オール1から始まる勇者
第七話
第三階層へと降りると、すぐにモンスターが襲い掛かってきた。
豚……のような魔物だ。名前はボアピグ。
体はピンク色で、後ろ姿は豚らしく可愛らしい尻尾がくるんとついている。
前に回るとイノシシのような強面となっている。おまけに小さな角が二つ生えている。
こちらに気づくと、突進を仕掛けてくる。
桃がかわして、俺は霊体をまとってその角をつかんで押さえつける。
ぽいっと放り投げるようにして浮かんだその体へ、落下に合わせて拳を振り上げる。
この階層も、俺は問題ないな。
問題は桃だ。格闘だけでは厳しい様子だ。やはりどこかで武器でも確保できればいいのだが。
「途中、宝箱は見つけたか?」
「いえ一度も。でも、全体を細かく見てきたわけじゃないですし、どこかにはあったかもしれませんね」
「宝箱探しに力を入れている場合でもないしな……」
宝箱に武器があるのならほしいが、確実に手に入るわけでもない。
「桃は別に無理して敵を倒さなくてもいいからな? できる限り、逃げるのに徹してくれ」
「わかりました。それじゃあ、私はあちら側を探しますね」
「そんじゃ俺はこっちだな」
迷宮内で別れて探索を始める。
……それにしても、宝箱か。
俺はセットしている職業以外もいくつかストックがある。
けれど、宝箱探知、なんている職業技はないんだよな。
迷宮で使えるものといえば、罠探知だ。
罠探知を用いれば、迷宮のトラップを発見できるが……現段階だと必要ないか。
トラップは冷歌の言っていたテレポートのようなものだ。
あれはまだ比較的優しいものだが、凶悪なトラップを回避するためにこの技はあるのだ。
ただ、トラップ自体は低階層にはないことがほとんどだ。
俺は試しに罠探知を発動する。これはHPを消費してそれに応じた時間だけ罠を見ることができる。HPの消費が多いほど、より長く発動していられる。俺のHPだと、十秒程度だ。
罠は……もちろんない。
タイミングを狙ったかのように、ボアピグが出現する。避けると慌てたように急ブレーキをかけたため、一気に距離をつめて蹴りを放つ。
ボアピグの腹に足がめり込む。なかなか頑丈で俺の靴が破損しそうだ。
確かに、異世界の低階層よりも敵が強い気がする。
異世界での迷宮攻略は基本的にはレベル=階層だ。ただ、人間側は複数人のパーティーを組んでいるのが前提だ。
ソロで挑む場合はもう少しレベルは必要になるのだが、それでも桃が三階層の敵に苦戦するのは本来あり得ない。
……どうにか、安全な環境ができたら沙耶に少しくらい空気を味わわせてもいいかなとか思ったけど、これじゃダメだ。
沙耶の可愛い顔に、体に傷がついたら大変だ!
早いところ第三階層を攻略し、桃も休ませてあげたいな。
俺は懸命に走るような勢いで迷宮の探索を進めていく。
魔物は束になって行動することはなく、基本的には一対一だ。
ただ、出会う確率は高い。数分に一回は戦闘をしているような気分だ。
こちらは武器もないのだから、苦戦するのも仕方ない。武器が何か欲しいな。
『勇人くん。階段を見つけましたよ』
連絡が入り、騒がしいほうへと向かう。
迷宮の階段は色々な場所にある。
迷宮を覆う壁際や、それこそ何気ない草原の真ん中にあったり、または木々に隠れるように……。
今回は茂みの中にあった。雑草が好き放題に伸びた中に、潜むようにある階段に顔をしかめる。
こんな場所じゃあ簡単には見つけられない。
迷宮内の宝や次の階段がわかるようなスキルがほしい。
「それじゃあ、一度戻るか?」
「……そうですね。さすがに疲れてしまいました」
桃はぱたぱたとジャージの胸元を掴んで、空気をおくる。
おっ、見えそうだな。なんて俺が視線を向けると、彼女はにやりと笑う。
「みたいですか?」
「まあ、ただで見れるならいいもんだけどな」
「それでは……」
「冗談に決まってるだろ。さっさと第四階層におりて、戻るぞ」
こいつ相手にこういう冗談は通じない。いや、まあ見れるのならみたい部分はあるけどね。
だが、心に決めた女性がいるのだから我慢しないと。我慢我慢。
お互いに第四階層までおりてから、俺は迷宮移動のスキルにつけかえる。さっき罠探知なんて使ったせいで一手間面倒なことになってしまった。
「それじゃ、いくか」
「はい」
桃が笑顔とともに腕をぎゅっと掴んでくる。
迷宮移動は発動者に触れていないといけないのだが、わさわざそんなに抱きしめる必要はない。
「近くないか」
「万が一置いていかれてしまったらどうするんですか?」
「そのときはまあ――」
「結婚してくれるんですか?」
「するかアホ!」
桃の慣れた様子に俺は頭をかく。
