世界で唯一の男魔導士
二十一話 約束
ニローから連絡が入り、情報の修正が終わったときいて、啓はその日の放課後すぐに彼がいる部屋へとおとずれた。
いつものように、エフィとアリリアもついてきていた。
アリリアはお菓子を持っていて、遊びにいくような様子だ。
部屋に入り椅子にすわるやいなや、アリリアはテーブルにお菓子を並べた。
エフィは控えめにしていたが、アリリアは堂々と腰掛けていた。
「ニロー、悪いな。なんか邪魔しちゃっているみたいで」
「いやいや、僕は構わないよ? この部屋、もともと調整室として使っている人なんて少ないんだから」
「そうなのか?」
「うん。二人みたいに、特に行く場所もないって人でも借りられるくらいだしね。この部屋に細かいことはないんだ」
ニローがあっけらかんというと、アリリアはそれを聞いていたかのようにさらにお菓子を取り出した。
マシュマロを見て、啓も一つもらって口に運ぶ。
柔らかな食感と甘みを感じて、少しだけ笑みを浮かべてからニローに顔を向ける。
「それで、調整のほうが終わったって聞いたんだけど……」
「とりあえずはね。ただ、もしかしたら不具合もでるかもしれないから、あとはケルに入れてみて細かい部分の調整をするって感じだね」
「わかった」
これからは重たいケルを背負って移動しなくてすむと思うと、気も楽になる。
ケルは僅かに不満げであったが、特訓のように常に背負って移動するのは苦痛でしかない。
別に自分はそこまでムキムキを目指しているわけでもない。
あれだけ毎日トレーニングしても、日本にいたころとあまり筋肉が変わっていないのは不満ではあったが、今が動きやすくてちょうどよい。
「今回の調整はいわれた部分を直してみたんだけど……どうかな?」
繋いでからしばらく経ち、ニローが訪ねる。
啓はケルの柄を握りながら聞いた。
「ケル……どうだ?」
『ふむ……特に問題はないと思うが。前に比べて体が軽くなったような気分がするくらいだ』
「そうか……。それでどうやって腕輪にするんだ?」
「ファーストモードに腕輪を登録したから、ファーストモードを展開するつもりでやれば問題ないよ」
「……ケル。ちょっとサポートできるか?」
『まあ、やってみよう』
ケルに呼びかけるようにいうと、大剣がすかさず姿を変えて腕輪になった。
黒色の腕輪が、左手について啓はそれを軽く撫でる。
「おおっ。これであの大剣を持ち運ぶ必要がなくなったぜっ」
『……この姿は不本意ではあるが、まあマスターの負担になっていたのならば仕方ない、か。前のマスターに比べて貧弱め』
「うっせーよ。前のマスターがおかしいだけだっての」
これを背負ってあちこち移動していたのならば、前のマスターは異常だ。
女だというが、恐らくはゴリラのような人だ。
そう思いたくなるほどに、これの重量はあった。
「とりあえず……それは問題ないみたいだね。あとは、単純に無駄な部分の情報を削って今時のものにあわせておいたってところかな」
ニローがパソコンの画面をこちらに見せてくる。
ケルから抜き取った情報のあちこちに赤いしるしがついている。
「その印の場所が削ったり、今時の言葉に書き換えたりした部分だね。……けど、これだけやっちゃったのは初めてだから、もしかしたら人機のどこかに問題も出ているかもしれないから、実戦の前に必ず確認しておいてね」
「了解だ。……それで、色々と戦闘の際について考えたんだけど、やっぱり今のところは余計なものの追加はやめようと思う」
考えて、ケルと話した結果だ。
『我を少しでもうまく使いたいのなら、無駄なものはいれないほうがいい』。
ケルがそういっていたが、つまりそれは処理能力に関わってくるからだ。
たくさんの情報を詰め込むように入れるのも決して悪くないが、情報が増えれば処理に時間がかかるようになる。
