世界で唯一の男魔導士
二十八話 準備
一度寮に戻ってから、身支度を済ませる。
学園の制服ではなく、この前購入した服だ。
夜は長く、交代で休みながら警備に当たる。少しでも動きやすい格好にしておいたほうがいいということになった。
服以外では、特に用意するものもなかった。
出発前にアリリアが寄るので、しばらくは部屋で待機だ。
そうしながら、携帯電話をとりだして学園長に連絡をかける。
ワンコールのあと、電話がつながる。
『どうしたケイ。不安で私に連絡をしてきたのか? 大丈夫だ。自分を信じろ』
「いや、そうじゃなくてですね。その約束を一つ守れなかったていうか……」
『どうした?』
「……なんか、オリフェルと戦ったときになぜかオリフェルに男だって見破られたんです。それでエフィに男であることがばれてしまって……」
学園長が驚いたように息をのんだ。
『だから、会議室でも様子がおかしかったのか。私はてっきり、姉が生きていたからだと思っていたが……』
唸るように学園長がいう。
『それで……どうだった? エフィは怒っていたか?』
「あれから話してないんですよ。だから、その……もしかしたら学園長の計画を崩してしまうかもしれないですけど」
『……あまり気にするな。頼んだのは私なんだ。エフィには、私からも伝えてみよう。エフィも、今大事なことはわかっているようだから……そう気に病まないでくれ。そもそも、何もかもうまくいくとも思っていなかったしな』
「……すみません」
『……そういうな。それでも、キミが学園でもかなり人気を集めているのは良く聞いている。完璧とまではいかなくても、十分役をこなしてくれているさ』
学園長の慰めの言葉に啓は頭をかいた。
しばらくの沈黙の後、学園長が続けていった。
『連絡はそれだけか? ……あれだぞ? 不安ならばその胸の内を吐き出してくれて良いんだぞ。私が受け止めるさ……その、一女性としてなっ』
「あっ、大丈夫です。それじゃあ」
『お、おいっ!』
余計なことを言われる前に電話を切った。
「エフィは、やっぱり怒ってるよな……。終わったら、ちゃんと謝るしかねぇな」
ソファで体を休めながら、そういうと、ケルが声をあげる。
『……我の認識している憧れという感情が正しいかはわからないが、エフィは間違いなくマスターに憧れていだろう。それが崩れたのだから、ショックを受けるのは当然だろう』
「わかってるよ……けど、今少しだけ正体がばれてよかったっとも思ってんだよ」
『隠し通しているのは苦しいか?』
「そうなんだよ。俺とエフィはもう友達だと思っていたんだけど、やっぱりこっちはずっと重要なことを隠していただろ? だから、ばれたときはまずいっていうのもあったけど、ほっとした。……本当は自分で伝えるのが一番なんだけどな」
『まあ、そうだな』
ケルは、『ただ』と言葉を続ける。
『我にはっきりと人間の感情の変化を理解することはできないが……それでも、性別一つですべての関係が終わるもの、ではないのではないかと我は思う』
「……ケル」
『だから、またしっかりと話をしてみればよいのではないか?』
「やっぱりちゃんと話さないと。騙していたこと、しっかり謝るしかねぇな」
『女装が趣味なこともだな』
「それはちげぇよっ!」
『冗談だ』
ケルと話をしていて、胸がすっと軽くなった。
「ケルと話しているときが一番落ち着くな。適当に話しても問題ねぇしな」
『適当だと? しっかりと考えてほしいものだな』
ケルは苦笑するような声をあげた。
とにかく、今はオリフェルについて少しでも情報が知りたかった。
「ケル、知っている範囲でいいんだが、オリフェルについて教えてくれ」
『ああ、わかっている』
「レヴァンと比べて、強いのか?」
『我もうろ覚えではあるが、レヴァンに並ぶ実力者であったのは確かだな。何度も何度もぶつかりあっていたな』
「……そうか」
『ただ、まだ封印されているからかもしれない。昔ほど強くはない』
「それであれかよ……っ」
レヴァンと大きく力の差がある自分では。勝つのは難しいかもしれない。
それでも、アリリアや他にも待機してる魔導士と協力すれば、どうにかする方法はあるだろう。
気合を入れるように頬を叩いてから、いつでも出発できるよう玄関へと向かう。
靴を履いて腰掛けると、ケルが声をあげた。
『マスターよ。一つ伝え忘れていたことがある』
「どうしたんだ?」
『今の我も、すべての力を取り戻したわけではないんだ。レヴァンの封印には我の力も使っている』
「……そうなのか? けど、街にあった遺跡じゃそんなものなかったよな?」
『レヴァンはいくつも遺跡を作っていたが、そのいくつかはダミーだった、はずだ。オリフェルを封印したのは、我の力があるところでもある』
英雄のデバイスは、オリフェルと戦うためのものであるとばかりだ。
啓はこくりと頷いた。
「けど、結局俺たちじゃ遺跡の中には入れないしな。封印されているかどうかは調べようがねぇな」
『そうだな』
「まあ、けど……どっちにしろだっての。オリフェルだって、どこに自分が封印されているのかわかっていないみたいだったからな。俺たちか、エフィのところにきたところを叩けばいいんだ」
もしも、オリフェルが自分が封印されている場所が分かるのならば、おそらくはずれであった街の中へ襲撃しにくることはなかっただろう。
「……あとは、実際にオリフェルとやりあうときだよな。あいつくそ強かったな」
『そうだな。だが、マスターには仲間がいるではないか。レヴァンには友もろくにいなかったからな』
