世界で唯一の男魔導士
一話 学園祭
白と赤の混ざった女子制服を身につけ、金色に染めた髪を揺らすようにして歩いていく。
慣れないスカートを身に着けた啓は、満面の笑顔を浮かべながら、教室を歩いていく。
学園長が、教卓の横に立ち自分のほうをじっと見ている。
身長は男子の啓と並んでも劣らない。すらっとした学園長は、黙っていればかっこいい女性であったが、今はとても不安そうな顔だ。
隠し事がばれないか……と露骨な表情だ。
学園長の不安の原因は自分だ。
ただ、学園長の普段と違う様子を、教室の生徒たちが指摘することはない。
啓も、教卓の横に立ち黒板の前で教室へと振り返る。
(……うっ。やっぱり女、しかいねぇよな。男の俺が、いちゃダメだろ)
慣れない教室の景色に、啓の表情がひきつる。
それから、啓は首を振って軽い笑みを浮かべる。
とたん、女子生徒たちの視線が一気に集まる。
じっと見られている状況に、啓はさっさと口を開いた。
「……えーと、みんなこれからよろしく。啓っていうから……、まあ気軽にはなしかけてくれ」
自己紹介だけでは短い。
だからって最後の一言は余計だっただろう。
接触が増えれば増えるだけ、自分が男子とばれてしまう可能性が高くなるだろう。
啓はひきつった笑みを浮かべる。
別に女子と話をするのは苦手ではない。
自分には姉がいるし、その友達が家に来て、話をするなんてことはよくあった。
だから、比較的、男子高校生の中でも免疫はあるほうだ。
だが……それでも、これだけ可愛らしい女子たちが集まる教室に、おまけに女装したまま放り込まれるのは、そういったものでは補えないものがある。
助けを求めるように学園長を見ると、彼女はぱんと手をならした。
「ケイは、流れ者――異世界から迷い込んでしまったんだ。……だから、まだまだ不安なこともあるだろう。人と話すのも苦手らしいから、あまり質問攻めをしないようにな」
そういった事実はまったくなかったが、自分を助けるための言葉であることはわかっている。
ちらと教室を見ると、異世界に来てから学園まで案内してくれた女子生徒――エフィの姿もあった。
顔があうと彼女はすぐに頬を赤くして下を向いてしまったが、それでも知り合いが一人いるだけで十分違った。
「ケイ、おまえの席はエフィの隣だ。わからないことがあったら彼女に聞くといい」
「わかりました」
クラス担任でもある学園長がそういって、啓は自分の席に座る。
歩くたび、教室の視線が集まる。
絶対に、男だとばれるわけにはいかない。
男だとばれれば、何をされるかわからない。
それでも学園に通い、遺跡調査部隊に入るしかない。
この異世界に転移してしまったかもしれない姉を探すために。
〇
啓の通う高校では、五月の半ばに学園祭が行われる。
学園祭当日。啓は自分のクラスの人間たちにため息をつくしかなかった。
メイド服を着ている男子生徒たち、女子生徒たちは燕尾服。
メイド、執事喫茶をやることになったうちのクラスだが、どう考えても立場が逆なのだ。
クラス全員がメイド服を着ている中で、啓だけがそれを放棄するわけにはいかなかった。
学園祭を楽しみたいという気持ちはある。ただ、女装だけはしたくはない。
それでも、半ば強引に啓は服を着させられてしまった。
自分のメイド服に、女子生徒が可愛いと叫び、男子生徒には見とれられる。
いい加減、苛立ちが限界に達していた。
啓は教室の隅で腕を組んで、苛立ちを表していると、友人の光が近づいてくる。
光は啓を見て、ほうと声をあげる。
「やっぱり、可愛いな……おまえ」
「るせぇ、殺すぞ!」
一番言われたくないことを直接ぶつけられる。
メイド服を脱ぎ去って、叩きつけてやろうかと思ったほどだ。
それでも、啓は唇を噛むだけに留めた。
「わ、悪かったって。冗談だっての」
「俺が、どんだけ自分の顔を気にしているのか、知ってんだろうが……くそったれが」
