オール1から始まる勇者
第十九話
第五十階層のボスを倒したところで、奥へとつながる扉が開かれた。
「この先に……お兄ちゃんがいるのかっ」
立ち上がった冷歌だが、すぐにぐらっとふらついた。
彼女はそれでも立ち上がろうとして、俺はその肩を掴んだ。
「今のままいっても、兄貴が心配するだけだぞ。少し休んでからにしようぜ。今更焦ったって変わらないしな」
「……そうだな」
この先、まだまだ続くかもしれない。
一応冷歌には体調を整えてほしい。
「ここにいたら、またあいつでてきたりしてな」
俺が冗談を飛ばすと、彼女はそれこそ本気で嫌そうな顔を浮かべた。そして、すぐに第五十階層の先におりる扉の前まで移動した。
俺も彼女の隣に座った。
「それにしても、あー頭痛いぜ」
「最後の魔法、すごかったな。それと、咄嗟にカバー、ほんと助かった」
あれがなかったら、少なくとも俺は致命傷をおっていたかもしれない。魔法がないとああいう敵との戦いが本当に面倒だ。
何が中距離に対応できる武器でも手に入ればいいんだけど。
「勇人、あれだして」
「買ってたお菓子か?」
「さすが勇人、あれ食べて魔力少し回復しておく」
クッキーだったか。魔力を回復するために作られたものだ。
がっつりは回復しないが、何も食わないよりかはマシだ。
「いろいろ食いまくってるけど、カロリーは大丈夫なのか?」
「その分運動してるからいいんだぜ。つーか、そういうの聞くなんて無礼だぞー」
「いや、少し気になったからな」
俺も飲み物を出して、のとを潤わせる。はあ、運動の後の麦茶はうまい。
口元をぬぐいながらアイテムボックスにしまうと、冷歌が立ち上がる。
軽く何度か運動したあと、尻についた汚れを払うように叩く。
「あたしは、もう大丈夫だぜ」
「覚悟は決まったのか?」
「……そんなもん、とっくにできてるぜ」
冷歌の兄と会い、それから先何があるかはわからない。
……あんまりよい結果にはならない。そんなことを思いながら俺はこの迷宮に潜っている。
大精霊が俺に助けを求めたこと。
それと彼女の兄貴が無関係……とも思えなかった。
言葉で説得できればそれが一番だ。だが、きっとそれは難しい。
ならば、やりあうしかない。結局、どれだけの知能を獲得しようとも意見がぶつかりあえば、最後は力で決めるしかない。
体の調子を確かめる。もちろん、完全な状態と比べればいまの俺はあまりよくはない。
そこは気持ちでやり切れば良い。冷歌か全力を出すのならば、俺も彼女を助けてやりたい。その先に俺の求める未来もあるのだから。
扉の先は、俺の家にある迷宮と同じだ。
迷宮の操作が行えるようになっていて、出現する魔物の数を調節だけしておいた。
部屋の中で俺が操作を行っていると、冷歌が声をあげた。
「ここに、歪みがあるぜ」
彼女が右手に魔力を集める。そして、まっすぐに氷を放つ。まるでガラスが砕けるようにそこから歪みは広がっていく。
俺たちが通るには十分すぎる穴が完成し、冷歌はどこか調子良さげに笑う。
「それじゃあ、この先にいくか」
「本当に入って大丈夫なのか?」
 
だって、どんな原理なのかさっぱりわからない。
「まあ、大丈夫、だと思うぜ! 運が悪くなればな!」
「前半だけで止めてくれれば安心できたのによ」
「へへ、あんだけ強いんだからたまにはびびった姿もみせてもいいんだぜ」
からかうように彼女が笑い、こめかみをぐりぐりと押してくる。
痛い痛いと逃げ出すようにして、冷歌が先に中へと入る。
俺も急いで彼女を追いかける。一瞬、もわっとした空気が顔を覆う。それから、その層を抜けた先に光が見えた。
空は夕焼けだろうか。まるで、世界の崩壊前といわれても不思議ではないほどに不気味な赤色だ。
先に入った冷歌はじっとそこをみて固まっていた。
「知っているところなのか?」
「あたしの、出身の世界、だぜ」
