召喚先は魔王様の目の前だった
第十六話 平和一日
その日の夜。
メイド長が一人で風呂から戻ってくるところを目撃し、声をかける。
メイド長もこちらに気づくと軽く片手をあげた。
「もう入れるのか?」
「ええ、最後はお願いね」
「わかってるって。それじゃあな」
「……少し、話をしても良いかしら?」
風呂に入ろうと思った俺に、彼女がそう言ってきた。
何か、相談事だろうか。この前の男のことが脳裏をよぎる。
今日も午後は訓練をしてきたので、体は疲労と汚れが酷い。早いところ風呂に入りたかったが、話のほうが大事だ。
「別に良いぜ。どこで話すんだ?」
「少し、聞かれたくない内容だから……私の部屋でも構わないかしら?」
「お、おう」
風呂上りのメイド長の部屋か。
女の部屋自体あまり入ったことがないからなぁ、ちょっとだけ緊張してきた。
すたすたと歩き、必要最低限の明かりしかない廊下を進んでいく。
やがて、メイド長の部屋につき椅子に腰かける。
一応、として紅茶を用意してもらい、口をつける。舌が火傷しそうだ。
「話ってなんだ?」
「……この前の、ことよ」
予想通りであった。メイド長の両目が少しばかり厳しいものとなる。
「あの時のことで、少し話をしたいのだけど……その前に私のことも話さないといけないわね」
「お、おう?」
「あなたは、エルフというものの特徴を知っているかしら?」
「確か、羽があって、耳が長くて、魔法に長けている……とかだっけ?」
ドラちゃんで予習済みだ。
したり顔でいってやるが、いたって普通に頷かれる。
「そうね」
短く返事をしたメイド長は途端に服をはだけさせた。
そういうのはまずいって!
「俺まだ未成年なんで!」
両手で顔を隠すと、メイド長は短い嘆息をする。
「……別に、とって食うわけではないわよ。この背中を見て」
そんな、歳若い女性の……って思ったが、エルフも魔族も寿命が長いんだっけ。
……そういや、ずっとテーレのことは妹のように扱っていたが、あいつももしかしたら俺よりも年上の可能性があるのか。
なんて思いながらゆっくりと手をどける。ここで彼女の背中を見て、殴られる可能性も僅かに考慮していたが、俺は思わず口をあけてしまった。
「……なんだそりゃ」
彼女の背中には、酷い傷がついていた。
火傷や痣などが残ったままである。
それもつい、一週間ほど前につけられたもののようでもあった。
一週間前?
「……あの男が、これをやったのか!?」
あのときに戻って殴ってやるべきだった。
「……その傷は別にいいのよ。それじゃなくて、その……羽を見て」
……あ、ほんとだ。
あまりにも、傷が酷く、そちらにまるで気づかなかった。
もがれた羽が、少しばかり生えているのが見えた。
「羽……? まさか、あんたもエルフ、なのか?」
「ええ。人間と、エルフと獣人の血が流れているのよ。この世界でもっとも嫌われている二つの種族の、ね」
メイド長は僅かながらのためらいがあったようで、表情を険しいものにしている。
「でも……見た目は魔族っぽいし……」
「そこは、エルフの血のおかげで人間らしさは薄れたわ。そして、うまく耳だけは人間の血のおかげで普通の耳。頭には、この獣人の耳があるおかげで……魔族として誤魔化せているのよ」
「ラッキーだったな」
「そうね。……それで、ここからが、あなたに相談、なのよ」
メイド長は服を着なおした。やはり、不安があったのだろうか、呼吸が少し乱れている。
「まあ、すぐに始めなくても良いよ。ほれ、一度紅茶でも飲んで」
「……ありがとう」
メイド長は素直に紅茶に口をつけて、一度深呼吸をする。
