世界で唯一の男魔導士
十九話 ニローの本気
「ケイ様、少しお話よいですか?」
名前の呼ばれ方と、丁寧な口調に、啓は驚きながら振り返る。
学園の廊下、トイレから教室へと戻っている途中だった。
声をかけてきたのは自分より頭一つ小さい子だ。
容姿だけをみても上級生、下級生かどうかの判断はつかない。
ただ、制服は調整士学科のものだ。
わざわざこちらの学科の校舎にいるのは珍しい。
「えーと俺ですか?」
「は、はい。ケイ様はその、今って調整士に依頼とかって出していますかね?」
「ああ、一人に頼んでいるけど……」
丁寧な口調から、下級生と判断して言葉を崩す。
と、彼女は少しだけ表情を暗くする。
「それって、あのニローって男ですか?」
男、という言葉に随分と棘のある言い方だった。
「そうだけど……良く知ってるな」
彼女が何を考えてここにいるのかはわからない。
しばらく考えていると、彼女は照れたような顔のあとにぐいっと顔を近づけてきた。
「そ、そのですね。最近ニローはあんまり授業にも顔を出さないし、もともとあんまり成績もよくないんです。ですから、そのあの……私に任せてくれませんか!?」
用件はそこだったのだろう。
啓としても、より優秀な調整士に頼みたいとは思っていたが、だからといって目の前の彼女が優秀というわけでもない。
「とりあえずは、ニローに頼んでいるからな。それが終わってから、また検討をするって感じで」
「に、ニローに調整を頼んだのっていつですか?」
そこで終わりにはならず、彼女が食い下がってくる。
そんなに自分の調整をしたいのか、と思ったが啓は素直に応える。
「一週間くらい前か?」
「一週間、ですか?」
軽い嘲笑が含まれていた。
ニローとは食堂で話をすることもあり、友人と思っていた。
あまり悪く言わないでほしいと、啓は彼女に視線を戻す。
「並の調整士でも、新しいデバイスの解析に三日くらいでしか終わりませんよ。私なら、一日で終わらせられる自信があります」
「そうか。それで?」
「で、ですから、私に調整を任せてみませんか? 私なら――」
「とりあえずは、ニローの終わってから……ってことでいいんじゃないか?」
自分をアピールしようとする人間は嫌いではなかった。
ただ、少々ニローを悪く言っているため、啓としても語調が強くなる。
少女は驚いたような顔のまま、こちらをじーと見てくる。
それ以上話をしても仕方ないと歩き出そうとしたが、少女がくいっと腕を掴んでくる。
「ま、待ってくださいっ」
「だから……」
今はまだ判断ができない。
それに、仮にニローを変えるとしても、彼女にするとは限らない。
技術はもちろん重視しているが、それ以上に接する上での親しみやすさがほしかった。
そのタイミングで携帯電話がなった。
名前が表示され、ニローの文字がそこにはあった。
少女の目の前で電話をとるのも気が引けたが、少女は電話がなっていることに気づいたようで、一歩はなれた。
『やっと解析できたんだよ!』
開幕一番はそんな大きな声だった。
耳が割れるほどの大声に、思わず携帯電話を耳から話した。
嬉ししそうな声のニローを落ち着かせながら、もう一度電話をやる。
「解析ってあれか。ケルのだよな?」
『もう、本当苦労したからね……けど、凄いんだよ! ケルはね――』
「わかったわかったって。今あいているから、今いって直接話をきくってことでいいだろ?」
『えっ、いますぐ来るの?』
「ああ、なんだ都合が悪いのか?」
『え、えーっとね。その僕昨日から泊り込みでやっていたもんで……その、風呂に入ってなくて』
「俺は別に気にしねぇよ。それじゃあ、行くからな」
『えっ、ちょっと!』
電話がぶちっと切れた。
男ならそのくらい気にするな、と電話をしまいながら心中で呟く。
そうしていると、少女が自分の前にやってきた。
「やっと、解析が終わったってわけですか?」
「まあ、な」
「それじゃあ、私も一緒にいっていいですか? どの程度のレベルなのか、調べておきたかったですから。ニローの奴には負けないんだからっ!」
少女がぐっと拳を固め、彼の名前を言った。
ニローをライバル視しているようだ。
少し迷ったが、啓はこくりと頷いた。
それが一番早く、彼女を納得させる手段だ。
