召喚先は魔王様の目の前だった
第十一話 治癒師
「ってことが昨日あったんだよ」
竜舎にて、俺はドラちゃんに昨日あったことを話していた。
バルナリアが魔王に話をして、俺の処分について考えていたようだが、昨日のことで特に言われることはなかった。
代わりといってはなんだが、魔王に訓練をつけてもらい、ボロボロにされたあと竜舎へとやってきていた。
治癒師が面倒そうに治療してくれたが、毎日頼むといつか治療を放棄されそうだ。
『乙女は常に悩みを持つとされている。恐らくだが――』
「あんまり変なこと言うなよな? 温厚と知られる俺もさすがに怒っちゃうからな?」
『ふ、ふざけてなどいない。エルフを嫌っているメイド長……自分の立場を脅かすものを畏怖しているのではないか? 我、名推理だ』
「……メイド長は、テーレのことを嫌っているのかな?」
『何? メイド長が先導してエルフを迫害しているのではないか? あまりにも馬鹿げた話だ。生物的に見れば、人間以外はすべて魔族。つまりはエルフもそこに含まれているというのに、ああ愚かしい』
「いや、昨日テーレに見せた顔はさ、別に敵意も感じられなかったんだよ」
というか、思い出してみればメイド長は直接テーレにまだ危害は加えていないよな。
昨日の買出しの件も止めなかったとはいえ、メイド長は今すぐに買いに行けともいっていなかった。
周りのメイドを抑えられなかったのだから、まあどちらにせよ意味はないような気もするが……。
それとも、メイド長は他に何かたくらみがあったのだろうか。
『そうか。まあ、そこは自分の勘を信じるのが良いだろう。ところでだ、エルフという存在を貴様はどれほど知っている?』
「エルフ……? あんまり」
『エルフは魔法に優れた種族である。もともとは妖精の突然変異のようなものであり、寿命は魔族の中でもはるかに長い。妖精としての名残を感じさせる羽があり、それらを狙って一時的は人間たちに狩られることもあったそうだ』
「へえ……羽あるのか。なら、空を飛べるのかな?」
『それは無理だ。妖精時代の名残で、妖精そのもののサイズしかない。ただ、その羽は引きちぎられても一ヶ月もすれば戻るとかで……エルフの奴隷は高価でやりとりされているそうだ』
「羽……何に使うんだ?」
『我はよく食べていたが、なんでも万病に効くとか』
ドラちゃんもエルフには嫌われていそうだな。
俺が若干引いていると、ドラちゃんはさして気にせずに続ける。
『ところでだ。話は変わるが、貴様は本当に勇者か?』
「な、なんだよ? 突然疑いやがって」
ぎくり、と心臓がなったかもしれない。
『いや、我は七竜の生まれ変わりであり、前世ともいえる記憶を所持している。そして、昔に召喚された勇者とも出会ったことがあったからな。そのときの……だいぶ劣化した記憶ではあるが、もっとこう……勇者! という力を感じたものだ』
「勇者と、あったことがあるのか?」
『その勇者は随分と恐ろしい奴だった。そいつによって、我は一度死んだのだしな』
「……おまえに勝てるくらい、勇者ってのは強いのか?」
『くく。タイガが百人に増えても、我に勝つことは不可能だろうがな』
「うっせ」
事実だし、そもそもこいつと戦いたいとも思っていない。
俺にとっては大事な友人だ。つーか、こっちの来てからもっとも頼りになる相手だ。
『……そういえば、魔王様の調子はどうだ?』
「今日はもうすっかり元気だったよ。なんだよ、散々言って心配しているのか?」
『し、心配するくらい……大切ではある。一応、我のマスターではあるのだしな。だがちょっと……強引すぎる部分がある。タイガ、矯正できないか?』
「俺にできるなら誰にでもできるだろ、無理無理」
なんというか、魔王は子どもっぽい部分がかなりある。
無邪気すぎて、逆に何色にも染まらないだろう。何か言っても、たぶん聞き入れてもらえることもない。
と、思い出した。
「なあ、バルナリアが話していた妄想って何なんだ?」
『それを聞いてどうする?』
「ちょっと気になったんだよ。教えてくれよぉ、ドラ様!」
様をつけたら、ちょっとドラちゃんは誇らしげに鼻息を出した。
心なし、顔も自信に溢れた感じになっている。
『……そうだったな。確か……小さい男の子をぎゅっとしたいー! とかなんとか叫びながら空を飛びまわるはめになったことがあるな』
「……他には?」
『後は愚痴を叫んでいたこともあったな。……なぜか彼女は、良く独り言を言っている。注意していれば、聞けることがあるかもしれん』
