世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

十五話 調整士ニロー



 自己紹介を行うと、ニローは自分たちよりも二つほど年齢が違った。
 調整士、魔導士ともに、年齢に決まりはない。


 ある程度の年齢別で学年をわけてこそいるが、そのあたりの裁量は学園側が決めている。
 調整室の椅子に腰かける。


 ニローはどこか緊張した様子であり、啓はそんな彼を落ち着かせるために隣に座った。
 きょろきょろとニローは視線をさまよわせた後、ぽつりとつぶやいた。


「ケイさんは魔導人機のことをほとんど知らないんだよね?」
「ああ。……それと、ケイでいいぜ。そんなかしこまらなくてもな」
「うん、わかった……それじゃあちょっと、失礼するね」


 控えめに、ニローが問いかけてきた。
 こくりと頷くと、彼はちらと自分の大剣を見てきた。
 啓の相棒であるケルは、壁にたてかけてある。


 ニローは興味深げに顔を近づけ、


「触ってもいい?」
「ああ、別に構わねぇよ」


 ニローはケルに手を伸ばした。
 何度か大剣に触れ、その全体を確認する。
 それから少しばかり、興奮気味の声をあげる。


「……だいぶ古いデバイスだよね。簡易モードがないんだもんね」
「簡易モード?」
「えーと、エフィさんやアリリアさんは腕輪をつけているよね?」


 悩みながらといった様子で、彼は二人に視線を向ける。
 アリリアはもってきていたペットボトルに口をつけてから、手首をこちらに見せる。


「ああ、あれのことか……そうなんだよな。俺のデバイス持ち運びがくそ大変なんだよ。ケルにはもっと軽くならねぇか相談したんだけど」
「……確かに、重たそうだね」
『それもまた、我の魅力の一つだ』


 魅力ではなく欠点であったが、ケルに言っても怒るだけだ。
 啓は軽くケルを睨んでから、ニローに目を向ける。


「こいつを軽量化できるか?」
「まあ……やれるかもしれないね。詳しく説明しようか?」
「ああ頼む」


 ニローは一つ頷いて、咳ばらいをする。


「まず、デバイスについてどのくらい知っているの?」
「……なんか色々入っていて、それを魔力を使って具現化、させているって感じだろ?」
「うん。魔導士の人たちは魔力を使ってデバイスに入っている情報を具現化させているんだ。幻想を形にする力、とも言われているね」
「……なるほどな」


 感覚的には魔法に近いのかもしれない。


「調整士はそれらの管理を担当しているってわけだね」


 その辺りは理解している。
 啓が頷くと、ニローはさらに続けた。


「調整士の仕事は、前衛に向かった魔導士のサポートと、こういった調整を行うんだけど……調整を行ううえで魔導士の人とはよく話し合うんだよね」
「まあ、色々とできるみてぇだからな。相手や、自分に合わせた調整を頼むんだろ?」
「うん、どんな感じの力がほしいか、とかだね。武器だってすべてこっちで管理しているからね」


 つまり調整士がいなければ、魔導士も戦うことはできない。
 非常に貴重な役割を担っているのだが、その立場はあまり良いもので穴井。


「結構色々やってるんだなー」
「まあね」
「なのに、調整士ってのは立場があんまりよくないよな……」
「前衛と後衛だと、ぜんぜん違うのよ……ケイはよくわからないのかもしれないけど、結局魔導士がいないとどうにもならないでしょ?」


 エフィの言葉に、頷ける部分もあった。
 ただ、調整士がいなければ――この会話に終わりはないように思えた。


「みんな、仲良くできればいいのにな」


 啓はぼそっとそう呟くと、エフィは難しそうな顔を作った。
 一度沈黙したあと、ニローが口を開いた。


「やっぱり、外の世界の人だと考え方が違うんだね」
「まあ……そうだな」


 ニローの指摘に啓は頬をかいた。
 それから彼は、デスクトップパソコンの電源を入れる。 


「僕に調整を頼みたい、って話だけど、とりあえずはケイのやりたいことを教えてもらっていいかな?」
「俺は……そうだな。とりあえずは前衛として、何かいい戦いができないかってのと、あとはこいつの大剣をどうにか小さくすること、だな。とりあえずは」
「なるほどね……確かに一度大剣の情報は見てみないとだよね」
「情報……どうやってみるんだ?」
「内部の情報は、核になる部分以外ならパソコンに接続して、見ることができるよ。このコードを使って接続すればいいんだけど……」


 ニローがコードを取り出して、ケルをじっと見る。
 穴を見つけたようでコードをそこに入れようとしたが、


「これ随分と古い型みたいだね。まずはこれにつなげられる変換プラグを持ってこないといけないな……それに、こうなると取り扱っている情報も古いものかもしれないし……ちょっと待ってて、プラグなら確か持っていたと思うから」


 彼はカバンを開ける。
 ちらと視線を向けると、調整士の道具と思われるものがぐちゃぐちゃとたくさん入っていた。


「それ全部使うのか?」
「え? いやうーん……ほとんどは使わないかな。僕こういうの集めるの好きなんだ」


 ニローが嬉しそうにはにかんだ。
 啓も、ネジなどの部品を使うわけでもないのに集めたことがあった。
 そういったコレクションは、あまりエフィたちには理解されなかったようで、首をかしげていた。


 ニローがプラグを取り出して、コードを繋げる。
 いくつか別のものも取り出し、ようやくケルの体に突き刺さった。


『うむ……これはなかなか奇妙な感覚だな。ぞくぞくする』
「そんな感想聞いちゃいねぇよ。それで、どうだニロー?」
「うん、たぶん問題ないかな。うわ、凄い情報量……だ」