……どういうことだ。
だって、冷歌の世界は。
「崩壊、したんじゃないのか?」
「……もうなくなったはずだ。だから、これは……たぶん偽物だ」
彼女はそれを払うように首を振る。しかし、景色が変わるはずもない。
ぐっと歯ぎしりをたてながら、彼女は空を睨みつける。
「いやだ、いやだ。もう、ここを思い出したくねぇんだよ! なんだよここは!」
必死に首を振る彼女を落ち着かせようと俺が踏み出すと、そっと、彼女の肩を押さえるように一人の男がいた。
青と黒の混ざった髪に、どこか人懐っこさを混ぜた笑み。
……聞かなくてもわかった。彼が、冷歌の兄なのだろう。
「お、お兄ちゃん?」
突然現れた彼に、俺はまったく反応できなかった。警戒していたのだが、彼は俺と冷歌に軽く笑みを向けてきた。
「ああ、そうだよ」
柔らかな笑みを浮かべた彼は、それから冷歌をとんとんと叩いた。
冷歌はその動きにぶわっと両目に涙をためた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
「よかったな、会えて」
冷歌はそれはもう嬉しそうに兄貴へと抱きつく。
兄貴のほうも嬉しそうに彼女を受け止める。
感動の再会はそれからすぐに終わる。冷歌がぐしぐしと顔をぬぐい、それから俺に視線を向ける。
「紹介するよお兄ちゃん」
兄貴に向けて、冷歌が視線を向ける。
すると、兄貴さんは俺のほうを鋭くにらむ。
「まさか……彼氏さんを連れてくるとは思ってなかったよ。ちょっとふさわしいかどうか、確かめさせてもらおうか」
……こいつシスコンかよ。
兄貴の言葉に、冷歌はばっと顔を真っ赤にした。
「かか、彼氏!? ちげぇよお兄ちゃん! 勇人はただのパーティーメンバー、仲間だ! お兄ちゃんにようじがあって、ここまで一緒に来てくれただけだって!」
「そうか。それはよかったよ。勘違いで。お兄ちゃん、もう少しで犯罪者になるところだったよ」
にこっと、柔和な笑みをみせる。
あいつ、こわっ! シスコンとかあり得ないな、ひくわ。
「俺は勇人だ。あんたが大精霊について知っているってきいて、訪ねに来たんだ」
「オレは、啓だ。そうかい。ならとりあえずは、こっちにきてくれ。オレの拠点を案内するよ」
それにしても、わざわざこんな場所を使っているとはな。
俺がキョロキョロとみていると、冷歌がこっちにくる。
「兄貴の近くじゃなくていいのか?」
「別に、とりあえず会えたからな。それよりどうだ、お兄ちゃん、すごいだろ?」
立ち居振る舞いのすべてに無駄がない。
彼にいまたとえ長剣を叩きつけても、容易に処理されてしまうだろう。
確かに凄いな。……とりあえず、今のところ問題もなさそうだ。
「ここが、とりあえずの拠点だよ」
彼がちらと手を向けた先には、少しぼろい木の家があった。
冷歌がそれを見て、また目元を緩めた。
「地球の生活になれていると、あまり使い勝手は良くないかもしれないけど」
「確かに、日本は特に便利だよな」
冷歌が同意の声をあげる。
「本当にね。トイレのウォシュレットなんて、初めて使用したときは感動したものさ」
「お兄ちゃん、いきなり変な話するなって」
「ああ、ごめんごめん」
彼らはそれは仲良く語り合う。
混ざる隙がまるでない。ぽつーんと彼らについて中へと入る。
「あれ、まだ午後二時なんだ」
部屋の見える位置にあった時計の秒針は一切動いていない。
「いや、あれ壊れてないか?」
「お恥ずかしながらね。調子がどうも悪くて。オレは腕時計を使っているよ。時間は三時過ぎだね」
結構経ったな。
簡素な椅子が三つあり、俺は少し首を捻る。
「自由に座ってくれていいよ。ちょうど、あるんだしね」
よかったよ、俺だけ床に座る羽目にならなくて。
啓が飲み物を持って来て机に置いた。
「それで、オレに大精霊について聞きたいんだったっけ?」