「それでも、一対一で誰にも負けないような強さがあるってのはうらやましいな」
『そう思う気持ちと、マスターの仲間を思う気持ちがあれば、いずれ強くもなれるだろう』
「まあ、頑張るぜ」
ドアチャイムがなり、啓は玄関をあける。
「やほーです。それじゃあ、現場に向かいますか?」
「ああ、行こうぜ」
ラフな格好の彼女とともに、家を後にした。
○
現場までの移動は車になる。
学園で用意した車に乗り込み、運転席にアリリアが座る。
「ちょ、ちょっと待て! おまえ免許証とか持ってるのか!?」
「持ってます持ってます。ほら、これです」
ぺらっとひらがなで「めんきょしょう」と書かれたよれよれの紙を取り出す。
それをはたきおとすと、アリリアがてへっと舌をだす。
次に出したのは、顔写真いりの免許証だ。
何度か親の免許証を見たことがあったが、それとほとんど同じだ。
「……マジかよ。年齢とかの制限ってないのか?」
「魔導士は特例で運転許可が下りるんです。免許だって、魔導士なら誰でもとれますからね」
「なるほどな……」
「現場まで、魔導人機で移動してもいいですけど、ほらもしもエネルギーが尽きたら馬鹿みたいじゃないですか? 特に今日のような場合だと、いつ戦闘するかわかりませんからね」
納得はいったが、彼女の運転に対しての不安は拭えていない。
啓は恐る恐る助手席に乗ると、彼女はキーを回した。
それからアクセルを踏み込んだが、空回りしたような音だけがあがる。
「あっ、ギアいれるの忘れてました」
「……大丈夫かよ」
「大丈夫大丈夫。あっ、一応魔導人機展開しておいてくださいね」
「事故前提なのか?」
「よくわかりましたね」
展開していたら車で移動する意味も薄くなる。
散々不安をあおるようなことを言っていたアリリアだが、彼女の運転は非常に上手だった。
思わず眠たくなってくるほどの安全運転だ。アリリアが綺麗な声で鼻歌を歌っているのも眠気を加速させる原因だ。
そうして、たどりついたのは街の外だ。
車のメーターをみると、二キロほど離れた場所であるのがわかる。
車から降りると、いくつか車が並んでいる。
テントがあちこちにはられていて、そこではキャンプのようになっている。
先に配置についていた魔導士たちだ。
火を囲うようにして、彼女たちは座っていた。
啓たちに気づくと、途端に立ち上がり駆け寄ってきた。
「け、ケイ様ですよね!? 始めましてっ、私ヤヤンです!」
「わ、私はコローナです!」
そんな風に名前を名乗りながら、迫ってくるものだから、啓は頬が引きつってしまう。
彼女らに軽く挨拶をしつつ、集まっている魔導士たちを数えていく。
聞いていた通り、五名の魔導士がいた。
自分たちを含めて七名が、この場にある遺跡に繋がる魔法陣の警備を行う。
街が狙われる可能性もあるため、これ以上の数は割けなかった。
それに、エフィたちのほうはこの倍以上いる。
学園長が、啓を五人程度の戦力と数えていることに、僅かなプレッシャーを感じた。
用意してあったカレーを持ってきてもらい、アリリアとともに食事をする。
自分たちの周りを、女子生徒たちが囲む。
まるで啓たちが焚き火の火といわんばかりに囲まれてしまったが、戦闘に向けての話もしたかったのでちょうどよかった。
「それにしても、ケイ先輩大人気ですよねー。嫉妬しちゃいますね。私なんてこんなに人集まってきませんよ」
「……そりゃあ、おまえが適当すぎるからじゃねぇのか?」
とはいえ、自分の人気の理由も判然とはしなかったが。
アリリアがちらと近くにいた女性に目を向ける。
先ほどなのってきた、栗色の髪をしたヤヤンだ。
「どうして、ケイ先輩はこんなに人気なんですか? 私との違いってなんですか?」
「そ、それは、ケイ様って凄いかっこいいじゃないですかっ」
かっこいいといわれたのは嬉しかったが、それは女性としてのものである。
複雑であった。
「とりあえず……その様呼びはやめてくれないか?」
「じゃあ、ケイお姉様というのは?」
「様ついているじゃねぇか……」
「だ、だって。ケイお姉様をそんな、何もつけずに呼ぶなんてできないですよっ」
ヤヤンが大声をあげていってきて、啓はもうそのことを指摘する気力もうせた。
「ケイお姉様は、凄い凛々しくて前向きで努力できる人間です。それに、姉様を探すために必死に強くなろうとしているって……家族思いの優しい人です」
「いや……まあ、その」
「それに何より可愛い!」
散々褒められて照れていたが、最後の言葉で表情が固まる。
「他の人が体を寄せると、いつも慣れない様子で照れているって、普段とのギャップが凄い可愛くて……っ」
そういいながら、彼女が体を寄せてくる。
単純に女性に近づかれるのに慣れていないため、啓は今いわれたとおりに頬が赤くなってしまう。
それを見ていた集まった女子たちが、キャーキャーいう。
からかわれてむっとしているとアリリアはこくこくと頷いた。
「……なるほど、からかいがいのあるところが人気なのですか。それは確かにわかりますね」
アリリアのいやな納得を受ける。
これ以上、余計なことを言われたくなかったため、啓は大げさに声をあげる。
「そういうのは、もういいからっ。これから作戦会議に入ろうぜ!」
女子たちの空気は悪くはない。
これから襲い掛かってくる可能性のあるオリフェルは強敵だ。
それでも、これだけ和んだ空気でのぞめるのは、悪いことではないだろう。
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