オール1から始まる勇者

木嶋隆太

妹視点 第二十一話



 土曜日の朝。
 今週は頑張って攻略をしたなぁ、と思いながら伸びを一つする。
 午前九時を回り、桃お姉ちゃんと交代するように咲葉が家に来る。


 あたしが考えるのは、今朝兄貴に会いにきた女の事だった。
 部屋の椅子に座りぐるぐる回る。
 ……あれは、先週来ていた冒険者の人、だよね?


 兄貴の交友関係が良くわからない。いつの間にか彼女を作っていたこともあったし、兄貴は本当に何を考えているのかわからない。
 それでもまあ、兄貴が楽しいならあたしは別にかまわない。


 部屋に咲葉とともにこちらへとやってくる。
 ……今日は第十九階層でレベル上げをしてから、第二十階層へ向かう予定だ。
 この一週間で、あたしたちは第十九階層までの攻略が済んでいる。戦闘自体に問題はなく、みんな自分の魔法を磨くことに専念している余裕もある。
 午前中はレベル上げをして、午後に万全を期してから第二十階層――。


 あたしと咲葉で話し合って決めたことだ。 
 ボスは多少強いというのが相場となっている。第十五階層ではもう苦戦はしなかったけど、それぐらいを目安に攻略を進めたいのだ。


 特に、初めてのフンガ戦のようなぎりぎりの戦いはできればやりたくはない。
 いや、あれはあれで血沸き肉躍るというような楽しみはあった。けど、確実に寿命も縮んだよ。
 だから、これからのボス戦ではぎりぎりではなく、余裕で進めたいのだ。


 咲葉とともに第十九階層へとワープする。
 この階層に出てくる魔物は、スモールトレント、シールドトレント、ソードトレントだ。
 この三体はそれぞれの役割がはっきりしているから案外やりにくい。


 そんなことを考えていると、空間が歪む。
 出現した魔物は合計五体だ。スモールトレントが二体、シールドトレントが二体、ソードトレント一体の組み合わせだ。


 すぐにあたしは魔法の用意を始める。
 ストックしてある魔法は合計十個。
 取り出した魔法は、サークルフレイムだ。


「咲葉、ゴブッチ、とりあえず先制叩き込むから、散らばったのお願いね」


 二人の首肯を確認してから、サークルフレイムを放つ。
 五体の魔物全てを飲み込むように発生した魔法陣に、慌てた様子でトレントたちが逃げる。


 ゴブッチが、分身を使用し、黒い影が生まれる。
 ゴブッチが新しく覚えた魔法だ。魔力を消費して、黒い影ではあるが自分と同じ力を持った分身をつくるのだ。
 それが敵の攻撃を受け止めてその脇から、ゴブッチがシールドトレントに剣を突き刺すのが見えた。


 魔物たちはとにかくあたしの魔法から逃れることを優先している。ソードトレントとシールドトレントの近くへ咲葉たちがいる。
 だから、あたしがやることは残り三体のトレントの注意を引くことだ。


 ただ、敵も何かしらの魔法をもっている。そのすべてに反応できるほど、まだあたしは戦闘に慣れていない。


「クワリ、魔法が展開されそうになったら教えて」
「わかっていますわ」


 魔法のストックからヒートバレットを取り出して、放ちながらさらに一つヒートバレットを構築する。


 あたしに気づいたシールドトレントが、木の盾でうける。
 けど、その盾で防いでくるのはわかっている。だからこそ、突破力をあげた一撃にしてある。
 盾ごと貫くと、シールドトレントはすんでのところでかわす。
 シールドトレントは再び木の腕盾に変えてからこちらへと迫る。あれが案外頑丈だから厄介だ。


 敵三体ほあたしが一人でいるのをみて、こちらを先に潰そうと考えたようだ。シールド、スモールトレントが、足の根っこを動かして迫ってくる。


 一体のスモールトレントは魔法の準備だろうか。
 立ち止まったまま動かないでいる。


「前二体も魔法の準備をしていますわ」


 クワリの言葉を聞いてアナライズを使用する。
 確かに三体とも同じ魔法の準備をしている。
 木の葉の手裏剣を飛ばすような魔法で、放たれると処理が面倒だ。


 魔法の構築が終わったようだ。あたしはそれに合わせて即座にリトライアローを展開する。
 複数に白い矢は分裂して、展開された瞬間の魔法陣にあたる。


 そして破壊された魔法たちは、再び構成する必要があるが、その前に魔物たちは何が起きたかを理解していない。
 ヒートバレットを展開する。こちらもオレンジの火の弾を複数展開して、まっすぐにうちだす。


 仲間を守るためにシールドトレントが立ちふさがり、その盾にガツガツと魔法が刺さっていく。
 さすがに、手数の魔法でどちらかといえば足止めがメインだから、押し切るのは無理かな。
 けど、そのあいだに咲葉たちがスモールトレントの背後から強襲する。