「ああ。大精霊を追っているって話に聞いたからさ。なんでわざわさまこんな場所を拠点にしていたんだ?」
「それは大精霊が次元のはざまにいると考えられたからね」
「なんだと?」
大精霊はなにをやっているんだか。
「けど、なかなか見つけられていないのが現状だよ。ここからなら別の次元のはざまにいけるから、ここを利用している、というわけだ」
「次元のはざまの旅か。そりゃまたなんとも大変そうだな」
「やっぱり、お兄ちゃんはこの世界を助けようとしてたんだ。みんな、お兄ちゃんのこと逃げたって非難してたんだ……」
……兄貴さんも、冒険者学園に通っていたのだろう。
迷宮が発生して大変な時期に学園にいないということで、彼を馬鹿にするものもいたのかもしれない。
泣き出しそうな彼女の頭を、啓は撫でる。
「ごめんね。辛い思いをさせてしまって。でも、この次元のはざまの移動はオレと、冷歌にしかできないことなんだ。誰にも言えなかったのは、たぶん、理解されないことだしね」
「……あ、れ?」
冷歌は何度か頷いた後、目をしょぼしょぼとこする。
やがて、彼女はゆっくりと目を閉じた。机に倒れこむようになった彼女を、啓は受け止めてベッドへと運ぶ。
冷歌がぴったりと収まったそのベッドをちらとみてから、啓はこちらへと歩いてくる。
俺は手元のコップをつかんでから、中身をぐるぐると回す。
「寝かす魔法か?」
「そんなに強力ではないけどね。信頼してくれている相手には通用するけど、例えばキミには微塵もきかないよ」
警戒しないでくれとばかりに彼は両手をあげた。
「まずは、ここまで彼女を連れて来たこと、感謝をしようかなありがとう」
「別に。俺の目的と一致したから、ここまできたんだ。それに、あいつの力にもかなり助けられたしな。礼をいいたいのはこっちだぜ」
「それなら、この件に関しては終わりでいいね。さて、本題といこうか」
彼は軽く笑みを浮かべ、肘をつく。
「オレはね。キミを待っていたんだよ」
彼が小さく笑い、時計の針がかちっと音を上げた。
「この先に……お兄ちゃんがいるのかっ」
立ち上がった冷歌だが、すぐにぐらっとふらついた。
彼女はそれでも立ち上がろうとして、俺はその肩を掴んだ。
「今のままいっても、兄貴が心配するだけだぞ。少し休んでからにしようぜ。今更焦ったって変わらないしな」
「……そうだな」
この先、まだまだ続くかもしれない。
一応冷歌には体調を整えてほしい。
「ここにいたら、またあいつでてきたりしてな」
俺が冗談を飛ばすと、彼女はそれこそ本気で嫌そうな顔を浮かべた。そして、すぐに第五十階層の先におりる扉の前まで移動した。
俺も彼女の隣に座った。
「それにしても、あー頭痛いぜ」
「最後の魔法、すごかったな。それと、咄嗟にカバー、ほんと助かった」
あれがなかったら、少なくとも俺は致命傷をおっていたかもしれない。魔法がないとああいう敵との戦いが本当に面倒だ。
何が中距離に対応できる武器でも手に入ればいいんだけど。
「勇人、あれだして」
「買ってたお菓子か?」
「さすが勇人、あれ食べて魔力少し回復しておく」
クッキーだったか。魔力を回復するために作られたものだ。
がっつりは回復しないが、何も食わないよりかはマシだ。
「いろいろ食いまくってるけど、カロリーは大丈夫なのか?」
「その分運動してるからいいんだぜ。つーか、そういうの聞くなんて無礼だぞー」
「いや、少し気になったからな」
俺も飲み物を出して、のとを潤わせる。はあ、運動の後の麦茶はうまい。
口元をぬぐいながらアイテムボックスにしまうと、冷歌が立ち上がる。
軽く何度か運動したあと、尻についた汚れを払うように叩く。
「あたしは、もう大丈夫だぜ」
「覚悟は決まったのか?」
「……そんなもん、とっくにできてるぜ」
冷歌の兄と会い、それから先何があるかはわからない。
