世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

四話 学園長とスカートと



 少女はエフィというようだ。
 エフィとともに遺跡の外へと出る。
 日差しが自分たちの体を照らす。


 暗い空間に慣れていた目には痛いほどにまぶしい。
 手で目元を覆いながら周囲を見ると、森の中であるのがわかった。
 日差しに目が慣れたところで、エフィが自分のほうに笑みを向けた。


「あたしたちが住んでいる街はあれよ」


 森から真っ直ぐ舗装されていない道が続いている。
 エフィが指差した先には、整った近代的な街が見えた。
 エフィが持っていた魔導人機のこともあり、この世界の科学技術はかなり高い水準にあるのだとわかる。


「そっか。姉貴はいなかったな」
「そうね……まあ、学園に戻ったら調べてみることもできるはずよ」
「そのときは頼むな」
「う、うん」


 笑みを向けると、エフィは頬を赤らめながら下を向く。
 彼女と並んで歩いていく。
 たまにエフィを見ると、彼女は照れるかのように視線を避ける。


 何かしてしまったのかと啓は考えながら、街までの景色を眺めていた。


「魔物とかはいないのか?」
「地上にはほとんどいないわね。一応、迷宮とかには出現するけど……」
「迷宮?」
「まあ、魔物が出てくる場所よ。男子たちが調査に行くことが多いわね」
「そうなんだ。魔導人機は使わないのか?」
「男たちだけで調査ができないと判断した場合は投入するわ。ただ、迷宮のために投入する暇があったら、別のことに使うわね」


 迷宮は重要ではないようだ。
 エフィが少し得意げな顔を作る。


「もともと、動物に魔物の要素である魔素が付着して、魔物になってしまうのよ。今はそれが機械に付着するようになったのよね。それが、遺跡で襲って来た機械とかだわ」
「なるほどな。それじゃあ街とかじゃ機械は使えないのか?」
「きちんと魔素を払っていれば問題ないのよ。ただ、ああいう場所に放置されている機械はね……一応、学園で定期的に魔素払いをしていたはずなんだけど……」
「機械を撤去すればいいじゃねぇか」
「それは駄目よ。あそこはあの機械も含めて、英雄の祭壇なんだから」


 そのあたりは、こだわりがあるのだろう。
 街近くまでいくと、門が見えた。
 大きな門は開放されたままであり、女性二人が待機している。


「どいつも若い女なんだな」
「まあね。魔導人機を扱えるのは若い女の子だけだからね」
「へぇ……」


 エフィの学園も、さぞ美しい人たちが集まっているのだろう。
 啓はその光景を想像しながら、門をくぐる。
 街は非常に発達している。
 日本の町並みに見慣れた啓でも、この場所を古臭いとは思わなかった。


 街の中では車も走り、歩道橋に信号と、日本の都会にも負けていない。


 高いビルなどはないが、魔導人機が空中戦を得意としている部分もあるのかもしれない。
 通行人が自分たちを見ては、足をとめてぼーっと眺めてくる。
 傷のついたメイド服は確かに一目をひきつける。


 何より、そんな格好で背中には大剣も背負っている。
 これで注目されないはずがない。
 啓は自分の衣服を見ながら、口を開いた。


「なんか目立たない服に着替えたいな」
「……そうね。ケイの綺麗な肌が、こうして男子共に見られるのは我慢ならないわね。あたしの制服の上着くらいは貸したいけど、ケイは身長あるし……」
「身長……ある、か」


 それは女子として、見られているからだ。
 男性としてみれば、別に大きくはない。


「全部、学園についてから考えるしかねぇか……」


 学園についてから、自分が男であることも明かす。
 いつまでも隠せるはずもない。
 街をしばらく進んでいくと、やがて学園がにたどり着いた。
 街の中央付近に位置しているようだ。
 学園の入り口には、女性二人が立っている。彼女らがこちらを見て、首をかしげた。


「もしかして、その人が?」


 女性の声が上ずっている。興奮を抑えきれない様子で、啓を見る。
 啓は彼女の様子に首をかしげる。
 こくりと、エフィが頷くと、女性たちは啓に駆け寄る。
 啓が背負っていた大剣をみて、黄色い声をあげた。


「ほ、本当に英雄の魔導人機が!」
「す、凄い……あ、握手してください!」


 とりあえず、差し出された手を叩き落とす理由もない。
 ただ、戸惑いと困惑のまま、話が進んでいた。


「綺麗な手に、美しい顔……まさに選ばれて当然の方ですね……」


 握っていた手に思わず力がこもってしまう。
 一瞬彼女が驚いたようで、啓は慌てて力を抜いた。
 今は偽っているのだから仕方ない、と自分に言い聞かせた。


「ケイ、ほら。早く行くわよ」


 エフィがせかすように声をかけてくる。
 啓はすぐに彼女たちの手を払うようにして、少し前にいたエフィの隣に並ぶ。


「それでエフィ。どこにいくんだ?」
「……学園長室よ」
「ど、どうした?」


 なぜか少しむっとした様子のエフィに首を捻る。


「だって、さっきの人たちと凄い仲良さそうに話していたから……」
「いや別に。あのくらい、普通じゃねぇか?」


 そういうと、エフィはじっと見てきて、それから自分の手を掴んできた。


「ほら。またつかまったら大変でしょ? 手つないでもいいわよね?」
「ああ、別に俺は構わねぇが……」


 エフィがぱっと顔を輝かせる。
 嬉しそうな様子のエフィに首を捻りながら、学園を歩いていく。
 学園内には男性の姿もちらほらとあった。


「男もいるんだな」
「ええ、まあ……男たちはあれよ。技術学科の生徒よ。魔導人機のデバイスの調整とかね」
「かなり重要じゃねぇか」
「それしかできないのよ」
「……なんか棘があるよな。男嫌いなのか?」
「……別に大嫌いってほどじゃないけど、まあ普通よ」


