世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

二十三話 プライドのぶつかりあい



 休日に女性に遊びに誘われるのなんて、自分には縁のない話だったので、あまり深く考えてはいなかった。


 いざ実際、休み前日にどこか行きたい場所があるかどうかを聞かれたときは、思わず一体何のことだ、と一瞬困惑してしまった。
 エフィのそのときの悲しそうな顔を思い出し、啓は頭をかきながら時間を確認する。


 午前九時。
 外もすっかり明るくなりはじめ、店によっては開店されはじめたような時間。
 俺は自室のソファに腰掛けて、頭を抱えていた。


 というのも、女子とのおでかけになるのだが、今自分の部屋にはろくな服がなかった。
 どうせ外に出ることは少ないだろうと思っていた。
 そのため、学園長に服を用意してもらったとき、ジャージしか頼まなかった。


 近所のコンビニに行くのならば構わないが、さすがに誰かと遊びにいくにはふさわしくない。
 かといって、今さら用意できるものでもない。


 携帯電話を見る。
 エフィからのメールだ。時間と、どこに集合するのか。


 ひとまずは寮の玄関に九時半集合だ。
 もう時間もあまりない。啓は言い訳の言葉を考えながら、服を着込んでいく。


『楽しそうだな、マスターよ』
「そりゃあな。可愛い子と出かけられるなんて普通は嬉しいもんなんだよ。楽しみじゃない奴がいるならそいつは男好きだっての」


 一人に関しては、性格に難があるが、エフィは真面目で可愛い子だ。
 それに、慕われていることもあり、悪い気はしなかった。
 机においておいた財布を掴み、中身を確認する。


 準備金として学園長から渡されたお金だ。中には結構な金額が入っている。
 正確な物価は知らなかったが、学園の食堂での料金などをみるに、日本とそれほど大きな差はないだろう。


 となれば、この財布に入っている十万円相当の額は、相当なものである。
 ただ、学園生は毎月給料を支払われることになっている。
 国からすれば、一生徒の前に戦力だ。


 何か問題が発生したときにはすぐに動いてもらう必要がある。
 そのため、エフィやアリリアもかなりお金には余裕があると言っていた。
 玄関を出て、階段を下りていく。
 すぐに寮の入り口につくと、二人の姿があった。


 エフィは肌色多めの白いシャツを身に着けている。膝上までの淡い青色のスカートもよく似合っている。
 何度か髪を気にするそぶりを見せながら、はにかんでいる姿が可愛らしい。


 アリリアは部屋から持ってきたのか、アイスを舐めていた。
 そんな彼女は部屋着なのだろうか。可愛らしい熊がプリントされた黒いシャツを身に着け、デニムのショートパンツを身に着けている。
 サンダルを履いて、まさに夏といった服装だ。


 当然、二人からは浮いてしまい、啓は頭をかいた。


「悪い二人とも……用意してもらった服がこれしかなかったんだ」


 外に出る予定もなかったし、と付け足すと、エフィはぶんぶんと首を振る。


「ケイは何を来ても似合うから大丈夫よ」


 明るい調子でいってくれたエフィに、とりあえず胸をなでおろす。
 アリリアは考えるように顎に手をやる。それから、ぽんと手をうつ。


「それでしたら服を買いに行けばどうですか? 一着くらい外にでるための服をもっていても悪くはないと思いますけど」
「珍しくいいこというわねアリリア! それじゃあ午前は服でも見に行きましょう! それで、お昼を食べて、午後はどこかで息抜きっていうのはどう!?」
「珍しくってなんですか?」
「俺はエフィの意見に賛成だ。アリリアは?」
「珍しくってなんですかー。私もいいですよーだ」


 アリリアがぶすっと頬を膨らませ、アイスを口に突っ込んだ。
 幸せそうな笑顔で、彼女は近くのゴミ捨てに、棒を放り投げた。
 ただ、一日の中で一度も特訓を行わないというのは、体がなまってしまうのではと気になってはいた。


「な、何か不満とかある?」
「ああ、いや……なんか一日遊ぶっていうのはなぁ……大丈夫かなっていうのがあってさ」
「言っておくけどね。あんまり無茶ばっかりしちゃ駄目なのよ? 魔導人機の操作って凄い疲れるんだから、本当はケイみたいにあんなに毎日やったらいけないのよ?」
「……そう、だな」


 それでも自分には時間的に余裕がない。
 たとえ、体がぼろぼろになったとしても、力を手に入れなければならない――。
 そんな破滅的な考えが浮かんだ瞬間、ぺしっと啓の額にエフィの指が当たる。


「無茶して体を壊して、それで魔導士になれなくなった人だってたくさんいるのよ? ケイは遺跡調査部隊に入って、元の世界に戻る方法とお姉さんを探したいんでしょ? だったら、訓練はもちろんそうだけど、無茶ばっかりしても意味ないのっ!」


