召喚先は魔王様の目の前だった

木嶋隆太

第十六話 迷い



 メイド長の顔色があまり良くなかった。
 一応は顔に出さないようにしているようだが、普段の無表情に近い毅然な態度とは違っているため、メイドたちも気にしているようだった。
 メイド長がいないところに呼び出された俺は、メイドたちと緊急会議を開く。


「……ねぇ、どう思う? あんな顔、初めてみたよ」
「……そうだね。メイド長、何かあったのかも」
「そういえば、昨日メイド長の部屋に入っていませんでしたか?」


 一人のメイドが思い出したようにぽつりと呟く。
 それに対して、ぴくりと片眉をあげるテーレが俺のほうにジトッとした目を向けてくる。


「何か、したの?」


 メイドたちはどこか興味を持ったような、それと同時に嫌悪のようなものを滲ませてくる。
 たぶん、彼女らが望むようなあるいは怒るような返答はできない。
 だからってメイド長との話には、口に出せない部分が多すぎる。
 誤魔化すように曖昧に笑ってから首を振る。


「別に……変なことはしてねぇよ。ただ、なんだかテーレとメイドたちの様子が馴染んでいたから俺が何かしたのか? って聞かれただけだ」


 ……完全な嘘、ではないだろう。そんな感じの会話も少しだけした。


「そう、だったんだ」
「だから……どうして元気がないのか、俺にはちょっとわからないな」
「なら、他に何かあるんかね?」
「どうかなぁ……」


 メイドたちが唸りながら色々な推測をたてていく。
 しかし俺は、すでに答えが出ていた。
 今日の話し合いが、うまくいかなかったのではないか、ということだ。
 早く、メイド長と二人きりになって話をしたい。俺の勘が外れていればそれが一番だ。安堵したいのだ。


「けど、タイガだってあんな綺麗なメイド長と、おまけに風呂上りなんて欲情したんじゃないの?」
「そうそう。理性ふっとんで襲い掛かってもおかしくないんじゃない? その奴隷の証は、あくまでご主人様に対してしか効果ないんでしょ?」
「……いや、襲い掛かってねぇしわかんねぇよ。まあ、綺麗な人だとは思ったけどさ」
「おっ、やる気満々じゃない」


 下種な笑みとともに肘でつついてくるメイドたち。
 その横で、テーレが腕を組んでいた。


「タイガは、ああいう綺麗な美人タイプの人が好み?」
「うーん……どうだろうな」


 好きな女性のタイプかぁ。考えたことはなかった。
 見ているのならば、ぶっちゃけ容姿が整っていれば何でも良い。
 だが、いざ自分が告白をするタイプなら……どうなんだろうか。容姿はきっかけで、やはり大事なのは性格になってくると思う。


「それじゃあ、ここにいるメイドたちの中だと誰が一番好みなの?」


 と、メイドが楽しそうに聞いてきて、ふふんと全員が腕を組む。
 テーレは周囲を見て、え!? と困ったように顔を赤くしていた。


「好みって……今何の話をしてんだよ」
「良いじゃない。せっかく男がいるんだし、女を磨くチャンスなんだもん。あんまり機会ないから、こういうところで男の目を意識しないとね」
「そうそう。生き遅れたくないじゃない? 遅くとも百歳までには結婚したいのよ、私たち」


 ……魔族の平均寿命はわからんが、百歳って人間でいうと三十くらいかな?
 人間基準だと完全に生き遅れどころか下手したら来世突入しているくらいなため、俺からしたら良く分からない部分だ。


「で、誰が一番好み? いやもうぶっちゃけ、誰が一番可愛い、綺麗だと思う?」
「私よね?」
「私ですよね?」


 そんな感じで突然話が変わってしまい、答えあぐねてしまう。
 いや、みんな可愛いし綺麗だと思う。それぞれ、アピールポイントが違うため誰が一番、とは言いにくい。
 と、そこで、メイドたちとの緊急会議はすぐに解散されることになる。


