オール1から始まる勇者

木嶋隆太

妹視点 第二十話

 魔力のない人間や、魔法の種類的に使用できないものたちには不満の残る午後の授業も終わり、放課後はまったりとした空気が流れていた。


 そう見えるだけかな。
 クラスメートたちは浮き足立っている。
 きっと、この中には魔法をこっそりと使う人たちばかりだろう。
 あたしも一応はそっち側の人間だし、何も言わない。


 放課後の廊下には、長い一日から解放された生徒たちで溢れていた。


 話題の多くは魔法や、冒険者についてだ。すでに彼女たちの美しさについて語るような声までも聞こえる。生徒の頭の中はもしかしたら咲葉みたいな人ばっかりなのかも。


「沙耶、安心して。一番可愛いのは沙耶だから」


 そんなことの心配、露ほどもしてないよ!
 あたしが呆れて嘆息をついて、生徒用玄関に向かう。
 今日も咲葉と一緒にダンジョンだ。
 兄貴が帰ってくるから、いつもより長くはいられない。


 またどこかに遊びに行かないだろうか。ていうか、おみやげの一つもないなんて妹想いのかけらもないよ。


 自転車置き場ですれ違った人が、これからどっかで魔法を打たないか、なんて話している。すごい度胸だよ。あたしには絶対無理だ。


 自転車にまたがって家まで向かいながら、咲葉に声をかける。


「咲葉、迷宮なんだけど今日からは一つずつでいいかな?」
「そうだな。今週末を目安にするのなら。焦りすぎる必要もないな」


 だよね。
 あたしたちは想定よりもだいぶ早く進んでいる。
 これなら、クワリの世界崩壊前に十分間に合う。


 焦ってあたしたちが負傷したらそれこそ大問題だ。
 咲葉がいなくなったら、あたし一人じゃ絶対攻略はできない、
 自宅について、兄貴がいないのを確認しながら階段をかけあかる。
 部屋に入り、ダンジョン入り口を確認してから、あたしたちはいつも通りに準備をする。


 制服のままでは動きにくいからジャージに身を包む。
 ゴブッチも呼び出して、第十六階層へと向かう。
 道の先を彼女らに任せる。そもそも咲葉が次の階層に繋がる階段の場所を知っている。


「そういえば、今日学校に冒険者が来たんだよ」
「そうなんですの?」


 前を行く咲葉とクワリからは僅かに離れている。クワリに、魔力のことで聞きたいこともあったし、ちょうど良い。


「それでね、クワリ。あたしも咲葉も魔力を検査しても数値がでなかったんだよ。どうしてか、わかる?」


 肝心の記憶こそないが、こういう時に頼れるのは彼女だ。
 クワリはうーんと、顎に手をあててそれから、眉間にシワを刻みながらいう。


「一応、可能性としては一つあるかもですわ」
「なになに?」
「二人はわたくしの力を僅かにもっていますわ。ですので、それが魔力を変化させていると思われますわ」
「魔力の変化?」
「そうですわ。お二人の魔力は人間のものではなくなっていますのよ。たぶん、魔力の測定では人間のものを調べたはずですわ。だから、精霊の魔力をもつ二人は感知されなかったんだと思いますわ」


 それなら、多少納得はできる。
 けど、精霊の魔力にいつの間にかなってたの? できれば教えて欲しかったよ。


「精霊の魔力って、あたしたちの体は大丈夫なの?」
「それは問題ありませんわよ」


 彼女は自信に溢れた様子で胸を張る。


「精霊の魔力で人間の体に害はありませんわ。精霊の魔力を求める人間は多くいますけれど、その理由は魔力の強化が可能だからですわ」
「魔力の強化ってどんなこと?」
「簡単な話、魔法が強くなりますの。あとは、魔力所有者が自分の体を守る魔力の鎧みたいなものの効果も上昇しますわ。霊体と呼ぶものもいますわね」


 そういえば、そんな話もあったような。とはいえ、ダメージの軽減だからそれに頼るのは良くない。


 第十六階層の魔物は、同時に三体ほどでてくるが、その質はそれほど高くはない。
 出現したモンスターは、スモールトレント。木の子どもサイズの魔物で、やはり火属性に弱い。


「ダンジョンの傾向としては、一属性に偏る場合は多々ありますわよ。得意な人が攻略を進めればいいんですのよ」
「あたしってば、運が良かったって感じだね」


 本当そうだよ。学校の魔力検査にも引っかからなかったし、ここまで死ぬような思いもそれほどしてきていない。何度か危なかったとはいえ、乗り切ってこれた。


「沙耶、第十七階層だよ」


 階段が見つかり、時間の確認を頼む。
 ちょうど、十七時を回ったところだ。咲葉に頼んであたしの部屋に戻ってくる。


「それじゃ、あっしはそろそろ戻るっすよ」
「ゴブッチありがとね!」


 ゴブッチに手を振ると、すぐにその体は精霊によって次元のはざまに戻される。


「それにしても、もう一週間かぁ」


 帰り支度をととのえている咲葉の手が止まる。


「そうだね。初めは前に進めるのかどうかもわからなかったけど、案外どうにかなっているな」
「どうにか、どころかかなりいいペースだよね?」


 クワリに首を傾けると、彼女もこくこくと頷いた。


「そうですわね。お二人の成長は思っていたよりもずっといいですし、限界もまだ来ていませんしね」
「その限界というのは、案外すぐに来るものなのかい?」
「人にもよると思いますわよ。簡単に限界に到達してしまう人もいれば、全然来ない人も……限界が来たと思ったら、ただ成長が悪いだけだったりもよくありますの」
「それってなにか、事前にわかるのか?」
「レベルアップ時に、体の伸びが悪いと思えばもしかしたらその徴候があるかもしれませんわね」