 エフィが珍しく眉間に皺を寄せ、鋭く自分を睨みつけてきた。
 彼女の言うとおりだ。
 啓は両手を合わせて、頭を下げる。


「確かにそうだな。今日はゆっくり休むぜ。そりゃもう全力でな」
「そうね、全力で休みなさいよ」


 エフィの笑顔を見て、啓も嬉しく思う。
 彼女が笑っているのが一番だ。


「それじゃあ、服でも見に行きましょうか。この近くなら、ケロケロとか良いんじゃないですか?」
「ケロケロ? けどあそこって女物だけじゃなくて男物もおいてあるわよね? もっと専門店のほうがいいんじゃないかしら?」


 エフィがちらちらと啓を見て、頬を染める。
 専門店にいって、スカートなど買われた日にはたまらない。


「いや、俺はケロケロって場所のほうがいいな。あんまり女っぽい服装とかって好きじゃなくて」


 疑われない程度にいうと、エフィはじっとこっちを見てくる。


「……た、確かに男装の麗人ってのもありね」


 エフィのその言葉に思わず声を上げたくなる。
 ただ、啓は今の自分の立場を思い出してうなだれるしかなかった。
 疑われると、学園生活に問題がでるが、かといって疑われないのも男としてのプライドが傷つけられる。


 反発する感情にもやもやしながら、寮を出る。
 寮を出て、学園に背中を向けるように歩き出す。
 こちら側にいくのは、初めてエフィとあったとき以来だ。


 もう二週間以上も前のことに、懐かしさを感じていた。
 姉は大丈夫なのだろうか。そんな不安がよぎったが、首を振る。
 今日は、そういったことは忘れて体を休める。


 そう決めたのだから、うじうじいうのはやめた。
 啓は笑顔を浮かべ、彼女たちと歩いていく。


 街に出ると、男女とわずに人の姿が多く見られた。
 世の中は休日だ。
 意外と思ったのは、男女のカップルがそれなりに多く見られたことだった。


 もっと、男性は嫌われていると思ったが、どうやら立場が弱いだけだ。
 常に女性のほうが先導するような形で、前を歩いている。
 男性たちはへこへこと頭をさげるように女性についている。


 まるで女王とその執事か何かのような関係であるが、この世界での男女関係の基本なのだろう。
 人に仕えるのが好きな人間ならば問題はないだろうが、我の強い男は苦労するだろう。


 そんな分析をしつつ、ケロケロという看板の店へと入っていく。
 店内はまだ朝早いということもあって、人はあまりいない。
 そのために、自分たちを見つけた店員が嬉々として近づいてくる。


 服を選ぶときはひとりでじっくりと選びたい啓としては、あまり積極的な店員は好きではない。
 エフィもアリリアも特に気にした様子はないようだ。
 彼女らが先導して服を見ていく。


 幸いなのは、この店は女性よりかは男性の服を扱っているようだということだ。
 店員も女性であったが、男性物のスーツににたものを着込んでいる。
 男装した麗人、とはまさに彼女のような人を指すのだろう。


 スカートなどはそこまで多くないが、ジーンズやチノパンのようなものが多くおかれている。
 実際の名称は違う部分も多くあるが、啓としてはそれが一番馴染み深かった。


 今の季節は夏に近いこともあり、薄手のものが多くある。
 エフィとアリリアが、まるで着せ替え人形のように自分に服をあわせていく。


「かっこいいのもいいけど、可愛らしいのもいいのよね……ケイはスタイルいいからなんでも似合っていいわね」


 身長があるということだろう。
 啓が返事に困っていると、アリリアが数少ないひらひらとした服をもってきた。


「これも似合いますよね」


 店としても、ネタとしておいているのではないかというゴスロリ服のようなものを持ってきて、啓は頬が引きつる。


「こりゃサイズがあわねぇっての」
「大丈夫です。大き目のサイズもあるみたいです。さっき店員に聞きました」
「余計なことしなくていいんだよ! 俺はここにあるような服がいいんだとっ」


 そう強くいうと、エフィもじっとこちらを見てくる。


「……ちょっとケイ。一回着てみない?」
「い、嫌に決まってるだろ!」
「ほ、ほら……でもメイド服とは凄い似合っていたし、こういう系統のものも悪くないと思うのよね。ほら、ちょ、ちょっとだけでいいから。買わなくてもいいから!」
「そ、それはきる意味ないだろ!」


 啓が断固として拒否の姿勢を見せると、店員がこちらに同じ服の一回り大きなサイズのものを持ってくる。


「お客様、これ大き目のサイズのものです」
「い、いらん!」


 店員がもってきたそれを突っぱねると、しゅんと店員が体を小さくする。
 つい、アリリアに接するような気分で声を荒げてしまったが、相手は店員だ。
 啓は頬をかいて、彼女に曖昧な謝罪を繰り返す。


