オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第八話





 第四階層は、今までの復習とばかりにこれまでの階層にいた魔物全てが出現した。
 おまけに連携もしてくるため、はっきりいって面倒な相手だ。


 それこそ、束のようにでてくるので、集団を倒すのに優れていない俺にはどうしたって処理に時間がかかる。


 少し休憩してきてよかった。桃を連れてこなくてよかった。
 すべてがナイスタイミングだったようだ。
 少し乱れた呼吸を整え、ようやく見つけた階段へと走る。
 わかりやすく、第四階層の壁にどんと次の階段はあった。
 毎回こんな感じなら探すのも楽でいいのだが。


 階段をおりていく。かつかつと自分の足音だけがよく響く。
 休憩を挟もうかとも思ったが、体の調子は悪くない。このままさっさと行ってしまったほうがいいか。
 伺うように一度顔だけを五階層に出す。それからすっと足を出す。
 なんだか今までとは雰囲気が違う。広大な草原と言う点では同じなのだが、障害物は一切ない。


 まるで、戦闘のしやすい環境を用意しましたとばかりの構造だ。
 地面を確かめるように踏みつける。土の足場をむくりあげていると、離れた場所が歪んでいく。
 ゆがみからまずは腕が出る。這いずるようにして、全身が出た。


 それは俺の二倍はあるであろう巨体だった。
 フンガ、と言う名前のそのモンスターは鍛え上げられた筋肉をこちらへと見せつけるように何度か腕を回す。
 赤みがかった肌はぱんぱんに膨れ上がり、腕や足は人間の大人の胴ほどはあるかのようであった。


 ギロッという音がふさわしいほどにフンガの両目は獲物を捉えて尖る。
 見るものへ、恐怖を与えるような恐ろしいフォルムだ。


 ボス部屋、でいいのだろうか。背後を見ると階段には戻ることができるようだ。
 フンガはこちらを睨みつけると、右手を水平にあげる。
 その手に泡のように何かが集まり、 斧が形どられていく。


 それをつかみ、こちらへと仕掛けてくるのかと思っていたが、斧が放り投げられる。
 そうくるか。近接攻撃を予想していた俺は不意打ち気味ではあったが、その斧を蹴り飛ばす。
 足が痛いが、処理しきれないほどではない。


 フンガが跳躍する。迷宮の天井って、巨大モンスターがでても問題ないように高い。
 フンガの身体と拳が同時に落ちてくる。
 風圧で砂が顔に当たる。こりゃ、家に戻ったら風呂だな。


 フンガは見た目明らかパワータイプなのに、よく動く。
 拳と蹴りだけみると、それこそヒットアンドアウェイでもしそうなほど軽快だ。
 フンガが、異世界の五階層のボスとして登場したらたぶん俺は今ごろあの世にいた。
 つまりまあ、この迷宮の難易度がかなり高いということはもう理解した。


 あとはすべての迷宮がこれほど難しいのかどうか、そこが問題だ。
 だとしたら、迷宮を一般に開放なんてのは馬鹿げている。死人の山が築かれる可能性だってある。
 フンガが振り抜いた拳に、霊体の拳を返す。
 フンガの腕が弾け飛び、先のなくなった腕をもう片方の手で抑えるようにのけぞる。


「フガーガガ!?」


 どうした、隙を見せていいのか? 跳躍と同時にフンガの懐へと入り込み、生身の足を突き出す。
 それでも、俺は一般人よりもはるかに頑丈だ。フンガの体がよろめく。
 もう霊体が回復するまでの時間は体が覚えている。霊体を再展開するのは攻撃が当たる直前。
 鋭い一撃がフンガの腹へとめり込む。


 フンガの体がボールのように跳ねて迷宮の壁へと叩きつけられる。
 あっさりとその体は一瞬にして消滅する。あとに残ったのは……玉?
 それを手にした瞬間、五階層から六階層への階段が出現する。


 ていうか、五階層ごとに迷宮を制御できるとかなんとかあったのに、何もないな。
 何階層まであるかわからないこの迷宮を最後までいくのか?


 さすがにそれは骨が折れるな。大きく嘆息をしながら、玉のようなそれを鑑定して見る。
 ……フンガ討伐の証。
 その迷宮の五階層までの管理能力をえる。ただし、第五階層に関してはいじることができない。


 すげえ、丁寧な説明だ。
 これらのことは、すべて大精霊が知っていることで鑑定の効果が発動する。
 つまり、この迷宮も大精霊が知っているという他でもない証拠となるのだが、どうやって部屋を弄るんだよ。


 第五階層ではやることがなかったため、俺は第六階層へと向かう。
 そうしたら階段の途中にある踊り場に見慣れない扉があった。


 とってもなにもついていない扉。無機質に玉をかざせとだけ書いてある。
 右手に持った玉をそちらへと向ける。
 一瞬扉が光って、すぐに扉は薄い光をまとった。
 塞いでいた扉は開き、中に入ることができるようだ。
 ……この先が管理室って感じかな?