「……了解」
小さいものが好きなのだろうか。
ちょっとばかりバルナリアの嗜好を疑いながら、俺は背中をドラちゃんから離す。
「それじゃあ、良い気分転換になったよ」
『そうか。またいつでも来い。我はいつでも暇だ』
「了解だ」
竜舎から離れ、訓練場へと戻ってくる。
俺は木剣を片手に、騎士たちに声をかけていく。
誰でも良いので、訓練の相手になってくれと。
頼めば、たいていの場合は引き受けてくれる。人間への苛立ちや憎しみを持ってぶつかってくる奴もいるし、きちんと指導してくれる奴もいる。
魔族にも色々いるが、誰が相手でも練習になる。
午後の時間を目一杯訓練にあてたが、一度も勝つことはなかった。
体にたくさんの傷が出来たが、治癒師のもとへ向かうと、面倒がりながらも治療はしてくれる。
「はぁ……今月は給料を増やしてもらえませんかねぇ? あなたのせいで、凄い急がしい気がするんですよぉ。いつもは昼寝し放題なんですよぉ? どうしてくれるんですかぁ?」
「いや、仕事できて良いじゃないっすか」
ち、治療終わったし逃げようと思っているのだが、治癒師は据わった目を俺に向けたまま手を掴んでいるのだ。
引き剥がしたいのに、力差がありすぎて逃げられない。
「いや、全然良くないんですよねぇ? ちょっと、飲み物飲んでいきませんかぁ?」
「……なんだ。別に喉渇いているから、普通のなら良いぜ」
「はい、普通のです。今対人間用に開発している薬が色々あって、それを試すだけですからぁ」
「全然普通じゃねぇよ! 逃げさせてくれ!」
「ダメですよぉ。一つだけ、飲んでください。別に悪いものではありませんからぁ」
すでに用意してあったようで、さっと取り出した。
見た目は普通の緑茶のようで、思わず飲みたい衝動にかられる。
散々体を動かしているため、喉が渇いているのも事実だ。
「……何が入っているんだ?」
「幻覚作用がある薬です。体に毒はありませんが、単純に視界がぶれるので敵に使うのならば有効かと。使用する場合は、幻覚作用のある葉――ミクロホインというのですが、これをすりつぶしたときにでる匂いをかぐだけでも十分効果があるんですよ。まあこれは飲み物に直接入れちゃっていますけど。幻覚の効果はだいたい一時間ほどでしょうかね?」
実は今日は、バルナリアが帰宅する時間になるまで、城の外には出してもらえないことになっている。
だから、一時間程度ならばどこかで休んでいれば問題ない。
ひらひらと彼女は引き出しから一枚の葉を取りだし、実物ですと見せてくる。
葉が鼻に近づけられ、少し吸うとそれだけで視界が揺れる。
「……これ、結構やばくないか?」
「そうですかぁ? 魔族である私にはそこまで効果はありませんが……もしかして、葉をかぐだけでも結構きます?」
「ああ。たぶん、これ飲んだら動けなくなるぞ?」
「あ、ちょうど良いですね。そこで寝ていっても良いですからぁ」
何がちょうど良いんだよ。聞きたくても怖くて聞けない。
「本当に毒がないのなら……飲んでも良いけどさ」
諦めるように呟くと、治癒師は両手を合わせた。
「はい。万が一の場合に一応万能薬もありますから。あなたが存分に苦しんだところで、飲ませてあげますよぉ?」
「……一言余計だっての。わかったよ、感謝もあるし飲んでやるよ」
もちろん、嫌々だけど俺はそのコップを掴んだ。ごくごくと飲み干すと、喉が潤いに満ちた。
それから、数秒が経ち、目の前にいた治癒師が二人に増えた。
それは時間が増せば増すほど、数が増えていく。五人を越えた辺りから、目眩までも襲ってきてしまう。
「体調はどうですかぁ? 死んじゃいますかぁ?」
「……あんたが五人もいるんだけど、おえ。気持ち悪い。寝ていく……」
「そうすると良いですよぉ」
何とかベッドまで歩いて、手をつけながら横になる。
目を手で隠すようにするが、ぐるんぐるんと回るような感覚はぬけてくれない。
「一応、万能薬飲みますかぁ?」
「……ああ、くれ」
片手を出すと、コップを渡される。体を少し起こして口に含むと、何だか眠くなってきた。
「副作用として、睡魔に襲われるかもしれませんが、毒はありませんので大丈夫ですよぉ?」
「そりゃあ万能薬飲んで毒状態なったらプレイヤーさん激怒だからね」
「よく分からないですねぇ……」
ゲームの話だ。
少しだけ目眩がマシになったけど、一度体を休めるべきだな。
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