伝説の英雄とおちこぼれの少女
第二話 模擬戦
二年となったアリカは、初めての歴史の授業で、嘆息していた。
アリカが教室でそんなことをしていると、よっと友人のリンがやってくる。
「アリカ、さっきの歴史の授業で凄かったな」
「それは当然ですよ。私の曾祖母は、レアール様と一緒に戦った方ですよ? 家には、あのときの戦いの記録も残っていますもん」
「そうだったな……」
リンが頬をひきつらせる。それは、アリカが熱心なレアードファンであったために、リンも何度も丁寧に説明されていたからだ。
アリカはさっきの授業を思い出しながら、頬を膨らませる。
歴史の授業では、教師の思い込み、想像が多く含まれていた。
レアールは仲間と協力して確かに魔王を倒したのだが、魔王と互角に渡り合えたのはレアールだけで、精々アリカの曾祖母たちは周りの雑魚とやりあうのが精一杯だった。
アリカも口には出していないが……歴史では、レアール様は辺鄙の地で人知れず余生を暮らしたということになっている。
国はレアールがたとえ、自らの意志であろうと魔界に向かって死んだという状況にはしたくなかったのだ。
すれば、魔王と互角に戦ったが結局敗北してしまった、ということになり、再びの魔王復活のときを人々が恐れて暮らすことになるからだ。
(まったく……歴史って、酷いですね)
アリカは嘆息がちにしていると、リンがあっと短く声をあげる。
「次の授業、実戦訓練だったっけ?」
「……うっ」
「どうした……ってああ。アリカはまだ正式な魔法契約できていないもんな」
「むっ、契約はできていませんが、きちんといますもん。今から部屋に呼びに行ってきます!」
「あたしも行ってやろうか?」
「大丈夫です!」
「そんじゃ、あたしは先に校庭に行っているからなー」
アリカはリンに背中を向け、それから真っ直ぐに寮の自室を目指す。
部屋には、今朝寝坊した痕跡が残っており、脱ぎ捨てられた衣服を掴んでぽいと籠に投げ入れる。
そうしながら、いまだ眠りについている魔法に顔を向ける。
「サーシャ、おきてください! 実戦訓練の時間ですよ!」
「……なんじゃ。もう朝か」
「朝はとっくに来ています! ほれ、さっさとしてください!」
「実践訓練?」
一つ遅れで、サーシャは目を擦る。
……魔法は人、物など様々な形をとっている。
この世界では、今はもう魔法にも一人の人間として扱うようになってきている。
サーシャは、かつてレアールが使っていた最強とも言える魔法が人の姿をとったものだ。
しかし、問題児でもある。
「わしは貴様とは正式な契約をしていないが?」
「お、お願いします! 今日の夕食のあと、お菓子をあげますから!」
「……ふむ。ならばついていくだけはしてやろうかの」
なんてからかうようなサーシャに、アリカは、
(……くぅ)
がくりと肩を落とした。
すぐにサーシャは服を着込む。
人間の自分よりも女性らしいサーシャに僅かな嫉妬を抱きながら、嘆息する。
情けない、と。
サーシャはレアールが持っていた魔法であり、アリカの曾祖母、アリナが家で大切に保護することになった。
もちろん、レアールの願いを聞き入れ、力あるモノに魔法契約の機会も与えたのだが、魔王を倒して百年が経った今でも、サーシャは誰とも契約を結んではいない。
アリカはどの魔法とも契約を結ぶことができず、仕方なくサーシャにお菓子をたくさんあげることで、どうにか仮契約をしてもらっている状況だ。
(……いつかは私も立派な魔法騎士になって、サーシャと契約してみせます! そして……レアール様のように立派な人になる!)
