オール1から始まる勇者
第二十話
「悪いが、男に待たれても嬉しくもなんともないんだがな」
そういいながら、啓を見ると彼は口元に笑みを浮かべていた。
「だろうね。オレもキミの立場ならそういうよ」
そういってから彼は笑みを消す。
「冷歌、からどこまで話を聞いたかはわからないけど、大精霊に関しては少しは聞いたんじゃないか?」
「ああ。あんたが大精霊を探しているってことくらいだが」
「そうだね。……オレが大精霊を探していたのは、この世界の未来は決まっているのかどうか。それを知りたかったからなんだ」
「……そうか。それで、どうだったんだ?」
彼は軽く嘆息をつき、それから怒りを含んだ目をこちらに向けてくる。
「未来は決まっている。所詮、大精霊にとってはこの世界すべてがお遊びだ」
彼は手でコップを触りながら、憎たらしげに吐き捨てる。
その両目は窓の外、その先をみていふ。
「そうか」
「キミは、オレたちの世界がどうやって終わったのかを知っているかい?」
「いや……知らないが」
「いまいるこの空間は、オレたちの世界を再現したにすぎないんだ。オレたちの世界は破滅の未来が決まっていた」
「破滅の未来、か。大精霊は、どうしたんだ?」
その答えは知っている。
「なにもしなかった。だから、大精霊の騎士だったオレが、大精霊を殺した」
「……殺した、か」
彼は大精霊を殺せるだけの力を持っている。
「ああ、そうだ。世界の管理権と大精霊の力を奪えば、どうにかなると思っていたんだが、大精霊から奪えた力は大してなかった。簡単に言えば、力が足りず破滅の未来を変えることはできなかった」
……大精霊から世界の管理権を奪うか。確かに、単純な解決策の一つだが、それがうまくいくかどうかは厳しいだろう。
そして彼は失敗した。
「どうせ破滅するなら、せめて駒にされた人間の怒りをぶつけたかったのさ。完全に、すべてが失敗したわけではない。この世界でオレたちがいきているのも、大精霊の力を手に入れたことが大きい」
異世界を渡る際には必ずといっていいほど、大精霊が関わる。
大精霊に準ずるような力が必要なのかもしれない。
「だいたい、キミが考えていることで正解だよ」
「俺が考えていることがわかるのか?」
「ただ単に予想だよ。多くの場合、大精霊の力がなければ、世界を渡ることはできない。手に入れた力で、オレと冷歌はこの世界にやってきたというわけだ」
「……それで、あんたのいた世界は完全に」
「なくなったよ。仮に無数に世界があり、それらをまとめた地図があるのなら、オレたちの世界はその地図から跡形もなくなった、というわけだ」
「それで、おまえはこれからどうするつもりなんだ?」
本題はそこだろう。彼の両目には強い野望の色がにじみ出ている。
柔らかな空気は気付けば針のように鋭い。
「定められた未来を壊すこと。人間の手で未来を作り上げる。大精霊を襲撃したのも、力を得るためだ」
「やっぱり、おまえか」
「大精霊自体にさした戦闘能力はないからね。あいつらのいる世界にさえいければ、簡単だったよ。だけど、大精霊はすんでのところで逃げた。オレが大精霊から奪えた力はさしてなく、これではまだ世界を制御するほどではない、というわけだ」
そして、彼はこちらへと視線を向ける。
「だから、キミを待っていたんだ。冷歌がキミをここに連れて来てくれるはずだと、ね」
「俺に何の用事があるんだよ?」
「キミからは強い精霊の力をかんじられる。その精霊の力を奪い取る、それだけだ」
「わかりやすいものだな。そんなに俺の中に大精霊の力があるっていうのか?」
「ああ。大精霊は共に行動したものや、自身の認めたものに対して知らず内に力を与えることになっている。大精霊がキミを認めれば認めるほど、その力はますということだ」
