オール1から始まる勇者
第八十七話
「二人とも、一時間が経ちましたがどうですか?」
「ああ、おきたよ。レーベリア、今この屋敷にいるメイドと執事のうち、この町に残る人たちを集めてくれるか?」
「すでに一階に集まっています。出発組、待機組と分かれています」
「了解だ。……それじゃあ、人数を教えてくれ」
廊下に出て階段を下りていく。
「出発組は三十人です。待機組は、百名です」
「……百名か」
なら、まあ十分かな。
普段から街のあちこちにいる彼らならば、俺が少し伝えるだけで理解できるだろう。
一階に繋がる通路を抜ける。手すりから下が覗けるようになっており、ずらっと執事とメイドが集まっているのは圧巻だった。
俺は階段を下り、全員を見下ろせる場所まで移動したところで、足を止める。
「……あの場にいた人たちならわかるだろうが、今の命令の権利は俺にある。まず、出発組、待機組の二つに言うが……みんなはもう自由だ」
ざわざわと声がいくつも生まれる。
そしてレーベリアが俺に耳打ちしてくる。
「……自由というものが、分からないのです」
「……そうか」
教えるのは難しいかもしれない。
……今はとにかく、ある一つのことを教えておこう。
「とりあえず、みんな嫌なことってわかるか?」
反応は微妙だ。
「なんとなく、みんなも感じたことはあると思う。今伝えるのは、その嫌なことをさせられたとき、キミたちはもう拒否することができるんだ」
……ただ、難しいんだよな。
例えば、俺の命令は嫌だから……って言われたら、どうにも返答に困ってしまう。
おおまかにだが理解した、という人もいる。
もちろん、嫌なことのすべてを拒否していいわけではない。嫌でもやらないといけないことはあるが、今そこまで教えても混乱するだけだろう。
俺の命令までも拒否されてしまったら、大変だが今のところ不満の顔はない。
不満が出ないように、目的をしっかりと話して作戦に協力してもらわないといけないね。
「ここでの嫌なことっていうのは、街の人に無理やり体を触られたりっていうことだよ。それは、キミたちの仕事には入っていない。キミたちの仕事は、街の人を守ること、街の人たちを導くことなんだ」
「……つまり、どういうこと?」
一人が控えめに口を開いた。
……よかった。こんな反応があるなら、十分だ。
「これからの作戦で、無理やり体を触られたら、やんわりと断るんだ。これからはそういうことは受け付けませんってね」
「……わかった」
とりあえず、前提条件の話は終了だ。
それから俺は人差し指を立てた。
「それじゃあ、具体的な作戦の話だ。待機組の人たちは、二人一組で街の警備に当たってくれ。これから、災厄っていう魔物が大量に襲い掛かってくるかもしれない出来事がくる。みんなは、それから街の人を守るんだ。そして……みんながこの街で自分の立場を作る」
……ここにいる人たちは、星族のホムンクルスだ。
そう簡単に受け入れてもらえるとも思えない。
けれど、街の人たちと信頼関係を結ぶために、街の人たちを守る。
それが出来れば、もしかしたら少しは自体が好転するかもしれない。
彼らはとりあえず理解してくれたようで、質問も出てこなかった。
「それじゃあ、待機組の人たちはそれぞれいつも通りに街を巡回して警備にあたってくれ」
屋敷から続々と待機組の人たちが出て行く。
次に俺は出発組へと視線を向ける。
「それじゃあ、すぐに移動を開始するけど……先に言っておくと、みんなの仕事は首都で災厄と戦うことだ」
「わかりました」
「それじゃあ、移動を開始しよう。みんなは……竜がいるんだったっけ?」
「はい。首都で合流、ということでいいでしょうか?」
「ああ、それで問題ないよ」
俺も預けているピナを回収しないといけないな。
彼女らと別れ、アーフィとともに竜をとりに向かう。
ピナは俺たちに気づくと楽しそうに鳴いた。
アーフィがピナの顎を撫でるようにしてふれあい、俺は先にその背中に乗る。
「私が手綱を持ってもいいかしら?」
強い興味があるようで、彼女の両目がきらきらと輝いている。
「……大丈夫か?」
来るときのことを思い出し、アーフィに問いを投げてしまう。
ピナがすりすりとアーフィに頬擦りをし、アーフィがぽんぽんとその頬を撫でる。
「ふふ、大丈夫よ。ピナも私に合わせてくれるようだわ」
ピナがアーフィの言葉に合わせて大きく鳴いた。
安心しろよ、とばかりに俺のほうへピナの顔が向く。
……なら、いいんだけどな。
アーフィもぴょんと乗って、街をあるいていく。
同じような竜が他にも何体かいる。彼らの背中にはメイドや執事たちが乗っている。
と、街の外に出た瞬間、ピナが一気に加速する。
他の竜を置き去りにしていくそのスピードに、俺が必死に背中にしがみついて文句をつけようとしたが、
「ピナ、なかなか早いじゃないっ!」
楽しそうなアーフィの声が響く。
彼女は片手で手綱を掴んだまま、乱れる髪を直して周囲を見ている。
……アーフィにとっては、この程度なのかもしれない。
優秀なステータスを持っている俺でも、バランス力まで優れているわけではない。
それからかなりの時間が経った。乗りっぱなしでずっと移動してきたのだが、ようやく後方にレーベリアたちの姿も見えてくるようになった。
ピナは……確かに最高速度はあったのだが、スタミナがあまりないようで限界で走りまくったこともあって疲労していた。
行きのときの俺は、ピナの体力配分を上手くできていたようだ。
というか、こいつ……アーフィが褒めるからって良い気になって飛ばしすぎなんだよ。
ただ、凄いのは疲れていた状態でも、レーベリアたちの竜と同じくらいの速度を維持していることだ。
街まであと一時間ほどだろうか?
