オール1から始まる勇者
第三話
「……」
「……」
お互いに沈黙。
こんなときにうまく話せる術を俺は持ち合わせていない。誰か教えて助けてください。
「な、なんでここに人がいんだよ!? てめぇ、こんなところでなにしてんだ!? 凍らせる!」
氷がいくつか出現して、俺はさっさと奥へと逃げる。
……こいつ、どこかで見たと思ったらさっきテレビで映っていた女だ。氷の魔法を使っていたからよく覚えている。
ってことは、あのグループが入った迷宮がここに繋がっているのか?
この世界の迷宮は出入り口がいくつかあるのか?
疑問は後回し、さっさと逃げる。
どうにか外に出た俺は、背後から追うように出てきた彼女に視線を向ける。
「おまえっ! 冒険者か!?」
「ああ、そうだ」
「学園の制服はどうしたんだよ?」
「古着屋に出したんだ」
「なんだって!? 学園証は!?」
「あいにく今は持っていなくてね。それじゃあ、そういうわけで達者でな」
「待ちやがれ! そのどっちも持っていないなら迷宮には入れないって校則で決まってるだろ! 捕まえて、学園長に突き出してやる!」
「……まて、待て」
彼女の周囲で鋭い氷がいくつも浮かぶ。
「俺はただの一般人だ。学園証も、制服もないのはそれが理由なんだよ」
「……なんだって? なら、おまえはだめだって言われているのに、勝手に入ったんだな!? それはそれで問題だぞ!」
……それはそうなんだがな。まさか、別の場所から入ってこれるようになっているとは思ってもいなかったからばれないと思っていた。
悪いことであるのは理解している。ここは情に訴えて見逃してもらう作戦にでも出ようか。
「……その、この迷宮の入り口がな。俺の妹の部屋にあってさ」
「は? いやいや、そんなの……あれ、でも確かにここはあたしが入った迷宮と造りがまるで違うぞ?」
「おまえが来た奥に何があったんだ?」
「いや、あたしは……その、トラップに引っかかっちまってよ。それで、まあそのなんだ……ここにいたんだよ。ドジなやつだってバカにしただろ!?」
「いや、抜けたやつだなとしか思ってないよ」
「バカにするなよ! あたしはこれでも、学園でもトップ級の天才なんだぜ!」
……自分でそういうやつはあまり信用ならない。
彼女は腕を組んで、それからこっちに目を向けてくる。
「とりあえず、おまえの話は信じてやるよ。……なら、迷宮の出口はどこなんだ? そこまで、案内してくれよ」
「……そうだな」
一応、彼女が暴れだすということはなかった。
一安心しながら、彼女に視線を向ける。
……俺と同い年くらいか? 身長だけをみれば高校生くらいだ。
髪は短いし、口調もがさつなせいで、ずいぶんと女性らしくはない。
まあ、顔は整っているからこれを男だというような輩はそういないだろう。
「それにしても、勝手に一般人が入ったら罰を受けることになるぜ? あーあ、だな」
「仕方ないだろ。普通妹の部屋にそんなものができたら心配にもなるだろ」
「……そういえば、そうだよな。珍しいな、家の中ってことだろ?」
「俺の妹が外に暮らしていなかったらそういうことになる」
「それは、うーん……確かに、なぁ」
あれ? 結構こいつ優しいかもしれない。
もうちょっと、情に訴えるような言葉を並べてみようか。
俺は涙でも浮かべるような気分で、彼女の方を見る。
「……悪いことなのは知っていたが、妹の部屋の出来事なんだ。……いつ来るかわからない冒険者を待っていられなかったんだよ」
どうだ?
