オール1から始まる勇者
第六話
一階層にいるのはゴブリンだ。
俺と桃は簡単に打ち合わせを行う。
「俺も桃も、近接攻撃しかないよな?」
「そうですね。私は魔物を倒したときにHPを回復する職業技しかありませんし」
「何より、格闘になるが、桃はできるのか?」
「まあ、それなりにはできると思いますよ。向こうで、一応訓練は受けましたし」
とはいっても、時間にしたらそれほどではないだろう。
職業にあった武器を使うと、霊体が反応してより高い能力を引き出せるようになる。
俺の場合は、すべての武器が適正であったが、桃の場合は剣だったはずだ。
階段をおりきって、周囲を確認する。モンスターの姿はない。
とりあえず、下に向かう階段を探すとするか。
歩き始めると、俺たちの視界の先の空間がゆがむようにしてゴブリンが姿を見せる。
その数は三体だ。
肩を軽く回す。戦闘準備はいつでもできている。
「ゴブリンですか。とりあえず、格闘でどこまでやれるかやってみましょうか」
「それじゃあ、俺は見ていていいか?」
「はい構いませんよ。すみません、勇者の制服ではないのでパンチラはお見せできませんが」
「いいよ、別に期待してねぇからな」
「それでは、やらせてもらいましょうか」
桃が軽く手を何度か閉じて開いてを繰り返して突っ込む。
その速度はなかなか速い。霊体に速度のステータスはないため、そこばかりは素の体に左右されてしまう。
まあ、やろうとすれば、筋力を使って地面を蹴りつける、ということで可能だが、それだと制御できずまっすぐに突撃くらいしかできない。
だから、戦闘中で使用すれば敵にカウンターされるだけの攻撃しかできない。
桃は軽やかに、ゴブリンへと突っ込み、ゴブリンの振りぬいたボロボロの剣をさっとかわす。
ふわりと髪が少し揺れる。短めの彼女の髪であるが、それが元に戻るときにはゴブリンの体に拳がめりこむ。
三対一。ゴブリンたちの意識にあったその優位性が一瞬で消滅する。
着地と同時に桃が足を振り回す。スカートだったらモロに見えていたであろう回し蹴りを受け、ゴブリンの体が吹き飛ぶ。
すべて、一撃で仕留められる。
それはそうだ。桃のステータスがさがったとはいえ、俺たちは一度異世界で鍛えられているのだ。
なんなら、ゲームクリアをしてから日本に戻ってきたようなもの。
そんな状態で今更最初のフィールドに出てくるような魔物相手に苦戦するわけがない。
ぱんぱんと、ゴブリンを仕留めた桃が素材を回収していく。
「私はそれほどアイテムボックスが広くありませんから、勇人くん持っていてくれますか?」
精霊より与えられた力の一つであるアイテムボックスには、本来限界というものがある。
俺のものにはそれがない。彼女から受けとった素材を収納して、それからまた迷宮内を歩いていく。
一階層にはゴブリンしかいないようだ。
桃はぱんぱんと手を打つ。
「これなら、沙耶さんも少しくらいなら体験させてあげてもいいんじゃないですか?」
「俺たちの力をどう説明するんだよ?」
たぶん、いま発見されている力とは大きくかけ離れている。
俺たちの力は未知のものとして扱われるのか、それとも新規に見つかった異能と判断されるのか。
そのところがわからないと、迂闊に人に見せられない。
もちろん、状況にもよるが、基本的には誰にもばれないのが望ましい。
「そういえば、そこも問題ですね。私たちが異世界から戻ってきた、というのも伝えないほうが、いいですよね?」
「いまとなったらな」
迷宮の存在がこうして現れ、現実とファンタジーが混ざった今、やっぱり異世界の存在がどう扱われるのかわからない。
ひとまずは、目をつけられるような行動や言動は控えるべきだ。
そういう意味で、昨日冷歌に遭遇してしまったのは運がなかった。
彼女にはまだ俺の力は見せていないから、あれ以上疑われるようなことはないと思う。
俺と桃は、とりあえず別々に行動を開始する。意外にも、スマホの電波が入るため連絡が取れるのだ。
迷宮は一つの階層が広いから、次の階層を見つけるのが面倒だ。
俺たちならば、ゴブリン相手に苦戦することもない。別々に別れて探索をしていくと、ポケットのスマホが震えた。
取り出すと、桃からの連絡である。
『勇人くん、こっちに階段がありましたよ』
「どのあたりだ?」
『今から音を出しますから、よく聞いていてください』
彼女がいうと、ゴブリンの悲鳴のようなものが聞こえた。
スマホ片手にゴブリンをぼこぼこにしたようだ。苦笑しながら、そちらへと駆けていく。
すでに戦闘を終えているようでゴブリンの素材だけが落ちている。いくつか、ゴブリンの肉を回収したが果たしておいしいのだろうか。
二階層へとつながる階段を下りていく。階段は、魔物が入れない作りとなっているため、一応の休憩ポイントである。
「休憩は必要か?」
「いえ大丈夫――ああ、いけない足がふらつきました!」
彼女はその場でくたっと倒れ掛かるようにして俺のほうに抱きついてくる。
……いきなり何をするんだよ。
ぎゅっと抱きつかれるのは、なんとなく照れくさいが男としては悪い気はしない。
「……昔に比べて、これで緊張してくれなくなりましたね」
「当たり前だ」
アーフィがやたらとくっついていたがるのだ。それに付き合っていたら、結構免疫ができてしまった。
それでも、不意打ちを食らえば結構動揺する。部屋で突然着替えだすとかがいい例だ。
「もう、勇人くんの一番にはなかなかなれませんね」
「……そりゃあ、な」
一番がすでにいるのだから、それを押しのけるなんてまずできないだろう。
「ほら、先に行こうぜ」
「そうですね。しばらくくっついていてもいいですか?」
「まあ、別にいいけど」
それで桃が満足するのなら、とりあえず今だけは大目にみよう。階段を降りたところで、彼女とまた離れて捜索を始める。
出現したモンスターは、二体のウサギだ。
鋭い牙が目立つ二体のウサギは俺を見て敵と判断してきた。即座に持ち前の脚力を活かして、分身するかのように動き、掴みかかってくる。
眷属としての肉体強化だけでも、十分か。
背後から牙を見せてとびかかってきたそいつの頭をわしづかみにする。
さらに力を入れて、トマトのようにつぶしてやる。
血も何もでないから、全力でやっても問題ない。潰れたウサギから、肉の素材だけが手に残る。これはそれなりにおいしいのではないだろうか?