こういう冗談には俺も徹底して冗談を返すのだが、一対一になると彼女がそのままノリノリで来てしまうため、俺がどこかでやめなければならない。俺って真面目だから。
迷宮移動を発動して、俺たちは一つずつ階層をあがっていく。
迷宮移動は自分の訪れたことのある階層を自由に移動できる深い階層に行く場合絶対に必要ともいえる職業技だ。
だが、俺はHPの都合上一つずつしか戻ることはできない。
上がるたびに回復まで待つ必要があるのだが、桃はその間も離れない。
「あなた、次はどこにいきますか」
「迷宮の一階層だな」
あなたじゃねぇよ。デコピンをするが、彼女は異にも介さない。
「勇人くん。どうですか、私の魅力に気づきましたか?」
「魅力は十分あるのは知ってるよ」
「そうですか。ではさらに磨く必要がありますね」
いやまあ、あの、そういう問題じゃなくて。
そう伝えたところで彼女の行動は変わらない。
そう伝えて、今のこの関係になってしまったのだ。
「勇人くん、素材をたくさん手に入れましたがあれは食べてみますか?」
第一階層につき、最後の転移は行わない。基本的に、迷宮移動では一つ前の階層の……降りる階段の前にでることになる。
二階層で発動すれば、一階層の二階層におりる階段前にでることになる。
一階層で使えば、一階層の入り口――迷宮の外につながる階段前に移動できる。
まあ、HPに余裕があれば、そのあたり考えなくても一気にいけるみたいだけど。
最後の移動で沙耶の部屋につながる階段前に到着して、それからゆっくりとあがっていく。
沙耶の部屋につくと、ふーと息を吐いて桃がぺたんと座った。
「さすがに足に結構負担がありましたね」
「そうか」
「このままでは動けないのをいいことに、勇人くんにエッチなことをされてしまいますね。どうぞ」
「とりあえず、下に運ぼうか? ソファのほうが休めるだろ」
「そうですね。お願いしてもいいですか?」
案外辛そうな様子であったので、桃の体を持ち上げる。
「わっ、勇人くんは全然疲れてないんですか?」
「まあな。異世界のほうがよっぽど大変だったぜ」
「さすがですね。もしかして、これから迷宮にまた行くつもりですか?」
「一応五階層までは突破しておこうかと思ってる」
それで、五階層までの迷宮の管理が出来ればいいんだがな。
そうすれば、沙耶が勝手に入っても問題なくなる。
一階のソファに彼女を下ろす。肩を軽く回し、もう一度迷宮にでも向かうかな。
「それでは勇人くん。頑張ってくださいね」
「おまえ歩けるじゃねぇか!」
「ふふ、ふ。その反応を見るために頑張りましたよ」
ばたっと、桃はソファに倒れこむ。
体張って芸人か、と思ったが、まあ元気そうで何よりだ。
よく考えたら、桃はもうこっちにきてから戦いとは無縁だ。
俺はまあ、色々と大精霊のおっちょこちょいなミスを誤魔化すために手伝いをさせられて戦闘はしてきていたからな。
全部アーフィと会うための条件だから仕方なく手伝っていたが、俺のような存在でないと、この世の異常のなりかけを処理できないのだ。
今までやっていたのは、街中にある異常として形どっている影のようなものの処理だ。
それは明確な形をとると、大きなものでいうと災害となったり、小さなものだとそれこそ一般人同士の喧嘩とかそんなもの。
人の悪い心を刺激してしまうから見つけ次第処理することを命令されていた。本来ならば犯罪をしないような人間も、犯罪に手を染めてしまう可能性がでるらしい。
この今起きているのもそれらが積もり積もった結果なのか?
「勇人くん、ゴブリンの肉とか食べられそうなものは全部おいていってください。試しに調理してみます」
「まさか、一人で食べるのか?」
「沙耶さんに提供してあげられればと思いまして。一応、ゴブリンの肉でも食べられるとネットには書いてあります。あんまりおいしくないし、筋張っていて噛みきれないとありますが」
まあ、あまり食べたい容姿の魔物ではない。
ボアピグとかなら、結構うまそうだけど。
「そういえば、何か新しい情報は入ったか?」
「調べておきますね。勇人くんはお昼の時間を楽しみにしてくださいね」
俺はキッチンのほうにいって、適当な皿の上に素材をおいていく。
ゴブリン、ウサギ、ボアピグ。
どれも店にある肉のように輝いている。味のほうはわからないが、ダメな結果にはならないだろう。
ていうか、桃のやつ。沙耶に迷宮の食材を食わせるって、俺と同じことを考えていやがぅたな。
どうせ、沙耶のやつはうるさい。
今後一般にも開放されたときに、素のままよりかは強化しておいてほうがいいと思った。
そうすりゃ、危険も少しは減るだろうしな。
さて、残りの階層も攻略しに向かうとするか。
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