召喚先は魔王様の目の前だった
第二十四話 奪還4
「美奈!」
はっとしたように意識が戻り、俺は真っ先に彼女の名を叫んだ。
「……何よ」
隣からつんとした声が聞こえた。
本物の美奈だ。
そのことにたまらない嬉しさがこみあげてくると同時、俺は笑顔を浮かべた。
「よかった! おまえ、本物だよな!?」
「そうよ。散々あんたをボコボコにして、そしてボコボコにされた美奈よ」
「あ、悪ぃ。助けるためにああするしかなくってさ……痛くないか?」
「……あたしは大丈夫よ。あんた、一応加減はしてくれたんでしょ?」
「本気だったぜ!」
「……そう。けど、助けてくれてありがとう。あのままだったらあたしは……」
何かを思いだしたのか、がたがたと美奈が震えだす。
その肩に軽く手をのせた。
「ま、あんまり嫌なことは思い出さないほうがいいぜ。生きててよかった、ってくらいで良いだろ振り返るのは?」
「……そんな簡単には、言えないわよ。あたし……この手で大量の人間と、魔族を殺してきたのよ?」
「……操られていたからじゃないのか?」
「そうだとしても……あたしは」
しばらく立ち直るまで時間がかかりそうであった。
俺はベッドから立ち上がるが、ふらっと倒れそうになってしまう。
踏みとどまったが、体の痛みが酷かった。
「あんたもあたしも、しばらくは安静にしていろってことらしいわよ」
「そっか……そういや腕は大丈夫か?」
「……凄いわね、魔法って。骨とか、全部無事よ……ただ、ダメージが体に残っているからぬけるまでは休んでいろってことらしいわ。だいたい三日程度は動かないほうがいいって」
「そういうのは、早く行ってほしかったんだけど……」
……なんとか気合でベッドに戻ったが、全身が汗でびっしょりだった。
そういえば、俺の服は着替えられていたが、誰に着替えさせられたのだろうか。
まあ、妥当なところだとメイドたちか。
「……あんた、こっちに来てからずっとこの土地にいるの?」
「そうなんだよぉ。案外住み心地はよかったぜ?」
たぶんだけど、美奈たちよりも自由があったしな。
「……そう、なの? 何だか、魔族たち凄いあたしを睨んできたけど……」
「魔族は人間が大嫌いみたいなんだけど、ま、そこは慣れれば問題ねぇ」
「あんたみたいに、簡単に慣れられる気がしないんだけど」
「案外どうにかなるもんなんだよ。それより……翔と亜美もやっぱり操られているのか?」
「……うん。今も、魔族たちと別の場所で戦っている……はずよ」
「怪我がないといいんだけどな」
「そう、ね」
この話題は美奈の心にずしりとのしかかってしまったようだ。
重い空気が部屋を侵食していくが、それを振り払うように口を開く。
「俺が全部どうにかしてやるから安心しろって」
「……あんたはいつも、そうよね」
軽く笑った美奈に、笑顔を返す。
部屋が開かれ、バルナリア、魔王、治癒師の三名が姿を見せる。
「あ、魔王ドラちゃんありがとな。バルナリアもここまで運んでくれてサンキュー! 治癒師も、俺たちの傷ちゃんと治してくれたんだろ? もう足を向けて寝られないっての」
「今足がこっちに向いている気がするのですがぁ、それは足じゃないんですねぇ? じゃあいりませんかぁ?」
「わ、悪かったから……。それで、どうしたんだ?」
きっと表情を戻して魔王を見る。
……たぶんだけど、美奈に何かしらの話があるのだろう。
「勇者二人の具合を見にきたところだ。調子はどうだ、タイガ」
「……休めばなんとかなるって感じだな」
「そうか。それと、勇者……ミナ、だったか? 貴様のせいで我らの騎士たちが随分とやられてしまったな」
「……すみ、ません」
美奈の肩ががたがたと震えていた。
……勝手に体を操られ、人を殺す。
それってどんな感覚なのだろうか。……想像もしたくはなかったが、最悪の気分だろう。
「魔王! 美奈は操られていたんだよっ。本気でやるつもりなんかないし、今だって後悔しているんだ。そう簡単な問題じゃないってのはわかってるけどさ……頼むから、何もしないでやってくれないか?」
……魔族からすれば、それで許せるはずもなかった。
美奈の状態はどうあれ、仲間を殺されているのだ。
魔王は眉間に皺を刻む。
「もともと、貴様とはそういう契約だったはずだ。貴様が勇者を止める。そして、我々はその勇者を傷つけるような真似はしない、忘れていたのか?」
「そ、そんな感じの約束したっけか?」
呆れたといった顔のまま、腰に手をやる。
「……ふん。まあ良い。我々だって騎士たちがやられたことは悲しいが、それ以上に勇者という戦略を得られたことは大きい。ミナよ。まだ透明魔法とやらは使えるのか?」
「……はい。自分の意思で使ったことはないから、どこまで使えるかはわかりませんけど……」
「ならば、我々に協力してくれないか?」
「……それ、は」
つまりは、戦争に協力しろということだ。
……美奈からすれば、自分の力を人殺しに使われるのだ、その心中は穏やかではないだろう。
魔王も美奈の様子を理解して、首を振る。
「まあ、今はそれを伝えに来ただけだ。私は他に用事がある、また後で話そうか」
