼女は、どこを見ているのかわからないような無機質な瞳で、斧を抱えていた。
そこに、敵を見ている様子はなかった。ただ、邪魔だから排除するだけ、といいたげだった。
アリカはネックレスをつけているネイリッタを見る。
彼女のネックレスが破壊されれば敗北だ。
それを確認したところで、リンとネイリッタが歩いていく。
アリカもゆっくりと、一緒に並ぶ。
そして、じっと審判を見て……審判の口が動く。
それが始めの挨拶だ。リンが一気に踏みこみ、ネイリッタが下がる。
アリカもリンに続くように突っ込む。
リンが剣をクラリアへと振り下ろす。
クラリアは斧を振りぬいた。
ぶつかったリンが、姿勢を崩す。
クラリアがしとめようとかかってきたところへ、アリカが突っこむ。
右と左の剣を連続で放ち、弾かれる前に腕を下げる。
リンが姿勢をととのえ、アリカも下がる。
ネイリッタの距離も十分に開き、とりあえずは作戦通りとなった。
クラリアは面倒そうに眉間に皺を寄せている。
クラリアはこの戦いを仕方なくやっている。普段の態度から、熱心に挑むタイプではないとわかる。
だから、さっさと終わらせたいと考えているというネイリッタの予想は見事に的中した。
すぐに終わらなかったことで、クラリアが苛立った様子を僅かに見せている。
そして、クラリアは地団駄を踏み、土魔法を発生させる。
土の兵士が数体できあがり、やがてそれらは鉄の鎧をまとう。
ゴーレム、錬金魔法の二つをあっさりと使用し、リンが頬をひきつらせていた。
数は五体と少ないが、全員が鉄でできあがっているために、簡単に破壊できるわけではない。
リンが二本の指をあげる。
この場合、アリカはネイリッタを守ることを最優先するという予定だ。
クラリアが軽く指を動かし、ゴーレムたちに命令を与える。
自由に動きだしたゴーレムは全員がネイリッタを狙う。
動き出したクラリアへ、リンが氷魔法を使って足止めを行う。また、苛立ったような顔をしているのがわかり、アリカはすぐにゴーレム五体のほうへと回る。
剣を両手に構えると、敵と認識される。だが、動きは単調だ。
五体は連携などとてもできるものではなく、少し複雑に動けば仲間同士でぶつかっていた。
そして、アリカはネイリッタの魔法準備が整ったことを、彼女のサンダーショットがゴーレムを吹っ飛ばしたので確認する。
アリカは適当に注意を引きつけた後、クラリアのほうへと駆ける。
リンが苦しそうにしているその真横へと駆け、一気に両手の剣を振りぬく。
クラリアはうっとうしそうに大振りの一撃を放つが、それをギリギリでかわす。
ネイリッタがどうして、アリカに耳栓役を与えたのか、アリカは昨日簡単に聞いたのだが、彼女はこういった。
『アリカ様はスピード重視で、一撃が強いクラリアに相性が良いの。リン様はどちらかといえば力で押すタイプだから、力負けしちゃう可能性が高いんだよね』
だからアリカは、その強みを活かすために回避に徹する。
避けてから、アリカはにやっと笑う。なるべく挑発して、クラリアに冷静な判断をさせるなとも言っていた。
「――!」
クラリアが口を動かした。
咆哮でもなければ、錬金でも、ゴーレム精製でもない。
彼女の詠唱は、アースハンドしかない。
足場に視線を向けていると、やがて一箇所が歪む。
アリカは地面から掴みかかってきたその手を移動してかわす。
クラリアの眉間が再び皺で刻まれる。その背後から、リンが剣を振りぬくが、クラリアは斧で受けきった。
実況がどんなことを言っているのか気になっていた。
これほど善戦するとは思っていなかったはずだとアリカはふんと軽く鼻を鳴らす。
クラリアが思い切り斧を振りぬくと、リンが弾かれる。
アリカとリンが顔を見合わせていると、クラリアが顔を一度下に下げる。
次に顔をあげたとき、クラリアの顔は憤怒にまみれていた。
時間を無駄にかけられていること。ちょこまかと動くアリカがうざいこと。
ネイリッタが考えていた通りの展開だ。
そして、そろそろ咆哮が来る。
アリカはそれを予想していると、クラリアの胸が一瞬だけ膨らむ。
そして、目にも見えるほどの衝撃が彼女を中心に起こった。
それによってか、リンとネイリッタ、さらには多くの観客が身を竦ませていた。
アリカもくらった振りをして、耳を押さえる。
クラリアがにやりと笑い、一気にネイリッタへと突っこもうとし、そこでアリカが動き出す。
びっくりしたような顔でこちらを見たクラリア。アリカが剣を振りぬくと、クラリアは移動しながらのために姿勢を崩した。
それだけではない、とアリカは自分の感覚を信じる。
クラリアの咆哮は、強力だが彼女自身も疲れてしまうのだろう。
今のクラリアはそこまで力がない。
アリカは体力と素早さには自信がある。だからこそ、ここで一気に畳み掛ける。
右と左の剣を腕の延長のように操る。四方八方から連撃を叩き込む。
イメージするのは、レアール様の剣だ。
長剣によって繰り出した連続剣。
アリカにはまるで遠いものだ。
けれど……何度も追い求めた剣だ。
長剣ではないし、あれほどの速さはない。
手数を増やすために、アリカは二刀流を選んだ。すべては、レアール様に少しでも近づくために。
(……これで、終わりです!)
