世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

二十六話 英雄を知るもの



「なに……しているのお姉ちゃん」


 エフィの声は震えていた。 
 それでも毅然と姉をみるエフィだったが、女性は一切言葉を発することはしない。
 その顔は無表情だ。久しぶりの再会にも関わらず、女性に一切の喜びはない。


 様子がおかしいのは明白だ。
 ただ、その理由も判然とはしない。
 女性が自分たちに手を向ける。


 放たれた雷の軌道を見切り、飛び上がってかわす。
 追いかけてきた電流へと剣を叩きつける。


 感電の恐れがあったが、これは雷のような魔法であって本物の雷とは違うようだ。
 同じ、魔力で攻勢された大剣による攻撃が、彼女の攻撃を弾く。
 魔力が満たされてきたのだろう。ケルの刀身が光をあげる。


 女性の視線が啓に集中したところで、エフィが彼女の懐へと一気に迫る。
 フル武装ではなかったが、それでも簡易ながらも四肢にまとっている。
 いつもならば天使の翼と間違えるほどに大きな彼女の翼は、最小限にとどめられている。


 その攻撃の成否に限らず、啓も仕掛けられるようにと動きだす。
 エフィの剣を半身で避ける。女性の近くに魔法陣が浮かび、そこから放たれた火の玉がエフィを襲う。
 エフィがそれをかわそうと身を捻った瞬間に、小さな爆発が起こる。


 魔法が爆発したことで、エフィのバリアが削られる。
 エフィは煙の中から飛び上がり、すぐに攻撃を仕掛ける。
 逆側から啓も仕掛け、挟み撃ちとなる。


 女性の魔法が厄介ではあったが、それでもさすがに同時に二人を相手にするのは難しいはずだ。
 エフィが振り下ろした剣と、啓のすくいあげるような大剣の一撃が同時に女性の体へと襲いかかる。


 瞬間、魔法陣が出現し、同時攻撃を防ぐ。
 ばちばちと、まるで魔法陣がバリアのような役目を果たしているかのように音をあげる。
 そうして、女性の足元から大きな魔法陣が生まれた。


 時間を稼がれたのだとすぐにわかる。
 魔法陣の光が増したところで、啓とエフィは視線をかわして一気に後退する。
 魔力も十分にたまった。


 フル武装を行いたかったが、遺跡の中では動きを阻害しかねない。
 四肢に纏った武装と、バリアへのエネルギーを割き、強化を行っていく。
 啓の展開した武装を見て、女性の表情が始めて歪んだ。


「いまわしき……英雄め」


 女性の呟きににた声に、啓は首を捻る。
 英雄のデバイスを知る存在、それを非難するという行為。
 この世界に来てから、初めての強い嫌悪に、啓は警戒を強めた。


 とにかく彼女を止めなければならない。
 女性の表情は、無表情から一点、激怒を顔にあらわして一気に飛び上がる。
 魔法の効果だろうか。彼女はまるで翼でも生えたかのように、空中を移動する。


 距離をつめてきた女性は、右手に赤色の魔法陣を展開する。
 火魔法が放たれる。
 啓はその魔法を、ケルで切り裂く。魔力で構成されていたたその魔法はたちまちに形を失った。


 女性が拳を振りぬく。彼女の手には緑の魔法陣が展開されている。
 振りぬいた拳から風が放たれる。
 啓は即座に大剣の腹で受ける。
 それでも、吸収しきる前に体が弾かれる。


 弾かれたが、すぐに空中で姿勢を戻す。
 啓は彼女をひきつけつつ、後退する。
 女性が一気に距離をつめてくる。その瞬間、エフィが彼女の背後からのしかかるように落ちた。


 機会をずっとうかがっていたのだ。女性の体を地面に押し付ける。
 魔導人機を使用している状態ならば、まず拘束を弾くことはできないだろう。


「お姉ちゃん! どうしちゃったのよ!?」


 エフィは女性を拘束したまま、必死に声をあげる。ハンドガンを右手に展開し、それを彼女の頭につきつける。
 女性はエフィの言葉に耳を貸すことはない。
 それどころか、女性は不気味に笑みを浮かべていた。 


