世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

二十話 エフィの本気



 コロットが部屋を去っていったところで、ニローが息を吐いた。


「ごめんね、ケイ。僕の知り合いが迷惑をかけて」
「……いや、俺は構わねぇよ。それより、大丈夫か? 若干ないていたけど」
「いや、気にしなくていいよ。すぐ泣くから」


 ニローは慣れた様子でパソコンに視線を戻す。


「入学してから最初のテストでね、僕は学年主席だったんだよね」
「……そうなのか?」
「けどまあ、男子が一位っていうのは学園的には嫌らしくてね。変な目で見られることが多くて。そのときから、コロットにはよく勝負を持ちかけられるんだ」
「……なるほどな。まあ、仲良さそうじゃねぇか」
「……そんなことないからね。僕と彼女の間には何もないよ?」


 ニローが慌てた様子で首を振る。
 そう反応されると、ますます何かあるのではないかと思えたが、深く追求はしなかった。


「それじゃあ、デバイスの話に戻そうか」


 ニローは、一度咳払いをして、パソコンの操作を行う。


「とりあえず、まずは軽量化だよね。デバイスの核の部分をいじることはできないけど、器をちょっと入れ替えることは難しくないかな」
「……できるのか?」
「簡単にいえば、今のケルの第一形態が大剣になっているんだよね。第一形態に別の情報を入れればいいんだよ。二人が使っている腕輪とか、あとはネックレスとかだね」
「……なるほどな」


 詳しく話を聞いていく。
 起動時の最初の状態を変えるというだけで、別段難しくはない。


「問題は、ほとんどすべての情報の書き換えが必要なことかな。……核の部分もちょっと無駄が多いんだよね」
「核の部分はいじれないんだったか?」
「コピーができないんだよね。デバイスの中には魔石があって、その魔石とその情報がセットでないと発動しない力なんだ。例えば、ケルの情報すべてを別の訓練機のデバイスにうつしたとしても発動してくれないんだ。似たようなものを、僕が情報で打ち込めば作ることはできるけど……似たようなもので、オリジナルには随分劣るよ」
「へぇ……」


 そこで、アリリアがこくりと頷いた。


「私のないないシールドも劣化シールドは作られていますよね。どこにでも作り出せるけど、発動時間は遅いし、若干見えているというものですけど」
「そういえば、おまえ俺との戦いのときに使っていたけど、あれは……劣化シールドなのか?」
「ええまあ。だから薄目にしたら見えましたよね?」
「……まあな」
「本来はまったく見えませんよ。ふふん」


 アリリアが調子よく笑った。


「作る、か」
「僕が今やる予定なのは、情報の無駄の削除、それと小型化……あとは余った容量で何か武器か技の追加を考えているけど……」
「武器……ってことは俺も銃とか使えるってことか!?」


 一度は銃を使ってみたかった。
 彼に顔を近づけると、頬を染めながらそっぽを向く。


「あれですね。下手な女子二人が並ぶより可愛いですね」
「う……た、確かに」
「ぶっちゃけると、ほら、女でも女らしさない人いるじゃないですか?」
「どこ見てんのよ?」
「胸」
「濁しなさいよ!」


 二人が余計なことを言っていた。
 ニローが頬をかいてそっぽを向いたので、啓も慌てて顔を離す。
 啓は自分が男として接していたが、ニローは自分を女として認識している。
 なかなか、距離のとり方が難しかった。


「銃も用意はできるけど、それだと今度は射撃補正のアタッチメントも必要になるよ? 自力で当てられるならいらないけど……」


 扱ったこともない武器を、使いこなせるとは思えない。


「それを入れると、容量が圧迫されるってことか?」
「うん。あとは相性もあるよね。ケルが、銃火器を嫌っていたら入れられないとか……専用機はそういうところがあるよね。特に、ケルの場合は人工知能も入っちゃってるし」
「なんで入れたんだろうな?」
『知らぬが、英雄は孤独な人間でもあったからな。話し相手がいてほしいと願ったのかもしれない』
「そういうもんでできるのか?」
「まあ、デバイスは情報を形に変える力を持っているからね。人間のイメージが大事に関わってくるから……英雄ともなれば、僕たちが考えられないこともできるかもしれないよ」


 このデバイスを通して人間たちは魔法のような力を使える。
 英雄がひときわその力が強かった、とケルは言っているのだ。
 啓が顎に手をやっていると、ニローは頬をかく。


「ただ、ケルは専用デバイスとは思えないほど容量が少ないんだよね。半分くらいどっかに落としてきたみたいなくらいしかないから、追加できても一つくらいが精々だとおもうよ」
「……ケルってもしかして、ちやほやされているわりに欠陥品か?」


 英雄が使っていたデバイス、といわれているがだからといって強いわけではない。
 強い人間が使っていただけで、普通のデバイスだったのでは――。
 啓がそう呟くと、ケルが慌てた様子で叫んだ。


