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オール1から始まる勇者

木嶋隆太

第八十話 二十七日

 その日の夜……午前二時ほど。
 空では月が輝き、城内を静けさが支配した時間に、ある男が動き出した。
 そう……宰相だ。相変わらずの厳しい目つきをしたまま彼は、ちょうど見張りが変わったタイミングで動き出した。
 今の見張りは、宰相に縁のある者だ。軽く頭を下げるだけで騎士は、それ以上の追及をしなかった。


 こんな時間に宰相が一体どこへ向かうのか? 場所の検討はつかないが、何をするのかについては大よそ分かっていた。
 俺は曲げていた膝を伸ばす。
 ……これまでも数名の貴族の出入りがあった。だが、目的の人物ではなかった。
 彼らの名前と顔を確認しながら俺は、アーフィを見る。


「それじゃあ……追跡と行くかな。アーフィは――」
「私も行くわ。一人で無茶をしようとしないで」
「……わかったよ」


 アーフィを巻き込みたくはないが、その感情を持つのは俺だけではない。
 騎士たちの意識をどこかへと引き付けないとだな。俺は拾った石を放る。
 壁へとあたり、派手な音がして見張りの騎士二人がそちらへ近づいていく。


 そのタイミングで、俺はアーフィの洗脳の力を扱う。あらかじめ洗脳しておいた猫を飛び出させると、騎士たちは驚いて尻餅をついた。
 猫をけしかけると、騎士たちは慌てたようにそちらの相手に集中する。
 完全に気を抜いた彼らのいない門から出るのは、非常に簡単だった。


 城の外に出ると、堂々とした足取りの宰相をすぐに見つけられた。
 ……貴族街は静寂に包まれている。宰相の服装はあまり貴族らしくないものだ。
 例えるなら、平民らしい服装。


 そのいでたちのままに、彼は目的地が決まっているようで真っ直ぐに歩いていく。
 何度か道を曲がっていくが、俺たちがそれを見失うこともない。
 ある程度離れていても彼らを見ることはできる。
 少し不安はあったが、その家へと近づく。
 ……宿か。


 少し時間をあけ、宿へと入っていくと、店主は俺たちを見て、僅かに顔を歪める。
 ……やはり、ある程度の事情を知っている人間だ。彼の笑顔の下にある脅威に気づいた俺は、彼へと片手を向ける。
 ……アーフィは人を操ることをあまり好んでしない。だから、俺がかわりに行う。


「おまえは俺たちに気づかなかった」
「……あ、ああ」


 彼はボーっとした顔でこくりと頷く。効果が切れる前に階段をあがる。
 ……アーフィほどの力はないため、効果はあまり長くもたないんだ。
 階段をゆっくりとあがっていく。耳を澄ませると、宰相と思われる足音が軽快に進んでいるのがわかった。


 ……つまりここは、彼にとって安全なのだろう。
 階段から少しだけ顔を出すと、ちょうど宰相が扉をノックしてから中へと入っていく。
 確認してすぐに、俺たちは気配を断ち、扉へと近づく。
 耳を澄ませば声が聞こえる。こんな夜に、話をしている人間なんていないからな。


 扉の隙間に魔石を置き、俺たちは会話に意識を向ける。
 ……いくつかの呼吸が聞こえる。その数は……恐らく六。
 城を抜け出した貴族が三人でいるため、先にこの部屋にいた人間が三人。
 ……数では負けている。情報をある程度確保したら、城に戻るのが得策かもしれない。


「ヴァイドっ、あいつらをどうすればいいんだ?」
「……そうだな。いずれは潰す必要があるだろうな」


 どんと、一際大きな音が廊下まで響いた。


「……俺たちはあんたにどれだけ協力してきたと思っている!? あんたはいつになったらこの国を支配してくれるんだ?」


 支配……それほどの規模の戦力を有しているのか?
 想像以上に厄介な相手かもしれない。
 だが、相手の返答は落ち着いていた。


「慌てるな。まだ、計画は完成していないんだ。兵を増やすためにも、今日は金をもらいにきたんだ」
「……また金か? いつになったら、貴様の言う兵は増える?」
「確実に数は増えているが、培養するには難しい個体だ。おまえにもいくらか個体を貸してやっただろう?」


