オール1から始まる勇者
妹視点 第十八話
月曜日。
いつと通りにあたしたちは合流して自転車を漕ぐ。
軽く足を引っ掛けるだけでぐっと加速する。なんならペダルもはかいしてしまいそうなくらいだ。
自転車をおいて校舎まで歩いていく。朝練も終わり始め、荷物の片付けをしている生徒たちとすれ違う。
朝から部活とか、すごいと思う。あたしは今だって眠たくて、そんなあたしよりも何倍も早く登校しているんだ。
彼女たちをちらとみていると、咲葉が横に並ぶ。
教室まですっと移動し、席につく。
「今日だよな。うちの学校にくる冒険者って!」
話題はそれで持ちきりだ。冒険者かぁ。
ついでにいうなら今日の給食からダンジョンの素材を使ったものが導入される。
みんな、浮き足立っているなぁ。
あたしはふふん、とクラスメートたちをみる。
と、ぎゅっと、背後から抱きしめられる。
「な、なによ!」
正体はやはり咲葉だ。胸に当たる感触で十分わかる。
いきなり抱きつかないでよね。何度やられても、慣れないものだ。
ていうか、何その胸は。あたしに対してのあてつけではないか。
まったく、世の中は理不尽だよ。
「いやー、ドヤ顔している沙耶が愛おしくてね。結婚したいくらい可愛いかったからつい」
「結婚なんてできるわけないでしょ! とにかく、はーなーしーて!」
もぞもぞと暴れると、彼女はようやく手を離してくれた。
今はクワリも、ゴブッチもいないから、助けてくれる人がいなくて困る。
クラスメートたちはこっちをみて羨ましそうな視線ばかりを向ける。
咲葉が人気があるのが原因だよ。おかげで捕まって苦しんでいるあたしなんて、だーれも気にしていない。
咲葉は周囲の視線も気にせず近くの椅子を持ってくる。
「沙耶は昨日いっていたことを覚えているのか?」
「昨日 ……?」
なんのことだろうか。首をひねっていると、咲葉が耳元に顔を近づけてくる。
「冒険者のこと、だよ」
耳に息を吹きかけるようにして、咲葉がこちらに顔を近づけてくる。
もうなんなの! あたしが顔まで真っ赤にしてくすぐったい耳を押さえて睨む。
「あんまり、疑われる態度を取らないほうがいいよ」
何に対しての言葉かもうわからないよ!
あたしがまさか咲葉を誘っているとか思われたの? とんだ勘違いだよ。
たぶんだけど、冒険者関係の話のことだろうとはわかってるけどね。
咲葉がまた抱きしめてこようとしていたので、あたしはすかさず腕を使って防御する。
あたしたちへの注目も次第に薄れていく。なんだいつものことか、という具合に。大変不服なんだけどね。 
「咲葉、ちょっとあんまりくっつかないでよ」
「沙耶分が足りないと一日を乗り切れないんだ。仕方ないだろう?」
あたしに同意を求められてもわかんない。
今日の咲葉は一段と甘えてくるというかなんというか。
多少、不安という気持ちはわからないでもない。
もしも冒険者が相手の能力を測るような力をもっていたらあたしたちは一発でばれてしまう可能性がある。
たぶん、大丈夫だとは思う、けどね。
冒険者の人たちがくるのは、本日の午後になる。
理由は昼食のあと、能力に目覚めた人がいるかどうかの確認だ。
昼休み。
給食当番がいつもはだるそうにしているのに、今日ばかりはあまりにも早い。普段からそのくらいでやれば、担任の急かす言葉もなくなるというのに。
いつものメニューの中で、肉料理だけが献立と変わっている。
ダンジョンでとれた肉をみたいがために砂糖に集まるアリのように、クラスメートたちが寄っていく。
あたしはそれを遠巻きにみる。なんなら少しバカにしていたかもしれない。そんなの、あたしは毎日みているよ、と。
ふっふっふっ。余裕たっぷりに笑みを浮かべてやるのだ。
「まったく、どうせ配られるんだからそんなに急いでみなくてもいいのにね」
「きっと、沙耶も、今の環境でなかったら一目散に行っていたよね」
い、行ってないよ!
あたしがきっと顔を向けると、それから咲葉は息を荒くする。
「それで、たぶん人の列に弾かれて涙目を浮かべるんだね。それで、あたしに泣きついてくる……大丈夫だよ、沙耶」
よしよしと、彼女が頭を撫でてくる。
なんで勝手に妄想の延長を現実で実践してるの!
