オール1から始まる勇者
第八十三話
レヴェンチの街に入り、金を支払って竜を預けておく。
街へと出た俺は、道なりに進んでいく。
規模こそ小さいが、首都と似たような作りだ。
石作りのレヴェンチの景色を楽しみながら、俺はアーフィを感じ取る。
……恐らくは、アーフィも俺がここにいることはわかっているだろう。
彼女はどんな反応をするのか。
拒絶されるかもしれない……。けれど俺は、それでも助けにきた。
これは俺のわがままで、アーフィの気持ちなんてものは考えない。
普通の平民街の、商店通りにいるはずなのだが、やけに人が多い。
その理由は、平民が一人でいることが少ないからだ。
街では平民でもメイドや執事を従えている。……まさか、この街ではメイドの価値がおかしい、とか?
……よくわからない、慣れない場所だ。
しばらくそれらを監視していると、不意に背後から声をかけられる。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……」
振り返ると……メイド服を着た女性がいた。
彼女は無機質な顔で軽く首を傾げる。あまり表情豊かなものではないが、顔は整っている。
……まるで、作りこまれたような顔に、俺はヴァイドの近くにいたメイドたちを思い出す。
これって、まさか――あの星族のメイドたちと同じ、か?
「俺、この街初めてくるんだけど、なんだかメイドさんが多いんだね」
「はい。この街の領主である、フィルナルガ様が派遣しているメイドであります。私たちは平民に協力をするように言われています。それは、外の街からきた方でも例外ではありません。何か、御用はありますか?」
「……いや、今はいいかな。ありがとう」
「ありがとう、ですか。そんなことを言われたのは初めてですね。何かありましたら、いってください」
表情一つ変えずに彼女は、礼をして少しはなれた場所に立っていた。
フィルナルガ……宰相の名前だったか。
メイドの姿をしばらく見ていた。
街をしばらく歩き、情報を集めてみる。
……宰相についての話をする。宰相の話をする人が本当に多い。
まだ、宰相が国を傾ける計画をたてていたことなど、街の人たちには届いていないようだ。
「本当に、この街の生活は楽でいいよね」
「お、生活に慣れてきたか?」
「うん。フィルナルガ様には本当に感謝しかないね」
そんな会話が聞こえてきて、俺は顎に手をやる。
……これが、この街で宰相が人気である理由だ。
彼は実験で作った星族の力を持ったホムンクルスを使い、平民たちの点数稼ぎをしていたのだろう。
だが、宰相はまだ、兵が足りないといったことも言っていたな。
ここにいるメイドたちは、もしかしたら戦闘能力はほとんどないのかもしれない。
「……メイドさん。ちょっと相談があるんだけど」
「なんでも言ってください。それが私たちの役目ですから」
「それじゃあ、フィルナルガ様の屋敷まで案内してもらってもいいか?」
その言葉を口にしながらも、俺はゴクリと唾を飲む。
さすがにこれはまずいか?
「……はい? フィルナルガ様は普段は城にいることが多いので、会えないと思いますよ?」
予想外なほどにメイドの反応は普通だった。
まあ、下手に攻撃的な態度を見せるように教えられていても、市民に不安や不満を与えるだけだしな。
これが、彼女の中にあるマニュアルなのかもしれない。
「ああ、いや。ほんと、近くまで案内してくれればそれでいいんだ。頼めないかな?」
「それなら大丈夫ですよ。ついてきてください」
「ありがとな」
「はいっ」
そういうと、メイドはこくりと頷いて俺の手を掴んできた。
微笑むことはないが、それでもどこか嬉しそうにしているように見えた。
彼女たちは、人に仕えることを教え込まれてきたのかもしれない。だからこそ、誰かにこうしている間に嬉しさを感じるのだろう。
ただ、俺は今彼女の善意を利用している。……メイドたちに悪意はないために、ちくりと心が痛んだ。
貴族街のほうへと向かっていき、メイドとともに中へと入っていく。
メイド服を着た見張りがいたが、俺を見ても特に反応を見せることはない。
貴族街にあっさりと入ることができ、俺はあまりにも無警戒なのではないかと怪しまずにはいられなかった。
整った四角い石が敷き詰められた道を真っ直ぐに歩いていくこと二十分ほど……。
「ここがフィルナルガ様の屋敷になります。何か用事がありましたら、連絡しておきますが」
フィルナルガの屋敷は、他の貴族と比べて一回り……いや二回りほど大きかった。
……さすがに宰相であるわけだ。
自分の力を見せびらかすために、家の大きさというのは分かりやすい評価の一つだ。
フィルナルガの屋敷に、意識を向ける。
俺の体内に電流が走るような一際強い感覚がうまれる。……ここに、アーフィがいる。
アーフィも……俺に気づいているだろう。
「どうかしましたか?」
考え込んでいた俺へメイドが顔を覗きこんできた。
……突然ここで固まっていたし、怪しい人に思われたかもしれない。
「ああ、いや。やっぱり貴族の家ってでかいんだな」
誤魔化すために頭をかきながら笑うと、メイドは小首をかしげた。
「私はあまり平民や貴族は知りませんが……そういうものなんですか?」
「まあね」
平民と貴族の違いは……彼女らにとっては関係ないのだろう。
俺が簡単に説明すると、メイドは目を丸くする。
「なるほど。私たちはあまりそういった知識はありませんので、凄いありがたいことです」
