スマホとワンコと異世界旅

木嶋隆太

第十九話 情報集め





 あまり良い気分ではない。
 ……頼みの綱だった麻痺対策の魔物が、この様なのだ。


『麻痺対策でしたら、魔力をゼロにすれば多少ならば可能だと思いますよ?』
「……どういうことだ?」
『あの女の麻痺は相手の魔力を使用して、永続的に麻痺させる効果を持っているようでした。魔力をゼロにしていれば、一定時間……具体的な数字をあげるのならば五秒程度の痺れで終わるはずです』
「いや、あいつ相手に五秒はでかいだろ」
『そうでしたね』


 もちろん、今回手に入れたアビリティが弱いわけではない。
 麻痺粉なんて魔物を狩る上では強大な力となるだろう。
 だが、俺が戦う必要があるのはもっと格上の存在だ。
 まるで生きているかのような自在な雷を相手にしてしまえば、俺の麻痺粉ではさした攻撃は出来ないだろう。


 となると……やはり直接対決では勝ち目がない。
 やるなら、潜入からの不意打ち……か。
 色々と計画を練り直す必要がある。
 近くの公衆浴場に行き、しばらく浸かる。
 体の疲れがぬけていくが、俺の心のひっかかりまではどうにもならない。


 ……麻痺対策はしなくてもいい。
 戦わなくてもやれることはたくさんあると言っていた。
 確かに、その通りだ。
 今回の俺が考える勝利について考えてみよう。


 俺の勝利は一つだ。
 ……カナリーを救い出すこと。
 ならば、その勝利のためならば、他のことはなんでも良いだろう。
 計画を脳内で練り直していき、俺はスマホにいくつか確認しておきたいことを脳内でまとめて風呂から出た。


 衣服を着なおした俺は、宿に戻ってスマホを取りだす。
 部屋の明かりを消すと、リンゴももう眠りにつく。やはり、一日の疲労が大きいのだろう。
 ベッドで横になっていると、スマホが文字を出現させた。


『一緒に寝ますね』
「ふざけたことを言ってないで、話をいたいんだ。いいか?」
『はい、大丈夫です』
「おまえの中にリンゴを入れることはできるか?」
『管理下に置かれている魔物ならば問題ありません』
「それと、魔物を捕らえられる数は決まっているのか?」
『いえ、決まっていません』
「……わかった。おまえ、飛行船の操縦方法はわかるんだよな?」
『問題ありません。魔法で構築されていれば、時間をいただけるのならば構造を理解し、ハッキングのようなものもできますね』
「え? なんか繋げるものとか必要なんじゃねぇのか?」
『魔力があるので問題ありません。魔力をコードのようにして構築された魔法にアクセスします。それから時間をかければ、魔法の解除などは容易です』
「……おまえ、優秀だな」
『ふふん、もっと褒めてください。褒められると伸びるタイプですから』
「はいはい。それじゃあ、今日なんでリンゴと会話しなかったんだよ? 疑いをもたれままなんだけど」
『……実は少し前から会話することができました。具体的にいうとちっちゃい子が誘拐された辺りからです』
「……なら、なんでさっきまで黙っていたんだよ」
『人見知りなんです。マスター以外と話せません。どもります、変換ミスしちゃいます』
「……おまえ、相手犬だぞ?」
『じゃあ犬見知りです』


 このスマホ優秀だけど、結構ダメな部分もあるみたい。
 どこか威張っているように見えるスマホに、嘆息すると、


『温かい息をかけないでください。くすぐったいですよ』
「……気持ち悪いこと言うな」


 あと、ちょっと変だよなこいつ。
 スマホを枕元に置き、俺は計画を実行に移すための明日からの行動を考えていく。




 ○




 次の日になり、俺は騎士の訓練場へと向かった。
 まず欲しいのは情報だ。
 どうして吸血鬼のカナリーを狙っているのか。
 そして、いまだ殺していないことから、カナリーに対して何かしらの利用価値があるということまではわかる。
 ならば、その利用価値とは何なのか。そこまでを、俺は知りたいと思っていた。