よっぽどの差がなければ、ニローにお願いするし、よっぽどの差があっても彼女に頼むかは悩みどころだった。
そんなことを考えていると、彼女はやる気に満ち溢れた表情をする。
「ニローとは知り合いなのか?」
「ふん、別にあいつなんて知りませんよ」
「そうなのか? 成績とかやけに詳しかったような」
「そ、そんなことないですよっ。ニローには負けたくないだけだからっ」
それなりに親しい関係なのかもしれない。
ニローも、仲の良い女性がいるのだと思い、後でからかってやろうかと思いつつ、教室に戻る。
エフィとアリリアも教室で待っている。
本来は訓練をするつもりだったが、ニローが終わったため、そちらに予定変更だ。
集まってもらっていたため、少し後ろめたさもあった。
教室についたところで、調整士の少女が自分の後ろに隠れた。
さすがに上級生、それも魔導士の教室に入るともなれば、気おくれするのだろう。
「誰よその子」
じろっとした目を向けられ、啓もたいした情報は知らなかった。
簡単に紹介をすると、エフィも席を立った。
教室の机ではポテトチップスが並んでいた。エフィとアリリアが二人でお菓子を広げて楽しんでいたようだ。
啓も一口もらい、アリリアがそれを片手に立ち上がる。
「あたしも行くわよ暇だし」
「私もですよ。暇ですし」
「……集まってもらって悪かったな」
「別に、あたしが勝手に協力しているだけよ?」
「私もですー。どうせ寮に戻ってごろごろしているだけですしね」
ほかにやることはないようだ。
魔導士が忙しいと、それはそれで大変な状況だろう。
全員でニローがいる校舎へと向かう。
慣れた様子の下級生の少女――名前はコロットだ。
コロットはちらちらとエフィとアリリアを見ては顔を輝かせている。
「……二人のファンか何かか?」
「ま、前までは……っ! けど、今はケイ様のファンです!」
コロットの視線に、啓は頭をかいて口を閉ざすしかない。
せめて、正体に感づかれないようにするというだけだ。
ニローがいる部屋へとたどり着いた。
ドアをノックすると、一気にドアが開けられた。
ドアの前にいた自分が思わず半歩身を下げると、慌てた様子でニローがこっちに目を向けてくる。
「久しぶり、さあ中に入って!」
「ああ、一人おまけがついてきているんだけど……」
「え? えーと……」
ニローが視線を彼女に向ける。
ニローは彼女の制服を見てから、啓のほうに視線を戻してきた。
「って……コロット? どうしたの?」
「ニロー! あんたがケイ様のデバイスの調整士になったとかいう変な話を聞いたから妨害しにきたんだよ! さあ、私にそのデバイスの調整士の権利を譲るんだよ!」
ニローの方に近づいて、彼の耳元でこそこそと話す。
「……まあ、こいつはこういっているが、俺はとりあえずニローに任せるつもりなんだ。ただ、まあ……しつけぇんだよ」
「……し、知ってる。そ、その近いから、もうちょっと離れて」
「……悪い」
そう拒絶されるとは思わず、僅かにショックを受ける。
ニローがコロットをちらと見ると、コロットは戦闘でも始めるかのように構える。
彼から離れたとき、エフィの細くなった目に射抜かれた。
「まあ、事情はわかったよ。とりあえず、これが今回の分析でわかったこと」
「ニロー聞いてる!?」
「ちょっと黙っててくれる?」
「黙らないよ! ほらほら、遅すぎる分析結果を教えてみなよ! あざ笑ってあげるから!」
彼がパソコンの画面を自分たちのほうに向ける。
部屋にはデスクトップパソコンだけではなく、ノートパソコンもある。
それはニローの私物だろうか。
「俺はこういうのよくわっかんねぇけど……エフィたちは?」
エフィとアリリアに視線を向ける。
エフィは僅かに首を振り、アリリアもまた同じようにバツ印を作った。
「まあ、そうだよね……それじゃあ――」
「私が説明します!」
強く名乗り出て、コロットがじっとニローを睨む。
ニローがどうぞと、嘆息交じりに頷いた。
「デバイスには、多くの情報があります。武器、防具、技、バリア、サポート装備……まあだいたいこのくらいですね」
「サポート装備ってのは……あれか。飛行の奴とかか?」
「そうですね。ここに書いてあるのはそういった情報ですね。……ただ、凄い無駄が多いといいますか。本来は縮小できるはずの部分が、全部そのまま詰まっていますね、これ」