視線をあげてみる。おお、なんか感動したような顔になっている。
これは作戦成功のようだ。
「そう……だよな。うん、わかったぜ。今回のことはあたしも、黙っててやるよ。……けど、本当はいけないことなんだからなっ。中に入らなかったら危険もないんだ、だからもう外に出ようぜ」
「ただ、俺の妹は無駄に好奇心が強いやつでな。こんなもの放置しておいたら絶対入ろうとするからな。せめて、危険があるかどうかだけでも確認しようと思ったんだ」
「わかってるぜ。ほらほら、魔物が出る前に早く脱出だ。案内お願いするな」
「了解だ。俺は今波勇人だ。よろしくな」
「あたしは、赤羽冷歌だ。こちらこそ、頼むぜ!」
彼女に背中を押されるようにして、俺たちは出口のある階段へと向かう。
冷歌は腰に差している剣に何度か手をやる。魔物がいつ来てもいいように警戒しているようだ。
……そういえば、武器、か。
異世界転移の特典の一つ、アイテムボックス。
つまり俺はなんでも入れられるアイテムボックスを持っているのだが、異世界からこちらに戻ってくるときに武器の類はすべて向こうに置いてきてしまった。
地球の大精霊クワリに、武器の類はとりあげられてしまったから今の俺は格闘くらいしかできることがない。
「冒険者ってのは、武器を作ってもらったのか? ていうか銃刀法違反じゃ……」
「あたしたちは、特別に認められているから大丈夫なんだぜ。ふふん、剣、かっこいいだろ?」
「ああ、くれ」
「あげるかっ。あたしのは迷宮の宝箱から手に入ったんだよ。この透き通るような青い剣……ああ美しいぜ」
剣を抜いて、腹の部分に頬ずりをしている。
確かにきれいな海を彷彿とさせるその剣は、美しい。
「俺も欲しいもんだな」
「一般人がそういうの手に入れられるようになるまでは、まだまだ時間かかるぜ。あと一ヵ月を目安に、ダンジョンが解放されるらしいから、それまでは我慢だな」
「けど、勝手に入る奴もいるだろ?」
「ほとんどのダンジョンは警察なり、冒険者なりが見張ることになるんだよ。あとは、民間の警備会社とかにも任せるし、たぶんあんたたち一般人はそう簡単には入れないんじゃないか?」
「自宅にある場合も、警備とかいれられるのか?」
それは嫌だな。
「あんたみたいなのは例外じゃねぇかな。入らないでください、とかの注意で終わりじゃない?」
人の家にまで入って見張るとかはさすがにしないか。
となると、迷宮攻略は俺がやるしかないか。
「……まあ、つまり中にさえ入らなければ大丈夫か?」
「そうなるな」
「聞きたいことがあるんだが、例えばこのダンジョンが最奥まで攻略されたら、魔物が出なくなるとか、消滅するとかはあるのか? さすがに、部屋の真ん中にドアがぽつんとあるのは邪魔なんだけど」
「なくなることはないぜ。一応、一定階層ごとにいるボスを討伐することで、ある範囲までの階層のモンスターなどを自由に設定する権利が得られるわ」
「……なんだと?」
それは聞いたことがなかったな。
「学園にあるダンジョンもそんな感じ。詳しいことが知りたかったら、たぶん明日にでも更新される学園ホームページにあるダンジョンについてで解説されると思うわ」
……明日か。
俺としては、今すぐ知って攻略を始めておきたい。
少なくとも、沙耶が入っても怪我をしないよう、一階層からいくつかを魔物が出現しないように設定しておきたい。
……あいつ、たぶん絶対俺がいないところで入るから。
今はおとなしく寝ているだろうが、明日の朝に絶対吠えるから。
沙耶の部屋につながる階段を上がっていく。
ドアを開けると、沙耶の部屋が見え、冷歌は「本当なんだな」とあきれたように呟いている。
「っと、土足はまずいまずい」
「汚したら罰金だからな」
「はいはい。気を付けるっての」
すっと静かに彼女は歩いてきょろきょろと周囲を見る。
不気味なワニのぬいぐるみで視線が止まる。
「あのワニのぬいぐるみ、どこで買ったんだ?」
「ゲーセンでとったんだよ、ありえない趣味だろ?」
「……可愛い……な!」
「聞いてた、人の話?」
彼女がうらやましそうにぬいぐるみへじっと視線を送っていたが、沙耶の持ち物だしな。
俺ならお祓いついでにあげてしまうのだけど、沙耶もあれ結構気に入っている。
触り心地はいいからわからないでもない。可愛いといった冷歌は理解不能だ。
「妹が寝てるから、起こさないように静かにしてくれ」
「……了解」
小声で言う彼女は可愛らしい。
まるで沙耶みたいな妹的な可愛さがある。
靴をもって玄関まで向かう。スマホを取り出した彼女は地図を開いている。
「……あれ、案外近いのね」
「おまえが行っていた迷宮はどこなんだ?」
「すぐそこの……ほら、この河原だ。橋の下にあるんだよ」
「……へぇ」
地図を見せて示してくる。歩いて二十分くらいか。
歩いて二十分を近いというのかどうかは、普段の生活の送り方によって変わるが。
玄関のカギを開けると、彼女はこちらへと顔を少し向ける。
「とりあえず、ダンジョンはしかるべき機関に報告をしておくといいぜ。あたしが、報告をしても良いけどよ」
それは困る。国に認知されたら俺が堂々と入れなくなるかもしれない。
「いや、仕事を増やすのも悪いし、こっちでやっておくよ」
「そうか? じゃあ、任せるからな。ここまで、案内ありがとうだ」
玄関のカギを閉め、それから嘆息をつく。
……事情は少し理解できた。
大精霊に、聞ければそれが一番なんだが、なんでこっちからの連絡が届かないんだ?