「おまえ、本当、口悪いよな……不良かよ」
「どっちかっていうと不良に近ぇんだよ」
光の言葉に、啓は舌打ちをする。
それから部屋につけられた鏡を見る。
啓には姉がいる。姉はよく美人といわれていたが、今鏡にはその姉に似た人間がいる。
姉を基準に考えれば、自分も美人、と言われてしまうのだろう。
せめて、少しでも威圧感を出すために髪を金色に染めているし、毎日体だって鍛えている。
それでも、身長は女子の中でも少し大きい程度の、170㎝にも届かない。
メイド服が大きめのものであることもあり、すっかりそこには金色の髪をしたメイドが存在していた。
恭しく礼でもすれば、どこかの金持ちの家で仕えていそうだ。
啓は嘆息をついてから、視線を教室に戻す。
嫌ではあったが、クラスの男子たちもメイド服を着ている。
皆が盛り上がっているのに水を差すつもりもなかったし、啓は文化祭が行われる二日間は我慢することに決めた。
「啓くん啓くんっ」
今度は委員長がこちらにやってくる。
彼女もメイド服を着ていて、よく似合っている。
「本当、啓くんって……下手な女の子よりも可愛いよね。……ああ、あたしの着せ替え人形にしたいわ!」
「したらてめぇの皮膚を剥ぎ取るぞ」
「うーん、こういう強気なメイドさんもありよね」
委員長を睨みつけながら、啓は嘆息をついた。
教室を見渡せば、自分以外にも本気で女装している人もいる。
女子生徒に手伝ってもらい、化粧をして、カツラやウィッグもつけて本格的な人もいれば、ただメイド服を着るだけの人もばらばらだ。
文化祭、らしさがそこにあり、悪くはない。
啓は一切の化粧もせず、なんならウィッグ等もつけていない。
ただ、メイド服を着ただけなのに、クラスメートからは一番似合っているといわれる始末だ。
(……本当、なんで俺はこんなに男らしくねぇんだか)
啓は自分の容姿が大嫌いだった。
いわゆる中性的な顔たちだ。着ている服が男性物でなければ、女性と間違われてしまうような容姿。
そんな顔を隠したくて、伸ばしている前髪を引っ張る。
次に嫌いなのは自分の声だ。
いくら女っぽい顔だとしても、声を出せば大体の場合男だとわかるだろう。
だが、自分は声も控え目に言っても高いのだ。
どうしたって、これでは男性と思われない。
「本当、啓は可愛いわね」
委員長に言い返しても仕方ない。
今日一日は我慢する。啓はため息をついて、腰に手をやる。
「……ちっ、それでこれからどうするんだよ? 出来れば接客からははずしてくれ」
「それなら、この看板を持って宣伝してきて」
「……それも嫌だな、おい」
「あなたにはそれが一番適任なのよ。あなた、喧嘩とか得意でしょ?」
「そりゃあまあな」
啓は自分の容姿で馬鹿にされるのが嫌で、体を鍛えていた。
それと同時に、なめられないようにそれなりに格闘術も学んできていた。
「ほら、行ってきて頂戴! 他校の生徒もいるんだし、去年なんかナンパされた人もいたって問題になっていたでしょ? そういうときのこととか考えると、啓が一番適任でしょ?」
「……まあ、そうだな。他の女子がそういう目にあったら問題だもんな」
他クラスの生徒にもみられるが、クラスメートが傷つけられるよりかはマシだ。
頭をぽりぽりとかき、教室に置かれている看板を掴む。
『二年五組で、メイド執事喫茶やっています!』そう書かれた看板をちらと見て、片手で持ち上げる。
教室のドアを足であけ、空いている手で頭をかきながら廊下をすすむ。
あくびを軽くする。文化祭は始まったばかりだが、すでに人は多くいる。
今日が休日であることもあり、近くの学校の生徒たちと思われるような人もちらほらと見えた。
「あっ……あのメイド、凄い可愛いな」
「ん? おっ、よう啓じゃねぇか」
他クラスの男子に声をかけられ、啓は足を止める。
一度睨んでやると、男が苦笑する。
「おまえ本当に美少女だよな……趣味の男装もなくせばいいのに」