 彼はパソコンのほうを操作していく。
 ちらと画面をのぞき込むと、見たこともない文字が横にずらっと並んでいる。
 エフィとアリリアもそちらを見て、ぴくりと眉根を寄せた。


「やっぱり、何度見てもわからないわよね」
「そうですね。調整士さんには頭あがりません、ぺこぺこ」
「ぺこぺこってあたしの頭抑えてやるのやめてくれる?」


 エフィとアリリアがいつもの調子で話している。
 そんな二人を見ていると、ニローが微笑んだ。


「とりあえず、データのコピーをしておくね」
「わかった」
「やっぱり核になっている部分まではアクセスできないみたい」
「そういうもんか。けど、アクセスできないと何かあるのか?」


 そう問うとニローはうんと笑いながら頷いた。


「説明しよっか?」
「頼む」
「専用機と訓練機の大きな違いは、核があるかどうかなんだよね。核の中にはそれぞれ固有の武器や能力があるんだ。それと、デバイスの心、みたいなものかな? 専用機もちは生まれもっての才能があるかどうかの世界でもあるんだけど……このデバイスがえり好みをしているっていう説もあるんだよね」
『我だな、まさに』
「ってことは、エフィとアリリアも専用機、だったよな? おまえらも何かそういう特別な奴もってんのか?」


 こくりと二人が頷く。
 アリリアが腰に手をあてて、口角をつりあげた。


「私のはスナイパーライフルと、ないないシールドですよ」
「……ないないシールド?」
「なんです? ないないシールド、ネーミングに文句あります? かっこいいじゃないですかー」
「それお前がつけたのか……センス感じねぇな」
「うるさいですね。まったく。失礼しちゃいますよ」


 アリリアは椅子に座りなおして、ちらとエフィを見る。


「エフィ先輩は秘匿性ですから、教えないですよね?」
「別にそんなんじゃないわよっ。そのえっと……ケイは特別だから、もちろん教えるわよ!」
「特別ってなんです? 下僕とかそういう感じですか?」
「ち、違うわよ! そ、その特別っていうのは、ね……えっと……」


 どういう意味があるのだろうか。
 初めてあったときに助けてもらったから、とかその辺りが浮かんだがそれをいえば啓も同じだ。


「とにかくあたしのは剣銃と、バレットサークルっていう技よ。剣と銃を合体させる剣銃、きりつけた周囲に銃弾を放出するバレットサークル。威力はかなりあるわよ」
「その名前はおまえがつけたのか?」
「あたしのお姉ちゃんが使っていたのをそのまま使っているだけよ」
「お姉ちゃんか……もしかしてもう引退したのか?」


 エフィの年齢を考えるに、姉がすでに操作できない可能性も十分あった。
 啓の問いに、エフィの顔がこわばる。
 と、そのタイミングでパソコンから音があがる。
 ニローが顔を向け、アリリアも身を乗り出す。


「まあ、そんなところですよねー。それよりもですよ、コピーはどうなんですかニロー先輩」
「いや、僕は先輩じゃないからそんな呼び方じゃなくても」
「いえいえ、私基本みんなのこと先輩って呼ぶんです。この世界の先輩ですからねっ」
「はあ……」


 アリリアの言葉に首をひねる。


「それじゃあ俺は先輩じゃないってことか」
「それじゃあ今度からケイって呼びましょうか? それか犬、どっちがいいです?」
「今まで通りにしてくれ」


 そもそも、後者に関してはアリリアがそう呼びたいだけではないだろうか。


「わかりました。ケイ犬輩、これからもよろしくですよー」
「いま混ぜやがったな?」


 じろっと見たが、アリリアは口笛を吹いて誤魔化した。


「情報が……ぱっと見だけどかなり無駄な部分が多いみたい。でも、やりがいもありそうだね」
「それなら……任せてもいいか?」
「本当に僕でいいの?」
「ああ、おまえに任せたい」


 じっとニローの顔を見ていると、彼はぼーっと呆けたようにしてから首を振った。


「うん、とりあえず時間をくれれば、色々と調整案を考えてみるよ。今日は……そのくらいでいいかな?」
「ああ、頼んだ。連絡先を教えてくれないか?」


 携帯電話を取り出すと、ニローがぴくりと肩をあげる。


「れ、連絡先……? う、うん僕は構わないよ」


 照れた様子で彼もすっと携帯電話を取り出した。


「なんていうか、ニロー先輩はあれですよね。やっぱり可愛いですよね。女の子の制服着ませんか?」
「か、可愛いっていわないで! 僕はこんなに男らしいんだから!」


 そういって手を広げるが、あまり男らしさは感じない。


「アリリア。人それぞれ悩みは抱えているもんなんだ。彼だって、男なんだからあまり馬鹿にしたら失礼だ」
「……」


 啓がアリリアにそう伝えると、ニローがぼーっとした顔をこちらに向けてきた。


「どうした?」


 尋ねると、彼は慌てて首を振って、俯きがちに微笑んだ。


「そ、そんな風に言ってくれた人初めてだったから」
「そうか……苦労したんだな」


 彼の気持ちもよくわかる。
 ニローに同情をしていると、アリリアがぽつりとつぶやいた。


「二人とも可愛いですねー」
「聞いてたか人の話!?」


 アリリアがすっとぼけたような顔でもう一度いって、ニローの代わりに声を荒げた。





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