 彼の声を聞いていたアーフィの顔がみるみる歪んでいく。
 アーフィはそのまま自身の体を抱くようにして、がたがたと震えだしてしまう。頭を押さえてしゃがむ彼女を見て、声をかけずにはいられない。


「……どうやら、つけられていたようだな。それも相当な腕を持つ敵のようだ」
「な、なんだと!?」


 慌てたような宰相の声が聞こえた。
 俺は即座に魔石をポケットにしまい、アーフィの手を掴む。


「逃げるぞっ」


 出来る限り声を抑える。アーフィがそこでようやく気づいたようで、怯えきった目を俺へと向ける。
 同時に、扉が破壊される。跳んできた扉を殴り飛ばすと、大男の姿が見えた。
 さらに、彼の背後から二人の無機質な目をした女性が現れる。メイド服を着ているが……あの異様な気配をメイドが放っていることに、違和感しかない。


 俺たちの存在自体が掃除されてしまいそうな彼女らに、俺は顔を顰めながら戦闘態勢をとる。
 宰相たちの顔面蒼白の顔は今は無視する。
 即座に剣を構えたが、大男は俺を一切見ていなかった。


「ほぉ、これはこれは。ようやく見つけ出すことができた」


 大男は小さく口角をあげる。
 ぞわりと悪寒が一瞬で背筋を撫でる。
 ……なんだこいつの表情は。


 彼の顔に特徴はない。多少、野性味溢れる顔たちではあるが、平民街を歩いていても特別目を見張るようなものではない。
 だが……その当たり前にある顔に浮かぶ表情は……人間なのか疑問が生まれる。
 それこそ、幽霊か何かと言われても疑わないような、異常さが彼にはあった。


「アーフィ、おまえから戻ってきたか」
「……ヴァー……ルズ」
「ここではヴァイドと名乗っているから、そっちのほうが今は慣れているのだが……まあいい。アーフィ、ようやく戻ってきてくれたか」


 大男は……一応笑っているのだろう。穏やかと思われる微笑とともにアーフィへと近づく。
 ……アーフィはただただ怯えて後退する。
 俺の脳が高速で彼女と彼の関係を考えていく。


 アーフィは生まれてからほとんどを研究所ですごしていたと話していた。
 ……彼女は、偶然に脱出しそして俺とであった。
 アーフィは研究所からロクに出れていない。


 ならば……この男はアーフィとその家族を捕らえて研究していた人間の関係者、あるいは張本人となる。
 彼女を守るために俺は剣を男へと向ける。


「アーフィに何か用があるのか?」
「おまえが、話にあった精霊の使いか。確かに、いい目をしている。それに、いい体だ。なるほど……他の精霊の使いとは格が違うな。宰相たちが恐れる理由もわかる」
「それが……どうした」


 ……異様な感覚だ。
 彼の力の底がまるで見えてこない。
 うかつに動けば……俺がやられる。
 剣を向けたまま、彼と交戦できずにいた俺だったが、ヴァイドは拍手をする。


「どうやら、アーフィは良い人間を見つけたようだな。アーフィ、その男を連れて帰ることを許可しよう」
「……私は、もう……あそこに戻らないわッ!」
「そうか。男……確か名前はハヤトだったか?」
「確かにそうだが、親しくもない奴に呼ばれたくはないな」
「宰相たちは、ハヤトが危険だ、としか教えてくれなくてあいにくこの名前以外は知らないんだ。ハヤト、おまえもアーフィとともに私のもとに来ないか?」
「あんたのところに行って、何か良いことがあるのか?」
「私の研究に付き合ってくれれば良い。おまえとアーフィは毎日子作りをしているだけで生活できるような環境を用意しよう。タダ一つ、おまえたちの子どもを私の研究材料として提供してくれればそれで良い」