「……あなたたち、どうしたの?」
「ちょ、ちょっと打ち合わせを!」
「終わったので仕事に戻りますね!」


 メイド長が部屋へと入ってきて、慌てたようにメイドたちが動き出す。
 それぞれが仕事に戻る中で、メイド長がやってきて、短く口を開いた。


「タイガ。今日は私が最後に風呂に入るわ」
「……あれ? そうなのか? ラッキー」


 掃除しなくてすむと俺は喜ぶと、メイド長は何だか複雑そうな顔をした後嘆息まじりに笑った。
 ぷいとさっさと別の場所にいき、残っていたメイドがぽかんと一言漏らす。


「……あの人が笑っているところ、初めてみたかもしれない」
「ちょっとタイガ。あんた、ほんとに何もしてないわよね?」


 腰に手をあてたテーレが、頬を膨らませる。


「何もしてねぇっての。そんじゃ、俺はこのゴミ片付けに行ってくるな」


 集められたゴミを持ち、逃げるようにその場を後にした。




 ○




 風呂に先に入っていると、誰かの気配を更衣室から感じた。
 ……って最近感覚も鋭くなったもんだな。
 立ち上がり更衣室に繋がる扉を開けると、ちょうどノックしようとしていたメイド長と遭遇した。
 男は俺一人であるため、俺が入浴しているときは基本的に誰も近づかない。俺も基本的に近づかないという約束になっていた。
 だから大事な場所を隠しているはずもなく、俺はうわっちとその場でぴょんと跳ねてしまう。
 ぬれた足場によって思い切りすべり、頭をぶつけると、メイド長が慌てた様子で声をあげた。


「だ、大丈夫? ……驚きすぎよ」
「そ、そりゃあいきなりだったからだっての……タオルとってくれ」
「はい」


 メイド長に渡されたそれで大事な場所を隠してから、改めて立ち上がる。


「どうしたんだよ? もしかして、早く入りたくなったのか?」
「二日も連続で夜に部屋へ呼ぶのは危険でしょう? 昨日の時点でも、疑われているようだったし」
「あ、気づいていたのか?」
「ええ、まあ。だから、このタイミングにしたの。……最悪な結果になったわ」


 それだけで、もう俺の心にもどんよりとした気持ちが溢れた。


「具体的には?」
「あの男は、テーレを……たぶん好きなのね。羽とか関係なく、奪いたいらしいわ」
「……なるほどな。まさか、バルナリアの屋敷に強引に奪いにくるってか?」
「さすがにそれはないと思うわ。けれど……たぶんテーレが一人になると、危険だわ」


 だろうな。
 狙うのならば、例えばテーレが買出しに行っているときとかか。


「だったら、外に出さなければ良いんじゃねぇか?」
「期間は、一週間」
「なんの?」
「私の秘密をばらすまでの、期間よ。テーレを一人で外に出すように指示をしろ、って命令されたわ。しなければ、私の秘密が……ばらされるわ」


 彼女は、普段の強気な様子などまるで外に出さず、体を震わせていた。
 ……エルフということをひた隠しにしてきて、どうにか生活をしてきたのだ。
 その先が想像できないのだろう。
 けど俺は……その解決方法をすぐに思いついた。


「……言えば、良いんじゃないか?」
「……無理よ」
「みんなあんたのことを心配していたし……今まで黙っていたことを謝ってさ」
「誰でも、あなたみたいに強くいられないのよっ」


 そこで彼女は初めて強く叫んだ。
 下にしていた顔を力強くあげる。涙で滲んでいた彼女に、さすがに気圧される。


「あなたは……凄いわよね。周りの環境が悪くても、自分で変えていける、変えていこうとしていける。けれどね、私は弱いの。周りを変えるんじゃなくて、自分を変えて誤魔化すしかないのよ」


 ……それは違うだろう。
 俺のやり方と彼女のやり方は違うが、結果は同じところにたどりついている。
 今のメイド長がエルフだとして、一体誰が彼女を拒絶するだろうか。
 メイド長は、メイドたちと深く関わっていないからか、それがわかっていないだけだ。
 何より、一番勘違いしているのは俺のことだ。


「俺は別に強くねぇよ。……突然見知らぬ土地に呼び出されて、おまけにそこはなぜか人間みんな俺のこと嫌っているんだぜ?」


 ……悲しくて、初めての日の夜は泣いたっての。
 誰かにばれたら恥ずかしいから、夜にちょっとだけ泣いて後は全部忘れようとした。
 毎日訓練に励んでいたのは、体を動かしている間はそれ以外のことまで考えなくて済んだからだ。