『だ、黙れ! 我は寂しい人間に癒しを与えられるように、会話昨日もついているのだぞ!』
「たぶん、それも原因なんだよね……その部分は解析不可能だったけど、情報が占めている割合だけは調べられたんだ。そしたら、デバイスの半分ほどだったよ」
「……ま、マジか」
『マスターっ、見捨てるでないぞ!』
「だ、大丈夫だ。なんとかしてやるから。そう泣くような声をあげるなって」


 わんわん叫ばれても仕方がない。
 啓が宥めるように声をかけると、ケルの声も治まった。


『わかった。我を使いこなしてみせるのだぞ、マスター』
「そうだそうだ。今度はもっとうまく扱ってやるから機嫌直せって。ほら、ポテチやるから」
「それ私のですよ」


 ぼそりとアリリアが口を開く。


『ふん……我でうまくポテチを切るがいい。味くらいはわかるからな』
「……わかるのかよ」
「たぶん、それも容量を圧迫している原因だね」


 にこっとニローが微笑んでいうと、ケルが「うう」と唸った。
 それでも、ポテチは食べたかったようだ。
 アリリアがぽいっと空中に放りなげる。
 啓はケルをわずかに振って破壊する。
 ケルの体に吸収されたようで、ケルは満足げな声をあげる。


『我の魔力吸収の力だ。これを使って味を理解しているのであって、完全に無駄ということもない』
「……んなことどうでもいい」


 ケルの言い訳を耳にしていると、ニローが腕を組んだ。


「その力だけは凄いよね」
『だけとはなんだ?』
「戦闘中に回復できるま魔導人機はないからね。一応、その部分も再現してみようとは思うけど、かなり難しそうなんだよね……」
「もしもできたら、革命だな。そう長い時間戦闘ってできるわけじゃねぇだろ?」
「うん。昔は機獣の襲撃があったけど、そういったときは戦いに向かう魔導士の順番をこっちできちんと把握していないといけなかったんだ。次に戦えるまでの魔力が回復するまでの時間をね」
「……大変なんだな」
「そのおかげで、当時はまだ今ほど調整士の扱いも雑にはなってないけどね」


 にこっとほほえんで、ちくりと刺すようなことをいった。
 エフィがうっとした顔でそっぽを向いた。


「それじゃあ……何を追加するかは後で考えるとして、仕事のほう依頼してもいいか?」
「了解。それじゃあ……バディ登録をしてもいいかな?」


 ニローの言葉に首をひねる。


「なんだそれは?」
「……専属契約みたいなものよ。学園側も、誰と誰が組んでいるのかは把握しておきたいものなのよ。一応、調整士は戦場でのサポートして通信とかもするからね」


 エフィの言葉にちらと紙を見る。


「よし、わかった。俺は別に構わねぇぞ。それより、おまえこそ俺なんかと組んでいいのかよ? 英雄のデバイス持っている以外はずぶの素人だぜ?」
「僕はむしろお願いしたいよ。やっぱり調整士として有名な人のをやりたいっていう気持ちもあるからね」
「へぇ……男らしいな」
「そ、そうかな?」


 ニローが嬉しそうに前髪をかく。


「ああ。やっぱり男ならそのくらいの野心はみせねぇとな。それじゃあ、ここに名前でも書けばいいのか?」
「うん」


 ニローが取り出した紙をテーブルに置き、啓は彼に近づく。
 近くに転がっていたペンを掴む。
 さすがにこちらに来てから自分の名前くらいは書けるようになった。
 ただ、文字のうまさまでは保障できない。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ペンを持って体を寄せたところで、ニローが顔を真っ赤にして声をあげた。


「あぁ? なんか問題でもあったのか!」
「ぼ、僕が離れてからにしてっ。ね!?」


 ニローが慌てた様子で叫んでいた。
 疑問に思っていると、彼の後ろから抱きしめるような形で文字を書こうとしていたのだ。
 そんなの気にもならなかったが、ニローは顔を赤くしている。


「ちょ、ちょっと今ケイの……む、胸とか触ったでしょ!?」
「ぼ、僕は触ってないよ!」
「う、嘘よ! 顔真っ赤じゃない!」


 ニローに向かってエフィが声を荒げる。
 そこで、自分の行動の意味がようやく理解できて、額に手をあてる。
 それをエフィが落ち込んだと捉えたようでエフィがずんずんとニローに向かっていったので、啓はその首根っこを掴まえる。


「別に、当たってはいねぇって。それにあたっていたとしても、ニローに責任はねぇんだ。エフィ、ほら落ち着け落ち着け」


 首根っこを捕まえたはいいが、それ以上何かをすることもできない。
 あやすように言葉をつづけると、エフィは小さくうなずく。


「そう……だけど。気をつけなさいよケイ。男なんてみんな野蛮な生き物なんだからね? 聞いた話によると、男子たちの女子生徒ランキングなんてもんもあるらしいわよ?」
「……そうなのか?」


 ランキング、とまではいかないが、可愛い子というのは話題になりやすい。
 自分の通っていた高校でも、そういうのはあった。
 そのため、顔を見たこともないのに、名前だけは知っている、という人もよくいた。