それから厳しい目を俺に向けてきた。だから、怖いっての。
「私がこの前あった男は、エルフたちを管理している魔族よ」
「……エルフの管理?」
「そう。森の中に小さな村を作り、そこにエルフを匿ってくれている魔族よ」
「なんだ……てっきりそいつに羽をもがれてこんな悲惨なことになっているのかと思ったぜ」
「……合っているわよ」
「……どゆこと?」
「彼は、エルフたちを匿う代わりに、羽をもらうことにしているの。彼の生計はそれで立っているのだと思うわ」
「……それで、火傷とかも負わせるのか?」
「そこは……彼の歪んだ趣味よ。私が入った店は、その男がオーナーをしているのだけど、そこで……羽をもがれたのよ」
「……そうなのか」
店の中にまでは入っていなかったため気づけなかった。
「……なんつーか、悪いな。ずっと見てたのに、何もしてやれなくてさ」
「別にいいわよ。そもそも、見られているとも思っていなかったわ。それで、ここからが本題よ」
「……エルフって、もしかして」
俺もなんとなく先がわかり、メイド長が頷く。
「……彼はすぐにテーレに目をつけたわ」
「やっぱりか。それでメイド長は、それを止めるために話をしにいったってことか?」
俺が期待するように視線を向けると、メイド長は顔を伏せた。
……まさか。
「テーレを彼に引き渡そうと思ったわ」
「どうしてだよっ!」
「それは……人間のあなたなら、似たような状況だし、わかるでしょう?」
「わかんねぇよっ。俺は羽があって、もがれるような場所には行きたくねぇな」
「羽は一ヶ月もすれば生えるわ。もがれる痛みはあっても、一ヶ月に一度だけ。それ以外、最低限の安全と生活は確保されているのよ? 何より、エルフ同士で一緒に暮らせる」
「……」
エルフたちにとって、安全に暮らせる土地は、それほど少ないのだろうか。
俺には良く分からない。この環境だって、結構厳しいものがあったが……今は悪くないと思えてきている
「……この町は……エルフには息苦しいのよ。姿を、存在を隠さないと……満足に暮らすこともできていなかった、でしょう? ……確かに、月に一度羽はもがれるわ。けど、その痛みさえ我慢すれば、エルフたちとともに生活ができ、それ以外の不自由もない。……それって、ここにいるときよりも、幸せだったはずよ」
「……なんとなく、わかるけど……けどやっぱり俺は痛いの嫌だな」
「その話は、過去のものだわ。あなたのおかげで、みんなもエルフに対して……というよりもテーレを受け入れてくれるように向き始めているわ。だから、私は明日会いに行くつもりよ」
「俺もついて行っていいか?」
「……それも考えたけれど、下手に刺激したくはないわ。私一人に任せてちょうだい」
「何か、痛いことされたら言ってくれよ? なんとかするからさ」
「……何とかできるの?」
「が、頑張る」
ぐっと拳を固めると、メイド長は口端を少しだけあげた。
それから、席を立ち頭を下げてきた。
「……ありがとう。あと、できればエルフの血が混ざっていることは黙っていて欲しいわ」
「それはいいけどさ、いつか言える日が来ると良いな」
「……うん」
メイド長は控えめに頷き、俺は部屋を後にした。
……ぱたんと背後で扉が閉まり、鍵もかかる。
長い廊下をしばらく歩きながら、俺は頭に手をやる。
――何とかするって、本当に何ができるのだろうか。
俺にはまだ力なんて大してない。そりゃあ、模擬戦ではそれなりに戦えているが……例えば殺し合いなら?
俺に他人を殺す勇気も力もない。
第一、そういった武力以外でも、全然力なんてないのだ。
俺の発言をいったい誰が聞き入れてくれるんだ?