 こちらにばかり気を取られていたスモールトレントは咲葉の剣をまるでよけることはできない。
 あたしの魔法を受け切ったシールドトレントだったが、満身創痍といったくらいに傷ついている。


 あとは時間の問題だね。咲葉たちの連続攻撃で、スモール、シールドトレントのすべてが狩られた。
 さっきの戦闘はどうだっただろうか。


 意識しているのは一回あたりの戦闘時間だ。
 あたしが、咲葉に聞こうとしたところで、方に乗っていたクワリが暴れるように飛んだ。


「みなさん、すぐ背後に歪みが発生しましたわよ!」


 うへぇ、またかぁ……。心からのため息だ。


 この階層はいままでとは段違いに魔物の出現速度が早い。
 戦闘に時間をかけてしまうと、休む暇もなく次の戦闘だ。


 とりあえず、いまのあたしたちの目標は休める程度のスピードで魔物を狩ることだ。


 けど、シールドトレントがいると耐久と体力の多さに苛立つんだよね。
 あれがいる編成のときはほぼ間違いなく連続になる。
 連続になっちゃうと、あたしのストックも段々削られてくるから、結局どこかで一度、ダンジョンから脱出する必要がでて来てしまう。


「あたしの魔法ギリギリになってきたから、これたおしたら一度戻ろう!」


 連続戦闘だと、ストックが足りなくなる。もちろん、戦闘の途中でも準備はしているが、それでは間に合わない。
 みんなが戦闘しながら雄叫びのように返してくれる。
 あたしはなるべく援護に徹するように、ひたすらに魔法の展開を行った。






 咲葉の魔法で部屋に戻ると、十一時を回ったところだ。


 予定では午後に第二十階層のボス部屋へと向かうつもりだったので、時間的にはちょうどよい。
 あたしたちは、お昼を食べるために一階リビングへと向かう。


 桃お姉ちゃんが来るといっていたが、まだ来ていない。よかったよかった。
 家にいるのにドアチャイムに反応できなかった大問題だ。まあ、けど、ここまで強くなったし桃お姉ちゃんなら公開しても大丈夫な気もする。なんだかんだあたしに優しいしね!


 リビングにおりてまだ昼には早い時間。
 それでも咲葉が台所にたつ。


 アイテムボックスから肉を取り出して、彼女は軽く笑みを浮かべる。
 トレントは用途のわからない……というかクワリに聞いたところ、現状あたしたちには無意味な素材ばかりを落とすから、取り出したのその前の階層で戦った魔物の肉だ。


「チャーハンでいいか?」
「野菜少なくね」
「もちろん、たくさん入れるよ」


 咲葉の意地悪。別に野菜なんて食べなくてもいいのに。
 成長しない、と言われても知るかそんなもの。あたしの兄貴は学校給食でも好きな物しか食べないし、家でもあまり野菜は食べないけど、身長は百八十近くある。


 結局のとこら、遺伝子がすべてだ。つまりいつかはあたしもモデルさんみたいになるというわけだ。
 ソファで横になり、何がテレビでもやってないかなぁとつけてみる。
 テレビでは先週のダンジョン給食なるものを食べる芸能人がいた。


 食べた感想はもちろんのこと、なんだか体が成長したとして話をしている。
 チャンネルを回すと、専門家による持論のぶつけ合いが行われているし、テレビによってはダンジョン内まで、冒険者の護衛をつけての撮影なんてのも行われている。
 どこ位っても、ダンジョンばかり。


 ダンジョンができてから二週間が経った。世界は問題なく回り続けている。
 ソファの前のテーブルに座るクワリはそれらをみてぎゅっと拳を固めている。


「世界は、何も変わっていませんわね」
「ねぇ、ダンジョンがでたことでのリスクよりも、ダンジョンによる資源に大喜びだもんね」
「それも、そうですけれど……わたくしは自分の記憶に疑問をもってしまいますわ。本当に世界の危機があるのだろうか、と」
「まあまあ。それも二十階層にいけばわかることなんだし、そんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかな?」


 何かを犠牲にここまで来たわけじゃないんだしね。
 先週の小テストがそういえばまだカバンに眠っている。
 明日は祖父母が家にくるから、そのときに見せないとだなぁ。怒られるかも……。


「沙耶、ありがとうですわ」
「なにが?」
「わたくしのことを信じてくれたでしょう? とても、嬉しかったですのよ」
「それは全部終わってからにしてよね」


 あたしはまだなにもしていない、これからも何かをするつもりではない。
 ただ、あたしはあたしのやりたいことをやっているだけだ。
 玄関のドアチャイムがなり、あたしはソファから飛び上がるようにして向かった。







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