「殺されたいのか?」
「冗談だ冗談。人の股間を蹴り上げようとするんじゃない」
苦笑してきた男子生徒に舌打ちだけを返して、看板を担ぎなおす。
廊下を歩いていくたび、視線がいくつも向けられる。
啓はその視線に、羨望のようなものが混ざっているように感じて、大きく肩を落とす。
やはり断ればよかった。とはいえ、今更の話だ。
しばらく校舎内と外を行き来し、一時間ほど歩いたところで教室へと戻ってくる。
「ちょ、ちょうどよかった!」
委員長が慌てた様子で手招きをしてくる。
啓は首をひねりながら、委員長のほうに歩いていく。
「なんだ?」
「いや、さっき来た客なんだけど……可愛い子を出せって言ってきて」
教室を見てみると、燕尾服を来た女子が男性に腕を掴まれていた。
椅子に座っているのは男性二人だ。
年齢は自分たちとそう変わらない様子だが、髪は派手に染めていて、どこか下卑た笑みを浮かべている。
馬鹿な奴もいるものだ。
「ちっ。教師は?」
「今呼びに行っているけど……」
「そうか。なら、来る前に終わらせる必要があるな」
軽く肩を回す。
だいぶストレスが溜まっていた。
啓は笑みを浮かべながら、客に近づいていく。
「お客様、悪いが他のお客様の迷惑になるような行為は一切禁止しているんで」
「おっ、可愛い子もいるんじゃんか。なんだよ、『うちは性別入れ替えているんで』とかふざけたことぬかしやがってよ。なあ、あんた給仕しろよ」
「ほら、萌え萌えーみたいな奴」
ぎゃははと馬鹿にした様子で笑っている彼らの手を掴む。
思い切りひねりあげると、男たちは悲鳴をあげる。
「な、なにしやがる!」
「あぁ? さっきうちのクラスメートに手を出していやがった分だよ。おら、これ以上は見逃してやるからさっさと帰れよ」
「……ざっけんな!」
掴みかかってきた男の手をすっとかわし、足を突き出す。
よろけた彼の背中を再度蹴りつける。
背後からもう一人がつかみかかってきたが、僅かに状態をそらし顎に掌をぶつける。
よろよろと膝をついた男頭をつかみ、一度頬を叩く。
「な、なにが……どうなってやがる……」
「まだやるのか? これ以上はさすがに加減はしねぇぞ? おまえらも、燕尾服着たくはねぇだろ?」
彼らの股間を踏み潰すように足を動かすと、彼らは真っ青な顔で教室を飛び出した。
「……さっすが。荒事は啓くんがいれば問題ないね」
「ったく。おい、怪我なかったか?」
委員長を無視して、女子生徒に声をかける。
こくこくと涙目でうなずく彼女にほっと胸をなでおろす。
「なんだかんだ、口は悪いけど面倒見はいいんだよね」
「ほんとうねー」
委員長と別の女子が話していた。
別に面倒見がいいわけじゃない。否定したところで、からかうように何かを言われるだけだ。
周囲からの視線にむずがゆくなり、看板を担ぎ上げる。
「んじゃ、俺は宣伝に戻る」
「あっ、看板は別の人に交代。啓くんはこっちのチラシ配ってきて。直接接触することもあるし、啓くんのほうが安心だよね」
「……ちっ」
理由はもう聞かなかった。チラシをもって教室を出る。
と、ちょうど女性が入ろうとしてきたために、啓は慌てて体を傾けた。
直撃はしなかったが、女性は短く悲鳴をあげていた。
「わりっ、怪我してねぇか!?」
「あっ、啓君だ。お姉ちゃん遊びにきたよー」
「げぇ!?」
柔らかな笑みとともに、片手を振っているのは、姉の海だ。
常に笑顔を浮かべている姉が、自分の方を見て、目を輝かせている。
「やっぱり、啓君のメイド服は似合うなー」
「……海。学校案内してやるから、こっち来い」
「えー? メイド喫茶に入りたいんだけどー」
「いいからっ」
メイド喫茶にこのまま入れたら、間違いなく給仕をさせられる。
啓は海の手を引っ張って、廊下を歩いていった。
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