世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

五話 英雄の魔導人機



 焦りは一瞬だ。
 啓は体を軽く起こし、それから学園長を見る。
 彼女の目は鋭く、頷けばどうなるか分からない。


 それでも、他に相談する相手もいなかったため、ちょうど良いとさえ思った。


「ああ、男ですよ」
「……ほんとうに、ほんとうに、男なんだな?」
「そうですよ」


 学園長は額に手をやる。
 大きなため息がこぼれる。
 それから学園長はスカートをひょいと投げた。


 受け取った啓は、一応はいた。スカートも嫌だったが、女性にパンツをさらし続けるのも嫌だった。


「なんで、私の代に限って、こんなことが起こるのよ。……男の魔導人機持ちが、おまけに英雄の魔導人気使用者だなんて……おまけにその男は女装が趣味とか」
「趣味じゃねぇです! 事情があるんですよ!」
「どのような事情があれば、メイド服を着ることになるんだ?」


 学園長がじろっと睨んでくる。
 パンツのまま、啓はソファに座り、軽く事情を説明する。
 日本の学園祭。それを出来る限りかいつまみながら、分かりやすく。
 それらを聞き終えてから、学園長は額に手をやった。


「もしも、誰かにばれたら面倒だ。もちろん、エフィもにも内緒だ」
「エフィから聞いたけど、魔導人機を扱えないから、男は下に見られているんですよね? なら、俺は……」
「それだけ切り出せば、問題はないかもしれないがな。今の子たちの男性嫌いはもうかなり根強い。それだけで解決できないくらいにはな」
「……別に嫌われるくらい構わないですけど」


 啓はそういったが、学園長は首を振る。


「問題がいろいろありすぎるんだ。一つずつ説明してあげるから、ちょっと待っていろ」


 学園長が考え込むように腕を組む。
 しばらくそんな様子でいたが、学園長はゆっくりと口を開いた。


「まず、第一。魔導人機を女性しか使えないっていうのが崩れるだけでも、結構な問題だ」
「……まあ、そうかもしれないですけど」


 男子たちの中にも、使える可能性がある。
 どうして自分が扱えるのか、まだそれは分からないが、条件を満たすものがいれば可能性はよりあがる。


 現在、この国は女尊男卑で成り立っている。
 それが崩れれば、確かに啓一人の問題ではすまなくなる。


「第二、その魔導人機がかつての英雄のもの。第三、おまけにその英雄の魔導人機を、あろうことか男が使っているってこと。単体、一つずつで見れば問題はそこまでではない。だがな、これが三つ重なっているのが最悪なんだ」
「……俺はこの世界には詳しくねぇですよ。流れ者っていう奴みたいですし」


 学園長はまた大きなため息をついた。


「魔導人機を女性以外も使えるってなれば、今は落ち着いている男女の関係が崩れ始めるんだ。そうなれば、最悪国が成り立たなくなる可能性がある」
「……ああ」
「男性はメンテナンス、女性は魔導人機での戦闘。これが今の世界の常識だ。けど、もしも男性も使える可能性があったとしたら? もちろん、おまえだけの例外だとしても、男たちはあなたを神として祭り上げるに違いない。それも、おまえが英雄のデバイスならなおさらな」
「なら、男の立場を改善していけばいいんじゃないですか?」
「そううまくいくと思う? 私は比較的柔軟な考えを持っているほうだが、今の子たちなんて男嫌いが凄いんだ。おかげで、国の出生率も下がっているってほどなんだから」
「はぁ……」
「そういうことだ。そして何より、女の子たちは英雄の話に憧れている。みんな、英雄のデバイスを使えるような存在になりたいって思っている。毎年、英雄祭なんてのを学園で開いて、英雄のデバイスにさわりにいくほどなんだぞ?」


 英雄は、それこそ御伽噺のような存在なのだろう。


「それで、実際に英雄のデバイスを俺が使っちまったとしてそれでどうなるんですか?」
「おまえが女であれば、多少の嫉妬はされるとしてもそれまでだ。だが、もしもおまえが男だとしたら……英雄の話を汚された、と一部の強硬派から、おまえを消すように言われるかもしれない」


 眉間に皺を刻み、啓は声を荒げる。


「け、消される!? おい、ケル! おまえ今すぐ契約解除しろ! おいてきてやるよ!」
『待て! 我はいっておくが一度気に入った主が死ぬまではその主に仕えると決めている! 絶対に解除なんてしないぞ!』
「気に入ったのなら、その主が死なないように助けろ!」
『いやだいやだ! 我は貴様に仕える!』


 大剣を持ち上げようとしたが、動かなかった。
 啓はいつも以上に力を入れたが、ケルも踏ん張るように声をあげる。


「とにかく。おまえがその魔導人機を扱えてしまうのは、色々と問題がある」
「ああ、わかった! だから戻すのを手伝ってくれ!」
『嫌だ! 我はここに残るぞ!』
「ケル、だっけ? その子が他の子に仕えてくれるのなら、問題もなくなるが……」
『言っておくが、我はマスター以外には絶対に仕えない!』
「いや俺にも仕えなくていいんだよっ!」
『いやだ!』


 わがままな大剣を引きずっていく。
 ずずず、と学園長室に跡がつき、学園長がため息をついた。


「おまえに頼みたいことがあるんだ」
「話は後にしてください。ケルを戻してからいくらでも聞いてやりますよ!」
「その子がいないと駄目なことだ」
「なんですか!?」
「おまえに、学園に通ってもらいたいのよ」