 リンゴにも町を歩いてもらって情報を集めてもらっている。
 犬のリンゴは一応飼い主がいることがわかるように首輪もつけてある。
 そして、町の中を歩いているペットもそれなりにいるため、まあ、俺がいなくても大丈夫だろう。
 何より、俺はもっと緊張しているところだ。


「それでは、集まった皆にはこれより迷宮の魔物狩りの手伝いをしてもらう。わかったな?」


 そういって、前に立つ騎士の女性が声を発した。
 この国では、女性騎士のほうが多いようだ。詳しい事情は知らないが、常識のような部分もあるためおいそれと聞くわけにもいかなかった。
 今はとにかく目立たないこと。俺はそれを意識しながら、周囲を観察していく。


 現在俺は、騎士と冒険者による合同迷宮探検に参加しているところだ。
 何か、女騎士から情報を引き出せないか、と考えていたところにこの依頼を見つけたのだ。
 支払いもそれなりに良いため、俺は依頼を受けた……まではいいんだが。
 冒険者の多さに俺は眉間に皺を作った。


「……ああ、今日も美しいなぁリニャ様」
「おい! あっちの騎士様もおっぱいでかいぜ!」
「いやぁ……あっちの子は良い足してるなぁ」


 なんていう男冒険者の会話が聞こえてくる。
 ここにいる冒険者の比率は圧倒的に男が多い。たまに女も混ざっているが、ここには戦闘以上に様々な思惑を抱えた人間が集まっているようだ。
 それらを理解しながら、前にたつリニャ様という女性の話に耳を傾ける。


 確かに、美人だ。彼女も俺からすれば敵側の人間であるため、心を許すつもりはない。
 リニャの挨拶が終わり、別の女騎士が説明をしていく。
 町から西へと歩いた先にある昨日見つかった迷宮の調査が、今回の目的だ。
 慎重に進みながら、可能ならば十階層程度までを調べる予定だそうだ。
 迷宮は簡単な場所でも二十階層程度はある。少しずつ調査していき、最奥へとたどりついてそこにある魔器を回収することが国の方針だそうだ。


 やがて班分けが行われていき、一人だったら俺は誰とも組めずに困ってしまう。
 冒険者たちは一班四名。そして、ぴったりと四名で組まれてしまったために俺は目立ってしまった。
 ……酷いや。
 全部で十班程度あるのに、だいたいの場合すでにパーティーを組んでの申し込みであるため、俺なんて入れてくれる場所がない。


「あんた、騎士のほうでよければ入れるわよ?」
「あ、いいんですか?」


 声をかけてきたのはリニャだ。
 ……ちょっと危険かもしれないが、この人との面識はこれが初めてだ。何より、今の俺はマーネプラントの力で変装済み。
 ばれる心配はない。


 リニャの班も騎士が三名だけだ。というか、三名で十分というところなのかもしれない。
 騎士たちに挨拶をかわしながら、戦闘のチームで歩いていく。
 ……実力者たちと行動できるのは思ってもいないチャンスだな。
 ここで、剣の技とか盗めるだけ盗まないと。


 引き出す情報はカナリーのことであるが、それを直接聞くわけにはいかない。
 まずは自然な会話から始めるのが良いかもしれない。


「魔物と戦うときのことで確認したいんですけど、俺そこまで戦闘は得意じゃなくって……」
「そうなの? なら、魔物が出てきたときは自由行動でも良いわよ。私たち三人の邪魔をしないように周囲の警戒や、危険なときに教えてくれればそれだけでもありがたいわ」
「ありがとうございます」


 それで会話は終わってしまう。
 うーむ。もうちょっと吸血鬼の話につなげたいんだけど、どうすればいいのやら。
 魔物が出現し、リニャが別の騎士たちに指示をだして相手をさせる。
 見事な手際だ。騎士たちと戦う場合、その連携攻撃に気をつけ、確固撃破を意識していこう。


 再び歩き出して、しばらく周囲を見ていると、奴隷をつれている冒険者の姿を見つけた。
 そして、そこにいたのは赤い目をした男だ。
 ……仮に、吸血鬼じゃなくとも、これをきっかけに会話ができるだろう。


