オール1から始まる勇者
第八十五話
建物を歩くようにして移動する。
心の焦りを悟られないよう、落ち着かせるように俺たちは絨毯を踏みつけるように歩いていく。
やがて……たどりついた一室。扉を蹴破るとそこでは、腕を組んだヴァイドの姿があった。
軽装な男は、こちらにちらと顔を見せてくる。
部屋は……彼のものだろう。様々な資料が壁の棚に並んでいる。部屋はそれ以外の嗜好品の一切はなく、部屋の隅に立てかけられた巨大な剣が印象的だ。
あれは飾りなのか、それとも……彼の武器か。
関係ねぇか。あいつが何を使おうが、斬ればそれでいい。
そして、アーフィを見て何かを理解したようだった。
「アーフィ、それにハヤトよ。再度聞こう。おまえたちは私のもとに来るつもりはないのだな?」
当たり前だ。とはいえ、俺だって戦わなくてよいのなら、彼に一つの条件を提案してやっても良い。
「あんたが今までの行いを反省して、もう二度と星族の人体実験を起こらず、大人しく牢屋にでも入ってくれるのなら、和解してやってもいいがな」
「それは出来ない相談だな。私にとっては、研究こそがすべてだ」
「なら、やるしかないな」
ヴァイドが軽く息を吐いた。
その呼吸による体の弛緩を見逃さない。即座に霊体をまとい、床をけりつけて距離をつめる。
瞬間、暖かい風が生まれる。徐々にそれは熱を持ち、眼前に吹き荒れる火が出現する。
「炎属性……赤の風だ。おまえたちが見るのは初めてか?」
俺の意外そうな顔に、淡々と彼は語る。
その炎へと突っ込み、体当たりをかます。
ヴァイドの片手に押さえつけられるが、剣を振りぬく。
彼は手の平で叩くようにそれをさばく。
両手に剣を持ち、相手の攻撃も気にせず連続の剣を繰り出していく。
体をくるっと捻るように、両手の剣を回すように繰り出す。
二本の剣を見て、ヴァイドは大きく跳んだ。そして、壁に立てかけられていた太く腹の広い剣を片手で持ち上げる。
そのタイミングで、アーフィが彼の脇腹へと剣を向ける。真っ直ぐに伸びたその剣を、彼は空いている左手で殴りつける。
……ここまでの攻撃で、俺たちの速度に余裕でついてきているのがわかる。
アーフィが俺の隣にまで後退し、ちらと横目で見てくる。
苦戦する相手なのはわかるよ。けど、不安そうな目は必要ない。
俺が軽く口角をあげると、アーフィは目を明るいものへと変えた。
「……さて、さすがにこれを使う以上――五体満足で捕らえることはできなくなる。それでも良いんだな?」
「誰も捕まらねぇんだよ!」
俺とアーフィは同時に彼へと手を向ける。風が放たれ、ヴァイドの体が弾かれる。
壁へと叩きつけられる寸前で、ヴァイドは背後に風をぶつける。
彼へと距離をつめたが、その前に大剣が振り下ろされる。
……速いっ。
アーフィが横に回避をとるが、その回避が間に合わない。俺が割り込み、彼の剣を両手で受け止める。
……まるで重力が何倍にもなったような重さ。全身が沈み、足が床にめり込むような錯覚に捕らわれる。
アーフィがヴァイドへと突っ込み、ヴァイドの風が吹き荒れる。
それに真正面からぶつかり、アーフィが剣を振りぬく。
俺の剣から重みが消える。今だ――。
しかし、ヴァイドの引き戻した剣がアーフィへと振りぬかれる。
アーフィが剣で受けたが、とても力では敵わない。
「ぐっ!」
あっさりと壁に叩きつけられ、苦悶の声が響く。
アーフィを見た瞬間、怒りがどっと心に溢れる。
心を支配するその感情に身を任せ、俺は一気に床をけりつける。
「あぁッ!」
声を荒げずにはいられない。
怒りのぶつけ場所をみつけ、ヴァイドへと剣を何度も叩きつける。
ヴァイドがそれを冷静な目で見てくる。彼の目を見ながら、俺は体をひねり、今もてる全力の剣によってなぎ払う。
