オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第九話

 家に戻るといい匂いがした。まるでバーベキューでもしたかのように、肉の焼ける匂いが鼻をつつく。
 俺が一時間ちょっと探索している間に体力が戻ったようだ。キッチンでは、桃がじっと視線をさげていた。


「なんか、うまそうだな」
「勇人くん、迷宮のほうは終わりましたか?」
「とりあえず、五階層まではな。なかなか敵が強いし、面倒だから苦労したぜ」
「それでも攻略したんですね、さすがですね」


 キッチンに向かうと、肉がすべて皿にわけられていた。匂いが食欲を刺激する。食事か。
 午前はずっと体を動かしていたこともあって、ぐーと派手に音を上げる。


「肉くらいしか用意していませんが」
「冷凍のごはんがあったし、それをレンジで解凍すればいいだろ」
「けれど、それでは栄養バランスがあまり良くないですよ」
「一食くらい気にするなって。ていうか、よく考えたら桃、弁当あるんじゃないか?」


 桃はよく弁当を作って来てくれる。あっ、と短く声をあげて彼女は照れたように頬をかいた。


「忘れていました。それでは、弁当とお肉をいただきましょうか」


 桃が鞄を取りに向かい、俺は肉をテーブルにならべていく。 
 どれも単純に焼かれただけのようだが、それでも普通の肉とは見間違うほどに輝いてみえる。
 空腹がそうさせるのか、はたまたこの肉自体にそれほどの価値があるというのか。


 桃が戻って来て、お互いに席についてから、両手を合わせる。
 肉を箸で挟む。それはゴブリンのですね、と桃の言葉をが入り、俺は意を決して口に運ぶ。


「おお、うまい」
「ですよね。スーパーで並んでいてもおかしくないですよ」


 意外にもうまい。
 桃の作った醤油とにんにくなどを混ぜて作ったたれをつけることで、より肉のうまみが引き出される。
 これはいくらでもたべられてしまう。消費したカロリーのすべてを取り戻してしまうほどに箸が進む。


 ゴブリンの肉、と言われて不審がる人間もいるかもしれないが、これは豚肉とかと遜色ない。
 国の人たちはあれこれ考えているのかもしれないが、一般人の俺からすれば迷宮の価値はこれだけでも十分すぎるほどだ。


「勇人くん、ゴブリン肉ばかりですね」
「そうだった」


 どちらかといえば、ウサギやボアピグのほうが期待値は高い。
 ウサギ肉、ラパンというのだったか。俺は食べたことがないから比較はできない。
 期待もあるが戸惑いもある。
 一口サイズに切られた肉を口へと運ぶ。


 抵抗なく咀嚼できる。
 現実のラパンを知らないが、これが現実通りの歯ごたえ、味を再現しているなら、俺はいまからラパンを買いにいく。それか迷宮にこもる。
 ゴブリンの肉が安物のように感じるほどに味が違う。頬がとろける。勝手に笑みがこぼれてしまう。
 異世界で手にはいる素材に地球の調味料がまざることで、もはや次元の違う味となるようだ。


「最後ですね。ボアピグの肉ですよ」


 ていうか、さっきから桃は慣れた様子だ。こちらの反応をある程度予想しているようにもみえる。


「おまえまさか、すでに……」
「味見は料理の基本です」
「くっ!」


 こんなうまいものをすでに食べていたとは。俺も急いで口に運ぶ。
 見た目は豚肉のようであったが果たして……。


 口に入れた瞬間、さっきまでの感動が塗り替えられた。
 予想だにしていない拳が頬をかすめていく。
 肉は柔らかく、かといってとろけるほどではない。それが悪いのではなく、いいのだ。


 一口噛むごとに、肉汁が溢れ出す。噛むことができるのは、その肉汁を楽しんで欲しいと言うボアピグの希望なのかもしれない。
 こんなうまいものを食べていたのか。冒険者のやつらめ、ずるすぎる。
 いつの間にか弁当箱のごはんが終わっていた。これでは足りない。
 桃も珍しくご飯をおかわりしている。運動したのと、この肉のせいで、彼女の胃袋も求めているようだ。
 結構あったのだが、あっさりとなくなってしまった。
 俺が背もたれに体を預けていると、桃は体を何度か動かして見せた。


「……確かに、少し体が強化されたような気がしますね」
「だな」


 俺の人間的な肉体部分が強化されたようだ。
 今の俺には、人間の肉体、眷属の力、霊体……この三つがあるという感じか。
 体に、悪い異常は見られない。
 本当は俺だけで毒見するつもりだったが、これならば沙耶に食べさせても問題なさそうだ。


「それで勇人くん、迷宮の攻略がひとまず蹴りがついたのですよね?」
「そうだ、桃。こんな手紙が見つかったんだよ」


 彼女のほうへと差し出す。桃は手紙を受け取ってじっくりと目を通していく。
 あの手紙……大精霊が字を書くのが苦手なのはわかったが、それ以上にこの世界で異常が起きているんだよな。
 今度の戦いは、どんなものになるのだろうか。