まあ、咲葉のなでなでは上手だから別に振り払うつもりはない。
「ほら、早く並んで!」
いつも率先して動かない人たちが、誰よりも先に動いていく。
全員の顔は、それこそクリスマスプレゼントに夢を持つ子どものようだ。
だけど、すでにあたしは現実を知っている。
この肉一つじゃそれほど強くはなれない。
だからまあ、とりあえず今日食べればみんな落ち着くだろう。
あたしとしては、あまりおいしくない給食に、最高の一品が追加されるということのほうに感動だ。
あたしと咲葉は最後尾について料理を運んでいく。
席に着くと、すぐさま頂きますの声が響いた。
みなが肉を真っ先につかむ。
咲葉も真似するように箸でつかんで、こちらをみる。
「沙耶は食べないのか?」
「食事というのは順番が決まっているの。あたしは好きなものは最後にとっておく派だよ」
「そうかい」
そして兄貴があたしの大好きなショートケーキのイチゴを奪い取ったあのときをあたしは忘れない。
肉をつかんだみんなだけど、そこから先に進まない。
一体、どれだけの願いを込めてその肉と対峙しているのだろうか。
食べれば二度と普通には戻れない。今までの自分から大きく変わることになる。
たいして変わらない可能性もある。みんな、たぶんインターネットでレベルアップについては知っているはずだ。
人によって伸び幅は違うし、限界もある。
幸い、あたしと咲葉はどちらも伸びが良く、まだ限界も来てないけどね。
優越感。あたしは周りにたいして絶対の自信をもっているのよ。
「沙耶のドヤ顔可愛いな」
咲葉がそうつぶやき、あたしの隣にいた女子 もあたしをみて微笑ましそうにしている。
みんなはあたしを小学生のように扱うときがあるけど、いまは完全にあたしが大人だ。
ふふん、あたし、凄い余裕。
パクパクと昼飯をかきこんでいると、クラスメートの一人が叫びながら肉を口にする。
がたっと、椅子が動き視線が集まる。
その男子生徒はそれから大きく叫ぶ。
「ど、どうした!?」
「うめぇ!」
「いや、その感想じゃない! 力は!」
あたしは片目だけをそちらに向けてマジックのみアナライズを発動する。魔法があるかどうかを調べるように改良したものだ。だって、変なことまでアナライズされちゃうときあるし。
童貞とかそんな情報はいらないの!
彼は魔法には目覚めていない。まあ、まだレベルアップはしていたとしても一回なんだしね。まだまだ、先があるよ。
クラスメートたちは意を決するようにして次々と食べていく。
適当に見える範囲でアナライズを使用していく。
何名かは魔法に目覚めている。
きっと使い方までは把握していないけど、それでも明らかに体の中に力が生まれたと自覚する人もいる。
あたしも肉を食べる。おいしいけど、昨日のウルフ肉のほうがうまかった。
ウルフ肉はボアピグとかの肉よりもうまかった。たぶんだけど、階層があがると、肉の質とかもあがるんだと思う。
つまり、この肉は低階層のものだ。
「沙耶、みんなの魔法はどうなんだ?」
「ある人、ない人って感じだよ」
「そりゃ、午後を訓練の時間にするわけだね」
まあ、魔法なんて自力で使い出すのは難しいと思う。誰かしらに分析してもらって、どのような傾向の魔法であるかを把握しないと使えない。
それでも、肉体自体がワンランク上にあがるのだ。冒険者たちが釘を刺しにくるのは当然だね。
あたしは嫌いな牛乳をすっと咲葉のようにおいてから、食器を片付ける。
咲葉はいつもあたしの分まで牛乳を飲んでくれる。まあ、あたしだってたまには飲むけどね。
教室の興奮ももちろんだが、廊下からもそれは響く。連なった声はきっと、吹奏楽の演奏よりもはるかに大きい。
みんながみんな似たような感動わ をもって叫んでいるようだ。
あたしは手を洗うついでに廊下 と出る。廊下に出ると、見慣れない制服に身を包んだ女子生徒を二人見つける。
「あー、一体、何を教えたらいいのか……わからないぞ」
「あたしだってしらねぇよ。生徒会長、ついてきてやったんだから訓練の件忘れるなよな」
「わかっている……。あー、もう嫌だ。緊張でお腹痛い。トイレ行く」
「さっき行ってきたじゃねぇか! 乙女の自覚をもてよな!」
「うぅ……冷歌はいいよな。こういうの慣れていて。私はこういう目立つのが大の大に嫌いなんだ。……大ばかりいわないでくれ、トイレ行きたい……」
「あたしも大概、女なんてもんは捨ててるけどよ、風紀委員長きたなすぎるぜ」
去っていく二人は、もしかして冒険者の人かな?
このあと、体育館で挨拶して魔法や、成長した体についての指導をしてくれることになっている。
……聞きたいことはいろいろあるけど、さすがに怪しまれちゃうよね。
あたしら賢い生き物なんだから、タイミングっていうのを理解している。
チャンスがあるとすれば、体育館でどさくさに紛れて聞くとかかな。
去って行った二人の背中を眺めてから、あたしは教室に戻った。
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