世界で唯一の男魔導士

木嶋隆太

二話 世界の遺跡



「もう、啓君は強引なんだからー」
「海、マジで来たんだな」
「だって、私この学校の出身だしねー。大事な弟が学園祭をやるっていうなら、そりゃ気になるよ」
「体調はどうなったんだよ?」
「心配してくれるのー? もう、元気いっぱいだよっ」


 昨日まで、海は風邪をひいていた。別に、重病ということではない、ただの風邪。
 廊下を歩いていると、周囲の視線が一層増したのがわかる。
 「綺麗な姉妹」、なんて声が聞こえてくるたび、頬がひきつる。


「啓君、本当に似合うねー」
「写真撮ろうとすんじゃねぇよ。……ったく」


 スマホのカメラを向けてきたため、手を動かして防御する。
 かわしてこようとしてきた海だが、それより先に動く。
 やがて、海は頬を膨らませる。


「もうー。ちょっとくらいいいじゃーん」
「こんな姿後世に残したくねぇんだよ」
「えー、可愛いんだしいいと思うよ? 私も妹ができたみたいで嬉しいしね」
「……」


 海がにこっと笑う。


「とにかくだ。海あんまり無理すんじゃねぇぞ」
「わかってるよー、自分の体くらいは」


 海がそういって階段を降りたときだった。
 彼女の体がふらっと傾く。


「あれ?」


 海がそのまま下へと落ちる。


「おいっ!」


 ――やっぱりまだ全然体調がよくなってないじゃねぇか!
 啓は舌打ちまじりに叫び、海の腕をつかみながら階段の手すりを掴む。
 それでも、不安定な態勢で人間一人を支えきることはできなかった。


 ただ、僅かな時間があった。それで、瞬時に足が動く。
 階段にほかに人はいない。階下も問題ない。
 海の体を抱きかかえるようにして、階段を飛び降りる。


 自分が下敷きになるように飛び降りる。
 そこから先の記憶ははっきりとしなかった。
 ただ、何か強い光に体が包まれたような、そんな気がした。




 〇




「ヒール」


 そんな声とともに、暖かな感触が全身を包んだ。
 体にあった重たい痛みが、一瞬で消え去った。


「海!」


 啓はその場で跳ね起き、声を荒げる。
 飛び込んできた景色は、真っ暗なものだ。


 薄暗い空間だ。
 一瞬お化け屋敷か何かと思ったが、それも違う。
 啓がいた場所は、大きな広場だった。


 学校内にこんな場所はない。すぐに、この場が先ほどまでいた階段ではないことがわかった。
 周囲を見ると、一人の少女がいた。


「ここは海じゃなくて、遺跡よ」


 だが、少女しかそこにはいなかった。
 ――遺跡? 啓は彼女の言葉に首をひねるしかなかった。


「ちょっと、怪我をしていたから魔力で回復しておいたわよ。大丈夫?」
「ああ、怪我のほうは大丈夫だぜ。ありがとな……。ただ、そのちょっと聞きたいんだけど、俺に似た顔の女の人いなかったか?」
「いいえ、あんただけしかいなかったわ。知り合い?」
「ああ、姉なんだよ」
「……そうなんだ。あたしは知らないわ。ごめんなさい」
「いや、あんたが悪いわけじゃないんだから、謝らないでくれ。……とにかく、助けてくれてサンキューな」


 啓は体を起こして、メイド服についた汚れを払う。
 それから、彼女をじっと観察する。


 少し小柄な彼女はオレンジ色の装甲を体の四肢にまとっていた。
 光を反射させるように綺麗なその装甲は、まるでロボットか何かのようで、思わず目を見開いてしまう。
 学校にはロボット部があったはずだ。そこの出し物だろうか。


 ただ、それをまとう少女の髪はオレンジに近い茶髪だった。
 彼女の瞳は青く染まっている。茶髪に染めている、カラーコンタクト……それだけは説明できないほどに彼女の全身は本物らしさがあった。


 暗い広場を照らしているのは、彼女の近くで浮かぶ光の玉。
 それがまた、小さな太陽とでもいうようなものだ。
 あんな代物があっただろうか。啓は必死に記憶を探る。


 啓が混乱していると、少女は訝しむような目を向けてきた。


「あんたにちょっと聞きたいんだけど、あんたここで何をしていたの? ここは神聖な魔導人機、『ケル・アムドロス』が眠る遺跡と知っているわよね?」
「け、ける……なんだそれ?
「……知らない? ってことは、その様子とこの場に似つかわしくないその格好。突然現れたこともそうだけど、やっぱり流れ者?」