切り傷の増えたクラリアに、勝機を感じたアリカは一気にネックレスへと手を伸ばす。
しかし、クラリアが斧を捨て拳を構える。
思い切り殴られ痛みが走る。そして、クラリアはそのままさらに吠えようとして、雷の魔法が彼女の胸を捉えた。
ネイリッタが魔法でしとめる。それがクラリアを倒すための手段だった。
ネイリッタの作戦は見事だった。彼女がいなければ、クラリアには勝てなかっただろう。
ペンダントが壊れたのを確認したところで、アリカは耳栓を外す。呆然とした顔をしていたクラリアが、今にも泣き出しそうな顔で唇を震わせた。
「まけた……の?」
「そうですよ。……とはいえ、私たちはあれだけ対策をたてて何とかでした。獣化されていたら、たぶん負けていましたし」
「……負け。……そう」
クラリアが呆然とそう呟き、静かになった観客達。
一番最初に声を発したのは、実況だった。
『な、なんと! リンさんのチームが勝ってしまいました! こ、これは大番狂わせだ!』
「アリカチームですよ!」
登録されているチーム名を覚えてもらっていないことに頬をふくらませる。
アリカがびしっと実況へと指差したが、反応はない。
どよめきばかりがあった観客たちであったが、一つの拍手をはじめにアリカたちへ多くの拍手が向けられる。
アリカはぐっと拳を固め、それを上へとあげた。
一人では勝てなかった。一人じゃなかったから勝てた。
アリカはふうと短く呼吸をしてからリンとネイリッタを見る。
ネイリッタは嬉しさを爆発させたのか、リンに飛びついている。
嫌がった顔をしながらも、リンは彼女を受け止めて軽く頭を撫でている。
ホッと胸を撫で下ろしていると、観客席の一箇所に座っている、簡素な服に身を包んだサーシャがいた。
サーシャは気づくと、拍手をしてくれた。
(……少しは、レアール様に近づけましたか?)
そう心中で問いかけてみた。
それくらい、今のアリカは嬉しかった。
サーシャもにやりと微笑を返してくれた。
『さて、それでは次の試合の準備といきま――』
アリカたちも会場を去ろうとしたときだった。
急に陰ができ、空を見上げる。
会場のあちこちから困惑の声があがり、そして爆発するように悲鳴があがっていく。
空にいたのは、黒色の生物たちだった。
それらが、一気に降りてきては観客席へと押しかかり人々へと襲い掛かっていく。
『み、みなさん、落ち着いてください!』
実況が声を張り上げ、同時に観客席へ生徒や騎士たちがなだれ込んでいく。
もともと警備していたものも加わり、その場で生物たちとの交戦が続く。
「みなさん、早くこちらへ!」
慌てた様子でコロシアムに駆け込んできたのは、ベイナーガだ。
ベイナーガの背後には数人の騎士も待機している。
アリカたちは視線をあわせる。
ネイリッタが不安そうに目を伏せているが、それはみな同じだ。
魔物のような謎の生物たちに、アリカたちは視線を向ける。
「みなさんは、まだ学生です! ここは我々に任せ――!」
とベイナーガが言いかけたところで、何かが落ちてくる。
ベイナーガは転がるようにかわしたが、後ろにいた三名の騎士はそれにつぶされる。
「あんたらに何を任せれば良いんだ?」
煙が晴れたそこには、学園を襲い、逃げ延びたあの仮面をつけた謎の男がいた。
騎士達を潰して青い血がついた頬を、彼はぬぐった。
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