あいつが俺のことを認めている、か。利用したいだけなんじゃないかと思う。
「……キミに恨みはないが、オレのためにオレたちの世界のために死んでくれ!」
彼が取り出した槍が俺へと突き出される。
それをかわすと、鋭い蹴りが腹部に刺さる。霊体で受けるが、彼は即座に槍を放る。
取り出した剣で受けるが、衝撃とともに外へとはじき出される。
突き破ったドアを見ながら、俺は長剣を肩にのせる。
出てきた啓は、両手に槍を持っていた。
「キミに恨みはないが、キミの命を頂こう」
「そう簡単にやれる命じゃないんでね」
彼が両手の槍を操る。その連続の攻撃を長剣でさばいていく。俺も、啓も攻撃は速度を重視している。
大振りは危険だ。だが、その一撃はヒットすれば流れを引きよせられる。
啓の槍を寸前でかわしたところで、霊体を発動する。強化された力を振り絞り、啓の体を捉える。
その瞬間、彼の身体を赤と白の光が包む。彼の速度があがり、引き戻された槍で受け切ってみせる。
「これが、真の霊体だ!」
彼の身体自体が、強い白色に包まれる。それは次第に赤色が混ざる。俺のような薄い光ではない、まるで鎧のように彼の身体を覆っていく。
途端に溢れる力も莫大なものとなる。
大精霊の力を奪った、彼の本物の霊体――っ。
消えた次の瞬間、啓が眼前に現れた。彼が槍を振りぬき、俺は反応が遅れて霊体が剥がれてしまう。
俺の剣と彼の槍がかちあい、弾き合う。
……さすがにやるな。生身だけでは受けきれない。俺は再度霊体を展開すると、彼はぴくりと眉根を寄せる。
再使用した霊体を彼へと振り抜く。受け止めた彼の身体ごと、思い切り弾き飛ばす。
彼は即座に槍をこちらへと投げつける。接近を妨害される。
「アースブロー!」
啓が叫ぶと同時、彼の足元の土が浮き上がる、
槍を弾き、その槌をすべてかわして、長剣を握る。
土の魔法を連続で放ってくるが、そのすべてをかわす。冷歌に比べればその精度はおざなりというしかない。
彼が再び霊体をまとい、お互いの武器が交差する。
眼前で睨み合い、俺は思い切り力を込める。力を流そうと彼の身体が傾く。
俺は剣をアイテムボックスに流れそうな身体をひねり、思い切り彼の霊体を蹴り飛ばす。
吹き飛んだ彼は背後に土の壁を作り出して止まる。
結構な衝撃に襲われたはずだが、彼はいまだ霊体を維持している。
俺よりも高い水準であることはわかる。だが、筋力技術だけで見れば俺が上回っている。
「さすがに、この身体では厳しいか」
「全力を出すつもりはないってか?」
「いや、ここからだ」
彼の身体から魔力のようなものが溢れていく。あいにく、それに縁がないため、あまりはっきりとはわからないけど。
「いくぞ!」
彼が叫ぶと同時に、一気に距離をつめてきた。
彼の振り抜いた槍を受け止める。くそっ、なんつー重さだ。
加速の乗った一撃に、俺の体が弾かれてしまう。
……力と速度が向上している。槍の連撃をどうにか凌いだが、彼の土の拳に殴られる。
「悪いが、おまえの命を糧にさせてもらうぞ!」
「なに、やってんだお兄ちゃん!」
叫ぶ声とともに氷の弾丸が抜けていく。槍を回すようにしてすべて防いだ啓の体を蹴り飛ばす。
くるっと回って冷歌のほうへと戻る。彼女はまだ眠そうに目をこすっている。
「まさか、これほど早く魔法を解除するとは思わなかったよ」
「お兄ちゃん、どうして、こんなことしてんだよ!」
「冷歌……すべては人間のためなんだよ」
「だからって、なんで勇人を殺そうとしているんだよ」
「彼の中にある大精霊の力を奪えれば、それだけオレの力が高まるんだ。そうすれば、この世界はオレが管理できるんだ。冷歌の望む世界だって作って上げられる」
