オール1から始まる勇者
妹視点 第十九話
昼休みも残りわずかだけど、校庭にはいまだ生徒で溢れていた。
……肉体強化の恩恵を受けた生徒たちが、その力を試すようにボールを追いかけている。
ああいうのをみると、これからのスポーツはどうなっていくんだろうと思う。
「そろそろ、着替えにいくかい?」
「そうだね」
更衣室があるのだが、今日の午後は動ける格好に着替えての全校集会だ。
昼休みに余裕をもって着替えるようにと指示が出されているけど、全校の女子生徒たちがこぞって更衣室に集まっているため、なかなか隙がなかった。
さっき、クラスメートがすいてきたと話していたからきっといまがチャーンス。
あたしたちもジャージをもって移動する。
「まあ、私はトイレで着替えてもいいんだけどね」
咲葉がそういうが、あたしはあんまりあそこで着替えたくない。
以前便器に体操服を落っことして泣く羽目になった。あの悲劇は繰り返してはいけないの。
更衣室に入ると、確かにすいていた、
むわっとたくさんの人が着替えたことで様々な臭いが混ざっている。何より熱気に溢れている。
ずらっと並んだロッカーだけど、今日ばかりはそれを利用することはできない。体育のときはいつも荷物をまとめてここに入れていたが、全校生徒が利用するのだから、それは無理だ。
盗まれないように教室で管理しなければならない。
さっさと着替えて、咲葉を待つ。あたしよりも着替えるのが遅い咲葉はゆっくりと胸を動かした。
いちいちみせつけなくていいよ!
更衣室を後にしてあたしたちは、それから校庭へと向かう。
全校生徒が一同に集まった光景はなかなかに圧巻だ。
昼休み終了をつげるチャイムがなり、遅れるようにして校舎から人々がかけてくる。
陽気な日差しにさらされたあたしたちは、それこそこれから芽吹くかのように、たくさんの感情を胸に貯めている。
校庭に用意された台へと上がっていったのは校長だ。
全体を眺めるようにして、彼は軽い笑みを浮かべる。
それから始まったのは長い話だ。あたしたちは校庭に座りこそしていたが、あまりの長さに不満が形をもつ。
みんな、これから冒険者の人の話が聞けると思っていたんだから、肩透かしを食らったような気分なんだ。
あたしは別にいいけどね。なんなら、半分寝ていたよ。
「こちらの方々は、冒険者学園から来てくださった、冒険者の方たちです」
紹介によって、二人の女性が台へとあがる。
木製の台をきしませながら歩く彼女は凛々しく美しい。
いくつもの感嘆の息が彼女の美しさを認めた。
学園の制服だろう。二人の女性たちは同じ服に身を包んでいる。
「学園で生徒会長を勤めている、風崎だ」
先ほど廊下ですれ違ったときにみせた弱気はまるでない。
マイクが隣に渡される。
「あの人って、テレビで魔法の紹介をしてなかったか?」
「そんな有名人がまさかうちの学校にくるなんて……」
「ていうかめちゃくちゃ可愛い」
「まあ、沙耶には劣るな」
最後の言葉は、委員長として前にでている人から聞こえた。
冒険者は仕事のできる女性という感じだ。
全体的に女性らしさには乏しいが、それでもすらっとした見た目はモデルのようだ。
あたしもこれから目指すならあんな感じのほうがいいかも。
いまからボンキュッボンは難しいかもしれないけど、すらーな美人ならいけると思う。
「私は赤羽冷歌だぜ。じゃなくて、です、よろしくお願いします」
慌てたようにぺこりと頭を下げる。
二人からマイクを受け取った教頭が詳しく今日の予定について話してくれる。
これから一週間、簡単に魔法体験を行うというのが目的だそうだ。
これから先の未来がどうなるかわからないが、若い子達の選択を増やすという意味で、特にこれから迎える受験などでの人生の分岐の多い中学生が、より広い――。
まとめると、ぜひ冒険者学園に進学してね、ということだと思う。
それ以外の意図があったら、教頭に説明させた人が悪いよ!
というわけで、冒険者による話が始まる。
風崎さんは視線をずっと真っ直ぐに向けたまま話している。
誰にも視線を合わせないように、虚空に誰か浮かんでいるかのように一点を見続けている。
風崎さんが話していることは魔法などの基礎知識だ。
簡単に言えば、魔法にはいくつかの種類があること。
魔法の発動について。
このあたりは知っているけど、魔法の無断使用については知らなかった。
なんでも最近定められたらしく、冒険者資格の所有者であっても認められていない状況下での魔法使用は禁止されているのだそうだ。
国から使用許可のおりているものや、学園などの定められた場所、学校での授業での使用など……まだまだ使用できる場面はあるが、とにかく、一般人はたいていの場合、処罰の対象になるから、使用しないようにという厳重注意だ。
魔法についての知識的な話が終わると、いよいよ実践へと移っていく。
「魔法には様々なものがあって、自覚できる場合もあるがあまりわからないことのほうが多い。だから、この魔道具を使う」
魔道具というのは魔法のような力がある道具だそうだ。スキルのついたものが、これに該当するんだって。
風崎さんが取り出したものは、四角いタブレットのようなものだ。
液晶のようなその画面に彼女が手をかざすと、文字が出現する。
魔法名と、魔力の数値が百段階で表示されるようだ。
「タブレットと魔石を組み合わせて作った、能力を判定するに表示する魔道具だ。これの効果はみてのとおり、魔力と魔法を測定するスキルが入っている。いくつか用意してあるからこれで自分の魔法を判断するんだ」
そういうと、教師たちがメモを用意し、魔道具を持って移動する。
合計六つの魔道具がある。アナライズを使用すると、あたしの魔法と同じような機能があるのがわかる。ただ、あたしのと比較すると魔法をより調べられるようになっているようだった。
あれで、調べられると危険かもしれない。教師たちが協力して、各学年クラスごとにどんどん調べていく。
魔道具によって、魔力と魔法がわかって人たちはそれこそ、宝くじにでも当たったように喜んでいる。
小さい頃に兄貴がだがしで最大の百円金券みたいなのをあてて喜びまくっていたけど、いま思うととても小さい出来事のようである。
って、そんなことを考えていたらぉしと番だ。
あたしはある意味で緊張しながらタブレットに手をかざす。数字が上昇していき、百を過ぎてゼロで止まる。
「フレイムショットに魔力はゼロ。魔力ないのは初めてだな」
教師がぽつりとつぶやいて、あたしも首を捻ってしまう。
いや、結果だけ見れば全然いいんだけど、なんか納得いかない。
ちょっとバカにしたような目が幾つかあるのが、その原因だと思う。
それから咲葉も調べると、やはりゼロだ。あたしと咲葉の共通事項はともにダンジョン攻略をしたくらいだ。
もしかして、あたしたちのことばれちゃうの? 心配で震えそうになる。牢屋とかにぶち込まれるのだろうか、考えただけで震えそうだ。
しかし、冒険者二人の反応は特にない。
反応しないということで、あたしたちに警戒されないようにしているのではないだろうか。深読み? だったらいいな。
一通り調べ終わると、重ねて魔法使用厳禁についてが伝えられる。
喜び、興奮する生徒たちにはそんな言葉では止まらない。
それをわかっているからだろう、冒険者たちも、呆れたように嘆息をついて。
「それじゃあ、少しだけいまの時間で魔法の訓練といこうか」
冒険者たちの言葉に校庭は割れんばかりの声が響いた。
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