魔王みたいな権力を持っているわけじゃない、一市民……いや一奴隷なんてあまりにも世界からしたら小さいよな。
風呂へと向かい、シャワーを使う。これは魔道具と呼ばれているようだが、俺は普通のシャワーのように扱っている。
それから、大きな風呂に一人で浸かる。
ぽちゃんというお湯のはねる音を聞きながら、明日少し魔王に話をしてみようと思った。
○
いつも通りに訓練へ向かい、魔王と戦う。
魔王が勇者(俺の職業は違うけど)を鍛えてくれるなんていう優しい展開、滅多にない。
とはいえ、魔王による一方的な攻撃だ。
多少俺が成長したこともあってか、魔王の攻撃が前よりも早くなっていた。捌くなんてできない。
最初から、痛い、か滅茶苦茶痛いかの違いだ。
出来る限り痛くないように、弾かれたり、受身をとったりが基本である。
擦り傷程度で対処できれば完璧、骨が折れれば普通、起き上がれないようなヤバイ状態になったら失敗、だ。
ガードした腕ごと、魔王の鋭い蹴りを顎にくらい、目の前がぐわんぐわん揺れる。
頭の中が揺れ、満足に体を動かすことも出来ない。……これ、失敗の奴だ。
でも、顎が砕け散るとかじゃないし、ある意味成功かも。
なんて考える余裕はあった。
魔王が俺の体を担ぎ、ひょいと近くにいる治癒師の前に落としてくれる。
「少し休憩としようか」
「……おう」
治癒師がすっかりいつも通りの調子で治療をしてくれる。
俺が休憩となったことで、観察していた騎士たちも体を動かしていく。
「あなた、本当に頑丈ですねぇ? これなら、一日くらい治癒なしでも良いのではないですかぁ?」
「……いや、あんたがいてくれるから安心して怪我できるんだよ」
「それでは、私はしばらくお暇をいただきましょうかねぇ」
「やめてくださいっ」
くすくすと治癒師が笑い、俺の治療が一段落する。
それからあくび交じりに座った魔王に、俺は昨日のことを色々ぼかして聞いてみることにした。
「少し前に、話を聞いたんだけどさ。エルフって……やっぱり住む場所ないのか?」
「そうだな。同じ魔族であるが、やはり機械を発明していることなどから、敬遠される傾向にあるな」
「あんたもか?」
「私は魔王として、平等に接するつもりだ。だがな、私が良くても大多数は反対をする。それらを押し切ってまで、エルフを受け入れるメリットは少ない。機械だって、何が起こるかわからないのだからな」
魔王だって、一人で国を仕切っているわけではないだろう。
魔王と他にもたくさんの人たちが協力をして、国は出来上がっていく。
あくまで、最終決定権を持っているだけで、勝手なことをすれば人が離れていってしまう。
そして、いつか国は廃れる……または反乱が起こってしまう。
「突然どうした? 確か、バルナリアの奴がエルフをメイドとして雇っているらしいが、それか?」
「うーん、まあそれも少しあるけど、ドラちゃんから聞いたからな」
「何、あいつか? そういえばあいつ。最近は良く鳴くようになったな。食事もよくしていると、調教師が嬉しがっていたな」
「そうなんだ。……なあ、魔王の立場だとエルフたちが苦しんでいても助けられないよな?」
「難しいな。別に、ただ助けるだけならば良い。だが、助けが必要な状況となるとそれ以降も私の支援が必要になってくるだろう。そこまでの面倒を見ることはさすがにできない」
「だよなぁ」
だからといって、俺がどうにかすることもできないだろう。
俺にもっと力があるのならば、そんなお節介も出来たが、俺は良くて一人と戦って勝てる程度の力しかない。
と、突然服がめくられる。
「何すんの治癒師さん!」
「……やっぱり、異常ですねぇ。この前見たときは腹筋もわれていませんでしたのに、もう割れています。それに、触った感じ腕や足の筋肉も多くついていますよぉ?」
「何? どれ」
「どれじゃねぇよっ。勝手に触ってくるな!」
ぺたぺたとくすぐるように触ってくる治癒師と、興味深そうに手を伸ばしてくる魔王から逃げるように立ち上がる。
「そんじゃ、俺はいつものように騎士たちとの模擬戦してくるからな!」
「そうか。私も仕事に戻るとしようか」
いつも通り魔王が空を蹴るようにして自室へと戻り、治癒師もそこで本を広げる。
騎士たちに適当に声をかけて勝負を挑み、ときに挑まれる。
様々な武器を扱う相手との訓練では、攻め方、かわし方など色々と勉強になった。
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