 ふざけたことを抜かす彼を睨みつける。


「それに頷くと思っているのか?」
「だろうな。ならば、邪魔でしかない」


 悲しむように首を振ってから彼は、片手をあげた。


「ハイ。邪魔者の排除を行います」
「ハイ。主の仰せのままに」


 そんな短い声とともに、後ろに控えていた女性二人の体が揺れる。
 同時に俺の眼前へと現れた彼女たちに霊体をまとった一撃を放つ。
 かわされ、蹴りを放たれる。寸前で腕をわりこんでガードするが……はやすぎる。
 この動きは……まさか。


 油断はしていない。けれど、この動きと力は……まるでアーフィと訓練しているときのような気分だ。
 彼女らの同時攻撃をかわし、その体へと剣を振りぬく。
 メイド服にかすり、僅かに見えた彼女の左腕には、星の形が入っていた。


「星族、か?」
「正確にはもどき。ホムンクルスの研究成果と星族の細胞を混ぜて作り上げた、擬似星族、といったところだ。ただ……最近はあまり星族の細胞をうまく作れていなくてね、子どもでもなんでも、とにかく材料がほしいのだが……」
「黙ってろ!」


 彼女らへと駆け出し、剣を振りぬく。
 それはフェイントだ。女性二人が体を揺らし、俺を捉えようとする。
 しかし、即座にもう一本の剣を取り出して、彼女たちの足を斬りつける。
 負傷して体をがくりと沈めた彼女たちから視線を外し、真っ直ぐにヴァイドを狙う。


 ヴァイドを倒して、宰相を王の前に突き出せばそれで終わり――。
 俺の真っ直ぐに伸びた剣は、しかしヴァイドには届かなかった。
 剣は片手で押さえられる。そしてヴァイドが頭上から声を落としてきた。


「悪いが私は本物の星族だ」


 彼の拳が腹にめりこむ。彼の手首のあたりには……確かに星の形があった。
 宿の壁へとぶつかった俺は、そこで数度むせて血をはく。
 あまりの威力に、穴が開いたような気分だったが……よかった。
 まだ体はなんとかなっている。……だが、勝てるのか?
 敵のねらいはアーフィだ。なら……彼女だけでも。


「アーフィ! 早く逃げろ! 敵のねらいはおまえだ!」


 声を荒げて彼女の名を呼ぶ。しかし、アーフィは……振り返りこちらを見て片手を向けてきた。


「ハヤト……あなただけでも逃げて」
「何を言っているんだ!」


 同時に、強烈な風が俺のほうへと襲いかかる。


「アーフィ! 待て、おまえ!」


 叫ぶと腹が痛む。風に抵抗しようとしたが、今の俺ではどうしても踏ん張りがきかなかった。


「……本当に、楽しかったわ。あなたは……自分のことを考えて。私は……大丈夫だから」


 何が、大丈夫なんだよ――っ!
 風に弾かれ、俺は宿の外どころか……さらにはるか彼方へと飛ばされる。
 ようやく身を包んでいた風がやみ、俺は足元に風を放ち、どうにか着地する。
 ……くしくも、貴族街の近くだ。貴族街の入り口を守っていた騎士は……レベッカだった。


「は、ハヤトさん!? 空から飛んでくるなんてどうしたんですか!? そんな気分ですか!? ってわお!? 怪我しているじゃないですか! 何にやられたんですか!?」


 肩を貸してきたレベッカに、俺は魔石の録音をとめて再生する。
 しばらく聞いていたレベッカが顔をしかめる。


「……これが本当かどうかはともかくです。とにかく、怪我を――」
「……アーフィが、敵に捕まったんだ。早く、助けに行かないと」
「何言っているんですか! アーフィさんが助けてくれたんでしょう? それほど危険な相手に、今のまま挑んでもせっかくの命が無駄になりますよ! 危険なことはダメです! 安全第一で生きるのが賢い人間なんです!」


 ……彼女の言っていることは理解できる。
 だが、それでも……感情がどうしても抑えられない。
 レベッカが俺を城まで運んでくれ、俺は魔石をリルナに託した。
 そこで意識を失った。





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