 学園長の言葉に、大剣を落とす。
 ずしんと地響きが伝わり、学園長の顔が青ざめる。


「ど、どういうこと……ですか? 学園って、ああ男のメンテナンスとかやる人のほうですよね?」
「違う。……女性のほう、魔導人機を扱うほうだ」
「……けど、俺が男だってばれたらまずいんですよね? だったら――」


 学園長が腕を組み、鋭い目を作る。
 啓はその目に、口を閉ざすと、彼女は柔らかく微笑んだ。


「女として、通ってもらえないか?」
「……どういうこと?」


 即座に否定したかったが、ぐっと抑えた。
 学園長の思案する顔をみると、どうしても強くいえなかった。


「おまえに、男性の評価をあげてもらうためだ」


 学園長の矛盾した言葉に首を捻る。
 女性として入学したところで、男性としての評価はあがらない。


「学園には、力のある生徒がいる。そういう人たちと関わっていって、仲良くなった後で男であることを公開するんだ」
「……それに何の意味があるんですか」
「例えばエフィだ。エフィを慕っている人間も結構多い。例えば、そんなエフィが少しでも男性に興味を持つ、あるいは優しくすれば、それを見ている生徒も……少しは男性に優しくできるだろう?」
「……まあ、理解はできるけど。そううまくいきますか? 第一、エフィも男嫌いなんですよね?」
「それでも、おまえにはやってもらいたい」


 学園長の言葉に啓は頭をかいた。
 そもそも、男性というのを隠して学園に通うという点にひっかかってしまう。
 他人をあからさまに騙すやり方が、あまり好きではない。
 綺麗ごとだけで片付けられないのだとはわかっているのだが。


「流れとしては、おまえが女性と仲良くなる。仲良くなった女性に男性であることを打ち明ける。女性受け入れる、ハッピーエンド……こんな感じだな」


 僅かに自信を見せてくる学園長に、啓は頬をかく。
 あまりにも、作戦が抽象的だ。


「……俺は別に、女性の心をわしづかみにするような心得もないんですが」
「だけど、やってもらいたい。国には強硬派と穏健派がいるが、今強硬派は男性をさらに規制しようとしている」
「……規制?」
「去勢、ともいうわね」
「……」
「とにかく。このままさらに悪化したらまずい。穏健派の一員である私は、おまえにお願いしたいんだ。……どうだ、できないか?」
「いくつか聞きたいことがあります」
「なに?」


 啓は頭をかきながら、学園長に聞く。


「俺には姉がいて……もしかしたらこの世界に一緒に迷い込んでいるかもしれないんだ。それの捜索ってでますか?」
「顔などがわかれば、もちろん可能だ。街の中にいれば、恐らくわかるだろうな」
「……わかりました。それと元の世界に戻る方法なんですけど」
「……それは、まだわかっていない。ただ、世界には太古に作られた遺跡がある。いまもすべてが調査できているわけではないんだ。……もしかしたら、そこに何か手がかりがあるかもしれない。それについては、私達も調査中、としかいえないな」
「そっか」
「もしも、私に協力をしてくれるのなら、衣食住と生活に不自由ないようこちらで援助しよう。……まあ、男であることをばれない範囲、での援助になってしまうが」
「……そう、ですよね」


 流れ者として、これから自分がどうなるかはわからない。
 何より、ケルを所持している限り、普通の流れ者としての対応はされない。


 女装して学園に通う必要があるのは嫌だ。
 だが、異世界で不自由なく暮らせる。
 学園長の提案はこれ以上にない条件だ。


 ここまで困ることはなかったが、本来であれば一人で放りだされている可能性もある。
 協力しなければ、海を探すための協力者も得られない。
 啓は目を閉じてから、必死に考える。


(もしも断ったら……やべぇよな)


 男性女性の格差があるこの世界で、男が一人で生きていくのは難しいかもしれない。


「姉貴の捜索と、元の世界に戻るための調査。それとさっきの衣食住を補助してくれるのなら……学園長の計画に協力する」
「本当!? やってくれるのか!?」


 学園長がぱっと顔を輝かせる。
 こくりと頷いて、啓は腰に手をやる。


「ま、こんなに綺麗な人に頼まれたらそう断れるものでもないんだ」


 軽い冗談をまじえて笑みを向ける。


「綺麗な人……私のこと!?」
「そ、そうですけど……なんですか?」


 予想以上に食いつかれ、恥ずかしくなる。


「い、いや……その生き遅れだなんだと同期の穏健派の奴によく馬鹿にされていたからな……ふへへ、女、女として私を見てくれるのだな」
「ま、まあ、先生だけど……」


 女である前に、学園長は先生だ。
 そこを強調するように伝えたが、学園長は首を振る。


「そんなのは些細な問題だ。とりあえず、協力してくれることにお礼を伝える。……嫌かもしれないが、女性として生活してもらう」
「……ああ。それが条件ですし」


 それでも、いつもみたいに「似合うから着てみな」とか言われるよりは、きちんとした理由があるだけマシだ。


 がちゃがちゃとドアノブが動く。
 鍵を開けると、エフィがトレーをもって戻ってくる。
 お茶とお菓子の置かれたトレーはともかくとして、エフィのぼさぼさだった髪は一切寝癖のないものになっていた。


 思わず見とれていると、エフィが髪を軽く触る。


「ど、どう?」
「あ、ああ……すげぇな。見違えるくらいに可愛いな」
「え!? そ、そう……? あ、ありがと……」


 エフィが頬を赤く染めながら、テーブルに飲み物とお菓子を置いた。
 学園長がじろっと自分を見てくる。
 何かまずいことでもあっただろうかと、自分の行動を省みたが、思い当たることはなかった。

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