……あんまりよい結果にはならない。そんなことを思いながら俺はこの迷宮に潜っている。
大精霊が俺に助けを求めたこと。
それと彼女の兄貴が無関係……とも思えなかった。
言葉で説得できればそれが一番だ。だが、きっとそれは難しい。
ならば、やりあうしかない。結局、どれだけの知能を獲得しようとも意見がぶつかりあえば、最後は力で決めるしかない。
体の調子を確かめる。もちろん、完全な状態と比べればいまの俺はあまりよくはない。
そこは気持ちでやり切れば良い。冷歌か全力を出すのならば、俺も彼女を助けてやりたい。その先に俺の求める未来もあるのだから。
扉の先は、俺の家にある迷宮と同じだ。
迷宮の操作が行えるようになっていて、出現する魔物の数を調節だけしておいた。
部屋の中で俺が操作を行っていると、冷歌が声をあげた。
「ここに、歪みがあるぜ」
彼女が右手に魔力を集める。そして、まっすぐに氷を放つ。まるでガラスが砕けるようにそこから歪みは広がっていく。
俺たちが通るには十分すぎる穴が完成し、冷歌はどこか調子良さげに笑う。
「それじゃあ、この先にいくか」
「本当に入って大丈夫なのか?」
 
だって、どんな原理なのかさっぱりわからない。
「まあ、大丈夫、だと思うぜ! 運が悪くなればな!」
「前半だけで止めてくれれば安心できたのによ」
「へへ、あんだけ強いんだからたまにはびびった姿もみせてもいいんだぜ」
からかうように彼女が笑い、こめかみをぐりぐりと押してくる。
痛い痛いと逃げ出すようにして、冷歌が先に中へと入る。
俺も急いで彼女を追いかける。一瞬、もわっとした空気が顔を覆う。それから、その層を抜けた先に光が見えた。
空は夕焼けだろうか。まるで、世界の崩壊前といわれても不思議ではないほどに不気味な赤色だ。
先に入った冷歌はじっとそこをみて固まっていた。
「知っているところなのか?」
「あたしの、出身の世界、だぜ」
……どういうことだ。
だって、冷歌の世界は。
「崩壊、したんじゃないのか?」
「……もうなくなったはずだ。だから、これは……たぶん偽物だ」
彼女はそれを払うように首を振る。しかし、景色が変わるはずもない。
ぐっと歯ぎしりをたてながら、彼女は空を睨みつける。
「いやだ、いやだ。もう、ここを思い出したくねぇんだよ! なんだよここは!」
必死に首を振る彼女を落ち着かせようと俺が踏み出すと、そっと、彼女の肩を押さえるように一人の男がいた。
青と黒の混ざった髪に、どこか人懐っこさを混ぜた笑み。
……聞かなくてもわかった。彼が、冷歌の兄なのだろう。
「お、お兄ちゃん?」
突然現れた彼に、俺はまったく反応できなかった。警戒していたのだが、彼は俺と冷歌に軽く笑みを向けてきた。
「ああ、そうだよ」
柔らかな笑みを浮かべた彼は、それから冷歌をとんとんと叩いた。
冷歌はその動きにぶわっと両目に涙をためた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
「よかったな、会えて」
冷歌はそれはもう嬉しそうに兄貴へと抱きつく。
兄貴のほうも嬉しそうに彼女を受け止める。
感動の再会はそれからすぐに終わる。冷歌がぐしぐしと顔をぬぐい、それから俺に視線を向ける。
「紹介するよお兄ちゃん」
兄貴に向けて、冷歌が視線を向ける。
すると、兄貴さんは俺のほうを鋭くにらむ。
「まさか……彼氏さんを連れてくるとは思ってなかったよ。ちょっとふさわしいかどうか、確かめさせてもらおうか」
……こいつシスコンかよ。
兄貴の言葉に、冷歌はばっと顔を真っ赤にした。
「かか、彼氏!? ちげぇよお兄ちゃん! 勇人はただのパーティーメンバー、仲間だ! お兄ちゃんにようじがあって、ここまで一緒に来てくれただけだって!」
「そうか。それはよかったよ。勘違いで。お兄ちゃん、もう少しで犯罪者になるところだったよ」