もう一体のウサギモンスター……。俺たちは霊体をまとっているときに、じっと観察することでモンスターの名前が表示される。霊体を展開してそいつを見ると、ファングラビットと書かれていた。
とびかかってきたファングラビットをたたきつける。
さすがに、霊体まで混ぜたら過剰すぎるか。
爆発四散したかのようにファングラビットは死に、素材を残す。もしも素材があとに残るものでなければ、一瞬で死んでいるな。
アイテムボックスに結構素材が集まってきた。アイテムボックスの中では食材が腐ることはないから便利だ。
……そうなると、今冒険者たちがあれこれやっているようだが、俺たちはかなり恵まれているな。
ファングラビットしか二階層には出てこない。しばらく素材集めを兼ねて討伐を行っていると、三階層へと降りる階段が見つかる。
……ここまで、スムーズに来ているがそれでも一階層一時間くらいはかかっている。
時間はすでに午前十時を過ぎたところだ。
……ちょっと、急がないといけないな。
この先もこのペースで行えるとは限らない。もっと敵が強くなるかもしれないのだ。
先ほど桃がやったように、電話をしてから音をあげて彼女を呼ぶ。
と、桃は少しばかり疲れた様子を見せていた。
「……勇人くん。この階層結構厳しくないですか?」
「……そうか?」
「はい。たぶん、異世界の迷宮の十階層程度はあると思いますよ。……魔物の湧きが早いせいで、生身の肉体のほうが削られてしまいます」
体力面の問題か。
桃の体力だって、たぶん同じ女子高校生と比較してずば抜けているが、それでも限界はあるか。
すでに二時間別行動で狩りをしている。これで疲れないというほうがおかしいか。
魔物の出現ペース……確かに結構な頻度だ。
問題は、もう一つあるか。
「桃は、一人で迷宮入ったことはなかったか?」
「……そうですね。今回が初めてですので、それも負担になっていますね」
一人だとはっきりいえば、全体を観察する必要がある。
それは戦闘という目に見える疲労よりもずっと大きい。
俺も慣れるまでは大変だった。……その点少し考え不足だったな。
「桃は一度休憩するか?」
「……いえ、一応次の階層までは手伝いますね」
「そうか、助かる」
調べる範囲が半分になれば、それだけ時間も短縮できる。一人でやっていたら、ぶっちゃけ今の倍か、あるいはそれ以上にかかっていただろう。
三階層で一度休む。アイテムボックスに入れてあるペットボトルを彼女に手渡す。
「そういえば勇人くんはいつもこれを持っているのですか?」
「当たり前だ。地震大国日本に暮らしているんだからな。金に余裕があるときに非常食とか大量に買い込んで全部アイテムボックスにぶちこんである」
腐ることがないのだから、何を入れてもいいのだ。
それこそ、コンビニおにぎりを大量に入れてもいい。
……この能力は、戦闘面ではあまり役に立たないが、こういったサポートとしては破格の能力だ。
「私のステータスは、たぶんレベル八相当しかありません」
「そもそも、桃のレベルは今いくつあるんだ?」
「レベルは十六です。ですから、ほとんど半分ですね」
桃のもともとのステータスはすべて四百を超えていたのだ。
やはり俺は特化型にして正解だった。バランスよくあげていては、おそらく桃たちのように戦うことはできなかっただろう。
十五分ほどが経って、桃が立ち上がる。
「私はもう大丈夫ですよ」
「……そうか。それじゃあ、第三階層まで付き合ってくれ」
「喜んで。……あれ、今のなんだか告白の返事みたいじゃないですか?」
彼女がにやりと口元を隠すようにして笑う。
はいはい、と俺は片手をひらひら振りながら階段をおりていった。
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