容量いっぱいに入れるよりかは、多少空きを作っておいたほうがいいというのもある。
何より、今の自分はようやく飛行などを含めた移動に慣れてきたところだ。
戦闘も、大剣を基本としたものに限っての訓練となっている。
あれもこれもとできるほど器用ではないため、このあるものを十分に使えるようにしたかった。
「そうなんだ。僕もたまにケイの戦いを見ていたけど、確かに増やしたら余計に難しくなるだろうしね」
「そうそう。俺にはあんまり時間がないからな、少しでも早く強くなるには、やることを決めておかねぇと」
あれこれ手を伸ばして、すべて中途半端よりかは、今ある戦闘スタイルだけでも極めていったほうがいいだろう。
啓の言葉に、ニローは頷いた。
「まあ、あんまり入れても読み込みが……ほとんど気にならないくらいだけど遅くなっちゃうしね」
ニローの言葉に頷く。
戦闘においてはその僅かでさえも命取りになりかねない。
そうして、ニローはそれからパソコンのカーソルを操作する。
「ただ、一つ……問題があるんだよね」
「何だ?」
「……ケルは、昔の機体だからかバリアのセーフティが中途半端なんだよね」
「セーフティ?」
「本来、バリアって、エネルギーの何割かを使って必ず作るようにするんだよね。どんな状況でも、三十パーセントはバリアに使う、みたいにね」
「ああ」
「バリアだけでも維持できれば、重傷にはならないからね。ただ、ケルの場合はバリアに使うエネルギーがその都度変えられるみたいなんだよね。こんなの初めてだよ」
今までの戦闘でも、魔力が足りないことが多かった。
ケルは必要に応じて、バリアに使うエネルギーの量を制限していた。
恐らくそうしないと、魔導人機の展開ができないからだ。
『まあ、そのあたりは我がうまく調節しよう』
「だそうだ。ケルを信じているし、大丈夫だ」
「そうだね。今うまくいっているなら無理に変える必要はないかもね」
顎に手をあてていたニローが、柔らかく微笑んだ。
ニローはどこか疲れた様子をにじませていた。
「……ニローほんとありがとな。また今度何かあったらそのとき頼むわ」
「うん、いつでもいってよ。楽しかったしね」
ニローがはにかんで席に座る。
ひとまず仕事が終わり、落ちついた空気が流れていた。
啓も同じように席につくと、アリリアが首を捻った。
「ケイ先輩はお菓子とか好きなんですか?」
「別にすきでも嫌いでもないな。あれば食べるし、なかったら食わんって感じだ」
「へぇ。あっ、ニロー先輩もどぞどぞ」
「う、うんありがとね」
マシュマロを一つつまんで口に運ぶ。
それがよっぽど気に入ったのだろう。
ニローは頬に手をあて幸せそうにはにかんだ。
アリリアがにやり、とからかうときに浮かべる笑みを作った。
「相変わらず、可愛い顔していますよね」
「だからっ、僕は別に可愛くないよ! こんなに男前なんだからね!」
むきっと力こぶを見せ付けるように腕をあげる。
しかし、彼の腕は日頃から調整士としての仕事が多いからか、あまりにも貧弱だ。
「……もっと体鍛えたほうがいいかもな」
ぼそりとアドバイスを出しておく。
とはいえ、啓だって毎日体を鍛えて、少しでも男らしく見られるようにしてきた。
それでも、現状はこれだ。
何のアドバイスにもなっていない。
しばらくお菓子を食べた。
こっちにきてからこれだけのんびり出来たのは久しぶりかもしれない。
「ケイ、今日の訓練はどうするの?」
「そうだな……少し休憩したらやろうと思っていたけど」
ここ最近では、毎日遅くまで訓練をしていた。
魔力を容易に確保することができるため、他の人より長く訓練ができるが、体のほうが持たないことが多い。
実際、疲労がまだ残っていて、今日の授業でも何度か眠ってしまいそうになっていた。
「あれよ? あんまり毎日やっても体ばっかり疲れて大変よ? たまには休んだほうがいいわよ?」