「赤い目って嫌ですね」


 呟くと、リニャがピクリと目尻を動かした。


「吸血鬼を思い出すから?」
「はい。そういえば、前によった町で吸血鬼をみたんですけど……あいつら、まだたくさんいるんですね。全滅とかしてしないんですよね」
「吸血鬼、ね。確かに奴らは人間たちに被害を加えてくるけど、絶滅していないのはむしろ嬉しいことでもあるのよね」
「え? だって、あいつらいると目障りじゃないですか?」
「そうでもないわ。吸血鬼には、吸血鬼にしか出来ない魔法の力もあるわ。あんたも、魔器を作り出すという伝説を聞いたことはない?」
「……ああ、確かに。けど、それって伝説でしかないですよね?」
「いやいや。たまにいるのよ、吸血鬼のなかにね。……仮に、魔器をたくさん作ることができれば、レイドニア国を潰すことも可能ということよ」


 レイドニア国は俺を召喚した国だ。
 ……敵対関係なんだな。その点だけは、俺が逃げ込んだのは成功だったようだ。
 後は、もう一つ。この二つとは無関係の大国がある。
 カナリーを助けたら、その国へと逃げたいが……吸血鬼の伝説なんてものがあると、人がいる場所は危険か。


「へぇ……いたら嬉しいですね」
「ふふ、そうね」


 ……この女騎士は、何か心当たりがあるというような顔をしている。
 事情をまるで知らない者からすれば、単純に美しい笑顔を見ることができたという喜び程度で終わるだろうが……。


 まさか、カナリーがその伝説を行える吸血鬼なのか?
 ……だとしたら、カナリーが捕らえられ、生かされている理由としても十分だ。
 どうか、無事でいてくれ……としか今は言えない。
 迷宮の前に到着する。


 迷宮の入り口は黒い渦のようなものとなっている。
 ここに来る前にギルド職員から聞いた話では、迷宮は次元の狭間と呼ばれており、不安定な世界なのだ。
 その中は、こちらの世界のフィールドや町を模した構造をしており、下や上へとおりる、あがっていくことができる構造になっている。
 各階層ごとに、一階に戻る転移魔法などもあり、帰還の際に困ることは少ないが、魔物の数が多いことから、それなりの実力者でなければ一人で挑むのは危険な場所だ。


 迷宮を攻略したそのとき、自動でこちらの世界へと戻ってくることができるらしく、結構優しい造りだなっと思った。


「ここで休憩にするわ。十分後、私たちの班から順に中へ入っていくわ。戦闘準備を整えておいて」


 迷宮は、入るときが一番危険だ。
 周囲に魔物がいる場合もあるため、一番先は実力者が入る。
 ……その点では、少しだけ不安だな。今の俺が騎士達以上に戦えるかどうかは難しい。
 リニャたちは何か話し合っている。俺がそばにいては邪魔だな。
 俺は背負っていたリュックサックから水筒を取り出して、水分補給をしていると、冒険者たちが近づいてきた。


「……おまえ、あの方に声をかけるなんて何をしているんだよ!」
「そうだぞ! 新入りのくせに生意気だぞ!」
「わ、悪い……! その、何か順番とかあるのか?」


 突然冒険者の男たちが掴みかかってきて、俺は慌てて両手をあげる。
 殴らないでくれ。


「あるに決まっているだろう!? あの方は、第二部隊隊長、炎魔のリニャ様だぞ!? 俺たちは、あの方に近づくためだけに、いつも騎士団との合同依頼を受けているんだぞ!?」


 ……なんていうか、アイドル的な扱いか?


「え、えと……悪かったです。すみません」
「いいか? リニャ様に近づけたからって、変なことすんなよ?」
「しませんよ」
「怪しい奴め……。まあいい」


 男はふんと鼻を鳴らしてから、


「おまえもどうやら脈なしの営業スマイルで対応をされていたようだからな」


 営業スマイルなんて異世界にもあるのか。
 というか、俺の翻訳機能が勝手にそう判断しているのかもしれないな。
 今の俺は一応変装としてかっこよい顔を作っているが、それでも相手にされないなら男に興味がないタイプの人なのかもしれない。
 興味を持たれないなら、そっちのほうが断然良い。


「十分が経ったわ。あんた、行くわよ」
「わかりました!」


 声をあげて、俺は彼女の後ろをついていった。







コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品