スマホとワンコと異世界旅
第十四話 彼女の故郷
馬車と徒歩を活用して、一週間ほどでそこについた。
不思議な霧が漂う森に到着し、カナリーがその前で手をかざす。
すると、森の中の霧がかすかに和らいだ。
「……何したんだ?」
「魔力が道を迷わせるから、その魔力をどかしただけ」
「……へぇ」
カナリーが先導し、俺たちは森の中を進んでいく。
竜が襲ったというわりには、その森はそれほど被害はないようだった。
もしかして、カナリーが襲われてからそれなりの時間が経過したから、再生したのか?
異世界だしありえない話じゃなさそうだ。
しばらく歩いていくと、木々が減っていく。
……悲惨な故郷の姿を思い浮かべていた俺だったが、森を抜けた先は家々が並ぶ村があった。
不思議な霧はその村も多い尽くしている。
カナリーは目を見開いて、それから駆け出していった。
「お母さん!」
カナリーが叫んで飛びついた女性は、カナリーに似た顔たちの女性だった。
両目が赤い。彼女の血は母のものだったのか。
カナリーを受け止めた女性は、柔らかく微笑んで頭を撫でた。
「よかった。元気に戻ってこれたんだね」
「うん! よかった、お母さん……みんな無事で……」
「……うん。あなたも……それにそっちのお兄さんは誰かな? もしかして彼氏さん?」
「そんなんじゃないよ。……ここまでついてきた人」
「あらあら。相変わらず人間相手には厳しい言い方するんだね。お兄さんはこれからどこかに行く予定あるのかな?」
「いや、ひとまず宿で休もうかと」
「なら私の家に来てよ。しばらく、泊まっていっていいよ」
お言葉に甘えよう……と思ったけど、カナリーも久しぶりの家族との時間を大切にしたいよな。
「ああ、いや。俺はどこかの宿でも」
そういうと、俺の心情を理解したかのようにカナリーがこっちを睨んできた。
「……別に。母さんがそういうなら私はどっちもでいい」
「じゃあ、いいね! ほら、私たちのおうちはあっちだから、来て来てー」
そういって、カナリーを連れて俺の後ろに回ってくる。
背中をぐいぐいと押してくるために、カナリーからの嫉妬の眼差しを向けられることになる。
お母さんとって悪いな。俺はすぐに自分の足で歩き出し、カナリーの母から離れた。
『……少し、村を見て回ってくる』
「……了解」
なんだか、リンゴは厳しい目だ。
……ここは竜に襲われたって話があったくらいだし、こんだけ平和なことに疑問を持ったのかもしれない。
俺もなんだかちょっと不気味に感じているくらいだ。
朝起きるとすべて枯れ葉に変わっている……みたいな。
化かされた! みたいことにならなければいいんだけど。
村の人々は、それぞれが作業をしながらたまにこちらを見てくる。
柔らかい微笑とともに手を振ってくる人もいて、意外と歓迎されているようだ。
やがてついた一軒家に、カナリーが懐かしそうに目を細めた。
「……帰ってきたんだ」
「長い旅だったけど、よく頑張ったな」
「……ふん」
カナリーはそっぽを向いて、さっさと建物に入っていってしまった。
あはは、と母は困ったように笑う。
「ごめんなさいね」
「……いや、別にいいよ。もう慣れたしね」
「ゆっくりしていってね」
「……はい。そのありがとうございます」
お言葉に甘えさせてもらい、家にお邪魔させてもらう。
中に入ると、狭いながらもしっかりと家具が配置され、十分なスペースが確保されていた。
二階に繋がる階段もあり、一階にベッドなどがないのを見るに、二階が寝室のようなものだとわかった。
カナリーが一階にいないのを見るに、恐らく二階にあがったんだろう。
泊まるにはさすがに窮屈かもしれない。
カナリーたちに迷惑かけているんじゃねぇか……?