にこっと、柔和な笑みをみせる。
あいつ、こわっ! シスコンとかあり得ないな、ひくわ。
「俺は勇人だ。あんたが大精霊について知っているってきいて、訪ねに来たんだ」
「オレは、啓だ。そうかい。ならとりあえずは、こっちにきてくれ。オレの拠点を案内するよ」
それにしても、わざわざこんな場所を使っているとはな。
俺がキョロキョロとみていると、冷歌がこっちにくる。
「兄貴の近くじゃなくていいのか?」
「別に、とりあえず会えたからな。それよりどうだ、お兄ちゃん、すごいだろ?」
立ち居振る舞いのすべてに無駄がない。
彼にいまたとえ長剣を叩きつけても、容易に処理されてしまうだろう。
確かに凄いな。……とりあえず、今のところ問題もなさそうだ。
「ここが、とりあえずの拠点だよ」
彼がちらと手を向けた先には、少しぼろい木の家があった。
冷歌がそれを見て、また目元を緩めた。
「地球の生活になれていると、あまり使い勝手は良くないかもしれないけど」
「確かに、日本は特に便利だよな」
冷歌が同意の声をあげる。
「本当にね。トイレのウォシュレットなんて、初めて使用したときは感動したものさ」
「お兄ちゃん、いきなり変な話するなって」
「ああ、ごめんごめん」
彼らはそれは仲良く語り合う。
混ざる隙がまるでない。ぽつーんと彼らについて中へと入る。
「あれ、まだ午後二時なんだ」
部屋の見える位置にあった時計の秒針は一切動いていない。
「いや、あれ壊れてないか?」
「お恥ずかしながらね。調子がどうも悪くて。オレは腕時計を使っているよ。時間は三時過ぎだね」
結構経ったな。
簡素な椅子が三つあり、俺は少し首を捻る。
「自由に座ってくれていいよ。ちょうど、あるんだしね」
よかったよ、俺だけ床に座る羽目にならなくて。
啓が飲み物を持って来て机に置いた。
「それで、オレに大精霊について聞きたいんだったっけ?」
「ああ。大精霊を追っているって話に聞いたからさ。なんでわざわさまこんな場所を拠点にしていたんだ?」
「それは大精霊が次元のはざまにいると考えられたからね」
「なんだと?」
大精霊はなにをやっているんだか。
「けど、なかなか見つけられていないのが現状だよ。ここからなら別の次元のはざまにいけるから、ここを利用している、というわけだ」
「次元のはざまの旅か。そりゃまたなんとも大変そうだな」
「やっぱり、お兄ちゃんはこの世界を助けようとしてたんだ。みんな、お兄ちゃんのこと逃げたって非難してたんだ……」
……兄貴さんも、冒険者学園に通っていたのだろう。
迷宮が発生して大変な時期に学園にいないということで、彼を馬鹿にするものもいたのかもしれない。
泣き出しそうな彼女の頭を、啓は撫でる。
「ごめんね。辛い思いをさせてしまって。でも、この次元のはざまの移動はオレと、冷歌にしかできないことなんだ。誰にも言えなかったのは、たぶん、理解されないことだしね」
「……あ、れ?」
冷歌は何度か頷いた後、目をしょぼしょぼとこする。
やがて、彼女はゆっくりと目を閉じた。机に倒れこむようになった彼女を、啓は受け止めてベッドへと運ぶ。
冷歌がぴったりと収まったそのベッドをちらとみてから、啓はこちらへと歩いてくる。
俺は手元のコップをつかんでから、中身をぐるぐると回す。
「寝かす魔法か?」
「そんなに強力ではないけどね。信頼してくれている相手には通用するけど、例えばキミには微塵もきかないよ」
警戒しないでくれとばかりに彼は両手をあげた。
「まずは、ここまで彼女を連れて来たこと、感謝をしようかなありがとう」
「別に。俺の目的と一致したから、ここまできたんだ。それに、あいつの力にもかなり助けられたしな。礼をいいたいのはこっちだぜ」
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