世界で唯一の男魔導士
二十二話 更新
授業が終わり、学園生たちが思い思いの時間をすごしている中。
啓はアリリアと向かいあっていた。
かれこれ、戦闘は二十分を過ぎた。
啓は緩み始めた集中を、引き締めなおす。
空中で停止したまま、啓は右手に大剣を構えた。
その姿勢を維持するために、常にエネルギーは消費されている。
もともと少ないエネルギーしか持っていない啓は、表情をゆがめながらアリリアを睨み、一気に飛行する。
何も考えていない特攻――そう多くの者には見えるような愚直な直進。
一閃。振りぬいた大剣がアリリアの装甲へと迫る。
アリリアはそれを上へと跳んでかわす。
訓練機の味気ない白が啓の目に残る。
降り注いできた銃弾を、啓はかわさずに大剣で受ける。
まるで壁が落ちてきたような重たい一撃。
大剣を持っていた両腕が震える。
悲鳴まじりの歓声が響き、啓はそれを受け流し、銃弾の雨から逃げる。
魔導人機展開時に装備されるコンタクトを通して、アリリアの作り出した壁を見破る。
所詮は訓練機が再現した技だ。
僅かに見える壁へと大剣を振る。
壁自体に耐久力はない。ガラスが砕け散るような音とともに、壁が崩れていく。
常に自分の上を飛んでいるアリリアに、啓は苛立ちながらも無理に攻め入ることはしない。
じりじりと時間をかけて戦う。それがもっともこの魔導人機をいかすための立ち回りだ。
黒い装甲が夕焼けの中で踊る。
アリリアとの魔導人機との正反対の色は、次第にその色を飲み込むように移動していく。
訓練を続けてもうどれだけが経過したか。
調整を終えた今のケルにも随分となれた。
ほぼ毎日、アリリアやエフィと模擬戦形式での訓練を行っていたため、二人との戦闘ならそれなりに戦えていた。
啓の対戦相手である二人は、現在学園に残っている魔導士の中でもトップクラスだ。
そんな二人を相手にしていれば、必然的に技術は向上していく。
空中での操作も慣れたものだ。
啓は一度突っ込み、アリリアが警戒した様子をみせる。
そうして、啓は右に左に移動していく。
大剣を扱った戦闘では、特に移動が大事になってくる。
敵と以下に距離をつめるのか。その一点が特に大事だ。
アリリアが舌打ちまじりに拳銃を抜く。スナイパーライフルを放棄し、銃弾の連射を浴びせてくる。
啓は大剣でそれを受けながら、様子を伺う。
アリリアとは特に訓練を何度も行った。
初めて負けた悔しさもあり、特にアリリアの癖などは意識して観察していた。
アリリアは適当な性格をしているが、戦闘に関しては真面目で計算高い。
見えない壁を作るタイミング、それを意識させないような動きの手段。
またはわざと一つを意識させ、別の目的から遠ざける。
少しでも気を抜けば、どれかを忘れてしまい、彼女の術中にはまってしまう。
アリリアは念密な罠をはり、それを他人に意識させないだけの工夫をこらしている。
例えば、適当な言葉を並べたり、不自然に大きな動きをしてみせたり。
普段の彼女を知っていれば、適当な奴だと片付けてしまう。
アリリアは集中力がないというよりも、これだけのことを同時に行っているせいで、長い戦闘が苦手なように感じた。
問題はここだ。
適当にただ距離をあけて待っていては、アリリアもそれだけの思考を同時に行ってはくれない。
常にこちらが仕留められるという空気を持ち続ける必要がある。
そして、実際にそう意識させられるように、ある程度の攻撃を仕掛け続けなければならない。
攻撃を仕掛ければ、アリリアの罠にはまる可能性は高まる。
アリリアとの戦いは、見た目では銃と剣のぶつかりあいといった派手なものだが、その実は地道すぎる小さな戦いの積み重ねだった。
アリリアの様子に変化が出た。
彼女の呼吸が僅かに乱れる。
それはよく観察していなければ分からない程度のものだったが、これまでとは明らかに表情が強張っている。
「ケルっ!」
声をかける。ケルが一気にエネルギーを高め、全身が軽くなる。
エネルギーを消費しての無理やりな強化。
ケルに実装されている魔力吸収の亜種のようなものだ。
本来、すべての魔導人機はエネルギーを多く消費したほうが一時的に性能をあげられる。
実際、アリリアも回避のときなどに出力をあげていた。
だが、ケルのこの力はそれを大きく超えている。
目に見える速度でのエネルギー消費。他の魔導人機ならば精々一パーセント減るかどうかのものが、ケルが使えば秒ごとに減ってしまう。
だが、その分、効果は他の魔導人機とは比べ物にならない。
相手の魔力を吸収し、それによる自身の大幅な強化。
敵が疲れを見せた辺りで、一気に攻め込む。
それが、この魔導人機の基本の戦闘スタイルだ。
使い手が魔力を多く持っていれば、序盤から一気に攻め込むこともできる。
残りのエネルギーは40パーセントだ。
バリアに割いている分は除外されるため、持って四十秒。