「……カナリーのこと、守ってくれてありがとね。うちあんまりお金ないから、報酬金とかも用意できないけど」
「気にしないでいいですよ。カナリーが言うように、勝手についてきただけだからさ」
「まあ、この村にいる間はここで暮らしていいからね。食事とかも用意するから、それを報酬と思ってくれないかな?」
「いや、そこまでしてもらわなくても」
別に報酬がほしかったわけじゃない。
ただ、カナリーのことが放っておけなかっただけだ。
しばらくそこでカナリーの母と話しをしていると、扉がノックされる音がした。
リンゴが戻ってきて、顎をしゃくってくる。
「なんだよ?」
外に出ると、リンゴが難しい顔を作っていた。
『少し、重要な話をする。一度で聞くんだぞ』
「まるで普段聞いていないみたいな言い方だな。それで?」
『……この村の人間、吸血鬼はみんな同じ臭いなんだよ』
その言葉に首を捻る。
「……どういうことだ?」
『俺もいまいちよくわからない。人間にしても、同じ臭いの存在は今までいなかった。……なのに、この村は全員が同じだ。それに、まるで会話さえもない。一緒に行動していても、無言なんだ。おかしくはないか?』
「全員か?」
『ああ、全員だ』
無口なだけで片付く問題じゃないよな。
「だとしたら、誰かが、カナリーを騙すためにこんなことをしたってか? それとも、この村が襲われた事実を隠蔽するために……幻覚とかで作りだしているってか?」
『そこまではわからない。だが、敵が何かを仕掛けている可能性もゼロじゃない。目的がすんだのなら、さっさと逃げるのも手だろう』
「カナリーはどうするんだ?」
『……仮に、彼らが偽物だとしてもだ。このままを維持したほうが彼はも幸せかもしれないぞ』
「……どうなんだろうな」
もしも、カナリーの命を狙っている敵がいるのならば、彼女も連れ出さなければならない。
……まあ、すべてただの杞憂で終わってくれればそれでいいんだ。
「どうしたんだい?」
家からカナリーの母が顔を出す。
彼女に慌てて両手を振って笑みを浮かべる。
「ああ、なんでもないです。紹介するよ。こいつ俺の大事な相棒のリンゴです。カナリーのこと、たぶん俺よりも守ってくれたんですよ」
「へぇ、そうかい。それじゃあ後でお肉でも用意しようかな」
『肉か! それは良いな!』
……頼むから、おまえは常に警戒しててくれよな。
リンゴが餌付けされないか、心配で仕方ない。
○
その日の夜。
俺は一階の椅子を借りてしばらく体を休めていた。
二人は今頃二階で休憩しているだろう。
椅子に座りながら、周囲を見回す。
今日食べた食事もすべて、本物……だったと思う。
もしも、これらすべてが魔法で作られたものだとしたら、俺にはもう見破ることはできない。
だが、俺の感覚とは関係なしに、見破る手段が一つだけある。
「……殴る、か」
実行に移すなら、今だろう。
今ならば、カナリーも母もいない。
試して失敗に終わればそれで良い。
何か魔法による効果があった場合……カナリーを連れて逃げ出すこともできる。
不安を抱えたまま過ごしたくはない。
この村は一度破壊された、と言っていた。カナリーが何の疑問も持たないのは、修復する魔法があるからかもしれない。
けれど、俺の勘が何か嫌なものを感じ取っている。
こういう嫌なことは、早くに取り除いてしまうに限る。
「……頼みます。何も起こらないでください」
祈るように、俺はその場にあった椅子を殴りつける。
と、同時にその場でガラスが割れるような音がした。
割れた音はさらに外へと伝わっていき、そして――。
「……おいおい、冗談やめろよ。鳥肌たってきたじゃねぇか!」
思わず声を出してしまう。
カナリーの家の一階部分は、あちこちが破損した状態であった。
窓は破壊され、室内は魔物の爪によって斬られたようなあとがあった。
さらにいえば、部屋の隅には何かの死体と思われるものもあった。
その目の色はとっくになくなっていたが、彼女は一枚の紙を持っていた。
「……カナリーのお母さんのものか?」
手紙の内容をざっと読み、カナリーの身を案じているのがわかった。
そして守れなくてごめん、一人にしてすまないといったものが書いてある。
さらに、カナリーを狙って国が動いている可能性もあるともあった。
なら、今カナリーと一緒にいるのは誰だ?
