世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十八話 姉の行方





 それから休憩を挟みつつ、訓練をつんでいく。
 さすがに一日でどうにかなるほどではないが、それでも始めに比べれば随分とマシな動きになった。


 空もすっかり暗くなっていた。
 季節的には夏に近いが、それでも七時にもなれば完全に太陽も落ちた。
 訓練場にいた人たちも、気づけばいなくなっている。


 明日からはタオルも用意しないとだめだなと思いつつ、荷物をまとめていく。


「ここにいた人たちが全員ライバルなんだよな?」


 訓練場で特訓をしている人間は自分たちだけではない。
 その数に短く息を吐いた。
 今の自分では、その足元にも及ばないだろう。


「まあね。ここにいる生徒たちだって、機獣から町を守るための存在なのよ。だから、彼女たちも立派な魔導士よ」
「そりゃよくわかったぜ。そいつらに追いつくためにも、もっとやらねぇとだな」
「けどね……そのケイも凄いセンスはあるわ。だから、きっと大丈夫よ」


 だからといって、諦めるつもりもなかった。
 がつんと一度拳を手のひらにぶつけるように振るう。


「センスとかなくたって、やらなきゃならないんだよ」


 遺跡調査部隊に入れなければ、先には進めない。


「お姉さんのため……よね?」
「まあ、そうだな」
「うらやましい……」
「何がだ?」
「だって、そこまで思ってもらえるなんて……いいなと思ったのよ」
「え、あ、ああ」


 そういえば、と以前エフィが「姉からゆずってもらったデバイス」といっていたことを思い出す。
 姉の会話を続けたくなかった啓は、話題を変えるためにも聞いてみた。


「けど、エフィにも姉がいるんだろ?」
「……そう、ね」


 途端エフィの唇はぎゅっと引き締められた。
 真顔だ。何か踏み入ってはならない場所に足を入れてしまったようだった。
 今更先ほどの言葉を消すつもりはない。


 エフィの隣にいたアリリアは、ちらと自分のほうを見てきたが何も言わなかった。
 しばらくの沈黙のまま、エフィは訓練場を歩いていった。


 校庭のほうに戻ると、部活動を終えた生徒たちが帰宅や片づけをしている姿が目立った。
 そこで、ようやくエフィが口を開いた。


「あたしには遺跡調査部隊に所属していた姉がいたわ」
「……」


 いた、という過去形に啓は口をつぐんでしまう。
 つまりそれは今はいないということで……。
 そんな最悪の状況を考えて体が震える。


「お姉ちゃんは凄い優秀で、あちこちの遺跡の調査に貢献してきたわ。別大陸にいって、機獣を仕留めていたこともあったのよ」
「……そうか」
「凄い、かっこよかったわ。どんな危険な状況も、ピンチも打破できる力があって、あたしの憧れだったわ」


 エフィの言葉はどれも昔を懐かしむようなものだ。
 真面目な顔で取り繕われていた顔は、不意にぐらっと傾いた。


「けど、ある遺跡の調査のときに行方不明になって……それで、お姉ちゃんのデバイスだけが残っていたのよ」
「それは……」


 いまいち遺跡調査といったものがどのようなものかはわからないが、四六時中使用しているデバイスだけが戻ってきた。
 それの意味するところは、つまり――。


「……姉は見つかったのか?」
「ううん。誰もその姿を見てないらしいわよ」
「なら、それならまだどこかで生きているかもしれないってのもありえるんじゃねぇか?」


 啓はそういった。
 海のことを思い出し、不安がよみがえる。
 機獣という化け物が存在している世界で、生身のまま放り出されたとしたら、無事でいることのほうが難しい、と理解している。


 それでも、啓は自分の目で見るまでは、最悪の結果を想像するつもりはなかった。
 戸惑った様子で、エフィが首を傾げる。


「……そうかもしれないけど」
「誰も……その死体とかはみてねぇんだろ? だったら、どっかの遺跡でのんびり生活している可能性だってあるだろ?」
「のんびり生活って……ケイ、それはさすがにのんきすぎるわよ」