四十秒もあれば十分だ。
黒い装甲が光をまとう。
まるで呼吸でも繰り返すように明滅を繰り返す。
同時にスラスターから放出されるエネルギーが、爆発的に上昇する。
一気に距離をつめる。
アリリアが目じりをつりあげた。彼女が後退しようとしているのがわかる。
アリリアが拳銃を向けるよりも早く、その懐へと入り込む。
アリリアがすかさず後退するためにエネルギーの出力をあげる。
アリリアの攻撃をキャンセルさせただけでも、この加速が彼女の予想外であることの証明だ。
彼女の後退よりも啓の強化のほうが上をいっている。
すぐに距離を殺し、大剣を振りぬく。アリリアが壁を発動する。
抵抗は一瞬だ。けれどその抵抗の隙にアリリアは地面へと滑空する。
下から打ち上げるように銃弾が放たれる。
銃弾を切りつけた瞬間、強烈な爆発が発生する。
アリリアの銃弾には様々な属性がある。
今のは爆発属性の銃弾だ。激しい爆発に一気に体が弾かれる。
予想外の一撃に、残り少ないバリアが削られる。
普段アリリアはこの属性弾を使っていない。
いよいよアリリアも本気になっている。
啓は彼女の銃弾を避けるように飛び、彼女への距離を詰める。
彼女はあまり移動しながら銃弾を放つことはない。
アリリアの銃弾と銃弾がぶつかると、途端に強烈な煙があがる。
視界を塞いでの妨害。
残りのエネルギーは二十を切った。
一度使用をやめ、もう一度使用する場合、使用の際に五パーセントほどエネルギーを持ってかれる。
ならばその五秒の間にアリリアを見つけて、仕掛けたほうがいい。
すべての性能が向上している今なら、ケルの能力もあがっている。
『マスター、あっちだ』
ケルが音をとらえ、啓がそちらへ即座に飛ぶ。
影が見え、大剣を振りぬくと、金属音が返ってくる。
大剣を振り回し、煙を払う。
彼女はスナイパーライフルを持っていた。それで啓の攻撃を受け止めたようだ。
啓はさらに力をこめ、ライフルもろとも彼女を叩ききる。
ぱっとアリリアはライフルをすて、啓が振り下ろした大剣の軌道から逃れる。
そうして、持ち直した拳銃で銃弾を放つ。
啓の顔面に二発あたる。バリアが一気に削られたが、それは覚悟の上だ。
これが、最後だ。
バリアを通して、神経を差すような痛みがあったが、気合でねじ伏せる。
大きく息を吸い、距離をつめる。
アリリアへと腕を伸ばし、彼女の腕を掴む。
そのまま飛行し、彼女を地面へと投げつける。
「きゃひんっ!?」
アリリアから悲鳴がもれる。
彼女の外装はまだのこっている。一気に仕留めるために大剣を投げつける。
真っ直ぐに飛んだ大剣が、アリリアの胸へと突き刺さる。
雷でも落ちたかのような轟音をあげながら、バリアが砕け散る。
そうして、彼女の外装が空気に溶け込むように消えた。
衝撃で戻ってきたケルを掴みなおし、ゆっくりと降下する。
アリリアがよろよろと立ち上がり、ぶすっとした顔を作った。
「……むぅ、私別に訓練機ですし」
「けど、やっと勝てた……」
「まぐれですよーだ、まぐれですまぐれです」
ぶすぶすとアリリアが愚痴をこぼす。
珍しく彼女が悔しそうにしていたが、この勝利は自分だけで成し遂げたものでもない。
啓は彼女に笑みをこぼした。
「訓練に付き合ってくれてありがとな。次は、専用機のおまえを倒してやるからな」
まだスタート地点に立っただけだ。
今のアリリアは本気ではない。
アリリアはぽかんと口をあけてから、呆れたようにため息をつく。
「次は負けませんから。また敗北の毎日に戻してやりますよ」
「おうっ、そのうちかってやるからな」
啓が笑みを返すと、結界の操作を行っていたエフィもやってくる。
見れば、自分たちをみて、歓声をあげている生徒がいた。
放課後のこの時間に毎日訓練をしていたからか、見学者が随分と増えたのだ。
「ケイ、やったわね!」
自分のことのようにエフィが喜んでくれる。
それを受け止めてから、啓は彼女に笑みを向ける。
「エフィ、後でおまえにも勝ってやるからな」
いまだ、エフィには一度も勝てていない。
彼女が専用機を使っているというのもあるだろう。
エフィは一度小さく笑い、腰に手を当てた。
「あたしだって、負けるつもりはないわよ」
訓練はそこで終わりとなり、持ってきていたタオルで汗を拭う。
タオルで顔を隠すようにしながら、笑みをこぼす。
ずっとアリリアに勝つことを目標にしていたのだ。毎日の訓練が、無駄ではなかった。
前に進めているという安心感を得られ、啓はほっと息を吐いた。
時計を確認すれば、午後六時を過ぎたところだった。
「それじゃあ、今日はもう帰るか?」
「そうですね。次は負けませんからね、ぷんすか」
アリリアが珍しくずっといじけた顔をしていた。
エフィとともに苦笑しながら、寮へと向かった。
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