「……」
お互いに沈黙。
こんなときにうまく話せる術を俺は持ち合わせていない。誰か教えて助けてください。
「な、なんでここに人がいんだよ!? てめぇ、こんなところでなにしてんだ!? 凍らせる!」
氷がいくつか出現して、俺はさっさと奥へと逃げる。
……こいつ、どこかで見たと思ったらさっきテレビで映っていた女だ。氷の魔法を使っていたからよく覚えている。
ってことは、あのグループが入った迷宮がここに繋がっているのか?
この世界の迷宮は出入り口がいくつかあるのか?
疑問は後回し、さっさと逃げる。
どうにか外に出た俺は、背後から追うように出てきた彼女に視線を向ける。
「おまえっ! 冒険者か!?」
「ああ、そうだ」
「学園の制服はどうしたんだよ?」
「古着屋に出したんだ」
「なんだって!? 学園証は!?」
「あいにく今は持っていなくてね。それじゃあ、そういうわけで達者でな」
「待ちやがれ! そのどっちも持っていないなら迷宮には入れないって校則で決まってるだろ! 捕まえて、学園長に突き出してやる!」
「……まて、待て」
彼女の周囲で鋭い氷がいくつも浮かぶ。
「俺はただの一般人だ。学園証も、制服もないのはそれが理由なんだよ」
「……なんだって? なら、おまえはだめだって言われているのに、勝手に入ったんだな!? それはそれで問題だぞ!」
……それはそうなんだがな。まさか、別の場所から入ってこれるようになっているとは思ってもいなかったからばれないと思っていた。
悪いことであるのは理解している。ここは情に訴えて見逃してもらう作戦にでも出ようか。
「……その、この迷宮の入り口がな。俺の妹の部屋にあってさ」
「は? いやいや、そんなの……あれ、でも確かにここはあたしが入った迷宮と造りがまるで違うぞ?」
「おまえが来た奥に何があったんだ?」
「いや、あたしは……その、トラップに引っかかっちまってよ。それで、まあそのなんだ……ここにいたんだよ。ドジなやつだってバカにしただろ!?」
「いや、抜けたやつだなとしか思ってないよ」
「バカにするなよ! あたしはこれでも、学園でもトップ級の天才なんだぜ!」
……自分でそういうやつはあまり信用ならない。
彼女は腕を組んで、それからこっちに目を向けてくる。
「とりあえず、おまえの話は信じてやるよ。……なら、迷宮の出口はどこなんだ? そこまで、案内してくれよ」
「……そうだな」
一応、彼女が暴れだすということはなかった。
一安心しながら、彼女に視線を向ける。
……俺と同い年くらいか? 身長だけをみれば高校生くらいだ。
髪は短いし、口調もがさつなせいで、ずいぶんと女性らしくはない。
まあ、顔は整っているからこれを男だというような輩はそういないだろう。
「それにしても、勝手に一般人が入ったら罰を受けることになるぜ? あーあ、だな」
「仕方ないだろ。普通妹の部屋にそんなものができたら心配にもなるだろ」
「……そういえば、そうだよな。珍しいな、家の中ってことだろ?」
「俺の妹が外に暮らしていなかったらそういうことになる」
「それは、うーん……確かに、なぁ」
あれ? 結構こいつ優しいかもしれない。
もうちょっと、情に訴えるような言葉を並べてみようか。
俺は涙でも浮かべるような気分で、彼女の方を見る。
「……悪いことなのは知っていたが、妹の部屋の出来事なんだ。……いつ来るかわからない冒険者を待っていられなかったんだよ」
どうだ?