 ふーん、そうなんだ。
 あたしはまだまだ魔力がぐいぐい上がっているのがわかる。
 けど、もっと肉体が強くなってもらいたいとも思っている。
 魔法使いも楽しいけど、剣でも戦いたいものなのだ。


 ばっさばっさと敵を薙ぎ払う咲葉はやっぱり憧れてしまう。
 まあ、あたしもだいぶ、魔法展開も早くなったし、近接戦闘ならできないことはないと思うけどね。


 そうだった。いま魔法を同時に三つ展開する訓練もしていたんだ。今夜も兄貴が寝静まったところで、訓練に向かおう。


 魔法は手数を増やしてこそだ。同じ魔法でも様々なバリエーションにすることで、敵を仕留めるまでがまるで違うものになる。
 咲葉の帰り支度が終わり、あたしは彼女を玄関まで見送りにでる。


 咲葉が帰ってからしばらくして、兄貴が帰ってくる。
 今日の夕食はスーパーに売っていた安いうどんだそうだ。


 まあ、最近お肉ばっかりだったしたまにはこういう日があってもいいかな。
 午後二十三時を回ったところで、兄貴が静かになったのを確認する。
 部屋の鍵を一応閉めてから、あたしも部屋の電気を消してダンジョンへと入る。


 魔法の練習をするには、やっぱり一人の方がいい。
 咲葉がいるときは攻略を進めたいからね。
 複数魔法の展開訓練は、なかなか難しいものがある。


 今あたしができるのは、基本魔法とカスタム魔法の組み合わせだ。
 基本魔法はただ魔力を流すだけでいいから楽でいいが、本当に基本的な形の魔法しか使用できない。


 それでも、結構重宝する場面はあるからいいんだけどね。
 あたし的には、ここにさらにカスタム魔法をもう一つ展開できるようになりたい。
 三つ作れれば、一つ消費してから次のを用意しながらも魔法の使用ができる。


 魔法使いの弱点と思われる、攻撃速度の遅さをカバーするためにも、ぜひとも習得したいんだけど……やっぱり難しい。
 暇さえあれば訓練しているけど、三つ同時になるとどれも中途半端になってしまう。


 基本魔法だって魔力を送り込まないとだし、カスタム魔法はいわずもがなで集中が必要だ。
 魔法を同時に構築する。一つに魔力を込めながら、さらに二つを作り上げていく。
 ……それは両手で別のことをするようなものだ。あたし、右手で四角をかきながら、左手で三角をかくのができるけど、それでもこれはそんな単純なものじゃない。


 両手で同時に別のゲームをしているような気分だ。おまけに、ゲームの内容は頭を使うようなもの。


「複数魔法の展開って難しいね」
「そもそも、一つだって満足に使用できない人が多いものですわよ」
「そうなの?」
「例えば、魔力を持たない人がいるようなものですし、魔力が少なくて一度使用すればもう使えなくなってしまう人もいますわ。ですので、沙耶はその時点でかなり優秀ですのよ」
「けど、もっと魔法をうまく使えるようになりたいんだよね……複数同時展開のコツってないかな?」
「……コツ、といいますが、もしかしたら沙耶のやりたいことからは離れてしまうかもしれませんけど、沙耶の無限にも近い魔力を使う手段がありますわよ」
「……どういうこと?」
「魔法を作り、ストックだけしておきますの。魔法を事前に用意しておけば、あとは取り出すだけで済みますのよ」
「……なるほどねぇ」


 確かにやりたいこととは違うかもしれない。
 けど、事前に用意しておいて取り出すだけというのは、悪くないかもしれない。
 ……今までも敵の空間のゆがみを発見してから準備はしてきた。
 ただ、そうではなくてさらにもっといくつもストックしておくってことかな。


 試しに、十個ほど魔法をストックしてみる。
 魔力の消費は……まあ、あるみたいだけどまだまだ余っている。


「……うん、これなら一応魔法と魔法の隙はなくなるかな」
「……じゅ、十個ですの。魔力が多いと、空気中の魔力を吸収するのも多いようですわね」


 一応、この世界には魔力があって呼吸をすることで自然回復は可能だ。
 クワリが頬をひきつらせていて、あたしのこれは結構すごいことなのだと強調する。
 ふふん、だってあたしは天才だし。胸をはってやってから、あたしは眠りについた。





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