魔王はそれだけを言って身を翻した。
バルナリアは複雑な表情を俺へと向けてきてから、去っていってしまった。
そんな姿を見ていた治癒師が、椅子に座り、からかうように笑いながら足を組む。
「バルナリアも素直じゃないですよねぇ? 必死にここまで二人を連れてきたくせに、何も言わないんですからねぇ」
「……そう、なのか?」
「はい。あなたたちを必死に、連れてきたんですよぉ? 別に命さえあれば、私のスキルで簡単に治せるのは知っているはずなんですけどねぇ?」
「……ちょっと、もう一回感謝を伝えてくる」
体を起こして、どうにか通路にまで出る。
まだバルナリアたちが見えたので、背中を壁に預けるようにして叫ぶ。
「バルナリア!」
「……なんですか? というか、動けるのですか?」
「根性でなっ。……本当に助かった。バルナリアがいなかったら、」
「私は何もしていませんよ。ドラちゃんにでも感謝は伝えてください。ドラちゃん、泣きながら全力で城まで戻ってくれたんですからね」
「言いに行きたいけど、さすがにそこまではまだ動けねぇよ」
軽く笑って肩を竦め、壁から背を離す。
部屋に戻ろうとしたところで、バルナリアがぽつりと言った。
「……私は人間を信じるつもりはありません。けれど、あなたは仮にも自分の口にしたことを守って見せたのです。……これからも、それを曲げないでください」
ぺこりと頭を下げたバルナリアがすたすたと去っていった。
……自分の信念を曲げるな、ってことか。
簡単なようで難しいことを平気で言ってきやがるなあいつは。
部屋に戻ると、口をあんぐりとあけている美奈がいた。
「顎でも外れたのか?」
「な、ななななによあれ!」
ベッドに戻った俺をばんばんと叩いてくる。
美奈が指差したのは窓の外だ。
ぎろりと黄色の目が部屋の中を覗いてきている。
黒い鱗をまとったそいつは、ドラちゃんだ。
軽く手を振ると、ドラちゃんもほっとしたように目元を緩めた。
治癒師が窓を開けると、ドラちゃんが口を開ける。
『け、眷属のくせに主を心配させるなばか者! 無事に戻ってこいと言っただろう!』
「わ、悪かったって。あ、そうだ。ドラちゃんのおかげで助かったんだよ。ありがとな!」
『我のおかげ? そういえば、途中我とまったく同じ様な魔力を眷属が持っていたように感じたが……あれのことか?』
「そうなんだよ。俺のスキルが、ドラちゃんの職業をものまねしたんだよ。そしたら、体までもドラちゃんみたいになったんだ」
『不思議なスキルだな。まあ、困ったときはいつでも使ってくれて良い。その代わり、死ぬような怪我を負うな!』
念入りにそこを強調していったドラちゃんはそのまま翼を羽ばたかせて戻って言った。
「……あんた、さっきから独り言いっているけど大丈夫?」
「もしかして、美奈も聞こえないのか? ドラゴンの声」
「聞こえないわよ。……あんた異世界に来てからそんな力身につけたの?」
「みたいなんだよ。俺もあんな姿隠す魔法とか使って、女子風呂覗きたいってもんだよ。あ、美奈ちょっとかけてくれないか!?」
「命を消してあげましょうか?」
拳を固めた美奈に、両手をあげて降参するしかない。
「そういえばタイガ。あなた、職業の力を使えるようになったみたいですねぇ。私の職業とかも使えちゃったりするんですかぁ?」
「さぁ……どうなんだろう」
念じてみるが、ものまねの候補はドラゴン以外にない。
「……ダメみたいだ。何か、ものまねする条件があるとか」
「うーん。そうなると、一緒にいた時間とか、ある程度職業を見続ける必要があるとか、かもしれませんねぇ? あなた、ドラちゃんといた時間が一番多いんじゃないですかぁ?」
「……確かに」
最近ではドラちゃんの場所に足を運ぶ時間は少なくなったが、はじめのうちはドラちゃん以外に親しい相手がいなかったからなぁ。
「とにかく今は、傷を癒すところから始めるべきですねぇ? 大人しく休んでいてくださいねぇ? あ、それとミナ」
「……な、なんですか?」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよぉ? ちょーっと体調べさせてくださいねぇ?」
「な、なんでよ!」
「私、女の子の体をいじくるのも大好きなんですよぉ……。じゃなくて、魔力とか勇者としての力……それと洗脳魔法についての後遺症がないかとか調べたいことがたくさんあるんですよぉ」
「……ほ、ほんとなんでしょうね! 変なことしないなら、いいけど!」
「それじゃあ、別室でたっぷり楽しみましょうかぁ」
美奈は不安げであったが、ベッドから起き上がる。
……もう俺よりかは普通に動けるんだな。
治癒師とともに外に出て行ったため、俺も後をついていく。
それなりに綺麗な女性二人が楽しいことをするのだ。
気にならないわけがない。
別室に入った瞬間、美奈からの鋭い蹴りを喰らってしまったが、それも仕方ないと思って受け入れた。
……これから、まだ後二人も助けないとだけど、きっと……どうにかなるよな。
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