 あんまり大変なのは避けたいんだがな。
 俺以外の誰かが解決してくれればそれが一番だ。
 読み終えた桃が俺のほうへと手紙を渡してくる。
 アイテムボックスにしまうと、彼女は顎に手をやった。


「冒険者学園に、行くんですか?」
「……まあ、仕方ないな。大精霊のやつに頼まれているんだ。最低限協力しねぇとあとで何をされるかわかったもんじゃねぇ」
「そうはいいますが……大丈夫ですか? あなたを右腕として指名したというのは、本当に重要な意味があると思います。……霊体の弱体化を受けていないのも、おそらくはあなたに託すために、大精霊が配慮したんだと思います。勇人くんに頼らないといけない、ということは結構大変な事態なんじゃないですか?」
「さぁね。俺なんて別に対して強くはねぇよ。あんなレベルの高い迷宮で育ってきたこの世界の冒険者がいる以上、俺なんて実はかなり弱いかもしれない」


 大精霊が襲撃を受けて逃げざるを得ない状況だ。
 敵が強大なのかもしれないし、何が狙いなのかはわからない。
 けれど、どうにかしなければならないのなら重い腰だって動かしてやるさ。
 俺はこの世界がどうなろうとも構いはしねぇが、この世界で暮らす友人や家族を失うのは嫌だからな。
 力があるならそれだけやらなければならないこともある。俺が出向く必要があるのならやってやる。


「とりあえず、休日にでも冒険者学園に行ってみようと思うけど……今いけると思うか?」
「どうですかね……」


 桃がスマホを取り出してこちらに画面を見せる。
 それは学園の動画のようだ。ニュースが動画投稿サイトにあげられているようで、人が非常に多いのがわかる。
 みんな、学園に興味深々なんだろう。一般の警備員も雇い、学園に侵入者がいないように配置されている。


 学園に訪れる人間には様々な種類がいるようだ。
 多くは、自分たちも冒険者になりたい、またはさっさと迷宮を一般に開放しろと怒鳴りつける輩もいるようだ。いや、それは学園じゃなくて国に言いに行けよ。


 ……迷宮ってそんなに入りたいものなのかね。
 一切戦闘経験もなく、肉体のレベルアップもすませていない一般人が入ったところで、ゴブリンにも惨殺されるのは目に見える。


 その現実を知らないからこそ、一般人は全員乗り気なのだろう。
 みんな、自分ならばきっと戦えると思っているに違いない。
 霊体を持つ桃でさえ結構苦戦しているんだ。一般人じゃ絶対無理だ。


「勇人くん、まだお肉のほうはあるんですか?」
「さっきも集めたから結構あるな。夕食に作ってくれるか?」
「はい。やっぱり、勇人くんも沙耶さんに食べさせるつもりだったんですね?」
「あのバカ、絶対迷宮に入ろうとするからな。ていうか、俺たちがいない時間を見計らって絶対迷宮に入るはずだ」
「大丈夫なんですか?」
「とりあえず、今日のところは大丈夫だ。迷宮のモンスターは完全に出ないようには設定できなかったが、ほとんど出ないようにはできたんだ」


 あの五階層と六階層をつなぐ途中にあった部屋についてかいつまんで説明する。


「異世界の迷宮を踏破したことはなかったのでわかりませんが、どこもそうなんですかね?」
「俺も詳しくは知らないが、たぶんそんな感じじゃないのか? 迷宮内の魔物を管理している場所もあったし」
「……そういえばありましたね」


 桃はあまり良い顔をしていない。
 俺にとっては結構思い出深い場所でもあるのだが、下手なことをいって刺激してもかなわない。
 暴走状態の桃は何を口走るかわかったものじゃないからな。このまま放置に限る。


 それにしても……不安だな。
 これからどうなっているのか、先がまるで読めない。
 大精霊が一体何に襲撃されたのか。
 俺以外に頼るやつはいなかったのか。


 それと、冒険者学園。あそこに行ったところで、精霊についての情報がすんなり手に入るのだろうか。
 そもそも、精霊の存在を冒険者学園のやつは本当に理解しているんだろうか。
 俺がいったら、門前払い、とかだったらさすがに泣ける。
 あと、大精霊は交通費とか払ってくれねぇのかな。
 そんないろいろな不安を抱えながら、食器を片付け、それから思い出す。


「そうだ。桃、俺たちは家を空けておこうぜ」
「どういうことですか?」
「沙耶が迷宮に入るかどうかの確認のために、俺たちは普段通り学校にいったような時間に帰宅するってことだ」
「何か、わかるようにしてきたんですか?」
「まあな」


 迷宮の階段には土がいくつもついている。
 それは、迷宮内を移動した後の靴がそれだけ汚れているということだ。
 だから、俺は出るときの階段三段分の土をすべて払っておいた。その三つだけ、きれいな状態であるため、汚れた靴で歩けばすぐに目立つようになる。


「それでは、どこに遊びに行きましょうか?」
「とりあえず制服から着替えて、のんびり時間でもつぶしに行こうぜ」
「わかりましたデートですね」


 デートじゃねぇから。
 桃は楽しそうに目元を緩めている。まあ、このくらい付き合ってもいいか。



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