 苦笑を浮かべたエフィだったが、それでも啓は眉根を寄せて返す。


「まだ、全部終わったわけじゃねぇだろ? 可能性がある以上、探してみる価値はあるじゃねぇか」
「けど……その、だって。みんなお姉ちゃんは死んだっていってて……」
「俺はおまえの姉を知らねぇけど、強かったんだろ? ……知識だってあるだろうし、生き残るための方法を、持っているんじゃねぇか?」


 啓がそういうと、エフィはえっと顔をこちらに向けた。


「最後まで、全部見るまで諦めたくはねぇよ。俺は、姉が一緒にいないからって諦めるつもりはねぇ」


 啓がそういうと、エフィはこくこくと頷く。
 それからこちらをボーっと眺めてきた。


「やっぱり、ケイって凄いわね」
「……凄いって一度でも思われていたことに驚きなんだけど」


 素直に褒められ、啓は先ほどの自分を少し恥じる。
 熱がこもり、思わず感情のすべてを出してしまった。思い返して、照れくさかった。


「ううん。ケイはあたしと会ったときからずっと凄かったわよ」
「う、うっせ……」


 あんまり褒められるのはなれていない。
 むずがゆかった。
 頬をぽりぽりとかいていると、エフィはそれから顔をごしごしとこする。
 学園の僅かな明かりに彼女の瞳からこぼれたものが反射した気がした。


「そ、その……ちょっと忘れ物があるからとってくるわね!」
「ああ」


 それを止めるつもりはなかった。
 彼女の背中を眺めていると、隣でだんまりだったアリリアが顔をずいと寄せてきた。
 その両目はどこか厳しく細められている。


「ケイ先輩、さっきの本気でいっていますか?」


 責めるような口調に、啓は腰に手をやる。
 人それぞれ意見はあるだろう。
 別にエフィに自分の考えを押しつけるつもりもない。


 あくまで啓は、自分の考えを伝えただけだ。
 それをどう受け取って、解釈するかはエフィだ。


「本気だっての。生きているか死んでいるかわからねぇけど、わからねぇうちに諦めるなんて馬鹿だろ? 俺は少なくとも、ぜってぇ諦めたくはねぇよ」


 そういうと、アリリアは非情にさめた目で自分を見てくる。


「はあ、そうですか。けど、諦めるっていうのも大事ですよ。下手に希望を持って、それを失ったらどうするんですか? そのとき誰かが悲しんだとき、あなたはどうするんですか?」
「そりゃあ……そのときは俺が頑張って元気づけるっての。そういうのあんま得意じゃないけど、友達を見捨てるなんてできねぇからな」


 友達を大切にするのも、当然だ。
 啓が言い切ると、アリリアは小さくため息をついてから、腰に片手をあてた。 


「……お気楽能天気おばかさんですね」
「すげぇ、罵倒の嵐だなおい。けど、俺はそういう人間になりてぇんだよ」


 男らしい人に憧れた。
 自分が昔憧れた人がいて、その人ならきっとこんな風に言うだろう。
 まだ、すべてを実行できるだけの力はないかもしれない。


 それでも、そのようにありたいと思っていた。
 しばらくすると、エフィが戻ってくる。
 彼女は落ち着いた顔をしている。


 寮への夜道を並んで歩いていると、エフィがこちらに顔を向けた。


「あたしも、負けないわよ」


 ぽつりとエフィがこちらを見ていった。
 一瞬何のことかわからないでいた啓だったが、エフィは勝気な笑顔を向けてきた。


「あたしも遺跡調査部隊に入るってことよ。負けないわよ、ケイ!」


 びしっと明るい笑みとともに指を突きつけてくる。
 頭をかいて、苦笑する。
 アリリアが口角をつりあげ、口元を僅かに手で隠しながら顔を寄せてくる。


「そもそもエフィはそういうのじゃなくて、マニュアルすぎるのがよくないんですよ。だから上にいけないんです」
「適当すぎるあんたもいけていないじゃない!」
「えー、私別に面倒くさいだけですしー」
「あれよケイ。アリリアをけちょんけちょんにしたかったら、持久戦がいいわよ。こいつ、集中力があんまりないから、すーぐ戦いに飽きるんだから」
「まあ、なんとなーくわかるな」