「あたしの望む世界……なんだよ、それは!」
「お母さんやお父さんだって作り出せる。もう一度、あの世界を再現することだって可能なんだ」
「そんな世界、あたしは望んでない! あたしはお兄ちゃんがいて、それで勇人だって……誰も傷つかない世界がいいに決まってる!」
「大精霊に管理された世界で、それはできないんだよ。何かを犠牲にしないと、世界は決められた未来を歩むだけなんだ!」
啓が大声を返す。
兄の言葉に、冷歌が怯んだ様子を見せたがすぐに首を振った。
「だからって、それで誰かを犠牲にしていいわけが、ない!」
「なら、破滅の未来になれば、冷歌はそれを受け入れられるのかい!? 悪いがオレにはできない。だから、大精霊の駒にされるのは、もう嫌なんだ!」
彼がそう叫び、俺へと向かってくる。
俺は霊体を展開して受け止める。
「冷歌、どうするんだ?」
「お兄ちゃん……そんなの、間違ってるぜ!」
彼女が氷を作り出し、それを啓へと放り投げる。
啓は予想外だったのだろう。それらを槍で受け止め、大きく後退した。
啓は軽い舌打ちをしてから、俺を見る。
「やはり、おまえの力を利用するのは計画としては難易度が高かったか……ならば、仕方ない、か」
彼はそれからこちらを見て笑う。
「二人でしばらく、ここにいるといい。予定外だが、勇人くん。キミもオレの作る世界に招待しよう」
彼は小さくお辞儀をしてから背中を向ける。
「お兄ちゃん!」
冷歌が叫んだが、その道が土の壁でふさがれた。
「作戦はなにも一つではない、すべてが終わるのを、ここで見届けていろ。そうすれば冷歌、きっとおまえもオレのやり方が正しいことに気づくよ」
「お兄ちゃん!」
冷歌が手を伸ばしたが、すでにそこに兄の姿はなく空をつかむばかりだ。
……なにがどうなっているんだ。
俺以外を利用して、大精霊の力を獲得する。
……精霊の力を霊体とするなら、クラスメートたち、か?
まずい……とにかくだ。急いで家に戻らないと。
「冷歌、脱出するぞ」
俺たちが通ってきたあの道はまだ生きているだろうか。
「あ、ああ!」
冷歌の手を掴んで走り出す。嫌な予感がする。
「勇人……お兄ちゃん、あたしの言葉聞いてくれなかった」
「なら、また話せばいい。聞いてくれるまでな」
「……けど、お兄ちゃんは――」
「話せる状況には俺がしてやる。だから、今は落ち込んでないで先に行くぞ」
とにかく、まずはここからでなければならない。
戻ってきた道を走っていく。遠くに黒い渦が見えた。
……だが、今も確実に扉は小さくなっていく。
間に、合わないかもしれない。
霊体を展開して、冷歌の体を持ち上げる。
彼女の短い悲鳴を置いていくように地面をけりつける。
まっすぐに加速し、小さくなる穴に迫る。
……ただ、それでも間に合わない。
「冷歌、俺の家に行け!」
「え、ちょっと――!」
冷歌の返事を待たず、俺は片手で彼女を放り投げる。
俺も必死に片手を向けるが、穴に手が届く前に完全に閉じてしまった。
……間に合わなかったか。
俺はごろごろと地面を転がってから体を起こす。
……くそっ。どうすりゃいいんだよ!
服についた汚れを払いながら、周囲を見る。
「さて……ここから出る方法は――」
次元のはざまに閉じ込められたとしても、それをこじ開ける手段はあるだろう。
こうして、ここにこれたのだから、戻れないはずがない。
次元ごと切り飛ばす……とかそんなことができればいいんだがな。
俺は長剣を肩に担いで、それから先ほどまで開いていた空間をじっと睨む。
どうにかできないものだろうか。
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