「……ってどういうこと?」
首をひねると、コロットが続ける。
「英雄のデバイスは、当時ではもちろんレベルの高いものだったのかもしれないですけど……歴史が進むにつれて、デバイス管理技術も向上していますからね。例えるならこのデバイスはお年寄りさんですね」
『我を年寄りと馬鹿にするんじゃない』
背中のケルが声を荒げるが、調整士の二人は特に気にせずに話し続ける。
「無駄な部分のそぎ落としてとしは、小型化といった部分だね」
「い、今私が説明しているのー! 邪魔しないでよね!」
コロットが必死にニローに声を向ける。
ニローは軽い苦笑を浮かべて、口を閉ざした。
「とにかく、こういった無駄な部分をそぎ落として、それから小型化すれば……もっとこのデバイスはよいものになります! それを行うのに私は自信があります!」
きらきらとしたコロットの視線を受け、ニローをちらと見る。
「僕はどっちでもいい、かな?」
ニローの言葉を受けて、コロットはぎゅっと手を掴んでくる。
視界にいたエフィがすっとコロットの後ろ側に移動してその頭を睨みつけている。
コロットはそれに気づいていない。
啓が返事に窮していると、アリリアがぽりぽりとポテトを食べた。
「とりあえず、二人で勝負したらいいじゃないですか。それが一番手っ取り早いですよ」
「いい意見だけどな。話すときは食べ物を口に入れるなって」
「いいじゃないですか。飛ばないように気をつけましたし」
そういう問題ではない。
アリリアがポテトにもう一度手を伸ばして、啓も一つもらった。
「ほらお食べよ」
「あっ、ありがとう!」
アリリアがポテチをコロットに渡す。
「はい、お手」
「え、え!?」
「お手しないとあげませんよ?」
「わ、わかったよ!」
コロットはそのまま素直にお手をする。
褒美にアリリアがポテチをあげる。
ニローは疲れた様子で息を吐いた。
「勝負するんだよね? だったら公平にするためにもコロットにも準備期間を設けたほうがいいよ」
「……解析の時間が必要ってこと? 落ちこぼれのニローとは違うんだよわたしは!」
コロットが眉間に皺を刻んだ。
まるで、そういわれるのが屈辱だとばかりに、表情をゆがめていた。
「デバイスを読み込んで情報の解析……そんなの一日あればできるよ!」
「……そうなんだ。僕もそう思っていたんだけど、ね。とりあえず、これ元のデータになるから、見ておくといいよ」
ニローの疲れたような表情に、啓は首をひねった。
調整士にとって、解析は大したことではないというのはコロットの口ぶりからよくわかる
それに、ニローも半日程度で終わると思っていたとも。
ということは、単純な解析で終わらない何かがあるということだ。
ニローがパソコンの画面をコロットに見せる。
啓も覗き込む。一つ前にみた画面と、随分違う。
どっちにしろ、啓には理解できない言語だった。
「……な、なにこれ? ……もしかして、これ古代語?」
「……そうなんだよね。何も不思議なことはないんだけど、デバイスができた当時の言語が使われているんだ。今じゃ、使いにくいって誰も使ってないでしょ? まあ、エフィさんやアリリアさんのデバイスももともとは古いものだけど、それでも時代の変化にあわせて一緒に変わってきているからね。……けど、英雄のデバイスは使い手がいなかったからね」
本当に最初期の言語のまま、止まっている。
ニローがコロットに視線を向ける。どこか、その視線には強気な様子が伺えた。
「こ、古代語なんて、私一切わからないよ! この古代語オタク!」
「僕はそっちが好きだから、そのついでで調整士やっているだけだし」
「ずるいよっ! こんなのわたしどうしようもないよ!」
「もともと僕は考古学者のほうが興味があったんだ。……けど、あんまり儲からないって聞いたからね」
ニローが苦笑交じりに頬をかいた。
それから、ずいっとコロットに顔を近づけた。
「それで、どうする? 僕は一週間かけて解析したけど、コロットもやる?」
彼の笑顔は、柔らかい。
しかし、そこには明らかに力がこもっていた。
自分以外にはできないだろうという自負のようなものが彼から漂っている。
「……む、むーっ。わたしできないよーっ!」