おおよその位置を確認していた俺だったが、不意に空の色が暗くなったことに目を向ける。
今は明け方だったのだが、それでももう一度夜が訪れたかのようだった。
「……来たか」
竜たちの足が止まる。
……環境の変化に竜も怯えているのだろう。
一斉に空を見上げた。
風が強くふき、空が割れるような音をあげてその空間を割いていく。
何か……手のようなものがそこからはいでてくる。
それはまだ空間に捕まっているかのような状態であったが、僅かに顔が出た。
ぎょろりと大きな目が周囲を見やる。
そして……その空間からたくさんの魔物が現れる。
空から落ちてくるその光景は、魔物の雨――とでもいえるようなものだった。
首都だけではない。周囲の街までも狙っているのか、魔物たちがあちこちへと落ちていく。
ここから近くの街……というか村がある。
騎士たちが待機しているが、やはり首都ほどの数はいない。
そちらへ竜を走らせると……見慣れた顔があった。
「レベッカ!」
そちらへと近づき、騎士たちの戦闘に立つ女性を見て声を張る。
同時にピナからおり、もう体が完全に治ったことも確認する。
俺の声に気づいたのか、疲れたような顔のレベッカが手を小さくあげる。
「ハヤト様ではありませんか。もしかして、こちらの防衛の協力にきてくれたのですか?」
「いや……アーフィを連れ戻してその帰りなだけだ」
「ですよねー」
は、ははは……と笑っているレベッカを見ながら、俺は顎に手をやる。
「レベッカ。戦闘のできる奴がほしいか?」
「そりゃあまあ。見てください。魔物の数を。あなたには分からないと思いますがね、魔物っていうのは人間が複数で相手するものなんです。一対一でも苦戦するかもしれないのに、あんな数がこの村にきたらやばいです」
「住民の避難は?」
「すでに始めています。……ただ、今回の災厄は予想以上ですね。今までの災厄では、首都が壊滅する程度の魔物しかいませんでした。今回は、複数都市が壊滅するかもしれないほどの規模とか……この世の終わりみたいな光景です」
「なら、首都は大丈夫ってことか」
「そうですね。戦力が分散していますので、首都は作戦通りに実行できれば、守りきれると思います。ただ、他の都市を襲った魔物が首都に戻るとか考えるとやばいですねー、あはは……」
……もうやられるのが前提で考えているあたり、レベッカらしい。
とはいえ、レベッカの冷静な分析から、俺はちらと視線を彼らに向ける。
「レベッカ。ここにいる俺の仲間二十名を兵として貸そうか?」
「……この方たちですか? いや、今さら冒険者が二十名増えたところで――」
俺はレベッカを手招きして、耳元で囁く。
「おまえ、星族って知っているか?」
「……ええ、まあ。私が生まれるより前にいっぱいいた種族とか」
「そいつらを嫌っているか?」
「いえ、別に。ていうか、私のおじいちゃん、おばあちゃんくらいなら知っていると思いますが、私なんて……話で聞いたことくらいしか。怖い存在らしいですけどね」
「こいつらは、宰相の家で製造されていた星族の力をもったホムンクルスらしい」
「ちょっ!? それ、国でも最重要な情報になったちゃうんじゃないですか!? それを聞かされたってなると、私面倒事増えるじゃあいですか! やだー!」
「やだー、じゃねぇよ。おまえも騎士なら、こいつらを指示して戦果をあげたいとか思えよ」
「嫌ですよ。面倒なこと増えるなんて」
「……ったく。なら、考え方を変えるんだ。おまえは自分が生きるために、こいつらを使って魔物を倒す。どうだ?」
「……それなら、まあ。ていうか……本当に、星族、なんですか?」
「ああ」
「なら……まずくないですかね?」
「まずいかもしれない。けど、星族のこいつらが市民に感謝されるような活躍ができれば……多少は立場もマシになるんじゃないか?」
「それが、ねらいってことですか。結局、私も色々な面倒事が増えるじゃないですか。それに、その面倒なことになるときって、もうあなたいないんじゃないですか?」
「いないな」
「私に投げっぱなしとか……最悪ですね」
「それだけ信頼しているんだ。頼んだよ」
……リルナに全部やってもらえればそれが一番だ。
けれど、リルナにばかり苦労をかけるわけにもいかない。
もう俺はこの戦いでこの世界からはいなくなる。
残ったこいつらが、少しでも世界を変えていってくれたら――。
アーフィの住みやすい世界が出来れば……いいと思っている。
「……わかりましたよぉ。やればいいんでしょ、やればぁ」
今にも泣き出しそうであったが、レベッカは頷いた。
俺はレーベリアに相談し、彼女たちの中で副隊長的な立場の執事と二十名が残った。
残りの十名はすぐに竜に乗る。
途中のフィールドにも魔物がおちてきて、俺たちへと迫ってくる。……国一つを飲み干そうとする魔物であったが、俺たちは風をあわせ、敵を切り刻む。
さすがに複数での同じ属性魔法の使用に、魔物たちは耐え切れなかった。
真っ直ぐに道がうまれ、リードを竜に叩きつける。
一気に駆け出し、街へと乗り込んでいく。
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