「それでもあなたは……今だって笑っていられているじゃない」
「そうしていないと、ダメだったからだ。俺が……ここでみんなと話そうと、仲良くしようとしたのだって、自分の不安を誤魔化すためだっての。誰かと話してないと、色々考えちまうんだよ」
「……」


 メイド長はそこで涙を拭い、こちらを見てくる。
 この際だ、色々とぶちまけてしまうのもありかもしれない。


「テーレどどうにかしようとしたのだって、話し相手がほしかったからだ。そのために、彼女をどうにかしようと思った。それが、一番手っ取り早く仲良くなれると思ったからだ。……ただの、自己満足だっての」
「それでも……どうにかしようと動けるだけ凄いわ」


 それだって……俺の強さじゃない。


「俺にはやらなくちゃならないことがあるから。怖くて震えたくっても、それは俺にしかできないことだから。だから、今だってここに立っていられるんだ」


 俺がどうにかしないと、勇者として使われているあいつらを、誰が助けるんだ?
 魔王たちが、勇者だけを助けてくれるはずがない。俺がやるしかないから、どうにかここで自然に振舞えている。
 あいつらがいなかったら、俺はこんなに前向きになんて生きていなかっただろう。


「……」
「話を、戻すぞ。俺が……あんたの代わりにみんなに伝えることはできるよ。けど、それじゃあ解決できないだろ? あんたにしかできないこと……しっかりあるんだ。大変かもしれないけどさ、たぶん、出来るよ」
「……私、酷く弱いのよ。……あなた、私の目つきが鋭くて怖いって言っていたでしょう?」
「ああ」
「こうしていれば、誰も近づいてこないわ。積極的に話しかけてくる人なんて、まずいないし……相談に乗ろうとする人もいないわ」
「人と関わるのが怖いから、嫌だから……か」
「ここに来てからは……少しずつ笑顔を浮かべようとしていたわ。けどやっぱり、まだ全然できていなかったのね。ずっと、弱いままだったのね」


 メイド長はその場で力が抜けたように座り込んだ。
 一度、頭を冷やす必要があるだろう。俺も腰掛け、気になったことを純粋に聞いてみた。


「そういえば、バルナリアにはどうやって雇ってもらったんだ?」
「バルナリア様には、エルフということは伝えているわ。……あの方は、人間以外の種族にはそこまで差別の概念はないの」
「無関心すぎる気もするけどな」


 俺の言葉にメイド長は苦笑して頬をかいた。
 少しだけ、空気が和んだところで、もう一度口を開く。


「だったら、大丈夫だろ」
「……何が?」
「おまえは知っているか? 今日おまえの調子が悪いってメイドたちが心配していたんだぜ」
「……それが何?」
「普通、どうでもいい奴、嫌いな奴を心配するか? おまえはゆっくりとだけど、メイドたちに慕われる存在になってるんだよ。俺なんて、メイドたちからは良いからかいのおもちゃみたいな扱いなんだぜ?」


 今振り返ると、俺のやり方は、相手よりも下の存在であると思わせ、そこから仲良くなっていくといった感じだったはずだ。
 逆にメイド長は、その手腕でもって皆を引っ張り、格上の存在として相手に尊敬されていく。まあ、彼女の場合は仲良くはしていなかったが、それでも慕われるには十分だったようだ。


「……そう、なのかしら? わからないわ」
「俺には分かるんだよ。……ばれるのが嫌なら、自分から明かしちまえばいいだろ?」


 俺が考えていた一番の懸念事項は、バルナリアだったが、バルナリアが知っているのならば問題ないだろう。
 しかしメイド長はいまだ決心が出来ない様子であった。
 肌寒くなってきたし、俺は風呂へと戻りながら片手をあげる。


「ま、どうしても不安なら、そのときは一緒に言ってやるから。……とりあえず、もちっと風呂浸からせて」
「……ええ。ごめんなさい」


 メイド長は軽く深呼吸をしてから扉を閉めた。
 どうして、こんな風に自分を偽らないと生きていけないのだろうか。
 と考えたが、どこの世界でも同じようなものなのかな、と思ってしまった。
 日本でだった、自分をさらけ出して、必ずしも受け入れてもらえるわけではない。
 同じ種族でもそんな風に大変だ。俺は別に外国人だろうがなんだろうが、あまり気にしないが……そういう奴のほうが少ないのか?
 俺がおかしいのかねぇ……。



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