 かといって、それは啓の弱点でもある。
 もともと、集中力はあまりなく、長時間になればなるほど行動のすべてが雑になる。
 エフィのからかうような顔に、アリリアも笑みを返す。


「ケイ先輩ケイ先輩。エフィ先輩に勝ちたかったらあれですよ。適当な行動をするのが一番です。マニュアルばっかり意識して、不測の事態に対応できないですからね、エフィは」
「ち、違うわよ! 基本に忠実なだけよ」


 そういえば、エフィは遺跡での戦闘のときも焦っていたように見えた。
 そのせいで、機獣に遅れをとっていた。
 本来ならば、エフィ一人でも十分対処できていただろう。


「エフィに勝つのなら、それこそ動揺させるような攻撃をすればいいんですよ。例えば、こう近づきながら愛の言葉をささやくとかですね」


 アリリアがにやりとエフィに笑みをぶつける。
 エフィの顔が途端にぼんっと爆発でもしたかのように赤くなる。
 もともとそういった話は苦手なのだろう。


 ただ、啓もそういった話はあまり得意ではない。 


「俺がか? それで効果があったら苦労しねぇよ」


 今の自分は女として見られている。
 女同士で効果を発揮するはずがない。
 だからといって、男としての魅力があるわけでもない。


 こっそりと悲しんでいると、エフィが頬を膨らませる。


「け、ケイに愛の言葉を……しょ、勝負のときにそんなずるしたら怒るからね!」
「まあ、そんなことはしねぇで実力で倒してやるよ」


 やがて寮にたどりつき、中に入って一つ伸びをする。
 自分の部屋へと向かっていると、ぽんとアリリアが手をうった。


「それでは、ケイ先輩。一緒にお風呂行きましょうか!」


 寮が見えたところで、アリリアがそういった。


「いや、俺は行かねぇ。自分の部屋ので十分だ」
「それじゃあ一緒に入りましょうか。体のあらいっこをしましょうよ」


 ぐいっとアリリアが体を寄せてくる。
 控えめながらも胸の感触があり、啓は顔が熱くなる。
 慌てて逃げようとしたが、アリリアはさらに近づいてくるものだから逃げられない。
 次の瞬間、だだだっ! とエフィが駆け寄ってくる。


「だ、駄目よ! ケイは嫌がっているんだからそれぐらいにしておきなさいよ!」
「ケイ先輩嫌がっているんですか?」


 吐息が首元にあたるぐらいの距離で、アリリアがからかってくる。
 こちらの反応を楽しんでいるのがわかっているが、だからといって彼女に言い返すだけの余裕もない。


 言葉にならずに慌てていると、エフィがえいっとアリリアを引き剥がした。
 アリリアがぶすっとエフィを見る。


「まったくもう。エフィ先輩ったらすぐに嫉妬するんですからね」
「嫉妬って何よ! あんたを止めただけよ! それ以外には別に何もないから!」


 顔を真っ赤にしてエフィが叫ぶ。
 ほっと啓が胸をなでおろしていると、


「あっ、ケイあれよ? 洗って欲しいときはあたしに言いなさいよ。そのときは手伝ってあげるわ」
「……まあ、機会があったら、な」


 階段をあがっていって、そこで別れる。
 アリリアはもう一つ上の階層だ。
 ようやく一日が終わり、啓は休まる自室に到着する。
 部屋についたところで、大きく息を吐く。


『マスターは随分とうらやましい生活をしているようだな』


 静かにしていた背中のケルが、声をあげる。


「うらやましいってなら変わってほしいんだけど……生殺しされ続けるの、わかるか?」


 男としてあれだけの美少女たちに好かれているのならば、それはもう大喜びだ。
 だが、今の自分が友達として言われているだけだ。


『いや、わからんな』


 からかってきたケルに、ため息交じりに返事をした。



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