 日本でいう「嫌っている」くらいがこの世界の女性の普通なのかもしれない。
 僅かではあるが大きな違いだ。
 啓は自分の中にある違いについて、明確にしながら学園を歩いていく。


 立派すぎる校舎に眩暈がする。
 一度大学見学にいったことがあったが、私立の大学も顔負けなほどの規模だ。
 校舎内に入り、綺麗な廊下を歩いていく。


「学園長ってどんな人だ?」
「……綺麗な人よ。まだ魔導人機を扱えるっていう珍しい方でもあるわね」
「何歳なんだ?」


 年齢制限があったため気になったが、エフィがぶんぶんと首を振る。


「そ、それは絶対聞いちゃだめよっ!」
「……」


 とはいえ、魔導人機を扱えるのならばそこまでの高齢ではないのだろう。
 階段をあがり、また廊下を進み、学園内の教室を眺めながら歩いていくと、学園長室の前に到着する。


 両開きの大きな扉の前で止まり、エフィが一度呼吸をする。


「事情はあたしが説明するから。ケイは適当に答えてね」
「わかったよ」


 エフィがノックをすると、どうぞと返事があった。
 中に一歩踏み込むと、美しい女性がいた。
 緩やかなウェーブのかかった髪をゆらし、豪華なテーブルに肘をつける。


 はじめこそ真剣な目でこちらを観察するように見ていたが、次にはにこっと間の抜けた笑みを浮かべた。


「ようこそ、いらっしゃい。英雄さん」
「英雄って……俺は魔導人機を抜いただけですよ」
「それがもう十分凄いことなんだ。なぁ、エフィ?」
「はいっ」


 それはもうきらきらとした目でエフィが声をあげる。
 学園長が意外そうな顔を作った。


「エフィにしては素直な反応だな。いつもずぼらで口癖は『めんどくさー』のおまえにしては、随分と活気あふれる顔じゃないか」
「う、うえぇ!? そ、それを言わないでください! あたしは普段から真面目な子です!」
「真面目な子は自分でそんなことわざわざ言わないものだ。今だって、寝癖のままじゃないか」
「こ、これは! 癖毛です!」


 エフィがちらちらと啓を見る。
 啓は彼女の慌てた様子に、苦笑を返す。
 すると、エフィは真っ赤な顔で小さくなっていく。


「ああ、そう。おまえもしかして――」


 学園長の視線が啓を捉える。
 エフィがばっと自分の前に立ちふさがった。


「と、とにかく! 今はケイの話をしますよ」
「……そうだな」


 学園長が少しばかり真剣な目を作る。
 啓と視線がぶつかる。


「ちょっと、魔導人機のデバイスを見せてもらってもいいか?」
「……デバイス。ああ、大剣のことですか?」
「そうだ。私たちはそれを、デバイスと呼んでいる」


 啓は大剣を背中からはずして、学園長のほうに向ける。
 重さに慣れたとはいえ、さすがに片手で扱うのは厳しい。
 机にたてかけるように置くと、学園長が一度デバイスを撫でる。


 そうしながら、自分のほうをじっと観察してくる。


「確かに、本物だな。エフィが血迷ったのかとばかり」
「だ、誰が血迷っているって! あたしは今までそんなこと一切ありませんから!」
「ほんと、エフィどうした。啓と出会ってからずいぶんと変わったな」
「う、うるさいです! 前からこんな感じですよ!」


 口元をむにゃむにゃと動かすエフィに、学園長が笑みを向ける。


「とりあえずエフィ。ゆっくり話をしたいし、お菓子と飲み物でも持ってきてもらってもいいか?」
「……そう、ですね」
「その間に髪とか直したかったらいってきてもいいけどな?」
「よ、余計なお世話ですよ! あたし、お茶いれるの下手なんでちょっと長くなりますから!」
「別に食堂にいる人に頼めばいいぞ」
「行ってきます!」


 エフィはそういって学園長室から去っていった。


「ケイ、ちょっと扉の鍵を閉めてもらっていい?」


 学園長がそういう。彼女の穏やかな笑みに、啓は僅かにいやな予感を覚えた。


「……ええ、いいですけど」


 返事をしながら、鍵を閉めるために扉へと向かう。
 その途端、強い力が背中に襲い掛かった。
 急いで振り返ると、学園長が眼前へと迫る。


 伸びてきた腕を掴んで思い切り放り投げる。
 反射的に対応できたのは、喧嘩に慣れている部分があったからだ。
 彼女は空中でくるりと回り、姿勢を整える。


 おそらくは魔導人機の力を展開したのだろう。
 啓は突然の事態に眉間に皺を刻みながら、落ちてきた彼女の攻撃をかわす。


 学園長がくるりと回って、そのまま体に抱きついてくる。
 ぎゅっと腰のあたりを掴まれる。
 柔らかな感触と、美しい女性に抱きつかれたことに、反応が遅れる。


 それからスカートのファスナーをおろされ、そのまま脱がされる。


「な、なんだいきなり!」


 ずりおちたスカートに足をとられてよろめく。
 とんと学園長につつかれた啓は、部屋にあったソファに倒れる。
 学園長は難しい顔を作る。


「……やっぱり、そうか」
「何しやがるんだいきなり!」


 啓が怒鳴るように声をあげると、学園長は鋭い視線を返した。


「あなた、男でしょ?」


 啓のパンツをじっと見たまま、学園長がそういった。

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