「ほらほら、せっかく店員さんが持ってきてくれたんですよ? 彼女が一生懸命探してきてくくれた厚意を無駄にするんですか?」
「い、いえ、そんなお客様……私が出すぎた真似をしただけです。すみませんでした……」


 しゅんと彼女は頭をさげて、その服をもって去っていく。
 啓はその姿を見ると、頬をかいてしまう。
 女には優しくする。それを心がけていることもあり、啓としては彼女の悲しそうな顔を見るとどうにかしたいと思ってしまう。


 しかし、そのどうにかする手段としては男のプライドを捨てての着用となってしまう。
 男のプライドを守るために、男のプライドを捨てる。
 ぶつかりあう感情に、悩んでいると店員が寂しそうに去っていく。


「……」


 じろっとアリリアが視線を向けてくる。責めるような視線に自分が悪者なのではと錯覚する。
 心なしかエフィも寂しげだ。
 二人のそんな姿を見ていると――。


 男として優しくしなければというほうに感情が揺れた。


「わかったよ……買わないけど、一瞬だけ着てやるよ」
「ほ、本当ですか?」


 店員がぱっと笑顔を輝かせてこちらに押し付けてくる。
 啓はそれを受け取って、メイド服を着たときの心情を思い出す。
 クラスのため、まあ仕方ない、といった諦念が浮かんだ。


 ちらとアリリアがこちらを見て、愉快そうに口角をあげる。
 自分が着たくないという感情を理解しているのだろう。
 からかうのが好きな彼女らしい意地悪い性格だ。


「ケイ先輩、本当は着たかったんじゃないですか?」
「てめぇ、後でおまえも着てみろよ。たぶん似合うぜ」
「えー、別に私はいいですよ。ケイ先輩だから似合うっていうのはありますよ。ていうか、さっきから顔真っ赤ですよ」


 ニヤニヤと口角をつりあて、彼女は的確に変化を指摘してくる。
 このまま服を押し付けたかったが、店員とエフィの期待するような目に、いまさらそれも難しかった。


 試着室に移動して、カーテンを閉める。
 三人の期待するような会話が届いて、啓は嘆息をつく。
 最悪サイズが合わない可能性にかけたが、意外と大きく作られており、問題なく着れる。


「……最悪だ」


 女に優しく、なんてかんがえなければよかった。
 啓はため息をつきながらも、自分で決めたことなのだからと諦めて服を着ていく。
 黒を基調としたゴスロリ服は、もっと幼い子が着るものだろうと思った。


 途中、いまいち着方が分からなかったが、どうにか体に収める。
 毎日鍛えているはずなのに、自分の体はムキムキにはなってくれない。
 生まれつき筋肉のつきやすい、つきにくいというのはあるが、かなりつきにくいほうなのだろう。


 啓は着替え終わって、鏡に映る自分を見る。
 それからため息をついた。
 似合っていない。まるで男らしさの欠片もない。
 この姿のまま彼女たちの前に出るのか。


 それでも、ここまできた以上、やるしかない。
 憂鬱な気持ちのまま、カーテンをあける。
 彼女たちは一切言葉を発さずに、ただただじっと見ている。


 何も言わない彼女たちに、いよいよ顔が真っ赤にする。
 似合わないのならば、それはそれでよい。
 つまりそれは女らしくないということでもある。
 ただ、この場にさらされているこの現状に、啓は耐え切れなくなった。


 カーテンをしめて試着室へと逃げるように戻る。
 鏡に映る自分の顔は、真っ赤になっていた。


 それから頭を片手でつかみ、がしがしとかきむしる。
 もう二度とこんなことはしない。次からは、たとえ女性を悲しませることになっても、こんな格好は絶対にしない。


 そう心に決めて、着てきたジャージに戻して、試着室から出る。
 店員を含めた三人は、いまだ呆けたような顔をしている。
 先ほどの自分を思いだして、馬鹿にでもしているのだろうか。


 馬鹿にされるくらい似合っていないのならば、それはそれでよかった。
 少しだけ満足しつつ、彼女たちに声をかける。


「おい、早く別の服見ようぜ」
「さ、さっきのにしない?」
「はぁ!? いやに決まってるだろっ。動きにくいし、何より……ああいうのは嫌いだ」


 そっぽを向いて応えると、エフィはぶんぶんと首を振る。


「凄い似合っていたわよっ。思わず言葉を忘れるくらい……なんかお姫様みたいで……」
「お、お姫様……」


 物凄いその言葉にショックを受けていると、アリリアがゆっくりと頷く。


「馬鹿にする予定でしたけど……もう、なんか凄い似合っていてほんと、驚きました」
「……」


 アリリアのその反応が、素直なものだったようでそれが余計に啓の心にざくざくと突き刺さる。
 店員もまた、ほめちぎった感想を述べているが、啓は絶対にその服だけは買うつもりはなかった。



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