 ただ、それはアイドルのように人気と可愛さを持っている場合に限る。
 そこまで女子の話ばかりもしていない。
 というか、ほとんどは彼女が欲しいと発言を繰り返しているばかりで、具体的に何か行動をすることは少ない。


 啓がそんなことを考えていると、ニローも心当たりがあるようで困ったように頬をかいていた。


「ニロー先輩。ケイ先輩って今どんな感じの評価なんですか?」
「え、えと……僕にそれ聞くの?」
「ええ、まあ。男子の間でランキングなんてあるんですか?」
「……僕が言ったって言わないなら、教えるけど」
「あるんですね」
「……うん」


 ニローがぽつりというと、エフィが怪訝そうに彼を見た。
 ニローは慌てた様子で両手を振る。


「ぼ、僕はそんな話を聞いただけだからね? 詳しいことは知らないよ?」
「それじゃあ、最近はどうなんですか? ケイ先輩が加わってランキングが荒れたとか……」
「……男子の間だと結構評価悪くないよ? 午後の授業のたびに女子生徒には馬鹿にされていたけど、ケイだけはそういうことがないからいいって。口調は男勝りだけど、それでいて優しいからむしろギャップがあっていいとか……」
「詳しいですね」
「そ、そう話しているのを聞いただけだから!」


 エフィはさらに視線の温度を下げているが、そういうものだ。
 啓も似たような経験がある。
 アイドルの話をする友人のおかげで、余計なことまで記憶に残っていた。


 ニローの場合は知り合いの話なのだから、覚えていても不思議ではない。
 それにしても、男子からの評価を聞いて啓はそれが一番のショックであった。


「優しいって……俺そんな優しくしたことねぇぞ?」
「ていうか、ケイってなんていうか誰にも優しいよね? それが新鮮なんだよね」
(優しい? 俺が? ……そっか。こっちの世界だと、普通に接するだけでも、男子からすれば優しいってことになるのか?)


 女子生徒の多くが、男子には厳しいと聞いていた。
 啓は軽い嘆息を吐いていると、ニローが思い出したように呟いた。


「この前なんて、ケイの写真が出回っていたよ?」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「なんか隠しとりしたものらしいよ? 詳しいことは知らないけど……」
「そうか……そいつの名前はわからねぇか?」
「……うん、ちょっとね」


 その犯人を必ず見つけ出すと決意していると、ニローが頬を僅かに染める。


「まあ……ケイが人気なのはわかるよ。なんというか接しやすいよね。僕が関わったことのある女性って、コロットとかだしね」


 ぶつぶつとニローが呟いている。
 若干表情が暗いのは、彼も苦労しているのだろう。


「俺はよくわかんねぇな。……俺の世界じゃ俺みたいなのは別におかしくなかったし」
「私も流れ者ですからね。そりゃもう男子の間の評価高いでしょう?」


 アリリアがそこでニローに訊ねた。


「えっと……まあ、そのぼちぼち、かな」
「なんです、その濁した言い方は?」
「アリリアは……その、なんていうか評価の中にいる人間じゃないって感じだったね」
「なるほど、次元を超越していて、評価できないと?」
「……そうじゃねぇだろ。おまえの場合は」


 アリリアがそういった場所に入らない、入れにくいというのはわかる。
 可愛くはあるけど、悪戯ばかりの性格だ。
 何より、普段の身のこなしから女らしさを感じない。
 とそこまで考えて啓ははたと気づいた。


 自分だって女らしさはないはずなのに、どうしてこうなった、と。
 がくりとしていると、アリリアが腰に手をあてた。


「いやまあ別にいいんですけど他人の評価なんて。評価気にしていたら、こんなに適当には生きていませんし!」


 それからアリリアはポテチをさらに食べていく。
 アリリアの調子に嘆息をつき、啓はペンを走らせる。
 記入を終えたバディ登録の紙を、ニローに渡す。


「……えーと、確かデバイスの話していたんだよな?」
「そうだね……」
「アリリアがいるといつも話がそれるんだよな」
「なんですか。今の私関係あります?」
「思いっきりそれた原因じゃねぇか」


 男子からの評価はどうなのか。それを訊ねたのは他でもない、アリリアだ。


「て、照れちゃいますね。てへてへ」
「ほめてねぇんだよ、ったく」


 アリリアがポテチをこちらに渡してくる。
 それに誤魔化されるつもりはないが、一口もらった。
 ニローには最初に話した調整で話を進めてもらうことになる。


 そうして、彼の部屋を後にした。








 それから少しして、ニローが部屋で作業を再開していると、扉がノックされた。
 入ってきたのはエフィだった。
 一人しかいないことに驚きながらも、ニローは首をかしげた。


「エフィ、さん……どうしたの?」
「……あの、ケイの写真なんだけど、ちょっと詳しく話聞かせてもらえない?」
「ぼ、僕もよくわからないよ……? やっぱり、そういうのは……まずい、よね。学園に話した方がいいかな?」
「学園に話すかはあたしが見つけてから判断するわ。それで、その話していた友達の話をしてくれない?」


 このときのエフィはよくわからないが力強さがあった。 





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