 彼女の言葉に啓はただただ首をひねる。


「ああ、もう。わけわかんねぇ単語を並べないでくれ。ああ、くそ……どうなってやがんだ?」
「……たぶん、あんた流れ者ね」


 嘆息しながら、少女は頭をかいた。


「流れ者?」
「異世界から来たって人よ。さっきあんたに聞いたことと、この今あたしがつけている魔導人機、どっちもわかんないでしょ?」
「……ああ」
「それは、この世界の人間ならまずありえないのよ。だから、あんたは流れ者で決まりよ」
「わ、わかった。理解はしたくねぇが、納得はしてやる。……なら、俺の姉貴はどこにいるんだ?」
「……一緒にいたの? もしかしたら、別の場所に迷い込んでしまった可能性もあるわ。そもそも、こっちに来ていない可能性だってある」
「……なんだよ。そりゃあ」


 彼女の言葉がすべて本当ならば、海のことが心配であった。
 少女は短く息を吐いて、広場の先へと歩き出す。
 広場には、いくつか洞窟のような道が続いているのがわかる。


 よく見れば、壁際には機械の残骸のようなものがある。
 時々、ばちばちと電流がはじけたような音も聞こえた。


「まあいいわ。あんたは後で学園まで連れていってやるわよ。とりあえず、今はここで待っていなさい」
「……いや、意味わかんねぇよ」
「あたしはこの奥に用事があるの。さっきいった魔導人機の様子を確かめにいくのよ。何か遺跡に変な動きがあったっていうからね」
「……はあ、そうか。ここで待っていてもしかたねぇし、俺もついていっていいか?」
「怪我しても知らないわよ?」
「安心しろって。自分の身くらいは守れる。それに、姉貴がこの先にいるかもしれねぇしな」
「……そう、ね。わかったわ」


 少女は軽く息をついてから、歩き出す。
 事情はいまだまったくわからなかったが、ここに放置されてそのままおいていかれるのは嫌だった。


 広場から狭い道へと入り、そのまま歩いていく。
 遺跡は、切りそろえられた石で作られている。
 足場や壁には、長方形サイズの灰色の石が敷き詰められていた。


「……こんなのゲームとかでしか見たことねぇな」


 まるでダンジョンのようだ。
 啓は顔を近づけ、壁や足場に触れていく。
 ここは、少なくとも学校ではないだろう。


「ゲームは、あんたの世界にもあるのね」
「そういえば、どうせ暇なんだし、今のうちに聞いてもいいか?」
「流れ者について?」
「ああ。異世界からきたってどうしてだよ? それに、なんでおまえと俺の言葉が通じるんだ?」


 少女はけだるそうに息を吐いた。


「流れ者、異世界人ともいうけど、彼らがくる理由は定かではないわ。強い力が影響することもあれば、偶然に迷い込むこともあるわ」
「……一応確認するけど、この世界に、地球や日本ってあるのか?」
「……あんたのいた世界の名前?」
「ああ」


 少女は首を左右に振った。


「聞いたことないわ。だからたぶん、あんたも流れ者よ」
「……マジかよ。じゃあどうやったら戻れるんだ?」
「知らないわよ。……今までの歴史で、一度も戻れた人間はいないみたいよ」
「……おいおい。マジかよ、意味わかんねぇぞおい」


 まだ現実を受け入れ切れていなかった啓は、彼女の腕の部分を覆っている装甲を見る。


「それはなんなんだよ?」
「これが魔導人機よ。あたしの魔導人機『クリスタル・レベッタ』よ」


 少女はそういうと、彼女の肘から腕までを覆う装甲部分が動く。
 手首のあたりから銃口のようなものが出現し、それからもう一度収納される。
 見せびらかすような動きに、啓は見とれた。


「……ガチのマジで、ロボットって感じか。それで、魔導人機ってのは具体的に何をするんだよ?」
「あたしたちの戦闘をサポートするものよ。今は狭い空間の移動が多いから、一次展開しかしていないけど、本来はもっと派手なのよね」
「なるほどな……そんなの俺の世界にはねぇな」


 漫画やアニメではあるが、現実にはない。
 異世界であることをまざまざと見せつけられ、啓は嘆息をついた。
 海がこちらにいないことを願いながら、彼女とともに遺跡を歩いていく。