視線をあげてみる。おお、なんか感動したような顔になっている。
これは作戦成功のようだ。
「そう……だよな。うん、わかったぜ。今回のことはあたしも、黙っててやるよ。……けど、本当はいけないことなんだからなっ。中に入らなかったら危険もないんだ、だからもう外に出ようぜ」
「ただ、俺の妹は無駄に好奇心が強いやつでな。こんなもの放置しておいたら絶対入ろうとするからな。せめて、危険があるかどうかだけでも確認しようと思ったんだ」
「わかってるぜ。ほらほら、魔物が出る前に早く脱出だ。案内お願いするな」
「了解だ。俺は今波勇人だ。よろしくな」
「あたしは、赤羽冷歌だ。こちらこそ、頼むぜ!」
彼女に背中を押されるようにして、俺たちは出口のある階段へと向かう。
冷歌は腰に差している剣に何度か手をやる。魔物がいつ来てもいいように警戒しているようだ。
……そういえば、武器、か。
異世界転移の特典の一つ、アイテムボックス。
つまり俺はなんでも入れられるアイテムボックスを持っているのだが、異世界からこちらに戻ってくるときに武器の類はすべて向こうに置いてきてしまった。
地球の大精霊クワリに、武器の類はとりあげられてしまったから今の俺は格闘くらいしかできることがない。
「冒険者ってのは、武器を作ってもらったのか? ていうか銃刀法違反じゃ……」
「あたしたちは、特別に認められているから大丈夫なんだぜ。ふふん、剣、かっこいいだろ?」
「ああ、くれ」
「あげるかっ。あたしのは迷宮の宝箱から手に入ったんだよ。この透き通るような青い剣……ああ美しいぜ」
剣を抜いて、腹の部分に頬ずりをしている。
確かにきれいな海を彷彿とさせるその剣は、美しい。
「俺も欲しいもんだな」
「一般人がそういうの手に入れられるようになるまでは、まだまだ時間かかるぜ。あと一ヵ月を目安に、ダンジョンが解放されるらしいから、それまでは我慢だな」
「けど、勝手に入る奴もいるだろ?」
「ほとんどのダンジョンは警察なり、冒険者なりが見張ることになるんだよ。あとは、民間の警備会社とかにも任せるし、たぶんあんたたち一般人はそう簡単には入れないんじゃないか?」
「自宅にある場合も、警備とかいれられるのか?」
それは嫌だな。
「あんたみたいなのは例外じゃねぇかな。入らないでください、とかの注意で終わりじゃない?」
人の家にまで入って見張るとかはさすがにしないか。
となると、迷宮攻略は俺がやるしかないか。
「……まあ、つまり中にさえ入らなければ大丈夫か?」
「そうなるな」
「聞きたいことがあるんだが、例えばこのダンジョンが最奥まで攻略されたら、魔物が出なくなるとか、消滅するとかはあるのか? さすがに、部屋の真ん中にドアがぽつんとあるのは邪魔なんだけど」
「なくなることはないぜ。一応、一定階層ごとにいるボスを討伐することで、ある範囲までの階層のモンスターなどを自由に設定する権利が得られるわ」
「……なんだと?」
それは聞いたことがなかったな。
「学園にあるダンジョンもそんな感じ。詳しいことが知りたかったら、たぶん明日にでも更新される学園ホームページにあるダンジョンについてで解説されると思うわ」
……明日か。
俺としては、今すぐ知って攻略を始めておきたい。
少なくとも、沙耶が入っても怪我をしないよう、一階層からいくつかを魔物が出現しないように設定しておきたい。
……あいつ、たぶん絶対俺がいないところで入るから。
今はおとなしく寝ているだろうが、明日の朝に絶対吠えるから。
沙耶の部屋につながる階段を上がっていく。
ドアを開けると、沙耶の部屋が見え、冷歌は「本当なんだな」とあきれたように呟いている。
「っと、土足はまずいまずい」
「汚したら罰金だからな」
「はいはい。気を付けるっての」
すっと静かに彼女は歩いてきょろきょろと周囲を見る。
不気味なワニのぬいぐるみで視線が止まる。
「あのワニのぬいぐるみ、どこで買ったんだ?」
「ゲーセンでとったんだよ、ありえない趣味だろ?」
「……可愛い……な!」
「聞いてた、人の話?」
彼女がうらやましそうにぬいぐるみへじっと視線を送っていたが、沙耶の持ち物だしな。
俺ならお祓いついでにあげてしまうのだけど、沙耶もあれ結構気に入っている。
触り心地はいいからわからないでもない。可愛いといった冷歌は理解不能だ。
「妹が寝てるから、起こさないように静かにしてくれ」
「……了解」
小声で言う彼女は可愛らしい。
まるで沙耶みたいな妹的な可愛さがある。
靴をもって玄関まで向かう。スマホを取り出した彼女は地図を開いている。
「……あれ、案外近いのね」
「おまえが行っていた迷宮はどこなんだ?」
「すぐそこの……ほら、この河原だ。橋の下にあるんだよ」
「……へぇ」
地図を見せて示してくる。歩いて二十分くらいか。
歩いて二十分を近いというのかどうかは、普段の生活の送り方によって変わるが。
玄関のカギを開けると、彼女はこちらへと顔を少し向ける。
「とりあえず、ダンジョンはしかるべき機関に報告をしておくといいぜ。あたしが、報告をしても良いけどよ」
それは困る。国に認知されたら俺が堂々と入れなくなるかもしれない。
「いや、仕事を増やすのも悪いし、こっちでやっておくよ」
「そうか? じゃあ、任せるからな。ここまで、案内ありがとうだ」
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