しかし、ヴァイドはそれらを大剣で器用に受けていく。
こいつ……なんてうまい剣の扱いをしやがる。
剣を投げつけ、さらにもう一本を取り出しながら、転がった剣を風で操って突き刺そうとする。
俺の両手の剣とあわせ、合計三つの刃をヴァイドはその場で回るようにして弾き飛ばす。
彼の剣によって上体を崩される。両腕をみっともなくあげてしまう。
剣を戻す前にヴァイドの大剣がたたきつけられる。
強烈な一撃に、俺は部屋から外へと弾かれる。廊下の壁に直撃し、ようやく体が止まる。
ボロボロと壁が崩れ落ち、俺の体が廊下に倒れる。
……同時に、強烈な力が体内を流れていく。
死を間近にした身体の冷たさ、恐怖と混じるように、それらを跳ね除けるための力が体を支配していく。
怒りもまだ残っている。
俺は全身の痛みを引きずるようにしながら、怒りを忘れないように睨み付ける。
……この感覚は、以前にもあった。
より鋭くなっていくこの力に、身体が飲まれないように心をしっかりと持つ。
ステータスカードにそれは表れていなくても、俺はこの力を理解ししっかりと体を起こす。
と、足音がいくつかした。まさか……新手か?
俺は目を細めてそちらを見る。
「何が起きているのですか……っ」
どうやら、意識を取りもどしたのだろう。何名かのメイドや執事が廊下にやってきていた。
……その先頭に立っていたのは、俺をここに案内してくれた子だ。
この集団のリーダー的な存在なのだろう。
彼女をジッと見る。……彼女は少しだけ顔つきが変わっているような気がした。
「戦っているんだよ」
「……彼と、ですか?」
ぶるりと彼女の目が震える。
ヴァイドの恐ろしさを、こいつも知っているんだ。恐怖によって、ヴァイドは全員を従えている。
……それが、一番手っ取り早いからな。
「……ああ、そうだ。怖いんだろ?」
「……はい。だから逆らっては、いけないんです」
そうじゃないだろ? それじゃあ、おまえたちの心はどこにあるんだよ。
「あいつのことが……おかしいと思っているんだ」
「わからないです。……よく、わからないんです。私たちは作られた存在です。それを理解しています。だから、私たちに感情は必要ないと彼は言っていました」
「必要ない? ならおまえたちが感じている恐怖はなんだよ。あんたたちはどうにかしたいんだろ? それが心だ、感情だ。人間として、おまえたちは確実に生きている。だから……自由になれる。頼む、協力してくれ。俺たちだけじゃ、勝てない。けど、全員で戦えば……きっと倒せる」
細かいことは、後でいくらでも教えられる。今は、彼女たちに言葉をぶつける。
思っている言葉をそのまま、俺は口に出していく。
「倒して……どうするんですか? 私たちは、ここ以外での生き方を――」
「それは、いくらでもあるっ。俺が導いてやる、だから、頼む! 協力してくれ」
彼女たちも、星族なのだとしたら、いくらでも救う方法はある。
今の俺は恐ろしいくらいに頭が回るようで、あらゆる策も浮かんでいる。
だから、彼女に手を向ける。
同時に、部屋の中での物音が激しさをます。
アーフィが戦っている。もう行かないといけない。
「俺はあいつを倒す。……それだけだ」
呼吸をするだけでも苦しい。
それほどまでに体は追い込まれている。
……相手が格上であることは理解した。だけど、今の俺はさっきまでとはまた違う。
体が必死に生きようと、力を吐き出している。
死にたくないと恐怖する体が、霊体が力を生み出していく。
剣を両手に持ち、ゆっくりと部屋へと入る。弾かれたアーフィを受けとめる。
「……ダメ、ね。やっぱり、あいつは、強すぎるわ」