ニローに威圧され、コロットは部屋をとびだした。
名前の呼ばれ方と、丁寧な口調に、啓は驚きながら振り返る。
学園の廊下、トイレから教室へと戻っている途中だった。
声をかけてきたのは自分より頭一つ小さい子だ。
容姿だけをみても上級生、下級生かどうかの判断はつかない。
ただ、制服は調整士学科のものだ。
わざわざこちらの学科の校舎にいるのは珍しい。
「えーと俺ですか?」
「は、はい。ケイ様はその、今って調整士に依頼とかって出していますかね?」
「ああ、一人に頼んでいるけど……」
丁寧な口調から、下級生と判断して言葉を崩す。
と、彼女は少しだけ表情を暗くする。
「それって、あのニローって男ですか?」
男、という言葉に随分と棘のある言い方だった。
「そうだけど……良く知ってるな」
彼女が何を考えてここにいるのかはわからない。
しばらく考えていると、彼女は照れたような顔のあとにぐいっと顔を近づけてきた。
「そ、そのですね。最近ニローはあんまり授業にも顔を出さないし、もともとあんまり成績もよくないんです。ですから、そのあの……私に任せてくれませんか!?」
用件はそこだったのだろう。
啓としても、より優秀な調整士に頼みたいとは思っていたが、だからといって目の前の彼女が優秀というわけでもない。
「とりあえずは、ニローに頼んでいるからな。それが終わってから、また検討をするって感じで」
「に、ニローに調整を頼んだのっていつですか?」
そこで終わりにはならず、彼女が食い下がってくる。
そんなに自分の調整をしたいのか、と思ったが啓は素直に応える。
「一週間くらい前か?」
「一週間、ですか?」
軽い嘲笑が含まれていた。
ニローとは食堂で話をすることもあり、友人と思っていた。
あまり悪く言わないでほしいと、啓は彼女に視線を戻す。
「並の調整士でも、新しいデバイスの解析に三日くらいでしか終わりませんよ。私なら、一日で終わらせられる自信があります」
「そうか。それで?」
「で、ですから、私に調整を任せてみませんか? 私なら――」
「とりあえずは、ニローの終わってから……ってことでいいんじゃないか?」
自分をアピールしようとする人間は嫌いではなかった。
ただ、少々ニローを悪く言っているため、啓としても語調が強くなる。
少女は驚いたような顔のまま、こちらをじーと見てくる。
それ以上話をしても仕方ないと歩き出そうとしたが、少女がくいっと腕を掴んでくる。
「ま、待ってくださいっ」
「だから……」
今はまだ判断ができない。
それに、仮にニローを変えるとしても、彼女にするとは限らない。
技術はもちろん重視しているが、それ以上に接する上での親しみやすさがほしかった。
そのタイミングで携帯電話がなった。
名前が表示され、ニローの文字がそこにはあった。
少女の目の前で電話をとるのも気が引けたが、少女は電話がなっていることに気づいたようで、一歩はなれた。
『やっと解析できたんだよ!』
開幕一番はそんな大きな声だった。
耳が割れるほどの大声に、思わず携帯電話を耳から話した。
嬉ししそうな声のニローを落ち着かせながら、もう一度電話をやる。
「解析ってあれか。ケルのだよな?」
『もう、本当苦労したからね……けど、凄いんだよ! ケルはね――』
「わかったわかったって。今あいているから、今いって直接話をきくってことでいいだろ?」
『えっ、いますぐ来るの?』
「ああ、なんだ都合が悪いのか?」
『え、えーっとね。その僕昨日から泊り込みでやっていたもんで……その、風呂に入ってなくて』
「俺は別に気にしねぇよ。それじゃあ、行くからな」
『えっ、ちょっと!』
電話がぶちっと切れた。
男ならそのくらい気にするな、と電話をしまいながら心中で呟く。
そうしていると、少女が自分の前にやってきた。
「やっと、解析が終わったってわけですか?」
「まあ、な」
「それじゃあ、私も一緒にいっていいですか? どの程度のレベルなのか、調べておきたかったですから。ニローの奴には負けないんだからっ!」
少女がぐっと拳を固め、彼の名前を言った。
ニローをライバル視しているようだ。
少し迷ったが、啓はこくりと頷いた。
それが一番早く、彼女を納得させる手段だ。
よっぽどの差がなければ、ニローにお願いするし、よっぽどの差があっても彼女に頼むかは悩みどころだった。