「そういえば、俺の体の痛みがなくなったのもおまえの力のおかげか?」
「そうよ。魔導人機には魔法とかのセットが行えるの。それで、あんたの傷を癒したってわけよ。あんた、一体何をしたの? 痣みたいなのがあったわよ。女の子なんだから、そんなに怪我するようなことしちゃ駄目でしょ」
「……」


 女の子と言われ、頬がひきつった啓だったが、自分の格好を思い出す。
 メイド服のままだ。それで、女だと断定されてしまう自分の容姿にため息をつく。


「俺はな――」
「けどあんた女でよかったわね。あんたの世界がどうかは知らないけど、この世界、女尊男卑なのよ」
「……あぁ?」


 気になることをいわれ、啓は言いかけた言葉を抑えた。


「なんでだよ?」
「この魔導人機が女にしか扱えないからよ。立場的には、女のほうが得なことがあるから、不幸中の幸いね」
「……そうか」


 男だと言い張りたかったが、今は様子を見ることにした。
 どうせそのうちにばれることだが、ここで彼女に放置されるなどあれば、命に関わる。
 現状頼れるのが彼女しかいない。
 性別に関しては、ひとまず濁すことにした。


「まあ、悪いようにはならないと思うわよ。あんたにも、もしかしたら魔導人機の才能があるかもしれないしね」
「そうだったらいいけどな」


 そりゃないだろうと思いながら、彼女と歩いていく。
 しばらくして、通路から広場へと抜けた。
 開けた空間では、前の広場に比べて明かりも確保されている。


 それは、壁際に燭台が設置されていたからだ。松明ではなく、石がつけられたそれらは、明滅を繰り返している。
 「魔石のあかりよ」と少女に教えられ、啓はそちらに顔を向ける。


 少女は広場の先にある、階段に向かう。
 そこには、大きな大剣が突き刺さっている。燭台を見ていた啓は、彼女のほうに駆け足で近づいた。


「この祭壇みたいなのはなんだよ?」
「ああ、これが今回あたしが見に来た場所よ。かつての英雄が使用したという魔導人機を使用するための、鍵、みたいなものかしらね。あたしたちはデバイスって呼んでいるんだけど……ここは、もうずっと国で管理しているんだけど、なんか異常があったみたいなんだけど……特にないわよね」
「……ねぇな。それって俺のことか?」
「あんたが来る前の話だから大丈夫よ。……まあ、何もないならそれでいいんだけど――」


 この広場にも、周囲には機械が転がっている。
 それらはもうずっと使われていないのか、錆びていた。
 この遺跡は、もうずいぶんと古いのだろう。あちこちにヒビのようなものが見える。


 深い事情を知らない啓でも、この場に来てから肌をぴりぴりと焼くような感覚に襲われていた。


「なんか、凄い場所なんだな」


 アホっぽいが、素直な感想だった。
 少女もこくりと頷いた。


「それにしても調査を任されるってことは、あんた結構優秀なのか?」


 見た目は、中学生くらいの少女だ。
 啓が笑みを向けると、少女は照れ臭そうに頬をかいた。


「まあね。自分専用の魔導人機を持っている人って数があんまりいないのよ。その一人っていえば、そこそこ優秀ってわかるでしょ?」


 ちょっぴり自慢げに彼女がいった。


「何もなさそうだし、帰るわよ」
「……ああ。姉貴もいないみたいだしな」


 この世界に迷い込んでいなければそれでいい。
 祭壇の階段をおりた瞬間だった。
 ぞくりと、悪寒が走った。


 嫌な音が耳を抜ける。
 まるで、何かの機械が起動したかのような音。


 その異常が、自分たちにとって悪いものであるのは、本能が理解した。
 まだ、何か原因はわからない。早とちりならそれでいい。


 一歩走り出した瞬間、物質が迫ってくるのが感じられた。
 すぐに啓は少女を抱えるようにして横っ飛びする。
 少女の悲鳴も気にせずに、啓は自分をクッションにするようにして、倒れこむ。


「な、なんだこいつは!」


 すぐに体を起こして振り返る。
 自分たちがいた場所に四足の機械がいた。
 そいつは前足の鋭く尖った先を地面へと振り下ろしたところであった。


「あ、ありがと……」
「んなことはどうでもいいんだよ。それより、あいつをどうにかするのがあんたの仕事でいいんだよな?」


 頑丈そうな機械に、拳や蹴りではどうにもならないのはすぐにわかる。


「そ、そうよ……あたしの仕事よ!」


 彼女の体に密着していた装甲は、さらに巨大化して彼女の四肢を包んだ。













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