ここ最近、確かに毎日休み間もなく訓練に励んでいた。
学園が休みとなる二日間も、どちらも学園にきて、エフィやアリリア、または手の空いている人に声をかけては模擬戦を行っていた。
エフィやアリリアには勝てなかったが、それを除いた勝率はそれほど悪くはない。
ちょこちょこと勝てたのは、ケルが優秀な部分も多くあるだろう。
だが、まだまだ足りない。さらに上を目指す必要がある。
「まあ、そうあんんだけどな……」
毎日やっていても、体への負担が大きいというのもわかっている。
休みを入れたほうがいいとも思っていたが、それでも姉もこちらに巻き込まれているかもしれないと思うと休んでいられなかった。。
エフィがきっと目を吊りあげた。
「今日は休みにするわよっ。また訓練は明日からにしましょう」
「……いや、俺は」
「駄目っ! ケイが体調崩したら元も子もないでしょ? あんまり無茶やっていると、見ているあたしも不安になるのっ。わかったら今日は休み! はい、復唱して!」
「……わかったよ、今日は休みにするっての」
そこまで強気に言われては、さすがにやる、とはいえなかった。
啓がぽりぽりと顎をかいていると、すすっとアリリアがお菓子をよこしてくる。
「まあ、たまには休み必要ですよ。無茶やったって力にはならないですからね」
「……そうかもな」
「その新しくなったケルのお披露目また今度ということで。そろそろ私の訓練機くらいなら勝てるようになりましたかね?」
「負けるつもりはねぇよ」
訓練機相手ではあるが、最近ではそれなりに攻勢にも出られるようになった。
だが、一方的に負けるということはなくなったが、勝てるかどうかも未だビジョンは浮かんでこない。
アリリアが顎に手をやり、それからぽんと手をうつ。
「それじゃあ今度、また模擬戦でもやりますか? せっかく、完全体にもなったのですしね」
「とりあえずは感覚を掴むために訓練してから……明日か明後日にでもやろうぜ」
「いいですよ。精々、前より少しはあがいてくださいね」
にやりとアリリアが笑みを浮かべる。
その日を少し楽しみにしていると、エフィがむすっと頬を膨らませる。
「今日は訓練の話は中止よ! ほら、今度街にでも遊びにいく話でもしましょうよ」
「街、か……そういや、学園と寮以外いってなかったな」
ぽつりともらすと、エフィが嬉々として声をあげる。
「そうよっ。ケイはもっと余裕を持つべきよ。そりゃあ、お姉さんのこと心配かもしれないけど、だからってケイが倒れたらどうしようもないでしょう!? ……だから、そのー今度街に遊びにいかない?」
「いいですね。行きましょうか」
「なんであんたが返事するのよっ」
すかさず答えたアリリアに、エフィが声を荒げる。
二人のいつもの調子に苦笑する。
確かに二人の言うとおりだ。
一度、どこかでしっかりと休む必要がある。
エフィも心配していて、彼女のそれを取り除くためにも、一緒にどこかに出かけるのは悪くない。
「俺も別に構わないぜ。次の休日にでも行くか?」
「う、うんっ!」
「まあ、俺は店とかよくわからねぇから、できれば案内をかねてっていうのをお願いしてもいいか?」
「もちろんよっ。じゃあ、次の休みにね!」
「ああ。そうだ、ニローはこないのか?」
「……」
そうたずねた途端、エフィが唇をぎゅっと結ぶ。
何か言いたげに、ごにょごにょと動いていた。
あまり、女性と出かけたことがなかったため、出来ればニローにも着てほしかった。
しかしニローは苦笑交じりに首を振った。
「僕は遠慮しておくよ。まだ死にたくないしね」
「……街に何がいるんだよ」
「街というか……まあ、ね」
彼は頬を引きつらせながら、そう答えた。
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