そんなことを考えていると、彼女はやる気に満ち溢れた表情をする。
「ニローとは知り合いなのか?」
「ふん、別にあいつなんて知りませんよ」
「そうなのか? 成績とかやけに詳しかったような」
「そ、そんなことないですよっ。ニローには負けたくないだけだからっ」
それなりに親しい関係なのかもしれない。
ニローも、仲の良い女性がいるのだと思い、後でからかってやろうかと思いつつ、教室に戻る。
エフィとアリリアも教室で待っている。
本来は訓練をするつもりだったが、ニローが終わったため、そちらに予定変更だ。
集まってもらっていたため、少し後ろめたさもあった。
教室についたところで、調整士の少女が自分の後ろに隠れた。
さすがに上級生、それも魔導士の教室に入るともなれば、気おくれするのだろう。
「誰よその子」
じろっとした目を向けられ、啓もたいした情報は知らなかった。
簡単に紹介をすると、エフィも席を立った。
教室の机ではポテトチップスが並んでいた。エフィとアリリアが二人でお菓子を広げて楽しんでいたようだ。
啓も一口もらい、アリリアがそれを片手に立ち上がる。
「あたしも行くわよ暇だし」
「私もですよ。暇ですし」
「……集まってもらって悪かったな」
「別に、あたしが勝手に協力しているだけよ?」
「私もですー。どうせ寮に戻ってごろごろしているだけですしね」
ほかにやることはないようだ。
魔導士が忙しいと、それはそれで大変な状況だろう。
全員でニローがいる校舎へと向かう。
慣れた様子の下級生の少女――名前はコロットだ。
コロットはちらちらとエフィとアリリアを見ては顔を輝かせている。
「……二人のファンか何かか?」
「ま、前までは……っ! けど、今はケイ様のファンです!」
コロットの視線に、啓は頭をかいて口を閉ざすしかない。
せめて、正体に感づかれないようにするというだけだ。
ニローがいる部屋へとたどり着いた。
ドアをノックすると、一気にドアが開けられた。
ドアの前にいた自分が思わず半歩身を下げると、慌てた様子でニローがこっちに目を向けてくる。
「久しぶり、さあ中に入って!」
「ああ、一人おまけがついてきているんだけど……」
「え? えーと……」
ニローが視線を彼女に向ける。
ニローは彼女の制服を見てから、啓のほうに視線を戻してきた。
「って……コロット? どうしたの?」
「ニロー! あんたがケイ様のデバイスの調整士になったとかいう変な話を聞いたから妨害しにきたんだよ! さあ、私にそのデバイスの調整士の権利を譲るんだよ!」
ニローの方に近づいて、彼の耳元でこそこそと話す。
「……まあ、こいつはこういっているが、俺はとりあえずニローに任せるつもりなんだ。ただ、まあ……しつけぇんだよ」
「……し、知ってる。そ、その近いから、もうちょっと離れて」
「……悪い」
そう拒絶されるとは思わず、僅かにショックを受ける。
ニローがコロットをちらと見ると、コロットは戦闘でも始めるかのように構える。
彼から離れたとき、エフィの細くなった目に射抜かれた。
「まあ、事情はわかったよ。とりあえず、これが今回の分析でわかったこと」
「ニロー聞いてる!?」
「ちょっと黙っててくれる?」
「黙らないよ! ほらほら、遅すぎる分析結果を教えてみなよ! あざ笑ってあげるから!」
彼がパソコンの画面を自分たちのほうに向ける。
部屋にはデスクトップパソコンだけではなく、ノートパソコンもある。
それはニローの私物だろうか。
「俺はこういうのよくわっかんねぇけど……エフィたちは?」
エフィとアリリアに視線を向ける。
エフィは僅かに首を振り、アリリアもまた同じようにバツ印を作った。
「まあ、そうだよね……それじゃあ――」
「私が説明します!」
強く名乗り出て、コロットがじっとニローを睨む。
ニローがどうぞと、嘆息交じりに頷いた。
「デバイスには、多くの情報があります。武器、防具、技、バリア、サポート装備……まあだいたいこのくらいですね」
「サポート装備ってのは……あれか。飛行の奴とかか?」
「そうですね。ここに書いてあるのはそういった情報ですね。……ただ、凄い無駄が多いといいますか。本来は縮小できるはずの部分が、全部そのまま詰まっていますね、これ」