そんな野望を胸に抱きながら、アリカは戸棚においてあるお菓子をサーシャに捧げる。
「うむ。くるしゅうない。それでは、寝るとするかの」
「授業に来てください!」
「わ、わかった。泣きつくでない、汚いじゃろ」
アリカはサーシャを連れて校庭へと出る。
遅い足取りのサーシャのせいで、授業に遅刻してしまい、生徒たちから白い目を向けられる。
「アリカさん。出来れば、もう少し早く来てくださいね」
「……すみません」
担任のベイナーガが優しく指摘し、アリカは頭を下げる。
ちょうど彼が腰にさしている剣が視界に入る。
アリカたちが通っている魔法学園は世界最大の規模を誇るものだ。
貴族、平民を問わず魔法の才能があるものを入学させ、お互いにぶつかりあい、鍛えていくのが目的だ。
学園には、有名な貴族も多いため、この学園の教師は、生徒を守るために常に武器を持っていることがほとんどだ。
「アリカ、またかよ」
「本当、魔法ないんだから無理に参加しなくても良いのにね」
「ほんと。おちこぼれでも家があんだけ恵まれているといいわよね」
ぼそぼそと話をしている生徒達に、アリカはむっと頬を膨らませる。
アリカの家は地位も高いほうであったが、この学園では身分の差はないとされている。
何よりも重要なのは、魔法学園であるため魔法の力だ。
より優れた魔法と契約する才能、いくつかの魔法と契約できる器。
それが高い人ほど、学園での立場も良くなる。
「かかか、アリカ馬鹿にされているみたいじゃの」
「う、うるさいですよ!」
そして、アリカはサーシャと仮契約しかしていない。
それもサーシャを使えるわけではなく、ただ、落第させられないためだけに契約を結んだだけというのを周りは知っている。
列の最後尾につき、隣のリンにいなかったときの話を聞く。
今日は模擬戦形式の練習であるらしく、今その組み分けを発表しているところだった。
「……アリカさんはやりますか?」
ベイナーガの問いに、もちろん頷く。
「これは、魔法だけじゃないんですよね?」
「そうですね。総合力での戦闘訓練となります……それでは、ライドットくんと戦ってください。ライドットくん、相手はアリカさんです」
ニヤリとライドットが笑う。
アリカは妥当な対戦相手だと思った。
ライドットは一年のときまでは、アリカとビリを争うような男だった。
その原因は魔法契約ができていなかったからだ。
しかし、去年の終わりごろに契約ができ、今は力をつけはじめた段階だ。
まだ、このクラスでは二番目に弱い。一番はアリカである。
アリカは腰にさしている剣に手をやり、ライドットの魔法を思い出す。
彼の魔法は、ダークショット。闇属性の弾を打ち出す魔法であり、それほど魔法自体は強力ではない。
だが、ライドットは持ち前の魔力でそれを休みなく放ってくる。
アリカにとってはそれが一番の脅威だ。
どのように戦うか……考えても対策は思い浮かばず、対戦の番となる。
「アリカ、頑張れよ」
リンに背中を押され、ぐっと拳を固める。
ライドットと一定の距離で一度頭を下げる。
「同情するよ。いつまでも契約が結べないゴミで」
「……」
まだライドットが魔法契約できていないときは、お互い頑張ろうと声をかけあっていた。
しかし、いざライドットが契約できたその時、手放しで喜んでいたアリカに、ライドットはこういった。
「おちこぼれが近づくな」と。
あれからむしゃくしゃしていたアリカは、今ここであのときの恨みを晴らしてやる。
彼女はふふふと笑いながら、気持ちを乗せるように腰の剣の柄に手を当て、
「始め!」
ベイナーガの声に合わせて地面を蹴る。
仕掛けるならば先制しかない――!
全力で距離をつめたアリカだったが、
「ダークショット!」
アリカは剣でそれを弾く。
威力に弾かれる。
普通の魔法を何の魔法もまとわない剣で受けるのは、厳しいものがある。
態勢を崩されたアリカにさらにダークショットが襲い掛かってくる。
剣で弾くたび、体がそちらに傾いてしまう。
どうにか急所を外しながら、アリカは無理やりに体を捻って肉薄する。
「残念でした!」
ライドットが舌を出すようにして笑い、それから闇の弾が地面から浮き上がる。
罠だ。アリカは体を上に弾かれ、そのまま地面へと叩きつけられた。
そこで、ベイナーガが間に入り、戦闘は終了となる。
「ライドットくんの勝利ですね。ライドットくんは見事にアリカさんの動きを呼んでよく仕掛けましたね。しかし、少しばかり遊ぶようにしているのが目立ちます。戦闘で遊びはいけません。アリカさんも、動きはよかったです。十分に体を鍛えられているようですね」
アリカは悔しくて歯噛みするしかなかった。
どれだけ鍛えても、何も好転しない。
魔法学園をやめてしまえば良い、という声は何度も聞いた。
けれど、魔法がないのでは、最強の魔法騎士にはなれない。
憧れの……あのレアール様のようには。そう思ったアリカは、悔しさをぐっと抑えて毅然と立ち上がった。
と、アリカの耳には奇妙な拍手の音が聞こえた。
ぱちぱちぱち、と歩きながら迫ってくるのは、簡素な服に身を包んだ赤目の男だった。
目元だけを隠すような仮面のせいで、その顔ははっきりとは分からない。
それでも、その赤い瞳は、まるで血のように染まっていた。
「良い戦いだったぜ」
「……誰ですかあなたは?」
ベイナーガの警戒した声とともに、騎士の二名が駆け寄ってくる。
「ベイナーガ先生! 侵入者です! 騎士十名が、彼にやられました!」
「……なんですって?」
全員が強張るのがわかり、アリカも視線をやりながら後退した。
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