「……ああ、いや。とにかく、ここまで案内してくれてありがとな。しばらくしたら俺も戻るから」
「ありがとう……いい言葉ですね」
彼女はそこで軽く微笑んだ。
「なんだ、笑えるんだな。笑っているほうがいいと思うぜ」
「そうでしょうか。笑顔は不要だと……教えられました」
「教えた奴が悪いんだ。笑顔はいいもんだ。……少なくとも、あんたの笑顔で何人かはきっと喜ぶはずだ」
「……そうでしょうか。あなたは、なんだか不思議な方ですね。ありがとうございます」
嬉しそうにメイドは去っていった。
……やっぱり、彼女もホムンクルスなのだろうか。
そのホムンクルスに教育を施しているのが、ヴァイドなのだろうか。
俺は宿を探しに向かう。
さすがに体も疲れていた。
アーフィほど睡眠の貯金もできないため、今は眠気もある。
どこかの宿で仮眠をとり、夜になってからアーフィを助けに行く。
今すぐにでもいきたいが、万全の状態でない俺が勝てる相手でもない。
この街を思いだす。……この街は普通じゃないだろう。
街にはメイドや執事たちがいたるところにいるんだ。彼ら、彼女らは、みんな機械的な対応をする。
それは……彼らが何も知らないからだ。笑顔を教えてもらうことはなかったのだろう。
メイドや執事たちがどのような存在なのかははっきりとはしていないが、このままで良いわけがない。
街の宿を探していたが、どこにあるのかわからなかったが、壁に寄りかかるようにしてメイドが佇んでいた。
「なあ、メイドさん。宿を教えてくれないか?」
「わかりました。こちらです」
彼女をじっと見て、さらに街のメイドたちとも見比べてみる。
メイド、執事たちの顔たち、体つきは全員違う。
ただ……みんな綺麗な姿をしている。
と、そんな中、裏路地のあたりをすぎたところで、耳障りな声が聞こえた。
誰だ?
メイドを一度止め、そちらへ向かう。
「どうかしましたか?」
「何か……変な声がしたからな」
「そうでしょうか?」
メイドは不思議そうに首を捻っている。
……彼女は聞こえなかったのだろうか。
表通りから外れた道を進んでいくと、やはりいた。
一人の男が、下半身を丸出しにしたまま、メイドを壁に押さえつけるようにしていた。
「何をやっているんだ?」
「あぁ? なんだ邪魔するなよ。これから楽しい時間なんだからさ」
「楽しい時間?」
「見りゃわかるだろ?」
男の顔に悪びれた様子はなかった。
……それこそ、当たり前のように語る彼に、俺はぞっと背筋に嫌なものが走った。
……例えば、これが奴隷などだったら、多少の不快感はあれど、そういう世界なのだろうと俺は受け入れる。
けれど、このメイドたちは? 奴隷なのか?
それとも……何も知らずに、道具のように使われているのか?
男はいまだ俺を睨みつけてきているが、そんな彼に首を捻る。
「なあ、あんたに聞きたいんだが、このメイドたちってのは……なんなんだ?」
この街のことを知るなら、やはり街に住む人間に聞くのが一番だ。
俺の問いに、鬱陶しそうに彼は肩をまわす。
「はぁ? おまえ、そんなのも知らないのか? ここにいるメイドたちってのは、この町のために尽くす道具なんだってよ。なんでも、作られた存在だ……とかなんとか、フィルナルガ様は言っていたな」
「作られた存在? ホムンクルスか?」
「あぁ? そんなこといっていたかもしれないが、それ以上の詳しいことは知らねぇよ。奴隷の首輪はないが、それこそ、奴隷のように扱っていい。この街を治めるフィルナルガ様がそう言ってくれたんだぜ?」
へへっと男は調子よく笑う。それから、俺の隣にいるメイドを指差した。
「旅の人か? なら、ちょっとは楽しんでいくといいぜ」
「……そう、か」
俺はそれ以上そこで話を聞いていたくもなかった。
男に捕まっていたメイドは、こちらをじっと見てくる。
「メイド……あんたは、この状況でも……いいのか?」
「いい、とはどういうことでしょうか?」
……知らないのだろう。
メイドはきょとんとした顔をしている。
「なら、嫌な感情はないのか?」
「……嫌、ですか? それは……どのようなものでしょうか?」
「このまま、この男に何かをされても良いっていうのか?」
「……私は、よくわかりません」
「おい、あんた。いい加減去れよ」
何も分からない奴相手に、こんなことをするなよ。
俺は片手を彼に向ける。
『あんたは、これから家に帰る。いいな?』
アーフィの力を借りて男に命令をすると、男は一瞬目から力が抜け、そしてとぼとぼと歩いていく。
それほど強い力はなかったが、どうやらうまくいったようだ。
俺がメイドに手を差し出すと、メイドは掴んできた。
「あんた、こういう無理やりにされるってのは良いことじゃないんだ。少なくとも、この街以外でなら、あの男は騎士に捕まっている」
「そう、なのですか?」
「なんだか……心が痛い、とかきゅっとなるとか……泣きたくなるとかそんなことはないのか?」
「……それは、あります」
「それが、嫌だってことなんだ。だから……もうこれからは嫌なら否定しろ」
「否定、したら私たちは処分されてしまいます」
「……そうか。なら、あと少しの辛抱だ」
この街は腐っている。
王は宰相を信頼していた。
だからこそ、誰もこの街の異常に気づくことはなかったのだろう。
もうどれだけの時間、こんなことが行われてきたのだろうか。
どちらにせよ――。今夜ヴァイドをしとめれば、この子たちも自由になる。
……待ってろよ。
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