「……ってどういうこと?」
首をひねると、コロットが続ける。
「英雄のデバイスは、当時ではもちろんレベルの高いものだったのかもしれないですけど……歴史が進むにつれて、デバイス管理技術も向上していますからね。例えるならこのデバイスはお年寄りさんですね」
『我を年寄りと馬鹿にするんじゃない』
背中のケルが声を荒げるが、調整士の二人は特に気にせずに話し続ける。
「無駄な部分のそぎ落としてとしは、小型化といった部分だね」
「い、今私が説明しているのー! 邪魔しないでよね!」
コロットが必死にニローに声を向ける。
ニローは軽い苦笑を浮かべて、口を閉ざした。
「とにかく、こういった無駄な部分をそぎ落として、それから小型化すれば……もっとこのデバイスはよいものになります! それを行うのに私は自信があります!」
きらきらとしたコロットの視線を受け、ニローをちらと見る。
「僕はどっちでもいい、かな?」
ニローの言葉を受けて、コロットはぎゅっと手を掴んでくる。
視界にいたエフィがすっとコロットの後ろ側に移動してその頭を睨みつけている。
コロットはそれに気づいていない。
啓が返事に窮していると、アリリアがぽりぽりとポテトを食べた。
「とりあえず、二人で勝負したらいいじゃないですか。それが一番手っ取り早いですよ」
「いい意見だけどな。話すときは食べ物を口に入れるなって」
「いいじゃないですか。飛ばないように気をつけましたし」
そういう問題ではない。
アリリアがポテトにもう一度手を伸ばして、啓も一つもらった。
「ほらお食べよ」
「あっ、ありがとう!」
アリリアがポテチをコロットに渡す。
「はい、お手」
「え、え!?」
「お手しないとあげませんよ?」
「わ、わかったよ!」
コロットはそのまま素直にお手をする。
褒美にアリリアがポテチをあげる。
ニローは疲れた様子で息を吐いた。
「勝負するんだよね? だったら公平にするためにもコロットにも準備期間を設けたほうがいいよ」
「……解析の時間が必要ってこと? 落ちこぼれのニローとは違うんだよわたしは!」
コロットが眉間に皺を刻んだ。
まるで、そういわれるのが屈辱だとばかりに、表情をゆがめていた。
「デバイスを読み込んで情報の解析……そんなの一日あればできるよ!」
「……そうなんだ。僕もそう思っていたんだけど、ね。とりあえず、これ元のデータになるから、見ておくといいよ」
ニローの疲れたような表情に、啓は首をひねった。
調整士にとって、解析は大したことではないというのはコロットの口ぶりからよくわかる
それに、ニローも半日程度で終わると思っていたとも。
ということは、単純な解析で終わらない何かがあるということだ。
ニローがパソコンの画面をコロットに見せる。
啓も覗き込む。一つ前にみた画面と、随分違う。
どっちにしろ、啓には理解できない言語だった。
「……な、なにこれ? ……もしかして、これ古代語?」
「……そうなんだよね。何も不思議なことはないんだけど、デバイスができた当時の言語が使われているんだ。今じゃ、使いにくいって誰も使ってないでしょ? まあ、エフィさんやアリリアさんのデバイスももともとは古いものだけど、それでも時代の変化にあわせて一緒に変わってきているからね。……けど、英雄のデバイスは使い手がいなかったからね」
本当に最初期の言語のまま、止まっている。
ニローがコロットに視線を向ける。どこか、その視線には強気な様子が伺えた。
「こ、古代語なんて、私一切わからないよ! この古代語オタク!」
「僕はそっちが好きだから、そのついでで調整士やっているだけだし」
「ずるいよっ! こんなのわたしどうしようもないよ!」
「もともと僕は考古学者のほうが興味があったんだ。……けど、あんまり儲からないって聞いたからね」
ニローが苦笑交じりに頬をかいた。
それから、ずいっとコロットに顔を近づけた。
「それで、どうする? 僕は一週間かけて解析したけど、コロットもやる?」
彼の笑顔は、柔らかい。
しかし、そこには明らかに力がこもっていた。
自分以外にはできないだろうという自負のようなものが彼から漂っている。
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