「ダメじゃない。よく戦ってくれたよ。やっと力も馴染んできた……アーフィ、後は俺に任せろ」
剣を構えたところで、ヴァイドも大剣を僅かに傾ける。
はじめはゆっくりと。
だが、俺の足はすぐに加速する。ヴァイドへと掴みかかるように距離をつめて剣を振りぬく。
ヴァイドがそれを受け止めたが、すぐに大剣を引く。
両手の剣を体の限界のままで振りぬいていく。
右と左の剣による連続攻撃にヴァイドの口角がつりあがる。
風が吹き荒れる。一瞬だ。僅かに俺が怯んでしまい、次には大剣が振り下ろされた。
両手の剣を交差させて防ぐ。
全身が沈みかけたが、すぐに左側へとそらし、右足を踏みこむ。
腹をなぎ払うように剣を振りぬくと、ヴァイドはそれを片手で受け止める。
だが、さすがに止め切れなかったようだ。手を僅かに切り、そのまま腕を跳ねるために力をこめる。
大剣が動く。
なぎ払われた大剣を跳んでかわし、ヴァイドの顔へと振りぬく。
剣が当たる瞬間にヴァイドの顔がひかれる。
彼の左足に蹴られる。
痛みを無視して、すぐに距離をつめる。
弾かれてもすぐに反撃を行う。だが、やはりあと一歩が届かない。
その瞬間、ヴァイドの顔が歪んだ。
扉のほうを見る彼に、俺は息を荒げながらそちらを見る。
……メイドたちの姿があった。アーフィを支えるようにしていた彼女たちは、両目に力をこめてそれからきっとヴァイドを見やった。
「……自由になりたいです」
「なに?」
ヴァイドは予想外と言った顔をしている。
……俺はいつでも攻められるように、足を曲げる。
メイドが息を吸う。そして、音となる瞬間に、俺は体を弾く。
「……私たちも、もっと自由に生きたいです!」
彼女の叫びを聞いた瞬間に、ヴァイドの顔から力が抜けたように見えた。
……これで終わらせてやる。
俺は一気に距離をつめ、剣を振りぬく。剣をヴァイドはかわそうとしたが、メイドやアーフィたちが片手をむけ、あわさった風がぶつかる。
それを、さすがにヴァイドも無効にはできなかったようだ。
俺の振るった剣が彼の腹を斬った。
彼が慌てて風を生み出したが、その風はわかっている。
何より、アーフィたちによる援護によってヴァイドの風は百の力を出せていない。
アーフィがしたように、自分に風をぶつけて移動し、彼を背後から斬る。
怯んだ彼へ呼吸する間も与えないように剣を振りぬく。
右と左の剣で、彼の動きを制限する
怯んだヴァイドがその場で周囲をなぎ払う風を作り出す。
それを俺は、霊体で受けながら前に突っこむ。
服が切れたが、即座に霊体を展開し、彼の胸へと剣を突き刺す。
ヴァイドが怯んで後退する。そこへ、俺は上段から剣を振りぬく。
ヴァイドの左肩から右脇腹へと剣による傷が出来る。
その深い傷からは血があふれる。
「……これが、おまえに対しての意志だ。あんたは……こいつらに教育を施していたようだが、それはあくまで恐怖でしかなかったんだよ。……みんな自由になりたかったんだよ」
荒く呼吸を乱すヴァイドは、やがて大剣を捨てた。
それでも真っ直ぐに彼の両目が俺を射抜いてくる。
「そうかもしれないな。その人を従える力……まさに歴戦の星族でしか持っていないような、人を人形のように扱う伝説の星族だ」
「一緒にするなよ。俺は……こいつらを人形だなんて思っていない」
「似たようなものだ。相手を理解し、その弱み、悩みをつき、耳に聞こえのよい言葉を吐く。そして、利用する……。それを無意識で行えているのならば、おまえは天才だ」
彼は血を吐きながら倒れた。
大きな体が部屋に沈むと、崩れ落ちるような音が響いた。
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