 中に入ると、壁一面にびっしりと文字か書かれている。
 精霊の言語なのだろうか。書いてあることは迷宮の構築情報でみているだけで頭が痛くなるほど埋め尽くされている。
 餌に群がるアリのようだ。部屋の一箇所には先ほどの扉に似た模様があり、そちらに玉をかざしてみる。


 玉から光が伸びて、そちらの壁からディスプレイのようにウィンドウが浮かび上がった。
 各階層、出現する魔物、出現品度、と迷宮について操作できる項目が表示される。
 出現頻度が異常だ。各階層に出現する魔物をゼロにしてやろうと思ったが、それはできなかった。


 仕方なく、同時に出現できる数を一体にして、出現感覚は最長の十二時間に一度で設定する。
 これなら、毎朝沙耶が学校に行ってから俺がちょろっと狩りをすれば問題ない。朝練みたいなもんだ。


 沙耶の帰宅時間は午後四時ほどだ。
 俺の帰宅時間は基本的には午後五時から五時半であるため、その空白の時間だけが彼女の迷宮攻略時間となるかもしれない。


 ……今後も肉を確保したいし、四階層だけは今のままでいいか。一番効率よく集められそうだし。
 沙耶がこっそり入るとしても、俺のいない時間だけだし、そう簡単に四階層まではいけないはずだ。
 モンスターの出現頻度はいじらず、四階層の同時に出現する魔物数の最大は五体までにする。
 今までは限度がなかったようだ。
 この部屋でやることもなくなったし、後は第六階層におりてから上へと戻れば問題ないか。


 去ろうとしたところで、ひらひらと紙が落ちてくる。
 なんだこりゃ。
 掴んで中を開くと雑な文字が書かれていた。
 ……俺宛の手紙だ。
 送り主は、大精霊クワリだ。


『この手紙を読んでいるときにはおそらく』


 おっ死んだのか? それはいいが、アーフィと会えなくなるじゃねぇか。


『あなたは、わたくしが勝手に死んだと思って喜んでいるはずですわ。殴ってもいいですの?』


 さすが大精霊だ。こっちの思考なんてお見通しか。


『本題に入りますわ。わたくしは敵の襲撃を受けてしまい、一度精霊界を離れますの。その関係で様々な異常が発生しているはずですわ』


 大精霊が襲撃を受けた……一応は神様のような立場の存在だ。
 それが攻撃されるなんて、普通はありえない。
 ……けど、やろうとすればできる存在がいるのも確かだ。
 現にこうして世界に異常が発生している以上、この汚い手紙の言う通りなんだろう。


『異常はおそらくは迷宮の出現ですわ。これ自体は数年前に一度わたくしのミスで発生してしまっていますの』


 冒険者たちがいるのは大精霊のせいか。ほんと抜けているやつだ。


『ちなみにあなたにこのメッセージを読んでもらうためにこの迷宮はあなたのそばにできるよう、なんとか最後の力で作りましたわ。うまくいきましたの?』


 立地を考えろバカ。


『あなたは、わたくしの右腕に任命しますわ。お願いですので、わたくしを探し出してくださいの』
「探し出す?」


 よくわからない。別に大精霊が俺のほうにくればいいじゃねぇかよ。
 なんでわざわざ探す必要があるんだ?


『わたくしは、身体を二つにわけて人間界に潜伏していますわ。力をわけることで、敵に気づかれないようにしているというわけですの 。ただ、色々と忘れてしまっている可能性も十分に考えられますので、あなたに見つけてもらう必要がありますの』


 ……なるほどな。
 ざっと事情は理解した。俺は大精霊を見つけ出さないと、アーフィと会えないんだろう。


『わたくしのことを調べるのならば、冒険者に頼るといいはずですわ』


 またどうしてだ?
 まさか、学園の生徒たちは大精霊の存在を知っているのだろうか。
 それにしても、気軽にいける場所じゃねぇぞあそこは。
 東京湾だろ? うちからじゃ三時間くらいかかるんじゃないだろうか。


 大精霊は気軽だが、往復だけでいくら消えると思っているんだ。
 時間というよりは金銭面だ。
 高校生にはかなりの出費だっての。


 とはいえ、仕方ない。このままアーフィに会えなくなるのは寂しい。
 機会をみつけて冒険者育成学園にいくか。
 と、そこで終わりかと思ったら追伸とかかれている。
 紙の裏側へ、と書かれていて、めくってみる。


『追伸。わたくしの能力もだいぶ弱まってしまっていますの。あなた以外の方の霊体が弱体化している可能性も十分ありますので、そこんところご理解をお願いしますわ』


 結構それ大事な事だな。追伸どころか本文に書いて欲しい。
 追伸という言葉を使いたかっただけのように感じられ、その手紙をアイテムボックスにしまう。


 とりあえず、精霊探しか。
 また面倒なことが増えてしまったと頭をかきながら、俺は迷宮から脱出した。

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