焦りが体を動かす。
階段をあがったところで、ツルのようなものを全身にまとった生物がそこにいた。
それは俺にきづくと、慌てたようにツルを伸ばしてきた。
一応人型をとっていたそいつだが、巨大ワカメが動いているようにしか見えなかった。
「カナリー! おまえ、離れろ!」
叫びながらワカメヒューマンへと殴りかかる。
同時に、ワカメヒューマンの変身が終わり、そこにはカナリーの母の姿があった。
……こいつ、変身する魔物か!
慌てて離れようとしたが、間に合わない。
「……なに? 今ちょうど寝かけたところなのにうるさい」
苛立ったような声で、カナリーが体を起こし、そして目を見開く。
「……おかあ、さん? なんで、あなたが……」
「お、おいちょっと待て! こいつはな!」
「カナリー逃げて! この男は、吸血鬼を狩るために、あなたをここまで連れてきたの! 窓の外から飛び出して! 村の人たちがあなたを助けてくれるから!」
「え?」
カナリーの母は、カナリーの心を揺さぶるようにそう言い放ってきやがった。
くそ……人間を信用していないカナリーじゃ、俺の言葉なんか届かない。
カナリーは瞳を揺らしながら、俺から離れていく。
……今やるのは、カナリーの母の嘘を暴くほうが先か。
俺が駆け込んで殴ろうとしたところで、右から赤い線が襲いかかる。
カナリーの魔法だ。
直撃した俺は、全身の熱を理解しながらも、必死に痛みをこらえる。
「……やっぱり、人間なんか信用できない! あなたは……あなたは……信じられると思ったのに! どうして!」
カナリーの両目は鋭く尖っている。
「待て、カナリー。違うんだ。俺の言葉は信じなくてもいい。けど、ここにいるすべてを信じちゃダメだ!」
俺は悪あがきに二階の床を殴りつける。
そこから波紋するように魔法が解除される。
ボロボロの二階部分が露出し、俺は訴えかけるようにカナリーを見る。
「……これが、何? これは……あなたの魔法なんでしょ?」
彼女は見ようともしてくれなかった。
「違う! 俺にこんな魔法はねぇよ。魔力がロクにないことだってわかっているだろ?」
「……ロクに、だ。魔力の運用が上手い人なら、それでも十分に魔法を使える。……これも、全部全部。嘘だったんだ!」
カナリーが吠えて、そのまま窓へと足をかける。
止めようとしたが、俺の足をツルが巻き取る。
にやり、とカナリーの母に化けたワカメヒューマンが、笑う。
俺はそのツルを殴りつけて、窓へと駆け寄る。
外にいた村人たちが、カナリーを守るように動く。カナリーの手をとり、吸血鬼の村人に化けたと思われる奴が、走って逃げていく。
俺は解体用ナイフを掴んでツルを斬りつける。
一気に距離をつめ、その心臓部分を殴る。
ワカメヒューマンは一瞬でその体を維持できなくなったように崩れる。
残ったのは、魔石のみだ。それを掴みながら、俺はたまった魔力をスマホにぶつける。
「リンゴ!」
『二階か!?』
「飛び降りる、クッションになってくれ!」
『わかった!』
カナリーを追うように飛びだすと、そこへリンゴが駆け寄ってくる。
だが、道の先を行くには敵が多すぎた。
とっくに隠すつもりのなくなったワカメヒューマンたちが、道を完全に塞いでいた。
「くそっ、強行突破は危険か!?」
『……しとめながら進まなければ、俺たちまでもやられてしまう可能性があるな』
「チッ!」
早く追わないとカナリーを追うことも敵わない。
……それでも、俺たちがここでやられてしまえば元も子もない、か。
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