「意外だな、英雄。以前とは比較にならないほど力を感じないな」
「……おまえは、前の英雄を知っているのか?」
「当たり前だ」


 それだけいうと、女性の体から膨大な量の魔力があふれ出した。
 何かをしようとしているのがわかった。
 魔力さえ奪えれば、彼女のたくらみを潰せる。啓が駆け出すが、それより先に魔法陣が浮かび上がる。


 エフィの体が弾かれる。女性は体を起こし、魔法陣に片手をあてる。


「来たれ、我が屈強なるゴーレムよ」


 彼女が声をあげると、同時に女性の体に魔力がまとわれていく。
 強力な魔力が、嵐のように周囲へあふれる。
 大剣でその魔力から身を守りながら、女性を観察する。


 女性の体を覆う、黒色の魔導人機。
 ところどころに、血のような赤い色がついている。
 それは、啓の魔導人機に酷似していた。


 赤い色さえなければ、女性の魔導人機と啓のものに、違いは見られない。


「おまえは何だよ……」
「余の名前などどうでもいいだろう。それよりも英雄……っ。ここからが本番だ」


 女性がにやりと口角をつりあげた瞬間、彼女の姿が消えた。


「どこを見ている!」


 背中から声が殴りかかる。
 急いで振り返ると、凶悪な笑みとぶつかった。
 剣を振りぬくが、彼女の抜いた刀が先に、啓の体へと届く。


 彼女を視界に納めるのは一瞬だ。
 次の瞬間に、彼女の姿はない。


 自分に当たる武器が、ようやく刀と認識した次の瞬間には、エネルギーの残りが僅かとなっていた。
 唇を噛み締め、啓は即座に全力を放つ。


 今のままでは反応できない。啓はエネルギーを使い切るつもりで、魔導人機を強化する。
 アリリアを破った莫大なエネルギーと引き換えに、行う強化。


 残りのエネルギーは60パーセント。あと一分は戦える。
 一分で仕留めなければならない。啓は奥歯を噛み締め、スラスターを操る。
 光の線が、女性とぶつかる。


「……どうした、英雄?」


 彼女の刀に、ケルが止められる。力で押し切ろうとするが、女性もそれに真っ向から抵抗する。
 嘘だろ、と啓は頬が引きつる。
 力では勝っていると思っていたのだ。


 エネルギーをさらに消費するようにして、どうにか大剣を振りぬいた。
 しかし、全力の一撃はあっさりと空を切る。


 彼女がその場で身をかがめる。
 そうして、刀を打ち上げた。啓の顎をとらえ、衝撃が抜ける。
 痛みは大幅に緩和されたが、それでも硬直する。


『マスター! バリアが砕けちったぞ!』
「……マジかよ!」


 確かに、体を覆ううっすらとした魔力の壁がなくなっているのがわかる。
 画面に表示される、バリアのエネルギーはゼロだ。
 おまけに、先ほどの無茶な攻撃で、通常エネルギーも30パーセントを斬ってしまった。


 刀が揺れる。啓は反射的に剣を頭上にあげる。
 振り下ろされた一撃が、体を捉えた。啓は真っ先に地面へと叩きつけられる。
 瞬間、体をバリアが覆う。残っていたエネルギーのすべてをケルが、そちらに回したようだ。


 肺にあった空気のすべてが吐き出され、むせるようにして呼吸を行う。
 大剣が近くに転がってる。啓はそちらに腕を伸ばす。
 しかし、柄を握る前に伸ばした手が踏みつけられる。


「ぐあっ……」


 痛みが手から腕へと抜けてくる。
 魔導人機の展開を減らした女性が、愉快そうに笑って、刀を向けてくる。


「英雄、ここで死ぬが良い」
「……俺は、英雄じゃねぇっていってんだろっ」


 女性の足を殴ろうとしたが、さらに強く踏み抜かれる。
 叫んでいた啓だったが、そこで女性は首を捻った。


「英雄じゃない……?」


 呟くように彼女はいった。


「ケイ!」


 自分の名を呼ぶ声が耳を破る。
 エフィの剣が振りぬかれ、オレンジ色が宙を舞う。
 女性が後退して攻撃を避ける。


 啓は大剣を握りなおし、体を起こした。
 ただ、女性は下がったまま、とても愉快であると笑い続ける。
 そうしてしばらく笑いつづける。
 彼女にいぶかしんだ目を向けると、女性は笑いつかれたのだろう、目じりに涙をためて、それから口角をつりあげる。


 悪魔のような笑みだった。


「どうりで弱いと思ったら、おまえ、男か!」


 突然の指摘に、啓は驚いて目を見開いた。
 啓の反応を見て、女性の口角はますます釣りあがる。
 彼女の反応が憎たらしい。
 まるで確信したかのような反応をする女性を、啓はにらみつける。


「何がおかしいんだよ?」
「いやいや。別に関係のない話ではあるのだがな、まさか貴様が男であろうとはな。いつの間に、男もデバイスを扱えるようになったのやら」


 そう彼女が放つ。
 もうそれを誤魔化すつもりはない。
 ただ、出来ればエフィには、自分の口から伝えたかった。


 エフィをとちらとみる。
 エフィは理解ができなかったのだろう。
 ぽかんとした様子のまま、それから僅かに息を吐いた。


「……意味わからないわね。やっぱり、絶対あんたはお姉ちゃんじゃない」


 エフィはそういってから、啓のほうに同意を求めるように笑みを浮かべてきた。
 その笑顔を、正面から受ける権利が今の自分にはない。


「ケイ……あいつがあんなこといっているけど、関係ないよね?」


 そう、訴えるような問いかけ、どこか彼女の声が震えている。
 啓は彼女にどのような非難をされようともそれを受け入れるつもりであった。
 理由はあれど、騙していたのは自分だ。


「ケイ、なにかいってよ?」
「……エフィ。俺は男なんだよ。魔導人機が使えるのも、全部ケルのおかげなんだ。実際、俺に才能なんてねぇんだよ」


 否定の言葉を返してやるのが、優しさだったのかもしれない。
 けれど、啓はその言葉をいえなかった。
 嘘を隠していた負い目ももちろんあったが、何より彼女に、これ以上隠したくはなかった。


 エフィの友達でありたい。
 偽らず、本当の友達で。
 啓の言葉に、エフィが驚いたように目を見開いて、それからわなわなと震えた。
 エフィの両目がつりあがる。啓はそれでも、彼女から視線をはずして、女性を見る。


「どうした、仲間割れか?」


 軽いあおりのような言葉をかけてきて、エフィもそれで視線を彼女に戻す。
 エフィは怒りを飲み込んだかのように、落ち着いた顔でちらと自分を見てくる。


「……細かい話は後よ」


 エフィが剣を握り、同時にスラスターを起動、一気に距離をつめる。
 自分に合わせるといった彼女はどこにもいない。
 怒りに任せるように剣と銃を扱って彼女と対面する。
 女性はしかし、あっさりと攻撃をさばいていく。


「怒りの感情だけで、どうにかできると思っているのか?」


 女性は後退する。
 そこへ、エフィが追撃をかける。
 だが、女性の懐に入るよりも前に、魔法陣が浮かび上がる。


 魔法陣から放たれた雷にエフィが弾かれる。


「エフィ!」


 啓は走り出し、落ちてきた彼女を受け止める。
 エフィは痛みに顔をゆがめながらも、すぐに立ち上がる。
 エフィは一切啓を見ていなかった。


 女性はそれからちらと、周囲を確認して舌打ちを一つする。


「厄介なことになってきたな」


 厄介なこと……。耳を澄ませば、いくつもの機械音が聞こえた。
 女性は魔法陣を展開し、その場に乗る。きたときのように、彼女の姿が一瞬できた。
 それから遅れて、広間に魔導士たちが現れた。


「大丈夫ですか、お二人さん?」


 銀色の魔導人機をまとったアリリアと、さらに何名かがこちらへときた。
 アリリアは周囲をちらちらと見てから、顎に手をやる。


「このあたりでお二人との通信ができなくなったって聞いたのできたんですけど、何かありました?」


 ちらと啓はエフィを見ると、彼女は冷たい目で自分を一瞥する。
 彼女は無表情のまま前を向いた。


「ここで、戦闘があったわ。詳しい話は学園に戻ってするけど……外の調子はどうなの?」
「それが、機獣たちは突然姿が消えたんです。まるで、幻影みたいにぱぱぱーって感じで。実際数体の機獣が襲ってはきましたが、街に被害はないどころか、ほんとなんだったんだーって感じですね」
「そうだったの……もしかしたら、それもさっきの奴が何かしたのかもしれないわね」


 冷静にエフィがそういった。
 啓は何もいえずに、ただ彼女を見ているしかできなかった。



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